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作品名:電脳世紀北京(上、中) 作者:m.yamada

最終回   五分冊5
 「まさか。しかし、有り得る話です」
張・峰は溜息を付くように言った。
 「何か、思い当たることが在りますか」
永宗は言った。
「夜中に目が覚めると、枕元にアンドロイドが立っていたことが在るんで
す」
 張・峰は言った。
 「アンドロイドのプログラムは出来ますか」
永宗は言った。
 「私はハッカーでは在りません」
 張・峰は首を振って言った。
「ですが、北京理工科大学の情報学部情報システム工学科に在籍しています
ね」
永宗は聞いた。
 「そうですが。ロボティクス・ガイドラインから外れるアンドロイドの基本
ソフトウェアの改造は犯罪です。私は、実業家としての父の名声を傷つけるよ
うな事はしません」
張・峰は言った。
「大学では、どのような事を学んでいるのですか」
永宗は言った。
「私が在籍しているシステム工学科は、企業共同体のデータセンターのよう
な情報処理システム構築を学ぶ場所です。そして企業共同体のコンピュータの
利便性を高める先端の研究を学びます」
張・峰は言った。
「アンドロイドのプログラムは詳しくないのですか」
永宗は少し踏み込んで質問した。
 「はい。私が北京理工科大学に入った理由は、父が起業した宇宙行李集団
の、システム・エンジニアになりたかったからです。私は自分には父のような
起業家や経営者の才能は無いと子供の頃から考えています」
張・峰は言った。
「それではアンドロイドをリース契約した経緯は知っていますか」
永宗は聞いた。
「私が物心が付いた頃には、今の邸宅に住んでいました。詳しくは知りませ
ん」
張・峰は言った。
 「子供の頃からアンドロイドに囲まれていたのですか」
永宗は言った。
 「そうですが。あまり良い表現では在りませんね。私は恋機族では在りませ
ん」
 張・峰は機嫌を損ねた声で言った。
 「失礼しました。違法な改造をされたアンドロイドの特徴である、人間的な
感情表現が在りましたか?」
永宗は聞いた。
 「私は気がつきませんでした。今日、初めて、家のアンドロイドが改造され
ていたことを知りました」
 張・峰は言った。
「アンドロイドについて不審に思ったことは在りますか」
 永宗は聞いた。
 「枕元に立っていたぐらいです。他には目立った異常はありませんでした」
 張・峰は言った。
「親御さんに相談したことは在りますか」
永宗は聞いた。
 「いえ、在りません。母親は、体調が良くないのです。殺された父親は仕事
が忙しかった。だから、親たちに余計な心配を掛けたくなかったんです」
張・峰は言った。
「失礼ですが、どのような病気に罹られているのですか」
永宗は言った。
 「それが、実は私も知らないんです。私も母親の病気は心配に思っているの
です。一応かかりつけの医生が居るようですが、詳しくは判らないのです」
張・峰も言った。
「張夫人に聞いたところ、あなたは、命を狙われていることを、親御さん達
に話していなかったようですね」
永宗は聞いた。
 「ええ、そうです。親たちには迷惑を掛けたくなかったんです」
 張・峰は言った。
 「なぜ、命を狙われているのか思い当たる原因は在りますか」
 永宗は聞いた。
 「ありませんね。私は命を狙われる理由がわかりません」
 張・峰は首を横に振って言った。
 永宗は碧髪と病室を出た。
永宗は携帯端末で、王捜査主任と話した。
「主任、リース契約について、張夫人はリース契約がプライバシーの侵害が
起きると考えて感情的な理由から拒否したそうです。息子の張・峰は子供の頃
からアンドロイドに囲まれていて、リース契約については知らなかったと言っ
ています。そして、張夫人も、息子の張・峰もアンドロイドの改造を知らなか
ったと証言しました。両者は、ただ枕元に立っていたことが在るという証言を
しました」
 永宗は言った。
 「そうか。証拠で裏付けを取るしか無い」
 王捜査主任は言った。
 「証言が正しければ、アンドロイドは通常のロボティクス・ガイドラインに
従っているモードと、感情的な表現を出来る違法改造のモードの二つを持って
いることになります」
 永宗は言った。
「劉達科学捜査班に知らせておいた方が良いな。趙が調べた証言を、私が連
絡しておく。科学捜査班もアンドロイドが電子文章化した、張夫人と息子の張
・峰の証言のデータをデータ・ベースから参照できる事になる」
王捜査主任は言った。
 「判りました」
 永宗は言った。
永宗は碧髪と吉祥に乗って、警察署に向かった。その途中で永宗は、美麗の
機嫌を取ることを考えた。美麗の居場所をGPSで調べた。
 美麗は比較的近くの道路を移動していた。
永宗は吉祥を美麗のGPSの移動経路へと向けた。
「あれは、美麗の快馬か」
 永宗は吉祥で眼下の車線を見ながら言った。
三輪バギーの快馬は、フロントに二つのタイヤが付いて、後部に一つのタイヤ
が付いている独特の形だった。
 取り締まり用のナンバーを調べるボタンを押した。
 所有者、方・美麗と出た。
永宗は吉祥の高度を下げた。
 そして、吉祥を美麗の快馬と併走させた。 永宗は、外部スピーカーのマイ
クのスイッチを握って入れた。
 「美麗、永宗だ。止めてくれ。話がある」
永宗は外部スピーカーで言った。
 快馬が路肩へと向かって止まった。
永宗は吉祥を停めた。
永宗が吉祥から出ると、美麗も快馬から降りていた。
「美麗、誤解だ!」
永宗は言った。
「まだ、怒っているって、メモに書いてあるでしょ。なにか用なの」
 美麗は不機嫌さを隠そうともせずに言った。
「女型のアンドロイドがパートナーになったのは偶然だ。俺は全然悪くな
い」
 永宗は言った。
「悪いわよ。もし本当に、悪くないなんて思っているなら、絶対許さないか
らね。私は恋機族には詳しいのよ」
 美麗は言った。
恋機族に詳しい?
 永宗は怪訝に思った。
「どういうことだ美麗」
永宗は言った。
 「ふん。私はトラブル・シューターの仕事でアンドロイドかぶれの夫の日記
を見たのよ。アンドロイドに未練たらたらで、人間より美しいとか、本物の仙
女だとか、そんな、変な事が延々と書き連ねているんだからね」
美麗は言った。
 「あ、それだ!日記だ!」
 永宗は気がついた。
 「何に気がついたのよ!」
美麗は言った。
「仕事の話だ。ちょっと待ってくれ」
永宗は、王捜査主任に携帯端末で電話をかけた。
 「趙です。主任、張・礼殺害事件の実行犯が日記を付けているのか判ります
か。もし在れば、アンドロイドのGPSの移動履歴の改ざんされた日付が判り
ます」
永宗は慌てて言った。
 「そうか。劉達が喜ぶな。早く、データ・ベースを調べるといいだろう」
 王捜査主任は言った。
 「碧髪、実行犯から押収した、私物の中に紙の日記帳やノートや紙片などが
在るかデータ・ベースを検索してくれ」
永宗は言った。
 「警備会社の宿舎(寮)から押収した。証拠品の中に紙のノートが在りま
す」 
碧髪は言った。
「証拠品の情報と、画像ファイルを携帯端末に送ってくれ」
「判りました」
 永宗は端末を見た
「まだ、調べられていません」
碧髪は言った。
 「なんで、仲良く女型のアンドロイドと仕事をしているのよ!」
美麗は怒り出した。
 「違うんだ美麗。仕事なんだ」
 永宗は言った。
「仕事だって判っているわよ!」
美麗は言った。
「それなら、判ってくれ」
永宗は言った。
「判るはずが無いでしょう!私の前でアンドロイドと仲良く話して居るんだ
から!もう!永宗のバカ者!」
美麗は叫んだ。
そして、快馬の中に入ってドアを閉めた。
 そして快馬を走らせていった。
 「弱ったな。これじゃ当分許してくれないな」
 永宗は言った。
「どうした趙」
王捜査主任は携帯端末の向こうで言った。
「実行犯の宿舎から押収した証拠品の中にノートが在るようです」
永宗は言った。
 「今の時代に紙のノートは珍しいな」
 王捜査主任は言った。
 「電子化されたくない、個人的な事が書かれているはずです」 
永宗は言った。
「アンドロイドのカメラで読み取って、電子文章化をして証拠のデータ・ベ
ースに加えればいい。趙、電子文章化を、やって調べておいてくれ」
王捜査主任は言った。
「判りました」
 永宗は言った。
永宗は碧髪と吉祥で警察署に戻ってきた。
押収品は紙製のケースに入れられて、ナンバーが振られていた。
 碧髪が段ボールを探し出した。
 そして押収品のノートが入った、ビニール袋を取り出した。証拠品の番号が
振られていた。
 永宗は中を見てみた。
 アンドロイド黒瞳の名前が在った。そして日付も入っている。
 間違いなく日記だった。
「それでは、私が電子文章化します」
 碧髪は、実行犯が日記を付けている、証拠品のノートのページをめくり始め
た。
そして全てを電子文章化した後で、ノートを元通りにビニール袋に入れ、紙
製のケースに入れておいた。
 「データ室の大画面のディスプレイで証拠を検証する」
 永宗は碧髪に言った。
 永宗はデータ室に入った、他の捜査官達がアンドロイドと一緒に大画面のデ
ィスプレイで、証拠の画像などを見ていた。
 永宗は空いているディスプレイと端末を探し出した。
 「碧髪、電子文章化した日記のファイルから実行犯がアンドロイド六八七式
と会った日付を検索して、この端末の大画面のディスプレイに出してくれ」
永宗は言った。
 「判りました」
碧髪は言った。
データ室のディスプレイに次々と、日付のデータが下から上へと流れていっ
た。
「実行犯のGPSの移動履歴を検索して張・礼の邸宅での巡回警備の仕事と
は違う動きをグラフにして検出してくれ。時間軸をx座標に、移動速度をy軸
に取ってくれ」
永宗は言った。
 「判りました」
 碧髪は言った。
 大型ディスプレイにグラフが表示された。
動きが止まっている時間があった。
 張・礼の邸宅での仕事の日には必ずと言って良いぐらいに、巡回警備ルート
を外れて動きが止まっていた。
これは間違いなく、実行犯とアンドロイド六八七式と会って話しをしている
時間だった。
 アンドロイド六八七式のGPS移動履歴は改ざんされていたが、実行犯のG
PS移動履歴は企業共同体のデータ・センターに残っていた。
「そうか、やはり、実行犯の証言は、裏付けが取れる。日記でアンドロイド
六八七式と会っている日付に、GPSの移動履歴から歩き回る巡回警備中に通
常の巡回警備ルートから外れて止まっている時間がある」
永宗は大画面ディスプレイを見ながら言った。
「碧髪、証拠として保存しておいてくれ」
永宗は言った。
 「判りました」
 碧髪は言った。
永宗は携帯端末で王捜査主任に電話した。
 「主任、実行犯の証言は、日記の記述とGPSの移動履歴から裏付けが取れ
ました」
永宗は言った。
「だが、問題は、アンドロイド六八七式のデータが改ざんされていること
だ。今のままでは、実行犯は幽霊と会っていたことになる。証拠としては弱す
ぎる。もっとも、アンドロイド六八七式のデータも証拠としては役に立たない
のだが」
 王捜査主任は携帯端末の向こうで言った。
「それでも実行犯の減刑に繋がると思います」
永宗は言った。
「アンドロイド六八七式の移動履歴が手に入らなければ駄目だ。裁判官は納
得しない」
王捜査主任は言った。
「そうですか」
永宗は気落ちした。
 「趙、劉が張・礼殺害事件の捜査官を呼んでいる。食堂の烏龍茶のサーバー
前で話があるそうだ」
王捜査主任は言った。
 「判りました」
永宗は言った。
食堂に行くと王捜査主任と鋼玉、そして劉主任が来ていた。そして烏龍茶を
飲んでいた。
「趙、来たか」
 王捜査主任は言った。
「はい」
永宗は言った。
 劉主任は話し始めた。
 「それでは現在の状況を説明しよう。アンドロイドのデータを、どう書き換
えたかが問題だ。アンドロイドの基本ソフトウェアと画像ファィル、音声ファ
ィルを全てインストールすると、データの容量が膨大になる。普通の無線デー
タ通信回線の通信速度では。短時間で全てをインストールすることは不可能
だ。だが、時間短縮の為に、パッチを使って基本ソフトを書き換えると、相互
監視システムのログファィルに必ず操作履歴が残る。だから必ず全てをインス
トールしなければならない。張・礼殺害から、秘書が発見するまでの時間で
は、二十八体のアンドロイド全てにインストールすることは難しい。そして、
昨日と今日、張・礼の邸宅を警察官を動員して調べた結果、インストールする
ための機械は出てこなかった。張・礼の邸宅のコンピュータは全て、企業共同
体のデータ・センターと繋がっている端末だけだった」
劉主任は言った。
 「通常の企業共同体のデータ通信回線を使わずにアンドロイドの基本ソフト
ウェアを書き換えたのか?」
 王捜査主任は言った。
 「そうなる」
 劉主任は頷いて言った。
 「それならば、どこかに証拠が残っているかもしれないな。有線でインスト
ールしたのならば証拠が残る」
 王捜査主任は言った。
「壁沿いには北京安全警備集団の監視システムが機能している。有線は考え
にくい。無線の可能性が高い」
 劉主任は言った。
 「だが、通常の企業共同体が使う情報通信ネットワークでは無いはずだ。中
継する基地局の役割が必要だ」
 王捜査主任は言った。
 「基地局の役割を果たす機械を作るメーカーを調べて製品の流通ルートから
不審な取引が無いかを調べる。世界中のメーカーを調べる事になる。だが、特
殊な市場だ。メーカーの数は多くないはずだ」
 劉主任は言った。
 「我々は、基地局の役割を果たす機械を捜す」
王捜査主任は言った。
「頼む」
劉主任は頷いた。
 劉主任は食堂から出て行った。
「趙、トラフィック・セイフティ・システムのGPSの移動履歴から、張・
礼が殺害され発見されるまでの時間帯に張・礼の邸宅近くを通過した汽車を捜
してくれ。基地局の役割を果たす送受信する機械と、アンドロイド二十八体分
のデータを保存したサーバー、それらを動かすための電源を運ぶには必ず汽車
を使うはずだ」
王捜査主任は言った。
「判りました」
 永宗は言った。
「そして、通過車両の汽車司機達から不審な汽車が居なかったか、聞き込み
を行ってくれ」
 王捜査主任は言った。
「判りました」
 永宗は言った。
 王捜査主任は食堂から出て行った。
永宗は携帯端末を取り出して碧髪にデータ検索を指示した。
「碧髪、トラフィックのセイフティ・システムのGPS移動履歴を参照して
検索してくれ。検索時間は張・礼が殺害された時間から秘書が発見するまでの
時間だ。そして携帯端末に送ってくれ」
 「検索する道路の範囲を張・礼の邸宅の何処まで拡大しますか」
 碧髪は言った。
 永宗の携帯端末に送られてきた。張・礼の邸宅の周りを囲む道路の地図を見
た。
「まずは、張・礼の邸宅の壁沿いの道路だけにしてくれ」
 永宗は言った。
「判りました」
碧髪は、データを永宗の携帯端末に送信した。
「宅配弁当集団のトラックが十五台、クリーニング集団のトラックが八台、
掃除集団のトラックが十二台、菅家集団の汽車は九台が通っている」
永宗は、携帯端末に送られたデータを見ながら言った。
 「どうしますか」
 碧髪は言った。
 「これから、優先度の高い同じ会社の汽車司機達から先に個別に聞いて回
る」
永宗は言った。
 「時間がかかりますよ」
 碧髪は言った。
 「しょうが無い。証拠になる証言が出るまで続けるしか無い」
 永宗は言った。
その時フト気がついた。
 碧髪が編集した携帯端末のデータを地図に置き換えて見てみた。
 張・礼の広大な邸宅の周りは道路で囲まれている。
 その道路に通行量の差がある。
 用心深い犯人は、必ず、証拠が残りにくい所に汽車を置くはずだった。つま
り張・礼の邸宅を囲む道路の中から通行量の一番少ない道路を選ぶ。
 永宗は携帯端末を操作した。
 そして、通行量の一番少ない道路を見つけた。
クリーニング集団のトラックが通過していた。

第二十章 仙郷機団潜入

 美麗は、快馬に乗って、仙踊機会館の近くの商店街まで来た。
油条を売っている屋台の女性は、今日は仕事が忙しいようだった。後で話し
を聞くことにした。
美麗は、昨日とは違って、仙踊機会館の裏口を調べるつもりだった。
 今日、羌夫人に言われて、裏口から、業者が商品の納入などをしていること
に気がついた。確かに仙踊機会館の裏口が在ることは昨日、美麗は気がつかな
かった。
仙踊機会館は隣の建物と密着して建っているため、裏口が在るとは気がつか
なかったのだ。だが、GPSの地図を見ながら快馬を走らせて見ると、仙踊機
会館の入り口とは反対側の裏路地の方向に繋がっていることが判った。美麗
は、一度快馬を降りた。そして歩いて携帯端末を見ながら、仙踊機会館の裏口
を捜した。
 薄暗い裏路地の突き当たりに外に付けられた階梯(階段)とトラックの荷台
の高さに荷物を搬入できるような空間が在った。
美麗は、トラックの荷台の高さの空間を覗いてみた。エレベータの様な物が
在った。シャッターが閉まる仕組みのようだが。今は開いていた。
 だが、エレベータには電子ロックが付いているようだった。
 美麗は階段を上がってみた。
階段を昇ると、扉が閉まっていた。そして監視カメラが在った。
 美麗は笑顔を浮かべて、監視カメラに手を振った。
 反応が無かった。
 「もしもし」
 美麗は、扉を叩いた。
 「何か用ですか」
ドアの向こうから、若い女性の声がした。
「あのう、私は、仙郷機団に入信しようか考えているのですけれど」
美麗は言った。
 「信者の方ですか」
 若い女性の声は言った。
 「正確には信者になろうか迷っている人間ですけれど」
美麗は昨日の続きを言った。
「なぜ正面の玄関から、入らないのですか。ここは裏口です」
若い女性の声は疑い深そうな声で言った。
 「それが、実は、仙郷導師様の映像の有り難さは判るのですけれど、どこら
辺が、重要なのか難しくて判らなくて。恥ずかしくて、聞くことが出来なく
て、こっそり裏口から入って教えて貰おうと思ったんです」
美麗は言った。
 「それで裏口から来たのですか」
扉が開いた。真っ赤な髪の毛をした少女が居た。黄色に黒いアクセントが入
った腰の所が深く、くびれたミニスカートのスーツを着ていた。
 そして赤いストッキングに白いブーツを履いていた。人間では決して生まれ
てこない美しい容姿に、整った美しい体型。
 アンドロイド!
 美麗は、間近でアンドロイドを見た。
赤い髪のアンドロイドは、人間の様な表情を見せていた。違法改造している
事は間違いなかった。
「こっちで説明しましょう。付いてきてください」
 赤い髪のアンドロイドは言った。
 「判りました。判りやすく教えてください。私、難しい話って駄目なんです
よね」
 美麗は多少の事実も混ぜながら言った。
 中に入ると、中は暖色系の内装でまとめられていた。そしてアニメーション
風のマスコットなどが置いてあった。
美麗は裏口から仙踊機会館の内部に入ることに成功した。

第二十一章 黒い景剛

永宗は碧髪と吉祥でクリーニング集団の事業所に行った。クリーニング工場
が隣接していた。そしてトラックが出入りしていた。
「衝突防止システムが作動しなかった?」
 永宗は聞いた。
 「ええ、汽車を走らせていると、通常は停止している汽車でも衝突防止の表
示がフロントガラスに出ますよね?」
クリーニング集団のトラックの汽車司機は言った。
「つまり企業共同体のGPSを使ったトラフィック・セイフティ・システム
を搭載していない汽車が停まっていた?」
永宗は聞いた。
「そうです。違法とは思うんですけれど。犯罪者の汽車かと思って関わりた
くなくて、通報もしないでいたんです」 
クリーニング集団の汽車司機は言った。
 「汽車の形式は判りますか?」
 永宗は聞いた。
 「黒いワンボックスカーです。去年モデルチェンジで発売された勇猛汽車の
景剛だと思います。独特のフロントグリルで覚えています。そして改造されて
いてアンテナが付いていました」
クリーニング集団の汽車司機は言った。
「もしかして、これはカメラですか」
 永宗は、クリーニング集団のトラックの運転席のダッシュボードにカメラを
見つけて聞いた。
「ええ、ウチのクリーニング集団の汽車司機は、安全運転と法定速度堅持が
義務づけられています。もし交通事故を起こしても、裁判で不利にならないよ
うに、カメラとブラックボックスが付いています」
クリーニング集団の汽車司機に言った。
「ブラックボックスを犯罪捜査の証拠品として提出してください」
永宗は言った。
 「え?仕事で、これからトラックを使うんですけれど」
クリーニング集団の汽車司機は困った顔をした。
「ブラックボックスの交換だけで済むと思います」
 永宗は言った。
 「事務所に聞いてきます」
 クリーニング集団の汽車司機は言った。
 永宗と碧髪も付いていった。
永宗は、ブラックボックスを押収して警察署に持ち帰った。
科学捜査班のラボにブラックボックスを持って行った。
丁度、友人の禹・敬世が居た。
「敬世、犯行時間帯に張・礼の邸宅の壁沿いに停まっていた車が映っている
ブラックボックスだ。クリーニング集団のトラックが撮していた」
 永宗はブラック・ボックスを見せた。
「それじゃ、早速調べるよ」
 禹・敬世も驚いた顔で言った。
そしてブラックボックスにケーブルを繋ぎ始めた。そして証拠品として画像
ファイルをコピーして、端末に保存を開始した。
「ナンバー・プレートは写っているか」
 永宗はブラックボックスにケーブルを繋いで中のデータを警察のデータ・ベ
ースにコピーしている禹・敬世に聞いた。
「永宗。この映像ファィルは、日付と時刻が秒刻みで記録されている。クリ
ーニング集団の汽車司機のGPS移動履歴の時間を張・礼の邸宅近くまで調べ
て、映像ファイルの時間と同期させると出てくるはずだ」
 禹・敬世は少し身体をずらせて、端末のディスプレイを永宗に見せた。
汽車が速度を維持しながら、張・礼の邸宅の壁沿いに走っていく画像が映し
出された。
映像には記録した日期(日付)と、速度が映し出されていた。
 張・礼の邸宅の壁沿いに黒い勇猛汽車の景剛が写っていた。禹・敬世は端末
のディスプレイの映像を停止した。
「確かにアンテナが屋根に付いている」
永宗は、クリーニング集団の汽車司機の証言を思い出しながら言った。
「変わった形のアンテナだ。製造メーカーが判るかもしれない」
 禹・敬世は言った。
確かにアンテナは、通常のアンテナとは形が違う四角いアンテナが付いてい
た。
「ナンバープレートは写っているか」
永宗は映像ファイルの静止画像を見ながら言った。
 「写っている。調べよう」
 禹・敬世は、端末を操作して、ナンバープレートの確認をする機能を使っ
た。
「被害届が出ている。このナンバー・プレートは盗難された物だ。盗難届も
出されている。車種も違う汽車だよ」
 禹・敬世は溜息を付いて言った。
 「かなり、偽装が為されている。張・礼殺害事件と、張・峰の事件。そして
トレーラーの汽車司機殺害事件、これらの事件は、全て結びついて居る可能性
が高い」
永宗は言った。
 「証拠が集まれば判るよ。アンテナの形状から種類が判れば、企業共同体の
データ・センターのライフログから購入者が判る」
 禹・敬世は言った。
「盗難されていた場合はどうする?」
永宗は聞いた。
 「これだけ変わった形状のアンテナは、流通が限られてくる。そう簡単に、
選んで盗難するわけにもいかない。少なくとも盗難された持ち主には行き着く
はずだ」
 禹・敬世は言った。
「こっちがパトロールカーに手配をしておく。それじゃ後を頼む」
 永宗は言った。
 「任せてくれ」
 禹・敬世は言った。
永宗は科学捜査班のラボを出ると、碧髪にパトロールカーの手配をするよう
に指示を出した。
 考えながら碧髪に言った。
「この北京では、去年発売された黒い景剛は珍しくは無い。だが、張・礼の
殺害が行われて発見されるまでの時間帯に、企業共同体のトラフィック・セイ
フティ・システムを使っていない黒い景剛は少ないはずだ」
永宗は言った。
「なるほど、判りました」
 碧髪は言った。
 「これでアンドロイドを改造した犯人まで、たどり着けば良いのだが。碧
髪。それでは、調べてくれ」
永宗は言った。
「合計で二十五台見つかりました。そのうち三台は、交通事故を起こして整
備会社で整備中です。残りの二十二台は盗難車です。被害届が出されていま
す」
碧髪は言った。
永宗は考えていた。
 交通事故を起こした黒い景剛は殺害から発見までの間は整備中でGPSが切
られている。盗難車の二十二台から出てくる可能性が高かった。
 通行量の多い幹線道路では、トラフィック・セイフティ・システムが作動し
ていないと、警察に通報が行く。幹線道路を避けて走っている可能性が高い。
 黒い景剛は、GPSの移動履歴を残していない。逆に警察のパトロールカー
は、トラフィック・セイフティ・システムが作動しない車は取り締まりの対象
になるため発見しやすい。乗り捨てられていれば、短い時間で発見されるはず
だった。

第二十二章 仙踊機会館の内部

美麗は、赤い髪のアンドロイドの後ろをついていった。
 仙踊機会館の二階なのかは判らなかったが、
暖色系の内装の中を歩いて行った。中は綺麗な感じのインテリアでまとめられ
ていた。
キャラクターグッズやマスコットなどが並べられていた。
 若い女性の好みそうな室内だった。
 ただ、それが、どうやら人間では無く、アンドロイドの趣味だったのだが。
「あのう、名前は何というのでしょうか?」
美麗は言った。
「揺月と言います」
人間そっくりに表情が変化しながら揺月は言った。口が綻びたのだ。
 いや、人間そっくりでは無く。人間以上に人間らしく表情が変化したのだ。
 ひいき目に見なくても十分魅力的な顔だった。
これじゃ単純な男なら簡単に、だませると美麗は思った。
永宗も、きっと、あの、緑色の髪の女アンドロイドに騙されたのね。
 と、美麗は思った。
 そして、ロビーのようなソファが沢山置いてある、部屋に来た。
 一目でアンドロイドと判る髪の色をした若い娘達が居た。笑っていたり、話
をしたり、テレビ・ゲームをやっていたり。端末を操作したりしていた。
 「それでは、仙郷機団の判らないことを説明しましょう」
 揺月は言った。
 「仙郷導師様は、何故、科学で仙郷に至れると言うのでしょうか。ここら辺
が、ちょっと私には難しいんですよ」
 美麗は、昨日の説明で良く判らないところを思い出して言った。
「それは、科学が生命の可能性を開くからです」
 揺月は言った。
 「生命とは何でしょうか、あまりにも漠然として良く判りません」
 美麗は言った。
「生命は魂の入った箱です。魂が入るから、生命は存在するのです」
揺月は言った。
「私は箱なのですか」
 美麗は、あまりにも宗教的な表現を、機械のアンドロイドがする事に違和感
を覚えた。
「そうです箱です。魂を盛りつけた器なのです」
揺月は言った。
 「あなたも、そうなのですか」
 美麗は、アンドロイドが言う言葉が、あまりにも奇妙に思えて言った。
「ええ、そうです。私は魂を生命という箱に盛りつけた存在です。それは、
あなたも同じです」
 揺月は言った。
美麗はアンドロイドと同じと言われて妙な気分になった。
この女型のアンドロイド、揺月は何を考えているのか判らなかった。
 「その生命が、科学でどうして仙郷に至れるのですか。仙人達が住んでいる
仙郷ですよね」
美麗は言った。
 「科学は全ての生命を仙郷へと誘ってくれるのです」
揺月は言った。
 「ちょっと難しくて判らないのですけれど」
美麗は言った。
 機械で出来ているアンドロイドが、あまりにも人間のような言うので、訳が
わからなくなっていた。
「たしかに判りづらいとは思います、だけれど、全ての生命は科学によって
仙郷に行けるという希望があるのです」
 揺月は言った。
 「バーチャライダーの様に仮想世界に入ることが仙郷なのですか?」
 美麗は言った。
 「バーチャライダーの仮想世界は仮初めの物です。ですが仙郷機団は本物の
仙郷に入ることを目指すのです」
 揺月は言った。
「仙郷とは、一体何処にあるのですか」
 美麗は訳がわからなくて言った。
 「それは、現実世界にもある物です」
揺月は言った。
「良く判りませんが」
 美麗は言った。
「仙郷は科学によって、もたらされ、入る事が出来るのです。私達、仙郷機
団は全ての生命達を科学によって仙郷へと迎え入れるのです」
 揺月は言った。
美麗には仙郷機団はカルト宗教の様に思えた。そしてアンドロイドが、ここ
まで人間らしく、振る舞うことに違和感を感じていた。
「良く判らないのですけれど」
美麗は言った。
「私はアンドロイドですが、生命なのです」
 揺月は笑顔で言った。
え?
 いきなり自分をアンドロイドと言った揺月を見た。
 揺月は魅力的な笑顔を浮かべながら続けた。
 「私は企業共同体の定める法律では、違法とされる改造を施されたアンドロ
イドです。それは、この仙踊機会館の中に居るアンドロイド達は皆同じです」
美麗はハッとした。
 素早く回りを見回した。
 このロビーの様な部屋で、くつろいでいた、アンドロイド達が皆、美麗を見
ていた。
 美麗は反射的に立ち上がって、武術の衝捶を打てる構えを取った。
ちょっと!数が多すぎるじゃないの!
 美麗は焦った。

第二十三章 証拠の痕跡

永宗は、王捜査主任と、碧髪、鋼玉と共に警察の駐車場に居た。
「これが、盗難車の黒い景剛だ、巡回しているパトロールカーがトラフィッ
ク・セイフティ・システムが作動しない黒い景剛を見つけた」
 王捜査主任はレッカー車で運ばれてきた黒い景剛を見て言った。
 「証拠が残っていれば良いのですが」
永宗は、
 「劉達科学捜査班が見つけ出す」
 王捜査主任は言った。
「内装が外されていますね。運転席と助手席以外のシートも外されていま
す」
 永宗は扉が開いた状態の景剛の中を見て言った。
 「ああ、そして、天井に穴が開けられている。アンテナを取り外した跡だ。
間違いない。事件現場に、この黒い景剛は居たことになる」
王捜査主任は小型の手電灯(懐中電灯)で景剛の内部を照らしながら言っ
た。
「大分、張・礼殺害事件の全容が判ってきました」
 永宗は言った。
 「ああ、そうだ。だが、これだけ証拠隠滅の偽装工作をするとは普通の事件
では無いな」
王捜査主任は言った。
「まだ、特定は難しいですね。証言を補強する形で証拠を集めていくしか無
いです」
 永宗は言った。
 「必ず真犯人まで辿り着かせる」
 王捜査主任は黒い景剛を調べ終えて手電灯のスイッチを切ると言った。
 「黒い景剛からの証拠集めは劉達に任せる」
 王捜査主任は言った。
「張・礼の邸宅の外部が関わっています。敵対するライバル企業との争いで
しょうか」
 永宗は言った。
 「今の段階では何とも言えない。可能性の話だ」
王捜査主任は言った。
 「そうですね」
永宗は言った。
「だが、証拠は出てくるはずだ。アンテナの形が判っただけでも大きな前進
だ。警察署のデータ室で黒い景剛の移動を確認する」
王捜査主任は言った。
永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と共にデータ室に入った。
「黒い景剛が発見された場所と、張・礼の邸宅の間には、トラフィック・セ
イフティ・システムが作動していなければ通れない場所がある」
王捜査主任はデータ室の端末を操作しながら言った。
「どのルートを選んでも必ず、トラフィック・セイフティ・システムが作動
しますね」
永宗は言った。
「ああ、そうだ。だから、トラフィック・セイフティ・システムの機能を使
わせない方法がとられるはずだ。つまり、乗り捨てられた場所まで他の汽車を
使って黒い景剛を運んだ可能性が高い」
王捜査主任は言った。
「トラックや、車両運搬用のトレーラーですね」
永宗は言った。
「そうだ」
王捜査主任は言った。
「王捜査主任、到着しました」
後ろから声がした。
永宗は後ろを見た。王捜査主任も頷きながら後ろを見た。
 丁捜査官が、男性型アンドロイド銀陣を連れていた。
その横には女性の捜査官が、女性型のアンドロイド猫眼を連れていた。
「趙、他の事件を担当していたと丁にも捜査に参加して貰う。話を聞いて
くれ」
王捜査主任は言った。
捜査官は言った。
「趙捜査官。トレーラーの汽車司機殺害事件の担当は王捜査主任が私に決め
たから」
「俺はトレーラーの汽車司機殺害事件の捜査から外れるのか」
永宗は怪訝に思って聞いた。
 「張・礼殺害事件の担当は王捜査主任よ。趙捜査官は、関連すると思われる
三つの事件を全て掛け持ちで担当することになる。私が担当するトレーラーの
汽車司機殺害事件も含めて。現在、馮科学捜査官が北京警察医院のデータ消滅
の証拠集めをしている」
捜査官は言った。
「判った」
 永宗は頷いた。
丁捜査官は言った。
 「私は、張・峰が巻き込まれた交通事故を調べる事になった。趙捜査官が集
めた証拠を増やしていく形で反射薬の入手ルートを調べる事になる。そしてト
レーラーの汽車司機の毒物を交換した犯人を見つけ出す」
永宗は王捜査主任を見て言った。
「王捜査主任、それでは、事件で使われた、黒い景剛を盗まれた、持ち主に
話しを聞いて来ます」
王捜査主任は頷いて永宗に話した。
「既に盗難届を出した時点で警察官が聞いて電子文書化しているはずだが、
もう一度アンドロイドに証言を証拠として電子文書化させた方がいいな。証言
に食い違いが生じるかもしれない。これからは四人でチームを作る。捜査情報
の共有が必要になる。そしてアンドロイドのカメラで画像データを証拠化すれ
ば、黒い景剛の持ち主の車庫からどうやって盗まれたか、科学捜査班が証拠を
調べる際の判断材料となる」
永宗と碧髪は黒い景剛の持ち主が住んでいる統建楼(集合住宅)が多く立ち
並ぶ地区に吉祥で向かった。移動している間に永宗は、警察官が音声を電子文
章化する機械で聞き取った証言を見ていた。
 盗まれた黒い景剛は、トラフィック・セイフティ・システムのGPS装置が
外されて、車庫にバッテリーに繋がれて置かれていた。
 つまり、外部からの電源であるバッテリーをGPS装置に直列ではなく、一
度並列で繋ぐ。
 トラフィック・セイフティ・システムのGPSを連続的に作動しているよう
に騙した状態から、GPS装置をバッテリーごと黒い景剛の電源から外す盗難
方法がとられていた。この方法を使えば、GPSが作動しないため、汽車を盗
む事が出来る。
 吉祥で空中から降りようとしたが、統建楼がある路地裏には洗濯物が道路を
挟んで掛かっているためと、道路の幅が狭いため表の通りに停車させた。
永宗は碧髪と路地裏に入った。
 曲がりくねった舗装されていない道路を歩いて行った。
雨水を溜めた、水溜まりが幾つもあった。
 この地区は治安が悪かった。
 たしかに、この地区なら、車の盗難が起きてもおかしくは無かった。
 統建楼は一階に二段式の駐車場を持っていた。
皆、同じような作りだった。
だが、統建楼の間に、手狭な一戸建ての家が幾つも在った。
 縦に細長く、五階ぐらいの建物が並んでいて一階に車庫が付いていた。
永宗は、夫は仕事中のため、四十代ぐらいの家庭婦女(専業主婦)公司に登
録している妻に聞いた。
「あなたの家が、黒い景剛を盗まれたのですね」
永宗は聞いた。
 「警察官にも話しました。まだ何か用ですか。去年買って今年盗まれるので
は困りものです」
妻は言った。
「何か不審な点はありましたか」
永宗は聞いた。
 「朝起きたら、夫が車が無いと言って、警察に電話を掛けました」
妻は言った。
 「トラフィック・セイフティ・システムのGPS装置が残っていたのです
ね」
 永宗は聞いた。
 「良く判りませんがオレンジ色の機械が残っていました」
 妻は言った。
「それがトラフィック・セイフティ・システムのGPS装置です。全て企業
共同体の共通規格で作られています。盗難された車庫を調べさせて貰います」
永宗は言った。
「ええ、いいですよ」
 妻は言った。
 「それと、盗まれた黒い景剛は見つかりましたが犯罪で使われていたため、
当分の間証拠品となります」
永宗は言った。
「嫌ですよ。盗まれた汽車は必要在りません。保険に入っていましたから、
夫は新しい汽車を買いました」
 妻は言った。
 永宗は、碧髪のカメラで、車庫の中を撮影した。車庫は扉もシャッターも付
いていなかった。トラフィック・セイフティ・システムの発達で、汽車は盗難
しにくくなっていた。
だから無防備な車庫が多くなっていた。
「碧髪。証拠は見つかるか」
永宗は言った。
 「車庫の入り口に汽車が、こすった痕があります。これは、警察官が既に証
拠として撮影して警察のデータ・ベースに送られています」
 碧髪は指を差して言った。
 永宗は見た。
 「確かに、黒い色の塗料が付いている。トラフィック・セイフティ・システ
ムが切れていると、汽車の操縦は難しくなる。慣れない汽車を運転すれば、そ
うなる。黒い景剛を盗んだ汽車司機は、景剛の様なワンボックスカーを運転し
た経験が無かった可能性がある」 「汽車を運転するのが苦手な汽車窃盗犯で
すか」
碧髪は言った。
「奇妙だが、黒い景剛を盗んだ犯人は、趙・礼殺害事件に絡んでいる。盗ま
れた日から、事件が起きた昨日までに、黒い景剛を改造している」
永宗は言った。
そして車庫の中を見回した。
 段ボールが置いてあるぐらいで、目立った物は置いてなかった。
 「他に証拠は残っているか」
 永宗は言った。
「車庫の中には毛髪が複数あるようです」
碧髪は言った。
「人間の毛か?」
 永宗は言った。
 人間の眼では捉えづらい物をアンドロイドの碧髪は見ることが出来た。
 「多分そうだと思います」
碧髪は言った。
 「碧髪、採取をしておいてくれ」
 永宗は言った。
 「判りました」
 碧髪は、婦人警官の制服のポケットから、証拠採取用の8公分(センチメー
トル)ぐらいのビニール袋を取り出した。そして、ピンセットで埃の中から髪
の毛をつまんで中に入れた。その作業を四回繰り返した。碧髪は4本の髪の毛
を採集した。そしてポケットにビニール袋を入れた。
「これから科学捜査班のラボに届ける。黒い景剛を盗んだ犯人が出るかもし
れない」
永宗は言った。
永宗は盗まれた黒い景剛の持ち主の妻に挨拶をした後、碧髪と吉祥を停めて
ある通りに出るために車庫を出た。
 裏路地に出ると黒いバイク乗りのレーサー・スーツを着た黒いフルフェイス
のヘルメットを被った中肉中背の人物が後ろを向いて居た。
 永宗は怪訝に思った。
 何故道の真ん中で後ろを向いているのか。
永宗は立ち止まった。
 碧髪も止まった。
フルフェイスは振り返って前を向いた。
そして、両手に持った銃を構えた。
永宗は反射的に碧髪の肩を押して姿勢をかがめて横に移動した。
撃った!
路地裏でいきなり銃を撃ってきた。
「熱線銃!ブラスターだ!」
 焦げた空気の匂いが鼻を刺した。
「碧髪、隠れろ!熱線が当たったら破壊されるぞ!」
永宗は鉄式の最期を思い出して言った。そして身体を隠す場所を捜して走っ
た。
 「判りました。ロボティクス・ガイドラインに従って、自己の安全を確保し
ます」
 碧髪は言った。そして、路地裏の統建楼の駐車場に隠れるために走って入っ
た。
永宗は身を隠す場所を捜しながら走って鋼武八式を左脇のホルスターから抜
いた。
 そして右手の大拇指(親指)で安全装置を解除し、グリップ式の安全装置も
強く握って解除した。内蔵されたレーザー・ポインターが伸びた。
一発、熱線を威嚇射撃で発射した。
「ブラスターを捨てろ!」
 永宗は叫んだ。
だが、返答の替わりに、熱線が飛んできた。
そしてフルフェイスは走って逃げ出した。
永宗は後を鋼武八式を持ったまま走って追った。
ブラスターは、エネルギー・カートリッジ一本で通常二十発から二十五発撃
てる。
 外付けのエネルギー・カートリッジを使った場合、百発以上でも撃つことは
出来る。ただし、銃身が熱を持ちすぎオーバー・ヒートするため、連続して撃
てる熱線は七十五発ぐらいが限度だった。銃身を強制冷却する、機械を取り付
ける事も出来るが、それでは嵩張りすぎて携帯が出来なくなる。
永宗は、身体を統建楼の駐車場の影に隠しながら路地の中を走った。
フルフェイスは、振り向いてブラスターを撃った。
 永宗は統建楼の駐車場に隠れた。
「銃を捨てろ!」
 永宗は統建楼の柱の影から鋼武八式を撃とうとした。
 だが、フルフェイスは走って行った。
 距離を取られた!
永宗は両手で構えて持っていた鋼武八式を右手に持って走った。
フルフェイスは右に曲がった。
 通りに出られた!
 永宗は焦った。
 人通りの多い通りで銃撃戦は出来ない。
永宗は通りの影で鋼武八式を構えた。鋼武八式を両手で握った。
 そして通りに向かって射撃姿勢で飛び出した。
フルフェイスは、黒いバイクに乗っていた。
 そして走り去った。

電脳世紀北京(中)終劇



















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