ることが出来ない。永宗は、曖昧な返事をした。 「後日、通知が行くことになります」 永宗は言った。 トレーラーの汽車司機の妻と子供達は不安そうな顔をしていた。 婦人警察官がトレーラーの汽車司機の家族達を連れて行った。 少し十五分ぐらいの時間が経った。 「趙捜査官が来ていたの」 年配の女性の馮科学捜査官が、女性型のアンドロイドと一緒に、現場の検証 を開始するために来た。馮科学捜査官もアンドロイドも、ジェラルミン製のケ ースを持っていた。 「はい」 永宗は言った。 「それでは、現場検証を開始するから中に入って」 馮科学捜査官は利落(テキパキ)と言った。永宗は碧髪と病房に入った。 中では先刻まで話していた、トレーラーの汽車司機が目を見開いて死んでい た。額に銃創があった。 馮科学捜査官は、銃創を、指で示しながら言った。 「被害者は、ブラスターで殺されている。これは典型的な焦貫銃創よ、趙捜 査官」 「まさか、警察官のブラスターが使われた」 永宗は最悪のシナリオが頭をよぎった。 北京の警察官達は全員がブラスターを持っていた。だから犯人が警察官の可 能性が出てきた。身内の警察官の中に、犯人が居るかと考えると気分が悪くな った。 馮科学捜査官は説明を開始した。 「ブラスターの熱線の温度によって、焦貫銃創の炭化痕が変わってくるか ら、撃ったブラスターの種類は判る。警察官の使う鋼武六式か、どうかは焦貫 銃創を調べれば出てくる。この被害者は、心臓と頭を撃たれている。合計二発 のブラスターの熱線が、焦貫銃創を残している。だから、比較的簡単に撃った ブラスターの種類をラボで特定できる」 馮科学捜査官はジェラルミン製のケースから、焦貫銃創のサンプルを採取す る機械を取り出した。 「だが、この北京警察医院には、入り口で武器を持っているかチェックされ る。警察官以外はブラスターのような銃器を持ち込めないはずです」 永宗は言った。 「それは、証拠を私達が集めた後での、君の仕事よ、趙捜査官」 馮科学捜査官は言った。 「そうですね」 永宗は頷いて言った。 「私は、焦貫銃創を調べるから」 馮科学捜査官は言った。 「監視カメラが在りますね」 永宗は天井に付いているドーム型の監視カメラを見ながら言った。 「ここは警察医院よ。監視カメラが付いている。後で私が調べるから。他に も捜査する仕事が在るんでしょう?君が複数の事件を掛け持ちしていることは 携帯端末に出ている」 馮科学捜査官は携帯端末の画面を見ながら言った。 「これらの事件は繋がっている可能性が在るんです。掛け持ちとも言い切れ ません」 永宗は言った。 「私達は、個別の事件の物的証拠を集めていくから、君は、事件の繋がりを 調べるのよ」 馮科学捜査官は言った。 「わかりました」 永宗は言った。 永宗は、碧髪と、北京警察医院を出て、吉祥に乗って警察署に戻ってきた。 科学捜査班のラボに入った。 まだ、張科学捜査官が働いていた。 「事故を起こした汽車司機のGPSの移動履歴では、衝突した警察のパトロ ールカーが幹線道路に入るまで、動いていない時間がある」 張科学捜査官は端末のディスプレイを操作しながら見せて言った。 「何点頃ですか」 永宗は聞いた。 「丁度、衝突したパトロールカーが動き出すまでだ」 張科学捜査官は言った。 「その前は何処で停車していましたか」 永宗は言った。 「丁度サービス・エリアで停車して建物の中に入っている」 張科学捜査官は言った。 「その後で、トレーラーに戻った。多分、このサービス・エリアの駐車場で 反射薬の後薬を注射した可能性が高くなります」 永宗は言った。 「反射薬についてインターネット上の文献から調べた。この薬は、後薬を注 射すると、主観的な意識が無くなる。前薬で仕掛けた暗示を作動させた後に主 観的な意識が戻ることになる」 張科学捜査官は言った。 「トレーラーの汽車司機の証言とも一致します。彼は、毒物を注射した後、 記憶が抜け落ちていると言っていました」 永宗は証言を思い出しながら言った。 「この後薬が体内に入ると前薬で仕掛けられた暗示に従うようになる。この 反射薬の特殊性は幾つもの暗示を掛けることが出来るところに在る」 張科学捜査官は言った。 「トレーラーの汽車司機は、複数の暗示に従って、動いたわけですね」 永宗は言った。 「かなり複雑な行動も暗示で行わせることが出来ると文献には書いてある」 張科学捜査官は言った。 「それならば、トレーラーの汽車司機は後薬の注射によって作動した暗示に 掛かった状態で、サービス・エリアから出ていった訳ですね。そして事故を起 こすときは別の暗示が作動している」 永宗は言った。 「間違いない。ただ、証拠が無いことが問題だ」 張科学捜査官は頷いて言った。 「上手く証拠が隠滅されている。トレーラーの汽車司機が警察医院で殺され たように」 永宗は言った。 「重要な証拠は消されている。現場に残っている証拠で犯人に行き着くのか が問題だ」 張科学捜査官も言った。 永宗は碧髪と科学捜査班のラボを出た。 廊下を歩いていると視界がフラついた。 「駄目だ。眼が眠くなってきた。ここのところ、まともな睡眠を取っていな いのが効いてきた」 永宗は強い眠気にフラついていた。 「どうしました?」 碧髪は聞いた。 「少し眠る。こんな状態じゃ判断ミスをしかねない」 永宗は歩きながら言った。 「それでは、私も睡眠モードでデフラグの続きを行います。何点後に起こせ ば良いでしょうか?」 碧髪は言った。 永宗は仮眠を取るために、男性用の宿直室に向かったが、劉主任の科学捜査 班のメンバー達が眠っていて、床が全部塞がっていた。
第十四章 手料理
美麗は、警察署に電話を掛けて永宗が、今の時間でも仕事をしていることを 知った。 それを聞いて、少し、怒りすぎたように思った。 仲直りに、夜食を持って行くことにした。 美麗は、冰箱(冷蔵庫)に入っている餃子の皮と中の具を使って、蒸し餃子を 作った、つい沢山作ったから、お皿によそい分けて、ラップを被せた。そして 快馬に乗って、持って行った。 夜勤の警察官に案内されて永宗の居る場所まで来た。 永宗は警察署の非常用の電話機が置いてある横のベンチの背もたれにもたれ かかって眠っていた。 緑色の髪の毛の女のアンドロイドも目を閉じて、眠っていた。 二人は離れて眠っていた。 やっぱり、私の早とちりだったのかな、と、美麗は思った。 だけれど、眠っている緑色の髪のアンドロイドを見ていると再び怒りが湧い てきた。 なんで、こんな女型のアンドロイドと一緒なの! 美麗は紙に「まだ怒って居るぞ!美麗」と書いて、ラップで包んだ蒸し餃子 の上に置いておいた。
第十五章 捜査は続く
「趙捜査官、五時間が経ちました、」 碧髪の声がした。 「もう五時間経ったか」 永宗は、たっぷりと五時間眠って元気が回復していた。眠っている姿勢が悪 かったせいか、少し背中が痛くなっていた。 ふと、横を見ると美麗の家の、お皿が在って餃子が盛りつけられていた。紙 が在って「まだ怒って居るぞ!美麗」と書かれていた。 永宗は美麗の手作りの蒸し餃子を見た。 「美麗が来たのか。眠っていて気がつかなかった」 永宗は蒸し餃子を見て言った。 朝食で食べることにした。 仕事の再開だった。 まず、事故を起こした汽車司機の家族達の生活を何とかする必要があった。 事故を起こしたトレーラーの汽車司機が勤める先建運輸集団に碧髪と一緒に 吉祥で行った。 駐車場には、大型のトレーラーやトラックが何台も止まっていた。 先建運輸集団の二階建ての事業所に入っていった。一階にはロッカーが並ん でいた。階段を上って二階に上がると、事務所だった。 「警察です」 永宗はスーツの上着の前を開いて警察証を見せた。 「確認して良いですか」 責任者は言った。 「ええ、どうぞ」 永宗は、警察証をベルトから外して、責任者の携帯端末と、ぶつけた。これ で、企業共同体のデータ・センターから永宗が警察の捜査官であることが判る 事になる。 「間違い在りませんね」 責任者は携帯端末を見て言った。 永宗は警察証をベルトに納めた。 「事故を起こした汽車司機が毒物を使っていた事は知っていますか」 永宗は、聞いた。 答えは予想できていた。 「いえ、知りません」 予想していたとおり、責任者は首を振って否定した。 「長距離を走るトレーラーの汽車司機の過重労働が在ったのではないです か」 永宗は言った。 「いえ、そんなことは無いです」 責任者は首を振って否定した。 「企業共同体の監査指導に従っているのですね?」 永宗は言った。 「いえ、法律の事は詳しく知りません」 責任者は証言を濁して言った。 アンドロイドの碧髪が証言を画像と音声で保存していることを知っているの だろう。だから、責任を被らないように責任者は証言を濁している。 「それでは、企業共同体が定める労働・ガイドラインに違反はしていないの ですね」 永宗は聞いた。 「法律の事は詳しく在りません」 責任者は言った。 永宗は碧髪と先建運優集団の事務所を出た。 「知らないの一点張りでしたね」 碧髪は言った。 「だが、勤務記録などを後で押収することになる。今日中に押収するだろ う。多分二重帳簿だ。企業共同体の監査業務を逃れるために過重労働の勤務を 偽って申請しているはずだ」 永宗は言った。 「何か良いことが、あるのですか?」 碧髪は言った。 「過重労働が明らかになれば、トレーラーの汽車司機の妻と子供達が企業共 同体の保険公司から、保険金を受け取ることが出来る。毒物を使っていた事 で、今のままでは、本人の過失で保険金が出なくなる」 永宗は言った。 「なるほど、判りました」 碧髪は頷いて言った。
第十六章 仙踊機会館の業者
美麗は、朝起きると母親が作ってくれた、朝食を食べて、快馬に乗って万 福?局に向かった。 丁度、他のトラブルシューター達が仕事に出かける途中だった。美麗は元気 よく挨拶をして、気分良く万福?局の中に入った。 「美麗、よく考えてみて。仙郷機団の仙踊機会館は食品や飲料(飲み物)を 卸す業者が出入りしているはずよ」 羌夫人は言った。 「どうして判るんですか?」 美麗は言った。 「それは、昨日の写真で、アンドロイド達が、湯夫人の夫と一緒に食べてい たり飲んでいたりする写真があったでしょう。これらを納入している業者が必 ず居るはずよ」 羌夫人は言った。 「そういえば在りましたね」 美麗は思い出しながら言った。 「そして、アンドロイドは必ずメンテナンスをするはずよ。仙踊機会館のア ンドロイド達は違法な改造をされているから。このメンテナンスを請け負う業 者が判れば仙郷機団の繋がりが判る事になる。どの程度の組織力があるのか今 の段階では判らないから。なるべく情報を集めた方が良いはずよ」 羌夫人は言った。 「私、湯夫人と話をしてから、今日も仙踊機会館の仙郷機団の説法会に顔を 出してみます」 美麗は言った。 「時間は早いの?」 羌夫人は言った。 「いえ、昨日と同じ時間帯ですから、昼食以降です」 美麗は言った。 「永宗と仲直りはしたの?」 羌夫人は美麗に尋ねた。 「仲直りしようと思って、昨日の夜に警察署に夜食を届けたんですけれど、 眠っていました」 美麗は言った。 「それで話さなかったの?」 羌夫人は言った。 「近くに例の女型のアンドロイドが居て、見ていると腹が立ってきて、怒っ て帰ってきました」 美麗は言った。 「怒って、そのまま帰ったの?」 羌夫人は言った。 「一応手紙は夜食の上に置いておいたんですよ。「まだ怒って居るぞ!美 麗」って書いて」 美麗は言った。 「美麗は相変わらずね」 羌夫人は苦笑して言った。
第十七章 サービス・エリア
永宗は先建運輸集団の停車場(駐車場)に停めてある吉祥に戻ると碧髪に指 示を出した。 「碧髪、企業共同体に登録している人間の全てのライフ・ログのGPS移動 履歴を検索して、昨日、事故を起こしたトレーラーの汽車司機が最後に立ち寄 ったサービス・エリアに居た人間達を割り出してデータ・ベースを作ってく れ」 「重たい処理です、私一人のMPUでは、時間が推計で八点(時間)十分三 十五秒掛かります。その間、私が動くと処理が中断されて時間が余計に掛かり ます」 碧髪は言った。 「碧髪は処理をしないで、企業共同体の空いているコンピュータを使う情報 処理ネットワークに分散処理をさせてくれ。捜査官の権限で使える」 永宗は言った。 「判りました。それならば、企業共同体のデータ・センターの空いている現 在のコンピュータの浮動小数点演算能力のベンチマークから、処理時間は推計 二十九秒です。開始します」 碧髪は言った。 永宗は碧髪の情報処理を待った。 「終了しました」 碧髪は言った。 「データを証拠として警察のデータ・ベースに入れておいてくれ。トレーラ ーの汽車司機が最後に立ち寄ったサービス・エリアへ向かう」 トレーラーの汽車司機のGPS移動履歴を調べて、最後に立ち寄った。サー ビス・エリアに吉祥で向かった。 吉祥で上空から見ると、様々な汽車が停車しているが、平日のせいか、殆ど が、大型のトラックや、トレーラーなどだった。 トレーラーの汽車司機は昨日の夜に、ここで、反射薬の後薬を自分の身体に 注射した。 そして反射の暗示が作動し、記憶が無くなりながらも、警察署の近くの幹線道 路までトレーラーを移動させた。そして第二の暗示が作用して事故を起こし た。 このサービス・エリアに、トレーラーの汽車司機が、いつも使っている毒物 と反射薬の後薬を取り替えた人間が居たことにもなる。 碧髪に地球上の全ての人間のGPSの移動履歴を調べさせた結果、サービス・ エリア内に居た人間達を絞り込むことに成功している。 この人間達の中に、毒物と後薬を取り替えた犯人が居ることになる。高速公路 (高速道路)のサービス・エリアには、外部から入ることも、内部から出る事 も難しいからだ。携帯端末のGPSを高速公路上に放置すれば、企業共同体が 運営する高速公路管理集団のデータ・ベースに残ることになる。そして、高速 公路の使用費(通行料)を徴収するために、高速公路上で乗り換えやGPSを 搭載した携帯端末の、受け渡しの、やり取りが出来ないように、高速公路管理 集団は、汽車に搭載されているGPSと個人が持つ携帯端末で高速公路を管理 をしている。高速公路に入るときはゲートで自動的に、乗車している人間の数 を素粒子スキャナーで調べる事になる。だから、携帯端末のGPSが効かない 人間やアンドロイド、そして死体を運ぶことは出来ない。 高速公路上で乗り換えや不審な停車を行えば、データ・センターのコンピュ ータから自動で携帯端末にメールが送られてきて事由の説明をメールでしなけ ればならない。 だから、企業共同体のデータ・センター上に履歴が残るため逆に絞り込むこ とが出来る。 ここまで用心深い、犯人を相手にするため、 永宗は、高速公路管理集団から不審な行動と取られる動きはしないはずだと考 えた。 だからサービス・エリアに汽車で入って、汽車で出ていった事になる。不審 な動きを見せずに。 サービス・エリアの食堂とロビーが入り交じった建物では、汽車司機達が談 笑をしていた。 永宗は、どこから聞いて回るか考えた。 同じ色の運輸集団の制服を着て食事を談笑しながら食べている、汽車司機達 に話しを聞くことにした。 「警察です、この人を知っていますか」 永宗は、警察証を見せて、トレーラーの汽車司機の顔写真を携帯端末に表示 して見せた。 「警察車両と、ぶつかった事故だね。トラック汽車司機の音声チャットで話 題になっていたよ。事故の話は俺も知っているよ」 キャップ帽を被った汽車司機は言った。 「あの先建運輸集団は、いい働き場所じゃ無いんだよ」 スキンヘッドの汽車司機が言った。 「そう。前に、眼鏡のあいつが働いていたから、聞いてみるといい」 グラスに入った、黄色い汽水(サイダー)を飲んでいる汽車司機は指を差し て言った。 別のテーブルで、湯面(ラーメン)を啜っている眼鏡の汽車司機だった。 別の運輸集団の制服を着ていた。 「警察です」 永宗はスーツの前を開けて警察証を見せた。 「え、警察が、何か俺に用?」 眼鏡を掛けた汽車司機が面食らった顔で言った。 「あなたが以前勤めていた先建運輸集団のトレーラーの汽車司機が事件に巻 き込まれました」 永宗は言った。 「あれは事件じゃ無くて事故でしょ」 以前働いていた眼鏡を掛けた汽車司機は、関わりたくなさそうな顔で言っ た。 「トレーラーを運転していた汽車司機の血液から毒物反応が出ました。過重 労働が行われていた疑いがあります」 永宗は言った。 「確かに、あの先建運輸集団は、労働条件が劣悪だったよ。毒物に手を出す 汽車司機も多いよ。え?俺は使っていないよ。使う前に辞めたから」 以前働いていた眼鏡を掛けた汽車司機は、慌てて手を振って言った。 永宗は、内心苦笑しながら言った。 「どのように労働条件が劣悪なのですか」 「あの先建運輸集団は汽車司機を人間扱いしないんだよ。機械を扱うよう に、ノルマ達成をさせるんだ。あれじゃ事故が起きるのも当然だよ」 以前働いていた眼鏡を掛けた汽車司機は嫌そうに言った。 「何故、事故を起こした汽車司機は劣悪な労働条件で働いていたのでしょう か」 永宗は聞いた。 「少しだけ手取りの給料が多くなるのさ。だが、本当に少しだよ。走行距離 に換算すれば、働き過ぎで時給に換算すれば結局は安すぎるのさ。だが、少し だけ高い手取りの給料に騙されて、あの会社で働くわけさ」 以前働いていた眼鏡の汽車司機は言った。 「集団の仕組みは判りますか」 永宗は聞いた。 「どんな仕組みを知りたいんだ」 以前働いていた眼鏡の汽車司機は言った。 「汽車司機の仕事の仕組みです」 永宗は言った。 「あの集団は、トレーラーや、トラックを自分で持っている、汽車司機達 が、企業共同体の社会保障サービスを受けるために加入する集団だよ。だけど 仕事は回ってくるけれど下請けで仕事のノルマもあるんだ。そして請負制で、 長時間汽車を走らせなければならない」 以前働いていた眼鏡の汽車司機は言った。 「あなたも、トレーラーか、トラックを持っていたのですか」 永宗は聞いた。 「維持費が掛かるから手放して、今の運輸集団に入ったけれどね。知り合い からの貰い物だよ。そして、今の運輸集団に入る事が決まって、別の知り合い に、あげたんだ」 以前働いていた眼鏡の汽車司機は言った。 そして湯面を啜った。 「先建運輸集団で働いてた頃は、ノルマの合間にサービス・エリアに立ち寄 れましたか?」 永宗は聞いた。 「そりゃ、俺たち汽車司機だって人間だよ。トイレに行ったり、食事を何か 腹に入れなければ、働けないよ。時間は短くても、仮眠を汽車の中で取るにし ても、サービス・エリアには立ち寄るよ」 以前働いていた眼鏡の汽車司機は言った。 永宗は、碧髪と、サービス・エリアの建物から出た。 「碧髪、殺されたトレーラーの汽車司機の集団が企業共同体に提出している 事業証明を、証言と一致するか検証してくれ。そして、携帯端末にデータを送 信してくれ」 永宗は言った。 「判りました」 碧髪は言った。 永宗は携帯端末に送信されたデータを確認した。 「確かに請負制だ。他の証言も集団のシステムとは一致している。あの眼鏡 の汽車司機は虚偽証言をしていない。勤めている間に毒物を使っていたかは判 らないが」 永宗は携帯端末の画面を見ながら言った。
第十八章 夫の友人達 美麗は、湯夫人と約束した時間帯に快馬で到着した。 そして昨日仙踊機会館で撮した動画を見せた。三人の男達も映っていた。 「これが、湯氏と一緒に仙踊機会館に通っている同僚達です。顔に見覚えは ありますか?」 美麗は昨日、快馬で撮してきた、仙踊機会館の入り口の画像ファイルと動画 ファイルを見せた。 「この人達とは、北京粮食商社の家族旅行で一緒になったことがあります」 湯夫人は言った。 「湯氏の友人ですか」 美麗は怪訝に思って聞いた。 「そうです。仲は良いように見えました」 湯夫人は言った。 「ただの仕事上の付き合いなのでしょうか。仙郷機団に一緒に通っているよ うですが」 美麗は言った。 「ですが、夫の日記を見れば判るように、夫は仕事上の付き合いなどではな く完全にのめり込んでいます。白蘭という女アンドロイドを人間の女として扱 っているのです。それは、夫の日記を、よく読めば判ります」 湯夫人は言った。 「あのう、この三人の人達の家族とは連絡を取れないのでしょうか」 美麗は言った。 「なぜ必要なのでしょうか」 湯夫人は怪訝そうな顔をして言った。 「それは、一人で戦うよりも仲間が居た方が良いと思うからです」 美麗は昨日の羌夫人との、やり取りを思い出して言った。 「ですが、私は、夫の出世に響くような事はしたくありません」 湯夫人は、困ったような顔をして言った。 「この三人は、仙踊機会館に通っているのですよ。家族の人たちは、湯夫人 と同じ状態だと思います勇気を出してください」 美麗は言った。 湯夫人は溜息を付いた。 「それならば、私も勇気を出します。連絡は取れます。北京粮食商社の家族 旅行の時に電子名刺の交換をしました」 湯夫人は携帯端末を取り出した。 「それではメールか、電話を掛けましょう」 美麗は言った。 「判りました。私は電話が苦手なのでメールを使います。どのような文面を 書けば良いのでしょうか。あなたの夫が、女のアンドロイドに夢中になってい ますと書くのでしょうか」 湯夫人は、やつれた顔に疲れた笑みを浮かべて言った。 それを聞くと美麗は猛烈に働く意欲が湧いてきた。そして自分の携帯端末を 取り出した。 音声を文字に置き換える電子メールの機能を使うことにした。 「それじゃ、私が作っちゃいますよ。「私の夫と、あなたの夫は他にも会社 の同僚二人と一緒に、恋機族の仲間になって、女型アンドロイドを使う仙踊機 会館に通っています。夫達を取り戻すために一緒に戦いましょう」これをコピ ーして三人の家族の所に送れば問題在りません」 美麗は言った。そして携帯端末を操作して 湯夫人の携帯端末に送った。 「わたしは、もう少し表現を変えてみます。北京粮食商社の家族旅行の時に 一緒だった事も書いておきます」 湯夫人は携帯端末を操作し始めた。 しばらく美麗は待った。 携帯電話が湯夫人の携帯端末に掛かってきた。 「はい、湯です。ええ、家族旅行の時はお世話になりました。夫が仙踊機会 館に通っていることは知っているのですか。私の家の主人も通っているんで す。私達は、夫を仙踊機会館を運営する新興宗教仙郷機団から、取り返すべき です。ええ、そうです……」 湯夫人の顔に笑顔が戻ってきた。 結局三人の同僚達の妻達は、一人が、仙踊機会館の件で夫と夫婦喧嘩中で、 一人が知っていても口に出せなくて、一人が不審に思っていたが、知らなかっ た。 湯夫人は明日、三人の妻達と会うことになった。美麗も付いていくことにな った。
第十九章 食い違う証言と証拠
永宗は、一旦、吉祥で警察署に戻ってきた。 科学捜査班のラボに入った。 「趙捜査官。証拠が出たわ。トレーラーの汽車司機を撃ったのは、警察官の 使う鋼武六式よ。焦貫銃創から採集したサンプルを分析した結果から判った わ」 馮科学捜査官が言った。 「まさか。最悪の事態だ。身内から犯人が出るなんて」 永宗は気分が悪くなった。 「問題は、警察医院の監視カメラが作動していないのよ。正確には、事故を 起こしたトレーラーの汽車司機が撃たれた時間帯だけ、警察医院内の監視カメ ラの画像が全て録画されずに消えている。大問題ね」 馮科学捜査官は言った。 「まさか、これも警察内部の人間の犯行か」 永宗は言った。 「これから北京警察医院の監視カメラが途切れた原因を、私が調べるから。 そして、もう一度現場から証拠集めをするから。これだけの大規模な証拠隠滅 が行われていれば、必ず、証拠を残すはずだから」 馮科学捜査官は言った。 そして女性型のアンドロイドと一緒に、ジェラルミン製のケースを持って科 学捜査班のラボから出て行った。 「趙捜査官、王捜査主任がラボの外で待っている」 ラボに入ってきた、張科学捜査官が言った。 「判りました」 永宗は頷いて科学捜査班のラボから出た。 科学捜査班のラボの前には王捜査主任が、鋼玉と一緒に居た。 「趙、張・礼殺害の実行犯を、もう一度取り調べる。アンドロイドについて 証言を取る」 王捜査主任は言った。 「確かに劉主任達が調べているアンドロイドは、不審なデータが入っている ようですね」 永宗は言った。 「証言を証拠で検証する。他に方法は無い。アンドロイドの顔写真をプリン ト・アウトしてきた。これを使う」 王捜査主任は永宗に顔写真が綴じられたバインダーを渡しながら言った。 取調室には、永宗と王捜査主任、そして碧髪と鋼玉が入った。 取調室の入り口には警官が居た。中に実行犯が手錠を付けられて囚人服を着 て入っていた。 「何か、まだ、俺に用があるのか」 実行犯は言った。 王捜査主任は言った。 「用はある。お前は、まだ全てを話していない」 王捜査主任は永宗を見た。 永宗は頷いた。 「何故君は、アンドロイドに恋をしたんだ」 永宗は王捜査主任と警察署で再び取り調べを開始した。 「話したって無駄さ。どうせ俺は無期懲役だ。判っている。昨日、接見した 弁護士が言っていた」 実行犯は言った。 「君の罪が軽くなる可能性がある。つまり無期懲役から減刑される可能性が 出てくる。だから、我々の捜査に協力するべきだ」 永宗は言った。 「どういう事だ」 実行犯は言った。 「君は、どのアンドロイドに恋をしたんだ」 永宗はプリントアウトした写真をバインダーから外して取調室のテーブルに 載せて見せた。 張・礼の邸宅のアンドロイド達、二十八体全ての個別の写真を取調室のテー ブルに載せた。 実行犯は、水色の髪のアンドロイドを指さした。 「彼女は、黒瞳と言う。名前通り黒い瞳が、とっても綺麗なんだ」 実行犯は言った。 「君は何故、名前を知っているんだ」 永宗は怪訝に思って尋ねた。 「俺が、邸宅の庭の中の壁沿いの巡回警備をしていると、彼女と偶然会った んだ。そのときに教えてくれた」 実行犯は表情を変化させながら言った。 「このアンドロイドの名称は、正式名称はE15六八七式だ。人間の名前は 付けられていない」 永宗は怪訝に思って聞いた。 プリントアウトされた写真にもE15六八七式と製造番号が書かれている。 呼ぶときは長すぎるから六八七式と呼ぶと書かれている。 「彼女は笑顔で話してくれた。そして名前を教えてくれたんだ。黒瞳という 名前だと」 実行犯は言った。 「君は、通常のロボティクス・ガイドラインに従うアンドロイドが人間とは 違う事を知らないのか」 永宗は言った。 「いや、俺が不思議に思って聞くと黒瞳は、本当はアンドロイドにも人間と 同じ心があると教えてくれた」 実行犯は言った。 「人間のような感情を持って振る舞うのは、違法改造されたアンドロイド だ」 永宗は話を聞いて驚いていた。 永宗が張・礼の邸宅で見たアンドロイド達は、違法改造をしいてる様な仕草 や表情をしていなかったからだ。永宗も以前に違法改造されたアンドロイドを 事件の現場で見たことがあった。だが、そのアンドロイドは張・礼の邸宅で見 たアンドロイド達とは大きく違っていた。感情的で人間のように泣いたり笑っ たりしていた。 「そんなはずは無い。彼女は全てのアンドロイドには人間の心があると教え てくれたんだ」 実行犯は狼狽した顔で言った。 「アンドロイドが人間を騙す事はロボティクス・ガイドラインに従う限り有 り得ない」 永宗は言った。 全てのアンドロイドが人間の心を持っているはずは無かった。これは、ロボ ティクス・ガイドラインの、人間に危害を加えることを禁止する、項目に該当 するはずだった。嘘は人間を傷つける事になると解釈されるからだ。 「彼女は、俺を騙してなんか居ない。黒瞳は、俺を愛していると言ってくれ たんだ。彼女は人間なんだ。人間と同じ心を持っているんだ」 実行犯は言った。 「君は、いつから、黒瞳と話していたんだ」 永宗は聞いた。 「北京安全警備集団の仕事が、張・礼の邸宅で始まってからだ、初めて働き 出した、その日に、彼女を見た。太陽光線の下に、たたずみ、集塵機で枯れ葉 集めの仕事をしている彼女は、あまりにも美しかった」 実行犯は言った。 「君は、その日に話したのか?」 永宗は聞いた。 「いや、違う。初めて彼女を見たのは張・礼の邸宅で働き出した日だ。話し たのは別の日だ。俺、何度も彼女と会った。最初は向こうが会釈する程度だっ たが。次第に彼女は笑顔で挨拶するようになった」 実行犯は言った。 「通常のアンドロイドは人間に会釈はしない。ロボティクス・ガイドライン では機械として扱われるからだ」 永宗は言った。 「そんなことは無い。彼女と話していると、アンドロイドが本当は人間の心 を持っているのに、ロボティクス・ガイドラインで機械のように振る舞わなけ ればならない事を教えてくれた。黒瞳には人間の心があるんだ」 実行犯は言った。 「君は、その黒瞳に騙されている」 永宗は言った。 「そんなことはない!俺は、騙されてなんか居ない!俺は彼女に愛されてい るんだ!だから張・礼を殺したんだ!殺さずには居られなかったんだ!」 実行犯は叫びながら黒瞳に騙されていることを否定した。 感情的になった実行犯は警察官に連れて行かれた。 王捜査主任は言った。 「実行犯の証言だけでは弱いな。証拠が必要だ」 「どうやら、張・礼の邸宅のアンドロイドは、コンピュータが改造されてい ますね。実行犯が黒瞳と呼ぶ、六八七式も含めて」 永宗は言った。 「そうだ。だが、それは、劉達が調べるはずだ。押収したアンドロイドに違 法な改造がされている証拠が出るかだ」 王捜査主任は言った。 「実行犯と話している画像や音声ファイルがアンドロイドのメモリーに残っ ていれば良いのですか」 永宗は言った。 「劉の話では、巧妙にデータを隠しているらしい。証拠のデータが残ってい ない可能性も高い。科学捜査班の結果を待つしか無い」 王捜査主任は言った。 永宗は携帯端末で、科学捜査班のアンドロイドのコンピュータを調べる捜査 が進んでいることを確認した。 「科学捜査班の捜査は大分進んでいます。話を聞きに行っても良いようで す」 永宗は言った。 永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と一緒に科学捜査班のラボに入った。 ラボには劉主任が居た。 「張・礼の邸宅に居たアンドロイド達は全てデータの改ざんが巧妙に行われ ている」 劉主任は言った。 「整合性を調べるソフトウェアでも検出できないデータの非連続製と過去の データの複製が起きている。偶然、科学捜査班が使う、ソフトウェアのアップ デートが行われていて判った」 劉主任は言った。 「つまり、アンドロイドが保存しているデータは、書き換えられていて証拠 としては使えないのか」 王捜査主任は言った。 「個別の画像や音声データは、証拠として使える物だ。だが問題はファイル の日付や順番が入れ替わっている。だから結論としては証拠として使えない」 劉主任は言った。 「どのように書き換えられているんだ」 王捜査主任は言った。 「画像データや音声データを加工してコピーしている。これでは、整合性を 調べるソフトウェアのファジー検出の知覚エンジンでも、非連続性を調べる事 が難しくなる。偶然、似た情景の画像データのコピーを整合性を調べるソフト ウェアが検出した」 劉主任は言った。 「そうか、張・礼の邸宅のアンドロイド達のデータは証拠にならないのか」 王捜査主任は言った。 「そういうことになる。全て書き換えられた可能性が高い」 劉主任は言った。 「つまりアンドロイドの画像ファイルの証拠は全て使えないのだな。張・礼 殺害の実行犯の映像も含めて」 王捜査主任は言った。 「そういうことになる。だが、基本ソフトウェアに手を入れなければ出来な いアンドロイドの改造の痕跡が見当たらないのが奇妙だ。基本ソフトウェアを いじれば痕跡が残るが、押収した時点では基本ソフトウェアは改造していない 状態に戻されている。基本ソフトウェアを上手く復元している、そしてアンド ロイドの複数のログファイルが監視するシステムを整合性が在るように作り出 している。だからログから、改ざんの跡を辿れないようにしている。これだけ 複雑なプログラムを書くことは難しい」 劉主任は言った。 「企業共同体のデータ・センターが管理する、実行犯のGPS移動履歴と張 ・礼の邸宅のアンドロイド六八七式のGPSの移動履歴は会話できる距離まで 近づいているのか」 王捜査主任は言った。 「実行犯のGPSの移動履歴と、実行犯が恋をしてるアンドロイド六八七式 の移動履歴が不思議なことに一回も重なっていない。つまり会話できる距離ま で近づいていない。これでは証拠にならない。不自然なぐらいに近づいていな い」 劉主任は言った。 「企業共同体が管理するGPSの移動履歴に手を加えているのか」 王捜査主任は言った。 「不正にGPSの移動履歴を入れ替えている可能性が高い」 劉主任は頷いて言った。 「張・礼の邸宅のアンドロイドの情報処理システムは分散処理をしないの か?」 王捜査主任は言った。 「アンドロイドに搭載されたGPSチップが分散処理をするが、基本ソフト ウェアが、GPSチップからのデータ処理を行い。GPSの移動履歴を送受信 チップに送ることを担当する。基本ソフトウェアを改造してデータを加工する プログラムが加えられたらGPSの移動履歴は改ざんできる」 劉主任は言った。 「愉快犯のハッカーでも出来るのか?」 王捜査主任は言った。 「普通の愉快犯のハッカーでは出来ない。アンドロイドのデータを消して、 自動的に書き換えるプログラムを作っている。GPSの移動履歴を書き換える ソフトウェアも含まれている。アンドロイドの基本ソフトウェアを書くための 専門の教育を受けているはずだ。そうでなければ、アンドロイドのデータの整 合性を隠すプログラムは書けないはずだ。これは簡単に書けるプログラムでは ない。アンドロイドのコンピュータ・システムは、幾つものチップを使い複数 の種類の組み込み用の基本ソフトウェアを使っている。これだけの量の技術知 識を個人で担当して、裏をかくようなプログラムを作成する事は難しい」 劉主任は言った。 「何らかの組織が関わっているのか?」 王捜査主任は言った。 「その可能性は高い」 劉主任は頷いて言った。 「ハッキングの前科が在る者達を警察のデータベースから調べるか」 王捜査主任は言った。 「だが、裏をかくプログラム自体が消えている。これでは証拠にならない」 劉主任は言った。 「犯人は難儀な相手だな」 王捜査主任は言った。 「こうなったらアンドロイドのデータ以外から証拠集めをするしかない」 劉主任は言った。 「それでは、我々も証拠集めをする」 王捜査主任は言った。 永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と一緒にラボを出た。 王捜査主任は言った。 「趙、調べて欲しいことが在る。何故、張・礼の邸宅では、アンドロイドを リース契約でレンタルせずに、購入していたかだ。そしてアフターサービス形 式でメンテナンスをしている。張・礼の資産からすれば、アンドロイドをリー ス契約せずに買いそろえることも、おかしくは無い。だが、気に掛かるから調 べてくれ」 「判りました。張夫人と息子に聞いてきます」 永宗は言った。 永宗は碧髪と吉祥に乗って張・礼の邸宅へと向かった。 張・礼の邸宅は、警察官が居た。 そして科学捜査班の汽車も在った。 永宗は張夫人の居る房に婦人警察官に案内された。張夫人は、飾り気の少な い房の中に居た。そして編み物をしていた。 「あなたの家のアンドロイド達は全て、違法な改造が為されていました」 永宗は張夫人に言った。 「私は機械の事は詳しく判りません」 張夫人は言った。 永宗は怪訝に思った。 「この邸宅の主房では人間が働かないと聞いていますが」 永宗は言った。 「私は、家族以外の人間が、家の中で動き回ることが耐えられないのです。 だからロボットやアンドロイドを使っているのです」 張夫人は言った。 「よく、わかりませんが」 永宗は言った。 「私は夫と一緒に慎ましく生活をしていました。夫の事業は成功しました が。私は、このような、何十人もの使用人を使うような邸宅暮らしは馴染めな いのです」 張夫人は言った。 「それでアンドロイドを使っていたのですか」 永宗は聞いた。 「ええ、そうです。アンドロイドは人間と外見は同じですが、機械で出来て いるため、余計な気を遣う必要は在りません」 張夫人は言った。 「アンドロイドが改造されていた件で何か思い当たることが在りますか」 永宗は言った。 「夜中に物音がして目が覚めると、アンドロイドが立っていたことが在りま す」 張夫人は言った。 「なぜアンドロイドが立っていたのか判りますか」 永宗は聞いた。 「判りません」 張夫人は言った。 「そのアンドロイドは人間のような感情を見せたことは在りますか?」 永宗は聞いた。 「いえ、在りません」 張夫人は言った。 「なぜ、アンドロイドをリース契約せずに購入していたのですか」 永宗は聞いた。 「リース契約のアンドロイドよりも購入した方が信頼できるように思ったか らです。リース契約のアンドロイドでは、邸宅の中をリース会社に監視されて いるようで気分良くありません」 張夫人は言った。 「亡くなられた、ご主人と相談したのですか」 永宗は言った。 「ええ、そうです。私はリース契約よりも購入する方が良いと言いました」 張夫人は言った。 「それで購入したのですか」 永宗は言った。 「私は機械には詳しくありません。アンドロイドは、話が出来るので、話を して用事を指示しています」 張夫人は言った。 「息子さんが、交通事故で警察医院に入院されましたが、見舞いには行かれ ましたか」 永宗はフト気がついて言った。 「いえ、行っていません。体調が悪いので、電話で話したぐらいです。息子 が命に関わる怪我をしていないことは知っています」 張夫人は言った。 「私の飛車で見舞いに行かれますか」 永宗は言った。 「私は外出は苦手です。特に最近はそうです。私自身も体調が良くありませ ん」 張夫人は言った。 「息子さんは、命を狙われていると言っていましたが、何か気がついたこと はありますか」 永宗は言った。 「そのようなことを息子が隠していたとは初めて知りました」 張夫人は驚いた顔で言った。 「そうですか。聞いたことは無いのですね」 永宗は言った。 「ええ、そうです。初めて聞きました」 張夫人は言った。 永宗は不幸ごとが続くことに、お見舞いの言葉をかけて碧髪と立ち去った。 「碧髪、張夫人が現在診療を受けている医院と医生(医者)を調べてくれ」 永宗は歩きながら言った。 「判りました。張夫人が、かかっている医院は除精魅鬼医院、担当医生の名 前は黄医生です」 碧髪は言った。 「張夫人が、診察を受けている黄医生の診療科は何だ」 永宗は碧髪に聞いた。 「総合診療科です」 碧髪は言った。 「張夫人の病名を教えてくれ」 永宗は言った。 「不定愁訴です」 碧髪は言った。 「それは良く判らない病気だが」 永宗は病名を聞いて怪訝に思って言った。 「ええ、そうです。?医生のカルテのデータ・ベースでも原因不明となって います」 碧髪は言った。 「処方薬は、どうなっている」 永宗は聞いた。 「鎮痛薬の一種、散痛薬γUです」 碧髪は答えた。 「毒物の様な習慣性のある薬物か」 永宗は聞いた。 「いえ、化学的に合成されている薬品です。副作用は少ないようです」 碧髪は答えた。 永宗は張・峰の通う北京理工科大学の記録を、警察の捜査権限で携帯端末に 読み込んで調べた。 張・峰は、情報学部情報システム工学科の学生だった。成績は上位グループ に入っている。 張・峰は、邸宅のアンドロイドのコンピュータ・プログラムを改造する技術 を持っていることになる。 永宗は吉祥に乗って、碧髪と北京警察医院へ向かった。 「君の家のアンドロイド達は、全て違法な改造が為されていた」 永宗は張・峰に聞いた。
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