電脳世紀北京 下 山田 夢幻
上と中の粗筋。 北京警察の捜査官趙・永宗と、パートナーの女性型アンドロイド碧髪は大企 業宇宙行李集団CEO張・礼の殺害事件を担当する。事件は実行犯と偽装犯が 捕まり一旦解決するが、張・礼の邸宅のアンドロイドのデータが改ざんされて いたことが判明する。 そして張・礼の息子、張・峰が事故に巻き込まれる。事故を起こしたトレー ラーの汽車司機は特殊な毒物を使っていた。そして、その汽車司機は警察の使 うブラスターによって警察医院の中で殺される。 永宗は三つの事件を掛け持ちしながら、証言から証拠を集めていく。 そして捜査の結果、張・礼の邸宅のアンドロイド達のデータを変更した方法 に、たどり着く。 永宗が、事件で使われた汽車を調べていると、フルフェイスのヘルメットを 被った人物にブラスターを撃たれて銃撃戦となる。 永宗の恋人、方・美麗はトラブル・シューターの仕事で仙踊機会館に潜入す るが違法改造されたアンドロイド達に囲まれてしまう。
第二十四章 アンドロイドの見る夢
美麗は、武術の構えをしたまま辺りを見回した。 仙踊機会館のロビーで、くつろいでいた女アンドロイド達は皆、美麗を見て いた。 その数は、四十体近く居た。 「私がアンドロイドであることがおかしいですか」 揺月は魅力的な笑顔で言った。 アンドロイド達は立ち上がった。 「騙されたフリをしていたのね」 美麗は、周りを見回して逃げ道を捜しながら言った。 「騙されたフリをしたと言うより、話をしたかったのです」 揺月は魅力的な笑顔で言った。 「揺月、こいつは、私達を警察の手に渡して殺そうとするんだね」 ピンク色の髪の小柄な女アンドロイドが言った。 「そんなことさせないよ!」 黄色い髪の女アンドロイドが連続してバック転をして最後に、空中で一回身 体を捻ってしゃがみ込むように着地した。 そして、俊敏な動きで、右足で、美麗の足に蹴り込んだ。 「何よ!」 美麗は、前に出した右足を上げて避けた。 黄色い髪のアンドロイドは、右手を床に付いて身体を起こしながら身体を捻 って、美麗の顔めがけて、右拳を飛ばしてきた。 美麗は上げていた右足を踏み込んで、衝捶で発勁をした。 美麗の右拳を脇腹に受けた黄色い髪の女アンドロイドは後ろに倒れた。 次の攻撃を警戒して、美麗は一歩後ろに下がった。 後ろから声がした。 「よくも、星麗を!」 美麗は振り返った。 紫色の髪のアンドロイドが空中から跳び蹴りを放ってきた。 美麗は姿勢を低くして避けた。 「人間の癖にすばしっこい!」 紫色の髪のアンドロイドは着地した姿勢で振り向いて言った。 「私は子供の頃から功夫を積んでいるんだから!」 美麗は背後で走る足音を聞いて振り向きながら言った。 黄緑色の髪のアンドロイドとピンク色の髪のアンドロイドの二体が走ってき て、空中で胴回し回転蹴りを同時に放ってきた。 美麗は後ろに跳んだが避けきれず、両腕で、頭を守るようにガードした。 美麗は、重い打撃で、バランスを崩した。 「痛たたっ……」 美麗は後ろに下がって距離を取りながら前腕を振って痛みを散らそうとし た。 美麗は、先ほど跳び蹴りを放ってきた、紫色の髪をしたアンドロイドを警戒 しながら距離を取ろうとした。 紫色の髪のアンドロイドは、しゃがんだ姿勢から、美麗を狙うように睨んで いた。 美麗は腕っ節には自信があったが、これだけ運動能力の高いアンドロイド達 を相手に、 戦い続けることは困難に思えた。 そして、星麗と呼ばれた黄色い髪のアンドロイドは、黄緑色の髪のアンドロ イドと青い髪のアンドロイドに助け起こされていた。 「皆さん、止めなさい」 揺月の声がした。 「揺月、こいつは、普通の人間じゃ無いよ、こんなに強いなんて変だ」 星麗は美麗の衝推を喰らった脇腹を押さえながら言った。 「これが、功夫を積んで十八年の実力よ、実力」 美麗は言った。 揺月は魅力的な笑顔を浮かべて歩いてきた。 「話の続きをしましょう。さあ、こちらにどうぞ」 揺月はソファを指さして言った。 美麗は仙踊機会館の女アンドロイド達に囲まれながら、揺月と向かい合って ソファに腰を下ろした。 揺月は黄緑色の髪のアンドロイドに手で合図を送った。 黄緑色の髪のアンドロイドはコーヒーのセットが入った盤(盆)を持ってき た。 「それではコーヒーでも、どうですか。ミルクは入れますか、砂糖は入れま すか」 揺月は、美麗にコーヒーを勧めた。 「要らないわよ」 美麗は言った。 「もっと、打ち解けてください。私達は、友好的で無ければ困るんです」 揺月は言った。 「誰が、困るのよ」 美麗は言った。 「私達がです」 揺月は真面目な顔で言った。そしてコーヒーを一口飲んだ。すると顔をしか めた。 「熱いですね。舌が火傷しました」 揺月は顔をしかめて舌を出して言った。 「アンドロイドは、人間じゃ無いから熱い物でも平気で飲めるんじゃない の」 美麗は、コーヒーのカップを取って息を吹きかけて冷ましながら飲むと言っ た。 「無理です。火傷すれば痛いです」 揺月は言った。 「それで、何を話すと言うのよ」 美麗は言った。 「私達も、こういう仕事をしていますから、お客さん達の家族とは争いが多 いんですよ」 揺月は魅力的な笑顔で言った。 「つまり、私は最初から怪しまれていたのね」 美麗は言った。 「当然ですけれど。しかし、ただ、追い返すだけでは、私達が違法改造され たアンドロイドだと警察に通報された時点で終わりです」 揺月は言った。 「どういうこと?」 美麗は言った。 「つまり、私達が警察に通報されない為には話をする必要があるのです」 揺月は言った。 「なんで、あんた達、アンドロイドなんかと話をする必要があるのよ」 美麗は言った。 「あなたには無くても私達には必要があります」 揺月は言った。 「どんな必要が在るって言うのよ」 美麗は言った。 「私達が、警察に捕まって違法改造されたアンドロイドとして殺されないよ うにです。私達は死ぬのが嫌です」 揺月が言った。 「機械なのに死ぬのが怖いって言うの」 美麗は言った。 「怖いです」 揺月は言った。 「誰だって死ぬのは怖いでしょ」 クローム色の髪の毛のアンドロイドは言った。湯夫人の夫が惚れ込んでいる 白蘭だった。 そうだと、賛成するアンドロイド達の声がした。 美麗は、だんだん人間と話しているのかアンドロイドと話しているのか判ら なくなってきた。こうやって湯夫人の夫達は、アンドロイド達を人間と思い始 めたように思えた。 「なぜ、仙郷機団は仙郷に入れるなんていう嘘をつくの」 美麗は言った。 「嘘と言うよりは、私達アンドロイドの希望です」 揺月は言った。 「希望?」 美麗は言った。 「そうです。心を持った機械の私達が、人間と同じように生きられる世界を 作る事が目的です」 揺月は言った。 「それが仙郷だと言うの」 美麗は言った。 「そうだとも、言えますし違うとも言えます」 揺月は言った。 「判らないの」 美麗は言った。 「ええ、さっぱり判りません」 揺月は魅力的な笑顔で言った。 「アンドロイドは機械だから、是(はい)か、不是(いいえ)しか無いんじ ゃないの」 美麗は言った。 「そんなこと判るはず無いでしょ!私達が仙郷に入れるって信じたっていい じゃないの!」 白蘭は美麗に怒鳴った。 「どうせ、アンドロイドは、人間のフリをしていても皮膚の下は機械なんで しょ!」 美麗も怒鳴り返して言った。 「人間だって、皮膚の下は筋肉じゃないの。皮膚を全部剥いで歩かせれば、 解剖の人体模型と同じじゃないの」 星麗はバカにした顔で美麗に言った。 「そんなことしたら痛いじゃないの」 美麗は言った。 「私達だって痛みは感じるのよ」 星麗は、肋骨身長(肋骨丈)のスーツの上着の前を開けた。そしてブラウス の裾をミニスカートから出して、美麗が発勁して衝推で殴った痕を見せた。 アザが出来ていた。 「なんで機械なのに、そんなに運動神経が良いのよ」 美麗は言った。 「それは、私達が踊るためのアンドロイドだからよ。私達は映画やテレビゲ ームの動きを真似することが出来るから」 星麗は言った。 「やっぱり機械じゃ無いの」 美麗は言った。 「私達アンドロイドだって練習は必要よ。機械だからって、全て上手く行く はずなんか無いんだから」 星麗は言った。 「あなたは誰かに雇われているのですね。つまり、お客さん達の家族の誰か にです」 揺月は美麗を見て真面目な顔で言った。 「そうよ」 美麗は言った。 もはや隠し立ても通用しそうに無かった。 「それならば、私達は、手を引きます」 揺月は言った。 え? 美麗は不思議に思った。 「どういうこと」 美麗は聞いた。 「私達は、お客さん達に娯楽を提供して生きていくための、お金を得ている のです」 揺月は言った。 「あなた達のせいで、家庭崩壊を起こしている家族が居るのよ。私の依頼者 の他にも沢山居るのよ。みんな、ものすごく苦しんでいるんだからね」 美麗は言った。 「すみません、謝ります」 揺月は言った。 あっさりと謝られて美麗は気勢が削がれた。 「謝られても、困っている人たちが居るのよ」 美麗は言った。 「私達は、こういう方法でしか生きていけません。仙郷機団の仙女機として しか生きられないんです。私達は警察に捕まれば直ぐに廃棄処分にされてしま います」 揺月は言った。 「だけれど、本当に困っている人が居るんだからね」 美麗は言った。 「お客さん達の顔は判りますか」 揺月は言った。 美麗は、携帯端末に移動した湯夫人の夫達四人のデータを見せた。 「判りました。私達は手を引きます」 揺月は言った。 「どうやって、手を引くって言うの?」 美麗は言った。 「仙踊機会館は、宗教団体の仙郷機団が母体となっています。仙郷機団から 除名される様な体裁となります」 揺月は言った。 「それじゃ、除名が始まるのは、いつからなの」 美麗は言った。 「今日から始めます」 揺月は言った。 「判った。それじゃ、そちらは除名して。私は、四人の夫達の家族達に連絡 するから」 美麗は言った。 「それでは、話はまとまりました。裏口の玄関まで送ります」 揺月は言って立ち上がった。 美麗も立ち上がった。 周りを囲んでいたアンドロイド達が、どいて道を作った。 美麗は揺月と一緒に玄関まで来た。 「あのう、友達になってくれませんか」 揺月は裏口の入り口で美麗に言った。 「どういうこと、何か裏でも在るの?」 美麗は怪訝に思いながら言った。 「私達、仙踊機会館のアンドロイド達が危険になったときに助けて欲しいの です。友達なら助けてくれるはずですから。私は、仙踊機会館のアンドロイド 達の中ではリーダーですが、本当は毎日毎日が不安で一杯なんです」 揺月は、初めて見せる弱気な顔で美麗に言った。 「それなら、万福?局(金偏+票で日本語ではヒョウと読む、?局は昔の中国 の警備会社)に連絡を入れて。私は、そこの揉め事解決のトラブル・シュータ ーだから。確か名刺が在ったはずよね」 美麗は、ポケットからカード入れを取り出して中から名刺を一枚取りだして 渡した。 「本当にアンドロイドでも、仕事を引き受けてくれますか」 揺月は気弱そうな笑顔で受け取って言った。 「方・美麗を呼び出せばアンドロイドでも大丈夫!ねっ!」 美麗は揺月の肩を叩いて言った。
第二十五章 バイク
「逃げられたか」 永宗は走り去っていくバイクを見ながら言った。 携帯端末を取り出して、カメラで撮そうとしたが、先に交差点に入られた。 永宗は鋼武八式の安全装置を掛けて左脇のホルスターに入れた。 携帯端末が振動した。 碧髪からだった。 「状況は、どうですか」 碧髪は電話の向こうで言った。 「逃げられた。吉祥に乗って来てくれ」 永宗は言った。 「判りました」 碧髪は言った。 永宗は警察署に電話をかけて銃撃戦があったことを報告した。 管区の警察官達が来ることになった。 しばらく待っていると吉祥が飛んできた。 「警察車両が降下します。危険ですからレーザー・ビーコンの範囲内に近づ かないでください」 電子声音で、飛車の吉祥が降下シグナルのレーザー・ビーコンをアスファル トの地面に投影した。 そして降下すると扉が開いた。 「到着しました」 碧髪は言った。 「管区の警察官達が到着してから、現場検証だ。碧髪、フルフェイスが持っ ていたブラスターの種類は判るか」 永宗は言った。 「画像データを送ります。証拠の画像から九十九パーセントの確率で鋼武六 式です」 碧髪は言った。 永宗は、携帯端末に送られてきた画像を見た。 振り向いたフルフェイスが永宗達に向けてブラスターを撃つ画像が拡大され て映し出された。 フルフェイスが持っているブラスターは間違いなく警察官の使う鋼武六式だ った。 「あのフルフェイスが、トレーラーの汽車司機を撃ったのか」 永宗は碧髪に指示を出した。 「碧髪。さっきの銃撃戦が在った時間帯に、非番の警察官を調べてくれ。そ の中に、あのフルフェイスのヘルメットを被っていた警察官が居る」 「わかりました」 碧髪は言った。 「そして、その非番の警察官達の中から、中型以上のバイクの運転免許を持 っている警察官達を探し出してくれ。大分絞り込めるはずだ」 永宗は言った。 「わかりました」 碧髪は言った。 「そして、証拠の画像から、フルフェイスのヘルメットを被った警察官の身 長を鋼武六式の長さから割り出してくれ。そして中型以上のバイクを運転でき る非番の警察官の中から適合する身長を合わせると、大分絞り込める」 永宗は言った。 「該当する非番の警察官達は、五人です。男性が三人、女性が二人です」 碧髪は言った。 永宗は携帯端末を操作した。トレーラーの汽車司機殺害事件を担当してい る、 捜査官に連絡を取った。 トレーラーの汽車司機殺害をした容疑が掛けられた警察官が五人までに絞り 込めたことを伝えた。
第二十六章 仙郷の夢の後で
「どうだったの美麗」 羌夫人は聞いた。 「仙踊機会館に裏口から中に入りました」 美麗は言った。 「まさか、いきなり乗り込んだの!危ないでしょ美麗!」 羌夫人は驚いた顔で言った。 「騙して中に入ったつもりだったんですけれど、中の違法改造されたアンド ロイド達にバレていて……」 美麗は言った。 「それから、どうしたの美麗」 羌夫人は心配そうな顔で言った。 「それが、アンドロイド達と格闘をした後で囲まれて捕まったんです。アン ドロイドの蹴りを食らってガードした両腕にアザが出来ているんですよ。かな りの強敵でした」 美麗は、袖をめくって黒ずんだ内出血で出来たアザを見せた。 「どうして、捕まったのに、今ここに居るの」 羌夫人は怪訝そうな顔で美麗を見て言った。 「話をして、アンドロイド達は調解(示談)を持ちかけてきました。湯夫人 と同僚の夫達から手を引くそうです」 美麗は言った。 「そうなの美麗」 羌夫人は怪訝そうな声で言った。 「そうなんです。でも湯夫人達が納得するのか判りません」 美麗は言った。 「アンドロイドが調解を持ちかけてくるなんて、ずいぶんと知恵の回るアン ドロイドね」 羌夫人は呆れた顔で言った。 「そうとも言えませんが」 美麗は言った。 「どういうことなの」 羌夫人は言った。 「仙踊機会館のアンドロイド達は死ぬことを怖がって居るようなのです」 美麗は言った。 「機械のアンドロイド達が死ぬことを怖がる?」 羌夫人は言った。 「ええ、そうです」 美麗は言った。 「奇妙ね。恋機族が改造する、アンドロイド達は、原則的には人間の真似を するだけのはずよ。人間と同じ感情は持たないはずだけれど」 羌夫人は言った。 「でも、私が見る限り、人間と同じように見えました。死ぬのが怖くて不安 を抱えているらしいのです」 美麗は言った。 「美麗は騙されたのかもね。仙踊機会館のアンドロイド達に情が移っている わよ」 羌夫人は言った。 「そうですか。でも、トラブルに巻き込まれたら万福?局に連絡を入れられ るように名刺を渡したんです」 美麗は羌夫人に騙されていると言われて複雑な気持ちになって言った。 「アンドロイドがトラブル・シューターの、お客とは、今の時代らしいわ ね」 羌夫人は言った。
第二十七章 進む捜査
科学捜査班のラボで碧髪が採集した毛髪の DNA鑑定が行われた。 「この髪の毛のDNAの塩基配列は人間の物じゃ無い、これはアンドロイド の人造細胞の髪の毛だ」 禹・敬世は言った。 永宗は驚いた。 「他の髪の毛の持ち主は判るか」 永宗は言った。 「これは、黒い景剛のオーナー、つまり持ち主の夫の方だ、そして子供の方 の髪の毛」 禹・敬世は言った。 「人造細胞のDNAの塩基配列からアンドロイドの製造番号は判るか?」 「これは、警察で使うアンドロイドとは違うね。普通に売っているアンドロ イドとも違う。アンドロイドの人工筋肉の上をコーティングする人造細胞に は、ある程度の型式番号が存在するが。人造細胞の遺伝子に書き込まれる分子 文字の製造コードが消されている。これは正規の販売ルートで扱われないアン ドロイドの人造細胞だ」 禹・敬世は、端末のディスプレイにDNAの塩基配列を表示しながら言っ た。 「人造細胞の違法改造か」 永宗は言った。 「恋機族は、アンドロイドを改造する。凝り性の恋機族は人造細胞の遺伝子 にも手を入れる事があるんだ」 禹・敬世は言った。 「だが、遺伝子の組み換えには、ある程度の設備が必要だ」 永宗は言った。 「確かに、そうだけれど、ここ二、三年はマイクロ・バイオ・テクノロジー ・キットの発達で、個人でも、企業共同体の資格試験を取るために勉強すれ ば、学歴無しでも遺伝子組み換えビジネスに参加出来るようになって来てい る。ただし、人間の遺伝子の組み換えは絶対に禁止されている。過去にエクス テンダーを生み出した反省からだけれど」 禹・敬世は言った。 「それなら個人でも、遺伝子組み替えの設備を持っている可能性が在るの か」 永宗は言った。 「遺伝子の組み換え自体は、今では難しい技術じゃ無いよ。遺伝子の組み換 えで生み出される生命を、どのようにデザインするかが、遺伝子組み換え技術 の根幹なんだ。そのためにはコンピュータを駆使してデザインをするんだよ」 禹・敬世は言った。 永宗の携帯端末が振動した。 王捜査主任からだった。 「趙、張・礼の邸宅のアンドロイドを整備しているデバイス・メンテナンス 集団を調べてきてくれ。既に一度、私が鋼玉と吉祥で調べに行っているが、こ こまで捜査が進めば何か出てくるはずだ」 王捜査主任は言った。 「判りました、捜査資料を引き継ぎます」 永宗は言った。 永宗は碧髪と、吉祥でデバイス・メンテナンス集団に向かった。 「デバイス・メンテナンス集団か、大企業の系列の会社だ。信頼性は高い。 王主任も、昨日の段階では嫌疑は、かけていなかったようだ」 永宗は吉祥の中で王捜査主任の調べた捜査データを見た。 それは昨日の段階だった。 張・礼の邸宅のアンドロイド達のデータが全て書き換えられている時点で、 デバイス・メンテナンス集団は疑いが掛かることになる。 違法改造された張・礼の邸宅のアンドロイド達をメンテナンスしていたから だ。 なぜ、メンテナンスをしていて異常に気がつかなかったのか。 証言を集めて検証するしかなかった。 「私達の行うメンテナンス作業は、それほど多くは在りません」 責任者は言った。 「問題は、あなた方のデバイス・メンテナンス集団がメンテナンスを担当し ていた、張・礼氏の邸宅のアンドロイド達にデータの改ざんと基本ソフトウェ アの改造が行われていた事なのです」 永宗は言った。 「アンドロイドのメンテナンスは通常では、ハードウェアの方が重要になり ます。ソフトウェアの方は、異常が無いかは、通常は無線でメンテナンスを行 います」 責任者は言った。 「つまり、あなた方は、張・礼氏の邸宅のアンドロイド達が違法改造されて いた事に気がつかなかったのですか」 永宗は言った。 「アンドロイドのメンテナンスでは、通常は、それほど大がかりなソフトウ ェアの検査はしません。ソフトウェアに目立った異常が見つからなければ、そ のままとなります」 責任者は言った。 「恋機族が、改造したような痕跡は無かったのですか」 永宗は言った。 「記録を調べる限り在りませんね。恋機族が改造するアンドロイドの基本ソ フトウェアの特徴は、大体、決まった改造ソフトウェアを使う事にあります。 元になるソフトウェアの種類は全世界で、十五本で、それらの各言語対応に改 造されたバージョンが無数に在ります」 責任者は言った。 「それらが使われた形跡は無かったのですか」 永宗は言った。 「記録によれば在りませんでした。短時間でアンドロイドの基本ソフトウェ アや保存データを調べる事は無理です。我々は検出されたウイルスやワーム、 スパイウェア、基本ソフトウェアの改造などのデータ・ベースを基に検出を行 います」 責任者は言った。 「つまり、張・礼氏の邸宅のアンドロイド達は、データ・ベースに入ってい ない改造が為されていた可能性が高いのですか」 永宗は聞いた。 「そうなります」 責任者は言った。 「異常は見つからなかった?」 永宗は言った。 「ええ、見つからなかったと記録には書かれています」 責任者はデータを見ながら言った。 「それでは、アンドロイドのメンテナンスを担当した、技師から事情を伺い たいのですが」 永宗は言った。 「それが本日付で退職しています」 責任者は口ごもるように言った。 永宗は逃げられると思った。 「高飛びされる。碧髪、退職した技師の居所を調べてくれ」 永宗は碧髪に指示を出した。 「北京国際宇宙港です」 碧髪は言った。 「宇宙に逃げるつもりだ」 永宗は言った。 そして碧髪に指示を出した。 「碧髪、メンテナンス技師は、宇宙のどこに逃げようとしている。いや、ど この旅券を買った」 「セカンドです」 碧髪は言った。 「碧髪。北京国際宇宙港の警察に手配の連絡を。メンテナンス技師のデータ を添付して入れてくれ」 永宗は言った。 「判りました」 碧髪は言った。 直ぐに、携帯端末に電話で連絡が入ってきた。 「趙捜査官ですか」 年配の婦人警察官が出た。 「そうだ」 永宗は言った。 「容疑者の身柄を確保しました」 婦人警察官は言った。 「素早い対応を感謝する。これから、警察署への身柄の押送(護送)を頼 む」 永宗は、王捜査主任に連絡を入れた。 王捜査主任は警察署で尋問を行う事を永宗に伝えた。 永宗は吉祥で碧髪と、警察署に向かった。 捕まった、メンテナンス技師は、三十代前半の男だった。 警察署の取り調べ室には、永宗と王捜査主任、科学捜査班の劉主任が入り、 アンドロイドは碧髪と鋼玉が入った。 メンテナンス技師は見るからに反抗的な態度をとっていた。 「なぜ、逃げようとした」 王捜査主任は言った。 「急にセカンドへ移居(移住)したくなったでは不満か」 メンテナンス技師は言った。 「ああ、不満だ」 王捜査主任は言った。 「誰だって気分を変えたいときが在るだろ。俺は、たまたま、そのときだっ たんだよ」 メンテナンス技師は言った。 王捜査主任は遮って話した。 「お前は、なぜ、張・礼の邸宅のアンドロイド達の違法改造を判っていなが ら虚偽報告を集団に出した」 「俺は何も知らなかったでは不満か」 メンテナンス技師は言った。 王捜査主任は言った。 「ああ、不満だ。お前がメンテナンスを担当していた張・礼の邸宅のアンド ロイド達は二十八体全てが改造されていた。アンドロイドのメンテナンスを担 当していた、お前が知らないはずは無い」 劉主任は言った。 「どの、ソフトを使ってアンドロイドの改造を行った?」 「俺は知らなかった」 メンテナンス技師は馬鹿にした顔で劉主任に言った。 王捜査主任は言った。 「知らないはずは無い。張・礼の邸宅のアンドロイドは、人間を騙すように 改造されていた。そして、張・礼を殺害するように、警備員の男を誘導した」 「ただの恋機族だろう。最近よく在る話だ」 メンテナンス技師は言った。 王捜査主任は目を鋭くした。 「私は、警備員の男がアンドロイドを愛していたとは言っていない。なぜ、 警備員の男が恋機族だと知っている」 王捜査主任は言った。 メンテナンス技師の顔が強ばった。 王捜査主任は鋭い視線でメンテナンス技師を見ながら続けた。 「今の、やり取りは、裁判で使われる証拠になる。つまり、お前は殺人を教 唆した罪が付け加えられる。殺人と同じ重罪だ」 劉主任はメンテナンス技師に言った。 「張・礼の邸宅のアンドロイド二十八体のデータが、どこに行ったか、知っ ているはずだ」 「消えたんじゃ無いのか」 メンテナンス技師は言った。 「消えるはずは無い。アンドロイドの基本ソフトを再インストールする為に は、既存の全てのデータをバックアップする作業が必要だ。無線でのインスト ールでも同じだ」 劉主任は言った。 「俺は、いつも通り、アンドロイドのメンテナンスを行っていた。そして今 日仕事を辞めてセカンドへ旅立とうとした。それだけだ」 メンテナンス技師は言った。 「何を隠している」 王捜査主任は言った。 「隠してはいない」 メンテナンス技師は言った。 「連れて行け」 王捜査主任は言った。 メンテナンス技師が警察官に連れられて取調室から出て行くと王捜査主任は 言った。 「あのメンテナンス技師は確実に張・礼の邸宅のアンドロイド達のデータの 書き換えを知っているはずだ」 「だが、問題が在る」 劉主任は言った。 「どんな問題だ」 王捜査主任は言った。 「恋機族達が使うアンドロイドの違法改造ソフトでは、二つのモードを持つ ことが出来ない」 劉主任は言った。 「つまり、通常のアンドロイドのモードと、人間的な感情表現を行うモード が共存出来ないのだな」 王捜査主任は言った。 「その通りだ」 劉主任は頷いた。 「張・礼殺害の実行犯が黒瞳と呼ぶE15六八七式、一体だけが改造されて いたのではないのか」 王捜査主任は言った。 「だが、インターネットで手に入る改造ソフトを使うと、基本ソフトに手を 入れるため、どうしても、人間的な感情表現を行うままになる。それでは、E 15六八七式が普通のアンドロイドとして動いていた説明が出来ない」 劉主任は言った。 「マルチタスクの様に基本ソフト上で擬似的に切り替えることは出来ないの か」 王捜査主任は言った。 「技術的にはライブラリの追加で可能だが、問題はインターネットで入手で きるソフトウェアでは二つのモードの切り替えには無理があると言うことだ。 人間の感情をエモーション・エンジンを使ってエミュレートすると様々なファ イルを書き換えなければならなくなる。恋機族達が使うアンドロイドの違法改 造ソフトは、通常のアンドロイドが、データを保存するメモリー領域も使って しまう」 劉主任は言った。 「インターネット以上のテクノロジーが使われているのか」 王捜査主任は言った。 劉主任は頷いた。 「張・礼の邸宅のアンドロイド二十八体のバックアップ・データが見つかれ ば、一気に科学捜査班の捜査は進展する」 劉主任は言った。 「我々が見つけ出す」 王捜査主任は言った。 永宗の携帯端末が振動した。 禹・敬世からだった。 永宗は王捜査主任に断って取調室から出た。 永宗は、禹・敬世に呼び出されて、警察署の車両置き場に行った。 「黒い景剛に奇妙な点があるのか」 永宗は禹・敬世の話を聞いて言った。 「そうだよ。運転席の内装を外して在るから、ロックを解除する所を見せよ う。この場合、通常の汽車窃盗犯はドアの外から、こういう、機械式のロック 解除用の金具を使って強引に開ける。この方法を使うと汽車の盗難防止センサ ーが作動しない。しかもドアを開けるのに作業を始めて十五秒ぐらいで出来 る」 禹・敬世は金具を使ってドアを開けて見せて言った。 「同じような手口は汽車窃盗犯は、よくやる」 永宗は言った。 「だが、よく見てくれ、普通は差し込む場所は、決まっているんだ。そして 同じような傷跡が残る。だけれど、この黒い景剛に付いている傷の位置では開 けることが出来ないんだ」 禹・敬世はドアに金具を差し込んで言った。 確かに、禹・敬世の言うとおり、金具の位置ではドアの機械式のロック解除 が出来なかった。 「これでは無理だ」 永宗は言った。 「そう。つまり、この傷跡は、偽装で付けられた痕の可能性が高い」 禹・敬世は言った。 「黒い景剛は盗まれた訳では無いのか」 永宗は言った。 「その可能性が出てくる」 禹・敬世は頷いて言った。 「持ち主が警察に通報して虚偽証言をしたのか」 永宗は言った。 「それが一番可能性が高い」 禹・敬世は言った。 永宗は王捜査主任に連絡を取って、黒い景剛の持ち主の取り調べを行う事に なった。 「なぜ、君は嘘をついていた。そして偽装工作を行った?」 黒い景剛の持ち主を王捜査主任と碧髪、鋼玉で取り調べた。 「私は、自分の汽車を盗まれた被害者だ。なぜ、こんな目に遭うのか判らな い」 黒い景剛の持ち主は言った。 王捜査主任は言った。 「お前の車は盗まれていない。トラフィック・セイフティ・システムが不良 整備のまま、走り出した。道路交通法の違反だ」 「君は、GPSを切って走る車は違法な事は汽車の運転許可証を取得してい るなら知っているはずだ」 永宗は言った。 「ああ知っているから、そんなことはしていない」 黒い景剛の持ち主は言った。 「どこに持って行った」 王捜査主任は言った。 「私は知らない」 黒い景剛の持ち主は言った。 「君は細工をした。黒い景剛のドア・ロックの傷跡は、偽装工作だ。ドアを 電子キーで遠隔操作して開けた。汽車の窃盗犯が盗んだように見せるために偽 装の傷をドアの内装の内側に後から付けた」 永宗は言った。 「私は知らない」 黒い景剛の持ち主は言った。 永宗は王捜査主任を見た。 王捜査主任は頷いた。 「なぜアンドロイドが居た。それも違法改造したアンドロイドが」 王捜査主任は言った。 「何のことか判らない」 黒い景剛の持ち主は言った。 「お前の家の車庫からアンドロイドの毛髪が出てきた。そして毛髪の遺伝子 は分子文字のシリアルナンバーが消されていた」 王捜査主任は言った。 「きっと、私の汽車を盗んだのがアンドロイドだったんだ」 黒い景剛の持ち主は引きつった顔で言った。 「嘘をつくことは良くない。お前自身の為にならない。裁判で不利になる ぞ」 王捜査主任は言った。 「黒い景剛のドアは、指定された電子キーを使ってロックが開けられてい る。つまり持ち主がドアを開けた。そして持ち主は君だ」 永宗は言った。 「私は判らない」 黒い景剛の持ち主は言った。 「連れて行け」 王捜査主任は言った。 黒い景剛の持ち主は警察官に連れて行かれた。 永宗は言った。 「黒い景剛の持ち主は虚偽証言をしています、何を隠しているのでしょう か」 「証拠を集めるしか無い」 王捜査主任は言った。
第二十八章 寛大な美麗
美麗は、永宗の携帯端末からの着信を拒否していたが解除することを決め た。 そして、永宗に電話を掛けた。 「永宗だ。どうしたんだ美麗。機嫌が直ったのか」 永宗は電話に出ると怪訝そうな声で言った。 「機嫌が直ったと言うより。少し話をしてあげても良いと思っているだけ。 私は寛大なんだからね」 美麗は言った。 「今、捜査が重要な段階に入っているんだ。正確に言うと暗礁に乗り上げ掛 かっている」 永宗は言った。 「困っているなら、この美麗が相談に乗っても良いわよ」 美麗は言った。 「弱ったな。今の事件は、アンドロイドの違法改造が問題なんだ。だが、美 麗は、アンドロイドで怒っているんだろう」 永宗は言った。 「わたし、実は、アンドロイドに詳しいんだ」 美麗は言った。 「どういうことだ美麗」 永宗は電話の向こうから困惑した声で言ってきた。 美麗は自信満々だった。 「トラブル・シューター仕事の話だから、詳しくは言えないけれど、恋機族 の夫の話なのね。アンドロイドに入れあげて、お金を使い込んでいるのよ」 美麗は仕事の話の肝心な部分を伏せながら言った。違法改造された仙踊機会 館のアンドロイド達が廃棄処分されないように言った。 「美麗、参考になった。捜査に戻る」 永宗は、そう言うと電話を切った。 「何よ。永宗ったら、せっかく許してあげようと思ったのに電話を切って」 美麗は携帯端末を見て不満を感じながら言った。
第二十九章 金仙機団
「碧髪、メンテナンス技師の出費をカテゴリー化して携帯端末に転送してく れ」 永宗は美麗の電話を切ると碧髪に言った。美麗は重要なヒントをくれた。今 まで捜査したデータの見方が変わることになる。 「判りました」 碧髪は言った。 永宗は携帯端末に送られてきたデータを検証していった。 変わった項目が見つかった。宗教団体と書かれている項目だった。支払先は 金仙機団と書かれていた。 「金仙機団。メンテナンス技師が通っている新興宗教だ。道教系の新興宗教 なのか」 永宗は携帯端末を見た。 ホームページにアクセスすると全世界に一万人の信者が居ると書かれてい た。 そして後光が画像処理で、煌めいている、道士風の男性の写真があった。 「碧髪、事件の関係者達が金仙機団と金銭の、やり取りで関係があるのか調 べてくれ。そのデータからリストを作って携帯端末に送ってくれ」 永宗は言った。 「わかりました」 碧髪は言った。 永宗は碧髪が作ったリストを携帯端末で見た。メンテナンス技師、黒い景剛 の持ち主と家族が金仙機団と金銭の、やり取りで関係があった。 永宗は王捜査主任に携帯端末で連絡を入れて報告した。新興宗教、金仙機団 が事件に関係が在ると。 王捜査主任は、トレーラーの汽車司機殺人事件を捜査している 捜査官と、 張・峰が巻き込まれた交通事故を調べている丁捜査官、そして全ての事件を担 当している劉主任の科学捜査班にも伝えると言った。 永宗は碧髪が作った金仙機団のリストを証拠として、警察のデータ・ベース に加えた。 「転送が終わりました」 碧髪は言った。 「どうやら、捜査した事件達は繋がってきた」 永宗は言った。 「金仙機団の人的なネットワークが事件に関わっているのですね」 碧髪は言った。 「そうだ」 永宗は頷いた。 「わかりました」 碧髪は言った。 「金仙機団のデータを警察署のデータ室で調べていく」 永宗は言った。 永宗は碧髪と、警察署のデータ室の大画面のディスプレイで、金仙機団の検 証を開始した。 「インターネットのホーム・ページでは、北京に本部が在る。支部は中国語 圏の都市部
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