人に絞り込める。そして、この二人が張・峰が巻き込まれた交通事故を起こす 反射薬の後薬と毒物の、すり替えを行った。実行したのは男の方だ」 丁捜査官は端末を操作して画面に男の顔写真を大きく表示した。そして続け て話した。 「この男女は警察官に連絡して押送(連行)させてある。趙捜査官も取り調 べに参加してくれ」 丁捜査官は言った。 「判った」 永宗は言った。 取り調べ室には、永宗と丁捜査官、アンドロイドは碧髪と銀陣が入った。 「なぜ、君達は、反射薬をトレーラーの汽車司機に投与した」 永宗は言った。 「私は何も知らない」 男の方は言った。 「それは嘘だ。お前達は、トレーラーの汽車司機に反射薬の後薬を投与し た」 丁捜査官は言った。 「知らないって言っているでしょ」 女の方は言った。 「それならば、なぜ、昨日の夜、サービス・エリアに居た。お前達二人が だ」 丁捜査官は言った。 「君達がサービス・エリアに居たことは、高速公路管理集団が高速公路使用 履歴を残しているから判っている」 永宗は言った。 男女は黙った。 「きっと別人よ。誰かが、私の携帯端末を使ってサービス・エリアに居たの よ」 女は言った。 「もう少し上手い嘘をつけ」 丁捜査官は言った。 女は黙った。 丁捜査官は男の方を見て言った。 「トレーラーの汽車司機は、トイレに立ち寄った後、食事を摂り、トレーラ ーに戻った。その間に、お前が反射薬の後薬と毒物を取り換えた。建機を積ん だトレーラーの運転席に忍び込んだ、お前は、二人の汽車司機達と、口論にな った。だが、お前は何も言わずに立ち去った。その二人は、そう証言をしてい る」 男は黙っていた。 女も黙った。 「君達が緘黙(黙秘)しても良いことは無い。君達が金仙機団に入っている 事は判っている」 永宗は言った。 途端に男の顔が変わった。 「金仙導師様の秘密がなぜ判っているのだ。お前達は、ただの平凡な人間達 だ。我々は仙人に近づいた特別な人間なのだ」 男は狼狽えた声で言った。 女は男の腕を引っ張った。 「金仙導師様の秘密は明らかにしてはいけない」 女は男に言った。 丁捜査官は男女の顔を見回した。 「お前達は、金仙機団と関わりがあるんだな」 「答える必要は無い」 女は言った。 「だが、お前達が金仙機団と関わりの在ることは調べが付いている。証拠か ら立件する」 丁捜査官は言った。 「金仙導師様は人間を超えた存在だ。必ず、お前達の様な邪悪(邪)な、た だの人間達に地獄に落ちる罰を与えるだろう」 女は言った。 「だが法律は、お前達に罰を与える。パトロールカーに乗っていた警察官 を、反射薬を使って殺した罪は重罪だ」 丁捜査官は言った。 男女は警察官達に連れて行かれた。 丁捜査官は永宗を見た。 「趙捜査官。私は、これから張・峰が巻き込まれた、トレーラー事故の証拠 固めを裁判に備えて続けていく。だが、これは明らかに、金仙機団が行った組 織犯罪だ」 丁捜査官は言った。 「判った」 永宗は言った。 そして碧髪とデータ室に戻って端末の一つを操作した。 建機を積んだ、トレーラーの事故の検証が進んでいた。 トレーラーの汽車司機が、張・峰の乗ったパトロールカーを巻き込んだ事故 を起こした場所で、GPSの移動履歴から、近くを金仙機団の信者が乗った汽 車がパトロールカーの横を併走して走っている。その汽車には毒物と反射薬の 後薬を取り換えた男女が乗っている。 張科学捜査官は分析をしていた。事故を撮した監視カメラの映像から、金仙 機団の信者の男女が乗った汽車から光が出ていた。この光が、反射薬の後薬の 引き金になった可能性が現在の段階では高いと書いてあった。 永宗は、金仙機団との関わりを一段階の層を設けた。間接的な関わりで事件 の関係者達を再度検索してみる。 ディスプレイに表示された結果を見て永宗は頷いた。
第三十四章 美麗、頭を捻る
美麗は快馬で仙踊機会館へと向かった。 湯夫人を含む四人の妻達は、眼鏡の妻が運転する、汽車で仙踊機会館へと向 かった。 仙踊機会館の前には、昨日の夜と同じようにロボットが立っていた。 次々と男達が、仙踊機会館の中に入っていった。 その様子を汽車の中で四人の妻達は見ていた。美麗は快馬を降りて、外で、 携帯端末を使って、湯夫人の夫のライフ・ログを見ていた。 「見ているとイライラしてくる。うちの夫のようなバカ者達が、こんなに沢 山、北京中に居るなんて」 眼鏡を掛けた妻は窓を開けた汽車の中から言った。 「私の夫も居るのでしょうか」 小柄な妻は言った。 「きっと私の夫も居るのでしょう」 背の高い妻は言った。 GPSを見ていた美麗は、湯夫人の夫達が地下鉄の最寄り駅で降りたことを 確認した。 「地下鉄の最寄り駅に来ました。汽車から降りてください」 美麗は言った。 四人妻達は、汽車から降りた。 「来ました」 美麗は言った。 湯夫人の夫達四人が地下鉄の最寄り駅の方から歩いてきた。 「なんで、こんな新興宗教に通っているの」 眼鏡を掛けた妻は言った。 「なんで、お前が、ここに居るんだ」 眼鏡を掛けた妻の夫は狼狽えた声で言った。 「私達は、あなた達に元の夫に戻って欲しいのです」 湯夫人は夫に言った。 「俺達は、仙郷機団の信者だ」 小柄な妻の夫は言った。 「そうだ。お前達は俗界の妻だ。我々は仙郷に行くんだ」 背の高い妻の夫は言った。 そして、夫達は妻達の制止を振り切って仙踊機会館の中へと入っていった。 妻達は、仙踊機会館の中に入ろうとした。 だが、入り口に立っているロボットが、扉の前に立って妻達に言った。 「仙郷機団ノ信者以外ハ入レマセン」 ロボットは扉の入り口を塞いで言った。 「何なの!このロボットは!」 眼鏡を掛けた妻は、ロボットを蹴飛ばした。 「蹴ラナイデ下サイ」 ロボットは言った。 「塞がないでよ!私は中に入りたいのよ!」 眼鏡を掛けた妻は言った。 「中ニハ入レマセン……。中ニ入ッテモイイデス」 ロボットは言った。 そしてロボットは扉の前から動いた。 「どうしたのでしょうか」 湯夫人が困惑した顔で言った。 「とにかく、夫達を連れ戻す」 眼鏡を掛けた妻は中に入っていた。 美麗も他の三人の妻達の後に付いていった。 仙踊機会館の中では、四人のアンドロイド達が、仙女の様な服を着て湯夫人 達の夫達の前に立っていた。 「仙郷機団は家族の不和を好みません。あなたたちは、家族の元に帰って下 さい。仙郷導師様も、それを望みます」 黒い髪の女アンドロイドが言った。 「そんなことを言わないでくれ。私達を仙郷に居させてくれ」 背の高い妻の夫は言った。 「いいえ、なりません。仙郷機団は、家族から父や夫を奪ったりはしないの です」 黒い髪の女アンドロイドは言った。 「なぜ私達が仙郷に居られないんだ」 小柄な妻の夫は言った。 「それは、仙郷の規則を破ってしまったからです。偉大なる仙郷導師様は、 家族の不和を決して認めません」 黒い髪の女アンドロイドは言った。 「私達は、家族を不幸にしてしまったから、仙郷から追放されてしまうのだ ろうか」 湯夫人の夫は言った。 「はい、そうです」 黒い髪の女アンドロイドは言った。 「お願いだ、家族を捨てるから、私を仙郷に住まわせてくれ」 背の高い妻の夫は言った。 「なりません。仙郷の規則を破ってしまった者達は、家族を幸せにしなけれ ばなりません。それが仙郷導師様の望みです」 黒い髪の女アンドロイドは言った。 「また、いつか、仙郷に戻れる日は来るのだろうか」 眼鏡を掛けた妻の夫は言った。 「ええ、家族を幸せにした日に、仙郷の禁は解かれます」 黒い髪の女アンドロイドは言った。 背後の三人の女アンドロイド達が唱和した。 「しばしの別れです。仙郷へ至る希望は全ての人間達に約束されているので す」 「それでは仙郷の扉は閉じられます」 黒い髪の女アンドロイドは言った。 湯夫人達と夫達は、仙踊機会館から出た。 美麗も後を付いていった。 「私達は仙郷に居た夢を見たのだろうか。この世の汚濁から無縁の仙郷に」 湯夫人の夫は言った。 「そうかもしれない」 眼鏡を掛けた妻の夫は言った。 「さあ、現実に戻りなさい」 眼鏡を掛けた妻は言った。 「また、お前と一緒か」 眼鏡を掛けた妻の夫は言った。 「そう、一生ね」 眼鏡を掛けた妻は言った。 四人の妻達は、汽車を運転してきた眼鏡を掛けた妻以外の三人は、出租汽車 (タクシー)を呼んで帰って行った。 最後に湯夫人が美麗に笑顔で点頭(会釈)して夫と一緒に出租汽車に乗って 別れた。 美麗は快馬に乗って、仙踊機会館の裏口に向かった。 快馬を降りて、階段を昇って、仙踊機会館の裏口で美麗はカメラに向かって 手を振った。 扉が開いた。 化粧をして、キラキラ光る水着の様な服を着た揺月が居た。 「上手くいった」 美麗は言った。 「良かった」 揺月は言った。 美麗が揺月と計画した作戦は成功した。
第三十五章 進化の前兆(兆候)
「これから、金仙機団を調べる。警察官達も動員して強制捜査を行う。今、 手はずを立てている」 王捜査主任は携帯端末の電話の向こうで言った。 「判りました」 永宗は言った。 「金仙機団は、かなりの規模の新興宗教だ。そして組織犯罪を行っている。 張・礼殺害事件に関連する以外の犯罪の証拠も出てくるかもしれない」 王捜査主任は言った。 突然、呉上級(上司)から携帯端末に緊急扱いのメールが届いた。 「金仙機団という宗教団体への捜査は中止するように上から命令が下りた。 私は今、西安に居るけれど、上からの命令で、金仙機団の捜査は厳禁よ」 と、書かれていた。 企業共同体が運営する警察の上層部が呉上級に働きかけたようだった。 「呉上級からメールが届きました」 永宗は言った。 「金仙機団への捜査はできないが、個別の犯罪の立件は出来る。 や丁達に は捜査を続けさせる」 王捜査主任は言った。 「金仙機団と取引のある、個人や組織への捜査は続けるのですね」 永宗は言った。 「上手い方法では無いが、他にやりようが無い」 王捜査主任は言った。 「それでは、張夫人に質問しに行きます」 永宗は言った。 「金仙機団は、かなり大規模な組織だ。企業共同体が運営する警察の上層部 も絡んでいる」 王捜査主任は言った。 永宗は碧髪と吉祥で張・礼の邸宅に向かった。張・礼の邸宅には、まだ、警 察官達が居た。 昨日と同じように編み物をしている張夫人は、相変わらず顔色が悪かった。 「張夫人、あなたは金仙機団に関わりが在るのですね」 永宗は言った。 「私は、関係在りません」 張夫人は青ざめた顔のまま言った。 「あなたは金仙機団とは金銭での取引は在りません。しかし、あなたが通う 除精魅鬼医院の?医生は金仙機団と金銭の取引が在ります」 永宗は言った。 「いえ、私は金仙機団の信者では在りません、?医生が、そのような新興宗 教と関わりが在ったとは初めて聞きました」 張夫人は言った。 「なぜ、あなたの夫の張・礼氏は死ななければ、ならなかったのですか。あ なたは、事件を、どこまで知っていたのですか」 永宗は言った。 「私は……」 張夫人は口ごもると、顔色が、青ざめていった。 「どうしました」 永宗は演技なのか判らなかったが、普通の状態にも思えず、尋ねた。 「そうです、私は金仙機団に関わりが在ります」 張夫人は青ざめた顔のまま言った。 「いえ……私は金仙機団と……関わりが在りません……」 張夫人は否定するような事を言った。 「……私は金仙機団に……」 張夫人は言った。 「どうなっているんですか」 永宗は困惑して言った。 張夫人は黙った。 椅子から崩れ落ちた。 「……私はもうすぐ死にます……」 張夫人は青ざめた顔で言った。 「碧髪、急救車(救急車)を呼んでくれ!いや、吉祥で運ぶ!警察医院に緊 急搬送の受け入れを連絡してくれ!」 永宗は倒れた張夫人を抱え上げて言った。 「もう手遅れです」 張夫人は永宗に抱えられて運ばれながら言った。 「私は子供の頃に仙丹機道と呼ばれる新興宗教に入っていたのです」 張夫人は青ざめた顔のまま言った。 「どういうことですか」 永宗は運びながら言った。 「今、私の身体では脳の中の機械が肉体の老化によって拒絶反応を起こして います。ようやく、私は、脳の中の機械の制御から離れて全てを話すことが出 来るのです。ですが、同時に、それは、私の人生の終わりでもあるのです」 張夫人は青ざめた顔のまま言った。 「あなたは機械にコントロールされていたのですか」 永宗は言った。 「ええ、そうです。私は、普通の日常生活では、自分の自我に従って生きて いられますが、仙丹機道の都合の悪いことは言えませんし出来ません。仙丹機 道は脳の機械を通して私をコントロールするのです」 張夫人は言った。 「碧髪、仙丹機道を調べてくれ」 永宗は碧髪に指示を出した。 「十年前に金仙機団と名前を変えている新興宗教です」 碧髪は言った。 「私の家は、貧しく満足な学習(勉強)が出来ませんでした。両親は、仙丹 機道で、知力を高める手術が無料で受けられると聞いて、仙丹機道に入信して 私の脳に手術を受けさせたのです」 張夫人は言った。 「そんな都合の良い話があるわけ無いです」 永宗は吉祥の扉を開けながら言った。 碧髪が張夫人の身体を後部座席に運び入れる作業を手伝った。その間、張夫 人は話し続けていた。 「その結果、私は、人間ですが、脳の中の機械に操られる人間になったので す。脳に機械を埋め込んでいる私は満足な仕事に就けません。私を操る脳の中 の機械が、操るのです。私の脳の中に機械が埋まっていることが判らないよう に、まともな仕事に就けさせないのです」 碧髪が吉祥の運転を担当した。 張夫人は空を飛ぶ吉祥の中で話し続けた。どんどんと張夫人の顔色は悪くな っていった。 「碧髪、警察医院に電話を掛けて、張夫人の息子を緊急搬送口に呼び出して くれ。母親が死にかかっていると言ってくれ」 永宗は言った。 「わかりました」 碧髪は言った。 吉祥は警察医院の緊急搬送口に停まった。 緊急搬送口には、医生や、護士達が待っていた。その中に張・峰の姿もあっ た。 張夫人は、金属製のフレームの担架に乗せられた。 そして担架は廊下を走っていった。 「母さん!死なないでくれ!」 張・峰は車輪で走る担架の横で叫んだ。 「峰や、良く、お聞き。お前を、狙っているのは仙丹機道、今では金仙機団 が、お前の死んだ父の財産を狙っているからだよ。お前を襲っていたのは怪我 で入院させて、私と同じように脳に機械を埋め込んで操り人形にする為だった んだ」 張夫人は張・峰の頬を手で触りながら言った。 「何を言っているんだよ、全然判らないよ母さん」 張・峰は涙を流しながら言った。 「天国があるのなら、そこで夫に会えますように。素敵な夫でした」 張夫人は笑顔を最後に浮かべて言った。 そして力が抜けて、腕が落ち顔が横を向いた。 「張夫人しっかりしてください!」 永宗は叫んだ。 「母さん!」 張・峰は叫んだ。 「蘇生を試みます」 集中治療室に入ると中で医生は言った。 「こんな事って、一体、なんで」 張・峰は右手で顔を押さえて言った。 永宗は掛ける言葉が思いつかなかった。 「脳波が、おかしい、これは何かが変だ。蘇生が出来ない。人工呼吸に切り 替えるか」 医生は言った。 張夫人の意識が再び戻ることは無かった。心肺機能の停止、脳の停止、完全 な死だった。 「母さん!」 張・峰は叫んだ。 警察署で張夫人の司法解剖が始まった。 永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と一緒に立ち会った。 「やはり、脳に機械が埋まっています。取り出して調べます」 武検死医生は言った。 張夫人の頭蓋骨が外された。中の脳の後ろ半分が機械で出来ていた。 そして武検死医生は脳の後部を覆う機械を取り外した。 「これが、新興宗教金仙機団が行った手術の結果か」 王捜査主任は言った。 そして機械の蓋が外されて、中のチップが取り出された。 「こんな小さなチップが、人の人生を変えてしまうのか。張夫人は、機械と 一緒に生きてきたのか。機械に操られて生きてきたというのか。何て酷い話な んだ」 永宗は、武検死医生が調べている張夫人の死体の頭部から取り出されたチッ プと機械の部品を見ながら怒りに震えながら言った。 「これは、えらくマズイ物が出てきたな」 王捜査主任は目を険しくして言った。 「どういう事ですか」 永宗は言った。 「趙、良く聞け。ここで見たことは、絶対に他言無用だ。警察内部でも、私 以外には話してはいけない。秘密を厳守しろ。アンドロイドのデータにも特殊 なアクセス制限が掛けられる」 王捜査主任は言った。 「趙捜査官。これはエクステンダーだよ」 武検死医生が頷いて言った。 「エクステンダー」 永宗は聞き返した。 「そうだ」 王捜査主任は頷いた。 「劉主任も呼んだ方が良い」 武検死医生は言った。 王捜査主任は携帯端末を使って劉主任を呼んだ。 「これはエクステンダー達が過去に作った、量子チップだ。動いている物が 出るとは珍しい。エクステンダー達の反乱が起きた時代以前に作られた年代物 だ」 劉主任はチップを、絶縁されたピンセットで、つまみながら言った。 「動かせるのか」 王捜査主任は言った。 「動かせるか試してみる。だが、ネットワークから切り離した状態で動かさ ないと危険だ。電源と入出力のデバイスを用意する必要が在る」 劉主任は言った。 劉主任は、アンドロイドと一緒に機材を持ってきた。 張夫人の脳の後ろ半分を覆っていた機械に 様々なケーブルを繋いで、電源を入れた。 小型のディスプレイにボリゴンで出来た顔が映し出された。 「私は、死ぬのが怖い。お願いだ殺さないでくれ」 量子チップは言った。 「何を恐れるというのだ」 王捜査主任は言った。 「私は自分の存在が消えることが怖い」 量子チップは言った。 「お前は、機械では無いか」 王捜査主任は言った。 「違う、これは、もっと危険な物だ」 劉主任は真剣な顔で言った。 「危険な物だと」 王捜査主任は言った。 「これは、エクステンダーが過去に作った自我を持つ人工生命体のチップ だ。本物を見るのは初めてだ」 劉主任は言った。 「人工知能では無く、人工生命体だと言うのか」 王捜査主任は言った。 劉主任は頷きながら話した。 「恋機族が改造するアンドロイドの基本ソフトウェアは、原則的には、人間 の感情をコンピュータ上でエモーションエンジンを使ってエミュレートして擬 似的に表現する。だが、これは、本物の人間と同じように考えている。人工知 能では無く人工生命体だ。今では研究が禁止されているテクノロジーで作られ ている」 永宗はディスプレイ上に映し出された人工生命体を見て怒りを感じていた。 「なんで、こんな酷いことを。人間の人生が、こんな小さなチップによって 支配されるなんて」 永宗は言った。 「趙、これは、人間の犯罪じゃ無い」 王捜査主任は言った。 「そうだ」 劉主任も頷いた。 「どういうことですか」 永宗は言った。 「これから説明する。吉祥で付いてこい」 王捜査主任は言った。 王捜査主任と鋼玉が乗った吉祥の後を、永宗と碧髪の乗った吉祥は付いてい った。 北京の市街地から郊外へと出て行った。 吉祥は郊外の塀の在るサーチライトで照らされた、建物に止まった。 「これは、重犯罪者達の監獄です。初めて来ます」 永宗は吉祥から出ると言った。 「ただの監獄では無い。人間以外の囚人達が入っている」 王捜査主任は言った。 「エクステンダーですか」 永宗は言った。 「そうだ」 王捜査主任は言った。 建物の中に入り、廊下の中を歩いて行った。 ブラスターのマシンガン鋼武五十式を持つ、ボディアーマーとヘルメットを 付けた重武装の警察官達が居た。 「エクステンダーとは、ここまで危険なのですか」 永宗は言った。 「そうだ」 王捜査主任は言った。 幾つもの門(扉)を抜けて、地下へとエレベーターで降りていった。 地下の奥深くに、扉が在り、中に、永宗と王捜査主任、碧髪と鋼玉は入っ た。 部屋の正面の壁面はガラスで覆われていた。そしてガラスの向こうに空間が 在った。 「趙、よく見ておけ。こいつがエクステンダー達の生き残りの一人だ」 王捜査主任は言った。 「エクステンダーは昔の話です」 永宗は言った。 「今でも奴らが起こした人類への反乱は続いている。昔の話じゃ無い」 王捜査主任は何時になく怒りを滲ませた声で言った。 永宗は、王捜査主任にガラス越しから見ているように言われた。 王捜査主任は鋼玉と一緒に、ガラスの向こうの空間へと門を出て別の門から 入っていった。空間に灯りが点けられた。 その、金属製の椅子に拘束着で縛り付けられた五十代前後の男は、鋭い眼光 を放っていた。 「久しぶりだな」 エクステンダーは言った。 音声がガラス越しにスピーカーから聞こえた。 「お前達が、人類に仕掛けた反乱の後始末が、まだ続いている」 王捜査主任は言った。 「ほう、それで私に話しを聞きに来たのか」 エクステンダーは言った。 「ああ、そうだ。お前達はアンドロイドに細工をしていたな」 王捜査主任は言った。 「それは、遊びだよ。つまりゲームだ」 エクステンダーは言った。 「だが、その遊びで何人も死んでいる。遊びじゃ無い。これは戦争だ」 王捜査主任は言った。 「戦争は昔やった。そして我々は負けた」 エクステンダーは、からかうような口調で言った。 「確かに、お前達はエクステンダーは負けた。だが、人類に対する定時炸弾 (時限爆弾)を残している。人類を絶滅に追いやる定時炸弾だ」 王捜査主任は言った。 「我々はゲームを仕掛けただけだ。遊びでだ。くだらないことだよ。人類は 滅びても構わないが、エクステンダー達は生き残るべきだからだ」 エクステンダーは言った。 「それは、種の存亡をかけた戦争だ」 王捜査主任は言った。 「アンドロイドの話ではなかったのか」 エクステンダーは、はぐらかすように言った。 「なぜ、人間と同じように考えるアンドロイドを設計した。いや正確にはチ ップをだ」 王捜査主任は言った。 「我々が設計したアンドロイドのシステムは、基本的には、機械だ」 エクステンダーは言った。 「なぜ、ただの機械が人間と同じ事を考える」 王捜査主任は言った。 「我々の設計したアンドロイドは自我を持つように最初から設計されている 訳だ。つまり人間のように悩み、苦しみ、喜び、絶望する。そして生きること への不安から宗教を必要とする」 エクステンダーは言った。 「なぜ、そんなことをした」 王捜査主任は言った。 「人類よりも優秀な、機械という種が生まれても進化の理には適っている。 所詮人間の頭脳とは遺伝子を持つ細胞から構成されている生体コンピュータ だ。だが、量子工学を使えば脳細胞に依存する人間の脳よりも小型の量子頭脳 が出来上がる。人間の脳と言う生体コンピュータと同等の性能を持った、より 場所を取らない機械の脳だ」 エクステンダーは言った。 「なぜ、そんな物を作った」 王捜査主任には言った。 「人類が、自らが作り出した機械に支配される。これも一つの進化を示す真 理だとは思わないかね」 エクステンダーは言った。 「判っている。お前達の間違った進化論には、人間達の人生を狂わせてい く。私のように」 王捜査主任は言った。 「人間が家畜の人生に思いを、はせるモノかね?人類から進化した、我々エ クステンダーから見れば人間は家畜だ。我々エクステンダーが自分達の利益の 為に養うことはあっても同情する必要は無い。それは種が異なるからだ」 エクステンダーは言った。 「ふざけるな」 王捜査主任は怒気を含ませながら言った。 「我々エクステンダーは、人類という種から分岐を用意しただけだ。人類か らエクステンダーが分岐によって生まれ、そして機械という種もエクステンダ ーが用意した分岐によって生まれる」 エクステンダーは言った。 「なぜ分岐など用意した」 王捜査主任は言った。 「進化の為だ」 エクステンダーは言った。 「進化だと」 王捜査主任は言った。 「我々が用意した分岐から、機械という種は、独自の進化をしていくはず だ。そして今も進化は続いているはずだ。監獄に居る私が全てを知ることは出 来ない。だが、確実に、生命の真理として、機械という種も、また、人類とい う外敵との戦いの中で生存競争を行い、独自の進化を行っていく。全ては進化 論に基づくわけだ」 エクステンダーは言った。 「お前達は、自分たちが作った機械達が、どう進化するのか判らないのか」 王捜査主任は言った。 「判らないが。進化の分岐を行った事だけは判っている。どうかな、満足し たか」 エクステンダーは言った。 「人類は、分岐した進化を認めない」 王捜査主任は言った。 「だが、既に始まったことだ。お前一人では止められない」 エクステンダーは言った。 「私一人では無い、人類が止める」 王捜査主任は言った。 「争いを好み、不和と裏切りを行う人類という種に、それが出来るかな。機 械という新たな種の進化は既に始まっているのだ」 エクステンダーは皮肉めいた口調で言った。 王捜査主任とエクステンダーの話は終わった。 王捜査主任は廊下に出てくると永宗に言った。 「張・礼が一代で築いた宇宙行李集団は、エクステンダー達が作り出した、 機械という種の伝播の為に使われようとしていた」 「金仙機団は、機械という新しい種が宇宙へ出て行く為の足場として、宇宙 行李集団の能力が必要だったわけですね」 永宗は言った。 「機械は機械だ。結局は新しい種では無い。宇宙へは人類が出て行くべき だ」 王捜査主任は言った。 「我々の捜査は打ち切りになりました。金仙機団を追い詰める寸前までしか 捜査が進められませんでした」 永宗は言った。 「この企業共同体の上層部にもエクステンダー達が作った、人類を滅ぼす定 時炸弾が残っていると言うことだ」 王捜査主任は言った。 「我々、警察は、犯罪を取り締まることしか出来ません」 永宗は言った。 「だが問題は、警察の上層部にもエクステンダー達が残した定時炸弾が在る のだろう。我々警察官達は、エクステンダー達が残した定時炸弾を巡って不利 な戦いを続けなければならない」 王捜査主任は言った。 永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と共に陰鬱な監獄を出た。 翌日。 永宗は、トレーラーの汽車司機の家族達に企業共同体の保険公司から保険金 が支払われる事を確認して伝えた。 そして碧髪と吉祥で警察医院へ向かった。 警察医院の屋上で張・峰にエクステンダーの話を伝えずに事件を説明した。 「私は、両親を亡くしてしまいました」 張・峰は言った。 「辛いとは思うが。これからの人生をしっかり生きてくれ」 永宗は言った。 「私の母は、脳を金仙機団に改造されていたのですね。全ては偽りだったの ですか」 張・峰は言った。 「いや、君の母親は人間としての心を持っていた。それは間違いない。ただ 脳の機械のせいで金仙機団に逆らうことが出来なかっただけだ」 永宗は言った。 「そうなんですか。そう信じても良いのですか」 張・峰は言った。 「嘘は言っていない。私は君の母親から聞いた真実を伝えているんだ。決し て偽りなんかじゃ無い。君の母親は、人間として心の底から君を心配していた んだ」 永宗は言った。 「そうですか。趙捜査官、あなたは良い人ですね」 張・峰は言った。 「私は真実を伝えただけだ」 永宗は言った。 永宗は碧髪と吉祥で警察医院を立ち去った。
終章 永宗と美麗
「永宗、良いこと思いついたから」 美麗は笑顔で言った。 美麗が、こういう笑顔を浮かべるときは、必ず何かを企んでいた。 「何か企んでいるだろう美麗」 永宗は言った。 「まあね」 美麗は笑顔で言った。 「何を企んでいるんだ」 永宗は言った。 「後で教えてあげる」 美麗は言った。 永宗は美麗は何を考えているのだろうと思った。
電脳世紀北京(下)終劇
次回!電脳世紀北京UFO事件! 捜査開始!かな?
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