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作品名:電脳世紀東京ネイショニスト・ワルツ上、中 作者:m.yamada

第1回   5分冊1
 
   電脳世紀東京 ネイショニスト・ワルツ(上)
 山田 夢幻
















 前文
全世界は、国家という枠組みを失い、アソシエーションが全てを支配する時代へと移っていった。
だが、世界は問題を抱えていた。
 宇宙物理学の発達により、恒星間航行が実現し、人類は新たに発見された地球型の惑星セカンドへと移住を開始した。
そして、電脳世界に構築された、新たな電脳居住空間へバーチャル・オンし、現実を拒絶する人々バーチャライダー。
遺伝子操作に、よって生み出された能力拡大種エクステンダー達の人類への反乱。
高まるテクノロジーと、人間としての尊厳の境界線が曖昧になる時代が訪れていた。
アソシエーションが世界を支配する時代は、複雑な時代だった。
幾つもの複雑さが、せめぎあい圧力となって犯罪が生み出される時代。
東京の警視庁に勤める刑事、門倉・耕太郎(カドクラ・コウタロウ)は、その時代を生きる一人の人間である。

第1章 すれ違い

 耕太郎は、花屋で買った、花束を持って、姉の枝理が入院している病室に入っていった。
 姉の枝理(エリ)は警察の職務中に、犯罪者が放った銃弾を頭部に受けたがフルメタル・ジャケット弾による貫通銃創だったためと、重要な血管や神経を傷つけなかったために一命を取り留めた。
 だが、枝理は記憶喪失に陥っていた。
 快活で元気だった、姉の面影は、今は無くなっていた。人が変わったように言葉数が少なくなって、ボーッとしていた。そして、赤ん坊の様に無邪気にニコニコしていた。
 耕太郎は病室の脇に在る花瓶から、先週持ってきた花を取り出した。そして今日買った、花束のプラスチック・フィルムの包装を解いてを花瓶に生けた。
 耕太郎の父親も母親も警察官で、仕事が忙しくて、娘の枝理の見舞いには中々来られなかった。
 比較的勤務シフトが安定している、刑事の耕太郎は毎週、花を届けることにしていた。
枝理は花が好きだったわけでは無いが、耕太郎は他に出来ることを思いつかなかったから、毎週花を買って持っていくことにしたのだ。
 「誰か来たのか」
 病室にサイド・テーブルにはシェスタ堂のロゴが入った洋菓子の紙箱が置いてあった。
 「紗緒里(サオリ)さんが来ていたんだ」
 耕太郎は、姉の枝理の親友である池野紗緒里(イケノ・サオリ)が週に一回見舞いに来ていることを知っていた。そして紗緒里は姉の枝理が好きな、シェスタ堂の洋菓子を買って持ってくるのだ。
 「さ・お・り…」
 枝理は耕太郎の言葉を、なぞるように言った。
 「姉さん、喋れるようになったのかい。リハビリの成果が出たんだ」
 耕太郎は嬉しくなって言った。
 枝理は、ボーッとした顔を耕太郎に向けて赤ん坊の様に無邪気にニコニコしていた。
 「少しずつ、良くなるよ。先生も、記憶を取り戻す可能性は、三十パーセントは在るって言っているんだ。姉さん。オレは、元の姉さんに戻れるって信じているよ」
 耕太郎は言った。
 そして病室を出て行った。
 携帯端末で、紗緒里に電話を掛けた。
 「紗緒里さん、枝理姉さんが喋ったんだよ。「さ・お・り」って喋ったんだ……」
 耕太郎は紗緒里に電話で言った。

 第2章 門倉耕太郎

門倉・耕太郎はパートナーの女性型アンドロイド、レイナと、警視庁で殺人事件の捜査を担当する零壱課に刑事として携わっていた。
 レイナの地毛は藍色だった。そして、婦人警察官の制服を着ていた。
レイナは、アンドロイドとしての容貌は、基本的には子供っぽさの無い、二十代前半の成人女性に見えた。
志賀(シガ)班長が、耕太郎を呼んだ。
 志賀班長は警視庁の刑事耕太郎の上司だった。五十代中頃の女性警部補で髪を短くして髪の毛を灰色に染めていた。パンツ・スーツだが、ベストに、ネクタイを締めており。男性の背広と、あまり変わらなかった。
 耕太郎の所属する捜査班の班長だった。志賀班長の下で、同僚の山川(ヤマカワ)刑事や和崎(ワザキ)女刑事、如月(キサラギ)女刑事は働いていた。 
 耕太郎は、「連続カレー殺人事件」を追っていた。
 犯人は、カレーライスにボツリヌス菌を混入していた。
 容疑者は一人に絞っていた。
 遺伝子改造が、簡単にできる時代の為、毒物を作り出すボツリヌス菌の遺伝子を組み込んだ植物や動物まで、熱帯魚入れた水槽程度の大きさの水耕栽培キットで作り出してしまう。
 だがボツリヌス菌の入手経路が判っていなかった。
 科捜班の分析の結果では、ボツリヌス菌の遺伝子は、エリア・アフリカのエリア・セントラル・ソマリリアで作られた可能性が高かった。だが、エリア・セントラル・ソマリアは、去年「水晶宮の虐殺事件」を起こした場所だった。
「門倉、「連続毒入りカレー殺人事件」のの捜査は一時打ち切って、国家主義者の殺人事件を担当してくれ」
 志賀班長は言った。
 「対テロ課ですか」
 耕太郎は言った。
 「ああ、そうだ。対テロ課も来るだろう」
 志賀班長は言った。
対テロ課とは言っても、アソシエーションの成立以降、国家を背景にしたテロ組織が無くなり、全て広義には民営化されたテロ組織が存在していた。それは取り締まる側の民営化された警察企業も同じだった。
「判りました。それでは、行ってきます」
 耕太郎は言った。
耕太郎は、レイナと一緒に、フライアー型のパトカーの駐機場に向かった。
 フライアー型は空を飛ぶ車だった。正確には車輪が付いていないから車とは呼べなかったが。最大飛行スピードは、時速七百キロまで出せる。だが、東京の町の上空で時速七百キロまで出すのは危険すぎる。
 耕太郎は、飛行スピードのカンが通じる、地上の高速道路と同じ三百キロ前後ぐらいで飛ばしていた。フライアー型は全てコンピュータ制御で飛んでいく。運転ミスなど無く、交通事故などとは無縁のパトカーだった。
 殺された被害者の名前は藤田彩(フジタ・アヤ)。
 国家主義者らしく、対テロ課の情報アクセス規制が働いている。
 耕太郎の殺人課の刑事としてのアクセス権限で見ることの出来る情報では、藤田彩は大学生だった。
 性別は女、年齢は十九歳、政治商科研究大学という比較的知名度の高いエリート養成大学の二年生だった。
 所属する学部と学科は、政治学部、アソシエーション法学科だった。
大学の友人が発見した。その大学の友人は、今日大学の講義を休んだ藤田彩と携帯端末の連絡が付かなかった事から不審に思い自宅を訪ねたところ死んでいたらしい。そして警察に通報した。
 だが、今の時代、先入観だけで捜査することは出来ない。
 科捜班が証拠を集めて検証していく事になる。
 そして耕太郎達、刑事は、科捜班が行った科学捜査の情報から犯人を捜していく事になる。完全な分業制だった。

 第3章 池野紗緒里

池野紗緒里は、エリア日本の行政企業の一つ、ビューロクラシー社の「すぐやる課」で働いていた。
 紗緒里が耕ちゃんと呼ぶ、門倉耕太郎は、二歳年下の恋人だった。
正確には耕太郎は、紗緒里の親友の門倉枝理の弟だった。
だが、警察の刑事だった門倉枝理は頭部に銃弾を受けて記憶と感情を失っていた。
 昼休み、紗緒里は、自宅で作った冷凍食品を電子レンジに入れて調理した殺風景な弁当を食べていた。お茶は職場のティーサーバーから紅茶を汲んでいた。健康に害が在るとされる砂糖やミルクやクリームには課金制で別料金が掛かるため、紗緒里はストレート・ティーを飲んでいた。
 「池野先輩。池野先輩も国家を作る事に参加しませんか」
 今年、大学新卒で入ってきた国家主義者の牛島来美(ウシジマ・クミ)は国家主義のパンフレットを渡しながら言った。
 黒縁のロイド眼鏡を掛けて、ショートカットの髪型をしていた。
 「私は、国家主義者にはなれません」
 紗緒里はパンフレットを受け取らずに言った。
 「国家が在った方が、アソシエーションよりも老後までちゃんと面倒を見てくれるのですよ。その方が良いじゃ無いですか。だから国家主義者になりましょうよ」
 牛島来美は馴れ馴れしく笑顔を浮かべて、紗緒里の右手を取ってパンフレットを握らせようとして言った。
 「ちょっと何考えているのよ。なんで私の手を触っているのよ」
 紗緒里は慌てて手を外した。
 「スキンシップですよ。お肌の、ふれあいが、心のふれあい。つまり国家主義への参加への第一歩に繋がるのですよ。ほーら、段々国家主義者になりたくなる」
 牛島来美は、紗緒里の右腕を掴んで、マッサージの様な怪しげな動きを、し始めた。
「ちょっと止めてよ。お昼ご飯食べているんだから」
 紗緒里は怪しげなマッサージの動きから右腕を解放しながら言った。
「サービスで、全身マッサージをしましょうか」
 牛島来美は両手の指を軟体生物のようにクネクネと動かして言った。
「やめてよね」
 紗緒里は、キャラクター物の弁当箱を抱えたまま言った。
 「牛島君、国家主義について話しを聞かせてくれないかな」
 すぐやる課の八十五歳の永嶋(ナガシマ)課長は言った。
 「喜んで」
 牛島は笑顔を浮かべながら言った。
「国家主義の話を職場でしても良いのですか」
 紗緒里は永嶋課長に言った。
 「アソシエーションに加盟する企業が司法企業から受ける法律インフラでは、思想の自由を保障するから、国家主義者でも仕事が出来れば行政企業で働いていても構わないんだよ」
 永嶋課長は社内食堂から配膳された日替わり定食を食べながら言った。だが定食は高いため、結婚の為に、紗緒里は自分で弁当を作って節約していた。
 牛島来美は、水島課長に、マッサージをしていた。
 「肩が凝っていますね。これは、アソシエーション型の凝り方です。やはり、アソシエーションは、駄目ですよ。国家が必要です」
 牛島来美は言った。
 「国家は、必要がなくなったはずだ。なぜ、今になって、国家が必要だというのだ」
 永嶋課長は言った。
 「それでは、国家主義者達の討論会、「イェーリングはイェイ」を付けてライブで見ましょう」
 牛島来美は素早く、俊敏に小動物の様に動いて、壁に貼り付けてある、百五インチ大画面のテレビを操作した。テレビはインターネットに繋がっているため、画面を牛島来美は操作していた。この大画面のテレビは仕事中は、すぐやる課の職員達の居場所を確認するためのディスプレイとしても機能していた。
 「はい、出ました。政治議論の定番はコーヒーハウスに昔から決まっているんですよ」
牛島来美は自信満々の表情で言った。
紗緒里は、手製の手抜き弁当を食べながら画面を見た。
 コーヒー・カップが五つ乗ったテーブルに若い男女達が五人座って居た。
 そして国家主義者達の話が始まった。

第4章 対テロ課

耕太郎とレイナを載せた、フライアー型のパトカーは、マンションの区画に着地した。既に、警察車両は来ている。
マンションの入り口には、警備会社のロゴが描かれたガード・ロボットが立っていた。
エリア・日本の関東地方では、テレビのコマーシャルで、おなじみのバンドー警備保障だった。
だが、既に警察の阻止線が張られていた。
耕太郎は、制服の男性の警察官に、警察証を見せた。
 レイナが言った。
「藤田彩の部屋は五十三階の5316号室です」
「判った」
 耕太郎はレイナと一緒にエレベータに乗った。
そして五十三階で降りた。
 そして十六号室を捜した。
 無機質に番号が振られていた。
 そして扉が開かれ阻止線が張られている、十六号室の前に来た。
 管区の婦人警察官が一人いた。
 「中に入る」
 耕太郎は警察証を見せた。
 「ご苦労です」
管区の婦人警察官は直立不動のまま顎だけを動かして頷いた。
 耕太郎は、藤田彩の部屋の中に入った。レイナが後を付いてきた。
 5316号室の中は、玄関には、下駄箱が在り、右手にトイレと浴室が在り、洗濯機が防水板の上に置いてあった。
洗濯機は、最近、テレビで宣伝しているメーカーの機種だった。
間取りはワンルームのマンションだった。だが、ワンルームの間取りは比較的広い。16畳ぐらい在った。キッチンとフローリングされた床が一緒だった。
 ベッドが置いてあった。
八ドア型の大型の冷蔵庫の2段目のドアが開けられて居た。
 そして、被害者の藤田彩が、冷蔵庫の前で仰向けに倒れて死んでいた。
 目をカッと見開いて、化繊の部屋着らしい、
薄手のピンク色のニット服に、灰色の膝下まで在るスカートを履いていた。
 首にはストッキングの様な物が巻き付けられていた。
「絞殺です」
レイナは言った。
「藤田彩のGPSの移動履歴が自宅を示す時間帯と、藤田彩の電話と電子メールの通信履歴を持つ人間のGPSが、自宅で重なる人間を検索してくれ」
耕太郎はレイナに指示を出した。
 「該当者は居ません」
 レイナは言った。
 「そうか。計画的な犯行だ。突発的な犯行ならば、携帯端末のGPS移動履歴に残ることになる。偽装工作が行われている」
耕太郎は被害者の死体を見ながら言った。
 注意深く、犯行現場を荒らさないように気をつけながら言った。
「殺人課が先に来ているのか」
男の声がした。
 レイナが耕太郎に言った。
 「対テロ課です」
耕太郎が振り向くと、灰色のトレンチ・コートを着た中年の男が居た。今年流行っているミラーシェードのサングラスを掛けていて目元は判らなかった。履いている靴は、足音を立てなかった。特殊な靴底の靴のようだった。そして黒い革の手袋をしていた。
その傍らには白と紫色のタイトスカートのスーツを着た、長い黒髪の女が居た。多分女性型のアンドロイドだった。平凡な容姿をしている。レイナのように一目でアンドロイドと判る藍色の髪ではない。対テロ課のアンドロイドは潜入捜査ができるように人間の地毛と同じ黒髪や茶色い髪にしているのだ。
 「対テロ課の、どなたですか」
 耕太郎は尋ねた。 
 対テロ課は評判が悪かった。
 アソシエーションの法律を無視しての捜査や、様々なマスメディアへの関与などを行うからだ。そして結果的に他の課への捜査妨害など、様々な問題を引き起こすからだ。
 「私は対テロ課のツワブキだ」
 対テロ課のツワブキは言った。
 「データ・ベースにアクセスが出来ません。アクセス制限が掛けられています」
 レイナは言った。
 「そうだ。我々テロ課は、アソシエーションの特殊な法規に基づき仕事を行う」
 ツワブキは頷いて言った。
 「それでは、私は殺人課の権限で、被害者の殺された状況を調べます」
耕太郎は言った。
 「他殺だろう」
 ツワブキは言った。
 「ええ、そうです。藤田彩の電話と電子メールの履歴に載っている人間が、犯行推定時間に居たか調べた結果、該当者は居ませんでした」
耕太郎は言った。
 ツワブキは腕を組んで言った。
 「電話と電子メールの履歴に載っていない、人間が、この部屋に居た。そしてストッキングで藤田彩を殺した」
「ストーカー被害とは言えないでしょう」
耕太郎は言った。
「そうだ。藤田彩は国家主義者だ。そして対テロ課に協力していた」
 ツワブキは言った。
 「だが、警察の協力者が偶然襲われるにしては、偶然が多すぎる。ストーカーにしては変だ。藤田彩は、冷蔵庫を開けたまま死んでいる。つまり見知らぬ人間に殺されたわけでは無い。見知らぬ人間が部屋の中に居て、気がつかないはずは無い」
 耕太郎は言った。
 「だが、電話と電子メールの交信履歴に載っていない顔見知りの人間だ」
ツワブキは言った。
 「確かに、そうです。顔見知りの人間であることは間違い無いでしょう。コタツの上にコップが二つ載っかっています」
 耕太郎は、コップを指で指した。
電気コタツの上には透明なガラスのコップが二つ載っかっていた。藤田彩を絞殺した人間に飲み物を出そうとして冷蔵庫を開け、後ろを向いたときに藤田彩は殺された事になる。
「つまり、藤田彩は絞殺した人間に飲み物を出そうとして冷蔵庫を開けた。そして背後からストッキングで首を絞められたのだな」
ツワブキは言った。
 「顔見知りでしょう」
耕太郎は言った。
 「だが、普通の人間関係じゃ無いだろう。モグラ(スパイ)のようにGPSの移動履歴と該当しない人間関係だ」
ツワブキは言った。
「それは、国家主義者の関係が怪しくなるでしょう」
 耕太郎は言った。
「ああ、そうだ。国家主義者達は対テロ課である零零二課がデータベースを作っている。藤田彩の部屋に居た人間は、このデータベースの中に居るはずだ」
 ツワブキは言った。
「バンドー警備保障のガード・ロボットが玄関を通過した人間達を全て記録しています。だから顔写真は残っている可能性が高いでしょう」
耕太郎は言った。
「だが、この事件は公表できない。国家主義者の事件は報道に規制がかかる。だから公開捜査は無理だ」
 ツワブキは言った。
「デモもマスコミは原則的には流せない。対テロ課の検閲が掛かるせいですからね」
耕太郎は対テロ課が握っている、特殊な権力が嫌で言った。
「それが対テロ課の仕事だ」
 ツワブキは頷いて言った。
 「科捜班が来てから。科学捜査を行います」
 耕太郎は言った。
 「そうか。藤田彩について話せる範囲で説明をしよう」
 ツワブキは言った。
 そして説明を開始した。
 「この大学生の女、藤田彩は、対テロ課と契約してスパイになるために国家主義者の学生運動の組織「国家建設会議」に入っている」
ツワブキは言った。
 「最近「国家建設会議」は名前を聞きますね」
 耕太郎は言った。
 「警察企業が渡す、情報提供料の報奨金が藤田彩の目的だった。簡単な仕事で普通にアルバイトするよりも高額の情報提供料が手に入るバイトというわけだ」
 ツワブキは言った。
 「随分と虫の良い話ですね」
 耕太郎は、金銭目的で対テロ課のスパイをする取引が汚く思えて言った。
 「国家建設会議」はエリア・日本のほとんどの大学に、それぞれの「セクション」と言う組織を持っている。他の大学の国家主義者達と密接に結びついている。だから、対テロ課は「国家建設会議」をマークしていた」
 ツワブキは言った。
 「国家主義者達は一つに纏まりつつ在るのですか」
 耕太郎は言った。
 「ああ、そうだ。だから、我々、対テロ課もスパイを送り込んでいる。顔を覚えられないように、「国家建設会議」に送り込んだ藤田彩の様なスパイ達との接点を最小限に抑えていた。藤田彩の死ぬ前に入っていた大学の「国家建設会議」では、他にも対テロ課と接触しているスパイ達はいる」
ツワブキは言った。
 「スパイだらけですね」
 耕太郎は、汚いやり方に対して皮肉を込めて言った。
 「だが、これだけ大規模に対テロ課がマークするには理由が在る。「国家建設会議」は国家主義者の団体としては規模が大きくなり過ぎた。国家主義者以外のエリア・日本の実社会に与える影響力が強くなり過ぎている。これはアソシエーションにとって良い状況とは言えない」
ツワブキは言った。
「私は、それほど、国家主義者達の影響力が大きくは思えません」
耕太郎は感じている実感として言った。
 ツワブキは首を振った。
 「今でも、十分に大きくなっている。エリア・日本各地に国家主義者達は国家の建設を試み始めている。対テロ課は、大きくなりすぎた「国家建設会議」を分裂させるために、内部にスパイを送り込んで、分断工作を進めたが発覚して失敗した。「国家建設会議」もバカじゃない。インターネットの国家主義者達の放送局「イェーリングはイェイ」に分断工作を行ったスパイの顔と経歴を全て公開した。結局、そのスパイは、エリア・日本から消えていった。そしてエリア・日本以外のエリアで自殺した」
 ツワブキは言った。
 「随分と陰惨な話しですね」
 耕太郎は嫌悪感を感じながら言った。
「国家主義者が国家を作る方が問題だ。最近ではアソシエーション時代以前の国家が在った時代を懐かしむ風潮が生まれている。だが、国家が在った時代が上手く行っていた時代で無いことは、学校企業が運営する中学校の歴史の教科書で学ぶことだ。ノスタルジーのようなモノで、国家が在った時代に郷愁を覚える人間や。国家が在った時代に戻そうとする人間達が増えてきた。ただの懐古趣味なら、それで良いが、実際にアソシエーションが管理する社会を崩壊させる動きは問題だ」
ツワブキは言った。
「それならば、なぜ、藤田彩は殺されたのですか。国家主義者達が力を持っているのなら、藤田彩がスパイ行為を行っても意味が無いはずです」
 耕太郎は言った。
「ああ、そうだ。藤田彩は、政治商科研究大学の国家主義者達の組織「国家建設会議」の中で影響力を持っていない、それは、他の
スパイ達の証言を組み合わせても判る。藤田彩と接触した時の映像を見るか?」
ツワブキは耕太郎に言った。
 「ええ、対テロ課の権限に支障が無ければ」
 耕太郎は言った。
 「カヨ、お前のアイ・カメラが記録した、最後に藤田彩と接触した時の画像ファイルを門倉刑事の携帯端末に転送してくれ」
ツワブキは言った。
 カヨと呼ばれたアンドロイドは話し始めた。
 「閲覧許可のみで転送します。動画ファイルのコピー、複製は門倉刑事の権限では出来ません。一回の再生後に自動的に動画ファイルは消去されます」
 耕太郎は警察用の携帯端末に動画ファイルが届いたことを確認した。
 耕太郎は携帯端末を操作した。
 動画ファイルが再生された。ファースト・フード店の向かい合う形で座る四人がけの席だった。この原色の店内はエリア・アメリカ系のファースト・フード店「マッド・バンズ」だった。アンドロイドのカヨのアイ・カメラが撮影したのだろう。ツワブキは画面に入っていない。藤田彩はツワブキと向かい合う形に座って居るようだった。アンドロイドのカヨは、斜めから撮影していた。
 藤田彩は、最近のエゴ・ギャル系と呼ばれるファッションをしているようだった。
 大体十代のファッションだったが。まだ藤田彩は十九歳だった。
 画像は動き始めた。
 「君が警察と接触していることが「国家建設会議」にバレていないのか」
 ツワブキの声がした。
 「また、その話」
藤田彩は、つまらなそうな顔で「マッド・バンズ」の紙コップの蓋に刺さっているストローを弄りながら言った。
 「ああ、そうだ君の身の安全に関わる」
 ツワブキの声は言った。
 「あんなバカ達を騙すのは簡単よ」
藤田彩は言った。
「発覚すれば、つるし上げを食らうぞ。国家主義者達は真面目に国家を作ろうとしている」
ツワブキの声は言った。
「それより、ちゃんと、お金頂戴よ」
藤田彩はピンク色の機種にデコレーションをした携帯端末を取り出して、笑顔で動画のフレームの外にいるツワブキに振って見せた。
「ああ、判った」
 ツワブキの声がして、スーツを着た腕がフレームに入った。その手には、警察官用のチタンボディの携帯端末が握られて居た。
 そして、藤田彩の携帯端末と、ぶつけて支払いをしたようだった。
「これよ、これ。これだから、やめられないのよね。バカ達騙して、楽して、お金が手に入るんだから。また、月曜日に連絡を取れば良いでしょ。じゃ、来週ね」
藤田彩は、そう言うとハンドバッグを持って立ち去った。
藤田彩がフレームの外に出ると動画は止まった。そして自動的にファイルが消去される通知が耕太郎の携帯端末に表示された。
「藤田彩は、エゴ・ギャルなのですか?」
 耕太郎は、待ち受けに設定した携帯端末を三つボタンのスーツの胸ポケットにしまいながら言った。
 「確かに、私と会っているときには。エゴ・ギャルとして振る舞っていた。だが、この殺人現場で死んでいる藤田彩の服は、エゴ・ギャルの服装とは、ほど遠い」
 ツワブキは言った。
「どうやら、エゴ・ギャルのファッションは、演技だったようですね」
 耕太郎は言った。
 「その可能性もある。だが国家主義者達の服装は、かなりバラツキが在る。藤田彩がエゴ・ギャルの格好をしていても、おかしくはない」
ツワブキは言った。
 「自宅の室内では、エゴ・ギャルの格好をしていない」
 耕太郎は室内を見回して言った。
 「嘘の多い女かもしれないな」
 ツワブキは言った。
 「嘘は、多くても事実は一つだけです。殺人事件の加害者は必ず見つけます」
 耕太郎は言った。

 第5章 すぐやる課出動

 紗緒里は永嶋課長に呼ばれた。
「国家主義者達が突然国家を東京のド真ん中に作った。丁度池野君と、牛島君が空いている。行ってきてくれ」
 永嶋課長は、ビューロクラシー社の黄色い携帯端末を使いながら、無地の扇子で顔を扇ぎながら言った。
「アソシエーションの法律では、国家は禁止されています」
 紗緒里は言った。すぐやる課の仕事が空いている時間帯は事務作業だった。アソシエーションのデーターセンターと繋がっている端
末で事務処理をしていた。昼食の休み時間が過ぎると、午後は事務作業だった。
「だから、二人で、止めるように説得してきてくれ。ビューロクラシー社のエリア・コージャの職員が国家建設を推進しているらしい」
 永嶋課長は言った。
紗緒里は牛島来美を見た。
 牛島来美はニヤリと笑った。
 紗緒里は背筋がゾクッとした。
「大体、牛島さんは、国家主義者じゃないですか」
 紗緒里は言った。
 「国家主義者同士で話しが付くだろう」
 永嶋課長は言った。
 「ええ、任せて下さい」
 意味深な笑みを浮かべて牛島来美は紗緒里の前に立って言った。
 行政企業ビューロクラシー社の地下駐車場に向かった。
地下駐車場には、小型のワンボックスカーが止まっていた。ビューロクラシー社のロゴの下に「すぐやる課5」と書いてある小型の黄色のワンボックスカー、エコプリだった。
紗緒里は携帯端末のキープログラムでエコプリのドアを開けて運転席に座った。
 牛島来美は助手席に座った。
 「車内で、たっぷりと、国家主義者の話しを聞かせましょう。池野せ・ん・ぱ・い。ふぅー」
 牛島来美はニヤニヤと笑いながら紗緒里の耳元で囁くように言った。そして最後に息を耳元に吹きかけた。紗緒里は背筋にゾクっと悪寒が走った。
 紗緒里は携帯端末のキープログラムでワンボックスカー、エコプリを起動した。トラフィック・セイフティシステムが繋がる所がフロントガラスに表示される。
 車の起動キー・プログラムを送信した携帯端末の持ち主が運転していることをトラフィック・セイフティシステムが認識する事になる。
 交通事故を起こした場合、まず、車の起動キー・プログラムを車に送信した人間の責任が問われることになる。
だから……。
 「牛島さん。安全運転をするために、走行中は、おかしなマッサージをしないで下さい」
紗緒里は言った。
 「ふふっ、それでは、国家主義者になりますか」
 牛島来美は言った。
「交通事故を起こすといけないから、走行中は話しかけないで」
 紗緒里は言った。
 「二人きりの密室ですよ。怪しい予感はしませんか」
 牛島来美は言った。
 「仕事です。これから向かう場所は東京のエリア・コージャです。高速を使って移動します」
 紗緒里は小型のワンボックスカー、エコプリを発進させて言った。
 「フフッ、こうして二人きりの密室で会話するのは初めてですね。池野先輩」
 牛島来美は言った。
 「だから会話は止めて」
 紗緒里は運転しながら言った。
 そしてエコ・プリはエリア・コージャに向かって走って行った。

 第6章 現場の証拠

「門倉君、現場を荒らさないでね」
警視庁の科捜班の渡辺(ワタナベ)さんが来た。ネイビー色の制服を着た年配の四十代後半ぐらいの女性で科捜班の鑑識だった。
 同じ科捜班のネイビー色の制服を着た黄緑色の髪をした男性型のアンドロイドが機材を持っていた。
 渡辺さんとは殺人事件の捜査で何度も顔を合わせている。科捜班の科学捜査の結果で、事件の証拠も揃ってくる時代だった。
 「渡辺さん、証拠は残っているかな」
 耕太郎は尋ねた。
 「調べてみるまで判らないよ。結構、大雑把な犯行だから、証拠が出てくる可能性は大きいかな」
科捜班の渡辺は言った。
そしてツワブキの方を見た。
「こっちは、どこの人?」
 科捜班の渡辺は言った。
 「対テロ課です」
耕太郎は言った。
 「門倉君、なんで、対テロ課が来ているの」
 科捜班の渡辺は、露骨に嫌そうに言った。
「殺された藤田彩は国家主義者だ」
 ツワブキは言った。
「なるほどね、それで対テロ課が動いたのか」
 科捜班の渡辺さんは言った。科捜班の渡辺さんは、アンドロイドと一緒に、殺害現場の中で証拠を集め始めた。
 耕太郎は刑事の権限でアクセスできるデータを調べた。そしてツワブキに伝えた。
「この、単身者用のマンションは、独身者しか住めないようです。住んでいる人間達は大学生や専門学校生、予備校生、独身のサラリーマンやOLが殆どです」
 「確かに藤田彩は独身者だ」
 ツワブキは言った。
耕太郎は、マンションの警備情報を携帯端末で調べた。警備会社のバンドー警備保障の
警備シフトに警察の権限でアクセスした。
耕太郎はツワブキに説明した。
「この単身者用のマンションは、共用の入り口に電子キーがあり、監視カメラが存在する。そしてバンドー警備保障の警備ロボットが居るため、マンションの中に監視カメラは存在しません」
 「つまり、外部から入った、人間は全て記録されるという訳か」
 ツワブキは言った。
 「それだけではないようです」
 耕太郎は言った。
 「他に何か在るのか」
ツワブキは聞いた。
 「入り口を通らずに、普通の運動能力の人間が出入り出来る進入路は、一階のベランダから。それ以外は考えにくい」
 耕太郎は画像を見ながら言った。
 「どうして二階以上で無いと判る?」
ツワブキは聞いた。
 「この単身者用のマンションは、棟が幾つも連なっている。だから、二階以上の階にフリークライミングの要領で上ると、向かいの単身者用のマンションの入り口に居る、バンドー警備保障のロボットが発見して通報することになる」
耕太郎はバンドー警備保障の警備シフトを確かめながら言った。
「一階から入ったのか?」
 ツワブキは言った。
 「可能性は高いですが。確証とはなり得ないですね。一階に、テロリストの仲間が住んでいるか調べられるのは、対テロ課のデータベースのアクセス権を持っている、あなたです」
耕太郎は言った。
「それではカヨ。この単身者マンションの一階に住んでいる国家主義者を調べだしてくれ」
 ツワブキは言った。
女性型のアンドロイド、カヨは頷いた。
「判りました。対テロ課の守秘義務違反に該当するため班長の許可が必要です」
 カヨは言った。
「連絡を取る」
ツワブキは、携帯端末を取り出して許可を得た。
「許可は下りた。カヨ。検索してくれ」
 ツワブキはカヨに言った。
 「国家主義者は三人住んでいます」
 カヨは言った。
 「カヨ、名前と職業を、私と門倉刑事の携帯端末に転送して、読み上げてくれ」
ツワブキは言った。
耕太郎の携帯端末の画面に顔写真と履歴が映し出された。
 カヨが読み上げ始めた。
 「市ノ瀬久留美(イチノセ・クルミ)は、東京技術科学専門大学の三年生です。名木沢成男(ナギサワ・ナルオ)は、法科大学予備校の予備校生です。熊沢登子(クマザワ・トウコ)はデジタル・アーツ専門学校の生徒です」
「カヨ、この三人は藤田彩の電話と電子メールの履歴と関係があるか」
 ツワブキは言った。
「在りません」
カヨは言った。
 「それでは、レイナ。この三人のGPSの移動履歴から、過去に藤田彩の部屋に入った形跡があるか、確かめてくれ」
 耕太郎はレイナにデータ処理を依頼した。
 「どのくらいの過去までを検索の範囲としますか」
 レイナはデータ処理の条件を言った。
 「藤田彩が、この単身者用のマンションに入居してからだ」
 耕太郎は言った。
 「検索結果では、藤田彩の部屋と一度もGPSの移動履歴が重なっては居ません」
 レイナは言った。
「レイナ。藤田彩が逆に、三人の国家主義者達の部屋に立ち寄った履歴がGPSの移動履歴に残っているか」
 耕太郎は言った。
 「在りません」
 レイナは言った。
「GPSの移動履歴上では、藤田彩と、一階に住む国家主義者達との接点は無いようです」
耕太郎はツワブキに言った。
「確かに、そうだ」
 ツワブキは頷いた。そして続けた。
 「だが、国家主義者達のような活動をする人間は、GPSの移動履歴に引っかからないように連絡をする事も考えられる。それに、他の階にも国家主義者達は居るはずだ。カヨ、このマンションの他の階に住んでいる国家主義者達をリストアップしてくれ」
 「判りました。国家主義者達は、三階に一人、八階に一人、二十四階に一人、三十一階に一人、四十五階に一人、五十三階の藤田彩、六十二階に一人です合計十人の国家主義者達が住んでいます」
 「一階に住んでいる国家主義者達が三人と多いですね」
耕太郎は言った。
「確かに、そうだ。つまり、この一階に住んでいる三人の国家主義者達は。国家主義者達の玄関の役割をしている可能性が高い」
 ツワブキは言った。
 「外部から一階のベランダを経由して入る可能性がありますね」
 耕太郎は言った。
「それでは、カヨ、一階に住む三人の国家主義者達の部屋を通過した人間がGPSの移動履歴に存在するか確認してくれ」
「居ません」
 カヨは答えた。
 ツワブキは頷くと言った。
 「おそらく、GPSの移動履歴が残る事を考えて。GPSの携帯端末をどこかに置いている可能性が高い。これは、国家主義者の活動家達が、よくやる手口だ」
ツワブキは言った。
 「それでは、マンションの外部に携帯端末が置かれるか、している可能性が高いですね。これは、GPSの移動履歴で追うことが出来ます」
耕太郎は言った。
 ツワブキは言った。
 「だが、国家主義者達は、複数の人間達が連携してGPSの移動履歴に偽装を行う。一人の個人的な犯行では無い。国家主義者という集団が背後に居ることになる。だから、GPSの移動履歴も、他の棟のマンションの部屋や車の中に携帯端末を置いて置くことで協力者が居れば簡単にできる」
耕太郎は嫌な予感がしていた。
 「そうなると、犯行推定時刻に、この近辺に住んでいたり、住んでいる国家主義者を訪問したり、車の移動を行った国家主義者達が全て容疑者となります」
 耕太郎は、大がかりな人海戦術や聞き込みなどの手間が掛かりそうだと思った。この事件が簡単に解決しないような嫌な予感がしていた。
「大丈夫よ」
 科捜班の渡辺さんが言った。
 「どういう事ですか」
 耕太郎は言った。
 「証拠が、その容疑者達の中から真犯人を捜し出すから」
 科捜班の渡辺さんはアンドロイドに指示を出しながら言った。
 耕太郎は時間を考えた。
「ですが、犯行が行われた時間に、このマンションに居た国家主義者達を絞る事は出来るかもしれません」
耕太郎は言った。
 「どういう事だ」
 ツワブキは言った。
 「いくら、一階のベランダから入れると言っても人目が多い朝から夕方に掛けての時間帯は避けるはずです」
 耕太郎は言った。
 「だが、国家主義者達が夜に動くとは限らない。このマンションは、単身者用のマンションだ。つまり、学業や仕事によって、出ていく時間帯が固定されて、無人になる時間帯が在る可能性が高い」
 ツワブキは言った。
 「GPSの移動履歴を調べてみます。レイナ、一階に住む住人達が、このマンションから出て空白になる時間帯があるか調べてくれ」
 耕太郎は言った。
「一階に住む住人達は、全員、出かけています。一階が完全に空白になる時間帯は早朝七時五十分から夕方の四時二十一分までの間です」
レイナは言った。
「外出していても、窓の鍵を開けておくという手口もある。そうすれば、このマンションに住んでいない国家主義者達は一階のベランダから入ることが可能になる」
 ツワブキは言った。
 「つまり、全ての時間帯が犯行可能な時間帯となる」
 耕太郎は言った。

 第7章 コージャ国独立宣言

 紗緒里と、牛島来美が乗った、小型のワンボックスカー、「エコプリ」はエリア・コージャに到着した。
 地下の高速に入って、一気にエリア・コージャまで来た。今の時代は全て電気で動く車だった。大昔のガソリン車のように排気ガスが出ないため、高速道路は地下に作られる事が増えていた。
 牛島来美は、ぼやいていた。
「コージャ国ですか。あまりに冴えない名前ですね。全人類統一国家とか、もっとグローバルな最強無敵国家が必要ですよ。コージャ国じゃ、物凄くローカルな国家です」
「問題は、エリア・コージャ担当のビューロクラシー社の、社員が大分関わっている事ね。新しく設立したコージャ国の行政をビューロ・クラシー社の社員が担当しようとしている」
 紗緒里は、車の中で、牛島来美が調べた、国家主義者達の作った国家、コージャ国の概要を聞いていた。
 アソシエーションの司法企業が制定している法律は厳密には憲法が無くて慣習法の積み重ねとなっている。昔、エリア・イングランドにあった、憲法の無い国家の法制度に似ている。
「同志って意外な所に居るものですね」
牛島来美は言った。
 「私達は、コージャ国を解体するのが仕事よ」
 紗緒里は言った。
 「それはですね。大丈夫ですよ。私達の国家主義はローカルな国家建設ではなく、全世界や、宇宙やセカンドまでに広がる広大な国家建設が目的なんですよ」
牛島来美は言った。
 「アソシエーションが在れば十分でしょ」
紗緒里は言った。
 「駄目ですよ。アソシエーションじゃ駄目です。ちゃんとした国家は在るべきですよ。プルードンが喜ぶような今の無政府主義じゃだめです」
 牛島来美は言った。
 紗緒里が運転する小型のワンボックスカー
「エコプリ」は、トラフィック・セイフティシステムのナビゲーションに従って、コージャ国の建設が宣言された、ビューロクラシー社エリア・コージャ支店に到着した。
 慣習的に役所と呼ばれている。だが、実態は行政企業であるビューロクラシー社が運営していた。
 コージャ支店の建物前には人が集まっていた。
 祝!国家建設!
 コージャ国独立宣言!
国家建設!
 などの横断幕が掛けられていた。
「まったく、役人泣かせの話しね」
 紗緒里はトラフィック・セイフティ・システムのガイドに沿って徐行運転をしながら、「エコプリ」を人身事故を起こさないように気を付けながら進めた。
 トラフィック・セイフティ・システムの対人センサーは、クラクションを自動で鳴らしていた。集まっている人垣が割れてエコプリが通る道を作っていった。
 紗緒里は、「エコプリ」を運転して横断幕を掲げている、コージャ国の建物の入り口近くまで来た。
 紗緒里は、ドアを開けた。
「コージャー国建国宣言をエリア日本に宣言する!」
紗緒里が「エコプリ」を止めて、ドアを開けると入ってきたのは、そんな声だった。
 入り口の前には警察の機動隊達が集まっていた。
警察の機動隊が、箱形のスピーカに繋いだマイクで説得らしい事をやっていた。
「君達は、完全に包囲されている。国家建設活動はアソシエーションの法律からの違反行為で在る。無駄な抵抗は止めて、国家建設を中断するように」
そう警察の機動隊は言っていた。
 サングラスを掛けた赤いタイトスカートのスーツを着た女性が白い革の手袋を付けて腕を組んでいた。靴のヒールは高くなく、走りやすいように足首を固定する様だった。傍らには、ミラーシェードを付けた、男性が居た。だが、顔が整いすぎている、多分アンドロイドだろうと紗緒里は考えた。そして紗緒里と牛島来美に近づいてきた。
 「我々は、警視庁零零二課、対テロ課だ」
そう赤いスーツの女性は言った。
 「どうも、私達は、ビューロクラシー社の本社から来た池野と牛島です。名刺の交換をしましょう」
 携帯端末を取り出して、電子名刺の交換をしようとした。
 「我々は対テロ課だ。名刺の交換はしない。ただ我々が警視庁零零二課、対テロ課から来たと認識すれば良い」
 対テロ課の女刑事は赤いスーツの腰に付けた警察証を取り外して紗緒里の携帯端末に、ぶつけた。
 紗緒里は自分の携帯端末の画面を見ると間違い無く警察だと認証された。
 「それならば、なんと呼べば良いのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「サラシナと呼べば良い」
 対テロ課の女刑事サラシナは言った。
「私達ビューロクラシー社の、すぐやる課は、コージャ国の解体にやってきました。警察の対テロ課は、どのような理由で来たのですか」
 紗緒里は言った。
 「同じだ。コージャ国を解体し、アソシエーションの法で国家建設に関わった人間達を捕まえて法律で裁かなければならない」
サラシナは言った。
 大型の放送局用のカメラを持った人間達がワンボックスカーに機材を積んで乗ってやってきた。
サラシナは不快そうな顔で言った。
「マスコミが来た。ヤツ等は対テロ課に任せろ。対テロ課の権限で報道規制を掛ける」
 サラシナは、そう言うと、アンドロイドと一緒にテレビカメラなどを持ったマスコミに向かって歩いて行った。
「どうします」
 牛島来美は言った。
「すぐやる課の五号機の「エコプリ」は、S装備を搭載した軽ワゴン車よ」
紗緒里は言った。
 「何ですか、そのS装備と言うのは」
牛島来美は言った。
 「説得のS。つまり拡声器を搭載している」
紗緒里は言った。
 そしてエコプリの後部座席の段ボールから、超大音量メガホンを取り出した。ビューロクラシー社で使う、外部電源に繋ぐと最大で10キロ・ワットまで出せるメガホンだった。紗緒里は常識的な音量にデシベル表示でボタンを押して設定した。
 メガホンには「五号機S装備」と書かれている。
「えー、私達は、ピューロクラシー社東京本社から来ました。コージャ国建設には、ビューロクラシー社の社員が関わっているそうですが、ビューロクラシー社の責任者を出して下さい」
 紗緒里は、S装備のメガホンでコージャ国に向かって叫んだ。
しばらくすると、コージャ支店の若い背広姿の男性が窓からメガホンを持って身を乗り出した。
「僕が責任者の可児川(カニガワ)です!僕は断固として、コージャ国の建国を支持します!」
 可児川はメガホンで叫んで言った。
「あなたたちは!ビューロクラシー社の公務員を辞めるつもりなのですか!」
 紗緒里はメガホンで叫んだ。
 「そうです!僕達は、コージャ国の行政府に役人として雇われることになるのです!でも、ビューロクラシー社の退職金は貰います!」
 可児川は叫んだ。
 「なぜ、あなたたちは、コージャ国という国家を設立しようと、するのですか!」
 紗緒里は叫んだ。 
「はい、僕達、ビューロクラシー社の企業年金が少ないことに不満を感じています。安定した老後の人生設計には、どうしても、国家の年金制度が必要です」
 可児川は急に真面目な顔で言った。
「それで、国家を作るのですか」
紗緒里は拡声器で言った。
 「はい、そうです!僕達、国家を作ります!老後の人生設計が出来るためにです!僕達に構わないで下さい!僕達は国家を作るんです!」
可児川は叫んだ。そして可児川は窓の内側に引っ込んだ。
紗緒里は何を言えば良いのか判らず黙った。
まさか、国家が保障する老後の年金が欲しく


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