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作品名:電脳世紀北京(上、中) 作者:m.yamada

第3回   五分冊3
周りに付いたケーキの生クリームを人差し指で舐めているアンドロイド白蘭の
画像ファィルを見て嫌悪感と怒りを感じて言った。
「美麗、おかしいと思わない?」
 羌夫人は言った。
 「そりゃ、おかしいですよ。アンドロイドに熱を上げるなんて。本当に永宗
はバカ者なんだから」
美麗は口をとがらせて、再び頭の中を怒りが駆け巡りながら言った。
 「違うのよ。普通のアンドロイドは、こんな人間の顔をして笑わないはず
よ。あなたも永宗が連れているアンドロイドの鉄式を知っているでしょ」
 羌夫人は言った。
 「そう言われてみれば……」
美麗も永宗が以前連れていた、パートナーの男性型のアンドロイド、鉄式を
思い出した。
 思い返してみると表情は、あまり変化していなかった。
「これは、違法な改造をしたアンドロイドかもしれない。いえ間違いないで
しょう」
 羌夫人は白蘭のスライドショーを見ながら言った。人間以上に美しい容姿か
ら、愛くるしい顔を浮かべるアンドロイド白蘭のスライドショーだった。
「どういう事ですか」
美麗は、頭が、こんがらがって言った。
「確か、恋機族達は、アンドロイドのコンピュータに手を入れて、プログラ
ムの変更をするのよ。そうすることでアンドロイドは人間と同じように、感情
を持って振る舞うことが出来る」
羌夫人は言った。
「それは、ロボティクス・ガイドラインに違反するんじゃ無いですか」
 美麗は言った。
 「そうよ。この仙郷機団の仙踊機会館のアンドロイド達は、違法な改造がさ
れたアンドロイドであることは間違いないわ」
羌夫人は写真の画像ファイルをスライドショーで動かして見ながら言った。
「つまり、湯夫人の夫が熱を上げているアンドロイドは警察に通報すれば、
ロボティクス・ガイドラインで確実に廃棄処分になるんだ。それなら、この依
頼も簡単よね。永宗の女アンドロイドも改造しようかな。でも、どうやって改
造するのか判らないけれど。インターネットに載っているかな……」
 美麗は考えながら言った。
「でも、事は、そう簡単に運ばないわよ。湯夫人は夫との離婚を望んでいな
いのよ。愛しているアンドロイドを廃棄処分にしたら、余計に夫の思慕の念が
募るかもしれないでしよ。結果的に湯夫人との関係が悪化することは避けられ
ない」
羌夫人は言った。
「それは、考えていなかった…」
 美麗は気まずくなって言った。
「もう少し気を回さなければ駄目よ美麗」
 羌夫人は言った。
 「私、そういうの苦手だから…」
 美麗は気まずいまま言った。
「これから、どうするの?」
羌夫人は聞いた。
「カメラで仙踊機会館に入る湯夫人の夫を撮してきます」
美麗は大体頭の中で
 「今は、湯夫人は孤独な状態で戦っているのよ。一人じゃ心細いはずよ。仙
郷機団の被害者の家族が仲間となってくれれば良いのだけれど」
羌夫人は言った。
 「それじゃ、快馬にカメラ積んで、湯夫人の夫の写真を撮ってきます。その
時に同僚達も一緒らしいので、その写真も撮ってきます」
美麗は思いついたまま言った。
 そして望遠カメラの入ったジェラルミン・ケースを探し出して取り出して左
手に持った。
「それは良い考えよ美麗。湯夫人に味方を増やしてあげて」
 羌夫人は笑顔で言った。
「判りました!」
 美麗はジェラルミン・ケースを持って、元気よく、飛び出していった。

 第十章 犯人逮捕

永宗と王捜査主任は、警察署まで連れて来た実行犯の取り調べを開始した。
アンドロイドの碧髪と、鋼玉も一緒だった。
「なぜ、張・礼を殺した」
 王捜査主任は言った。
 「殺すつもりは無かった。脅しただけだ」
実行犯は椅子に座ったまま言った。
 黒い髪の毛を七三に分けて整髪料で撫でつけていた。そして黒いスーツの様
な北京安全警備集団の制服を着ていた。
 「だが、張・礼は死んでいる」
 王捜査主任は言った。
「張・礼は、俺に余計なことを言ったんだ。だから手が出てしまった」
実行犯は言った。
「どんな事だ」
王捜査主任は言った。
 「張・礼はアンドロイドを愛さずに、人間を愛しなさいと言ったんだ。俺だ
って判っている。アンドロイドは人間じゃないって。だが、俺には彼女は人間
にしか見えないんだ。だから、こんなにも苦しい思いをしているんだ」
男は両手を握りしめて言った。
「そして激昂して刺したのか」
王捜査主任は言った。
実行犯は黙った。
 王捜査主任は永宗を見た。
 永宗は頷いた。
「どうして、君は刺したんだ。いや、刺さなければならなかったんだ」
永宗は、語りかけるように言った。
 「張・礼は、彼女を譲ってくれなかった。俺の給料じゃ、アンドロイドを買
うことは出来ない。だから、譲ってくれるように懇願したんだ。だが、張・礼
は、機械でなく人間を愛せと言った。何も判っていない!俺がどんなに苦しん
でいるか!全然判ってくれなかったんだ!」
実行犯は言った。
「それで君は張・礼に、厨房で手に入れた菜刀を使って切りつけた。三度切
りつけ、二回刺した」
永宗は言った。
 「覚えていない。ただ取っ組み合いに、なりそうだったことは覚えている。
そして血が噴き出してきて、俺は自分が人を殺してしまったことに気がつい
た。俺は人を殺してしまったんだ。人殺しなんかするつもりはなかったんだ
よ」
実行犯は顔を両手で押さえた。
「そして、お前は書庫から出た」
王捜査主任は言った。
「ああ、そうだ。俺は血が付いている服を着ている事に気がついた。そして
菜刀を持ったまま管理棟に向かった。俺は罪を隠そうとしたんだ」
 実行犯は自分の手を見て言った。
「そして君は、管理棟に行き、血の付いた仕事用の制服のスーツを着替え
た。そして返り血を浴びた証拠品を生ゴミを入れるダスト・シューターに入れ
た」
永宗は言った。
「若い方の女菅家が、そのときに手を貸したな」
王捜査主任は言った。
「ああ、そうだ。あの女は、なぜか、血まみれの俺を見て、証拠を隠す手伝
いをするって言ったんだ」
実行犯は言った。
 「その若い女菅家は、君を愛していたんだ」
永宗は言った。
 「そうか。だが、俺はアンドロイドの彼女を愛している」
実行犯は言った。
「君は目を覚ますべきだ。アンドロイドは人間じゃ無い」
永宗は言った。
「ふざけるな!そんな綺麗事を言うな!俺は、彼女を愛している!彼女は機
械で出来たアンドロイドなんかじゃ無い!一人の人間なんだ!だから、こんな
にも苦しんでいる!」
実行犯は取調室のテーブルを両拳で何度も叩きながら言った。
「だが、若い女菅家は、君を愛しているために証拠隠滅という犯罪を犯した
んだ」
永宗は言った。
「そんな理由で、俺が持ってきた証拠を隠したのか。俺を愛しているから罪
を犯したのか」
 実行犯は言った。
 「そうだ」
 永宗は言った。
「だが、俺は、アンドロイドの彼女を愛しているから、どうしても他の事に
は気が回らないんだ。俺だって、あの女菅家が罪を犯すことになって悪いこと
だったとは判る。だが人を殺してしまって動転していたんだ。罪を逃れたかっ
たんだ。俺は人殺しなんかする気はなかった。ただアンドロイドの彼女を譲っ
て欲しかっただけなんだ」
実行犯は涙を流しながら言った。
「普通のアンドロイドはロボティクス・ガイドラインで、人間とは違うよう
に作られている。君は勘違いをしている」
永宗は言った。
 「だが彼女は人間なんだ。俺は人間として愛しているんだ。俺だってロボテ
ィクス・ガイドラインは知っている!だが俺には人間に見えたんだ!いや彼女
は人間だ!」
実行犯は叫んだ。
「だが、君は、間違ったことをしてしまった。張・礼を殺した」
永宗は言った。
「他に方法が無かったんだ!俺には他に方法が無かった!人殺しなんかする
つもりじゃなかった!だが、他に方法が無かったんだ!
俺は人殺しなんかしたくなかった!だが、他に方法が無かったんだ!」
実行犯は叫びながら言った。
「君は罪を償わなければならない」
 永宗は言った。
 「判っている!判っているさ!だが、俺は人を殺してしまったんだ!」
実行犯は叫びながら言った。
 「逮捕だ」
 王捜査主任は言った。
警察官に手錠を掛けられて連れて行かれる実行犯の後ろ姿を見ていた。
「アンドロイドに恋をした男が犯人か」
王捜査主任は言った。
 「その男を愛している女が、証拠を隠滅しました」
永宗は言った。
「やりきれない事件だな。時代が荒んでいる」
王捜査主任は首を振って言った。
「それでは、張夫人に報告に行きます」
永宗は言った。
「夫を亡くした妻に、我々が出来ることは犯人を捕まえる事だけだ」
王捜査主任は頷きながら言った。
永宗は吉祥に碧髪と一緒に乗って張・礼の邸宅に向かった。
 実行犯は捕まったが、裁判の為に証拠品を集める捜査は続いていた。
張夫人は、西洋風の内装の部屋に居た。
「犯人は捕まりました」
 永宗は、張夫人に言った。
「……」
 張夫人は黙っていた。
 永宗は怪訝に思った。
 突然、張夫人は失神したのか、椅子から崩れ落ちた。
 張夫人の顔の色が、どんどんと青くなっていた。
「どうしました」
 永宗は、慌てて声をかけた。
張夫人は、青ざめた顔のまま上体を起こした。
 「……最近、よく立ちくらみが起きるんです……。犯人が捕まったと聞いて
……」
 張夫人は青ざめた顔のまま言った。
 「救急車の手配をしましょうか」
永宗は張夫人の顔の青ざめ方が普通の状態には思えず、そう言った。
 「……よくあることです、大丈夫です」
 張夫人は言った。
「医院で検査をした方が良いですよ。普通の顔色ではありません」
 永宗は言った。
「大丈夫です」
 張夫人は青ざめた顔のまま言った。
永宗には全然大丈夫そうに見えなかった。
「全然大丈夫ではないですよ」
 永宗は携帯端末を取り出して、救急車を呼ぼうとした。
「必要在りません!」
 強い語気で張夫人は青ざめた顔のまま言った。そして荒い息のまま、立ち上
がって椅子に座った。
永宗は怪訝に思った。
碧髪は言った。
「人命救助です、私が電話をします」
「……止めてください。大丈夫です」
 張夫人は言った。
 碧髪は無表情のまま首をかしげた。
「私はロボティクス・ガイドラインに従うアンドロイドです、人命の危機に
際しては、救助をしなければなりません」
 碧髪は言った。
「……いつも、こうなんです……少しすれば落ち着きます……だから待って
ください」
 張夫人は荒い息のまま言った。
 しばらく見ていると、張夫人の青ざめた顔色が大分戻ってきた。
 「持病を持っているのですか」
 永宗は尋ねた。
 「ええ、そうです。もっと酷いときは薬を使います」
 張夫人は額に手を置いて椅子の背もたれに寄りかかって言った。
永宗は吉祥で警察署まで帰ってきた。
もう、夜も更けていた。
「事件は終わったか」
王捜査主任は紙コップに入った烏龍茶を飲みながら永宗に言った。
 烏龍茶のサーバーから紙コップを使って飲むタイプだった。濃いめの味だっ
た。永宗も烏龍茶を紙コップに注いだ。
「ええ、突発的な犯行に近いのでしょう」
永宗も頷いて紙コップに入った烏龍茶を飲みながら言った。
 一仕事終えた充実感が在った。
 今回の事件は、感情的な犯行で、証拠隠滅の攪乱は別の人間が行っていた。
 証拠が沢山残っていて、一日で解決が出来た。
 後は裁判用の証拠を科学捜査班が集めて揃えれば良くなる。犯人の移動経路
は企業共同体のデータセンターのライフログのGPSに記録されている。それ
に沿って、証拠を集めれば良く、比較的容易い仕事のはずだった。
食堂の天井に吊された電視機(テレビ)には、北京の高級住宅街にある張・
礼の邸宅が映し出されていた。
 大きい事件だった。
 永宗は烏龍茶を飲みながら電視機を少しの間見ていた。
科学捜査班が疲れた顔で食堂に入ってきた。
「聞いてくれ。張・礼の邸宅のアンドロイドの一体が、コンピュータ・ウイ
ルスに感染していた疑いが在る」
科学捜査班の劉主任が烏龍茶の紙コップを持って王捜査主任に言った。もう
片方の手には電子レンジで温めた饅頭を持っている。
「どういうことだ」
 王捜査主任は言った。
 「ハッカーが侵入したような痕跡が在ったが。問題はデータの書き換えが行
われた跡が在ることだ。最新のデータの整合性を調べるソフトで割り出した。
上手く隠れていた」
劉主任は言った。
「張夫人を見ていたアンドロイドなのか、それとも犯人を見ていたアンドロ
イドか?」
 王捜査主任は言った。
 「いや、違う。別のアンドロイドだ」
劉主任は言った。
「なにか問題が在るのか」
王捜査主任は言った。
 「いや、ただ単に、アンドロイドのコンピュータへの不正アクセスなのかも
しれないのだが。だが、他のアンドロイドには、痕跡が見当たらないことが妙
だ。データは完全に消去されて、代わりに偽りのデータが入っている。これだ
け上手く隠れていると、今日、バージョンアップのアップデートをした、整合
性を調べるソフトが無ければ判らなかった。普通の愉快犯のハッカーの腕にし
ては巧妙すぎる。ログから跡をたどることも出来ない」
劉主任は言った。
 「事件は終わっていないのか?」
 王捜査主任は言った。
 「気になるから、邸宅にいたアンドロイド達のデータを全て調べていき時間
軸に基づくデータの改ざん履歴を作っていく。だが、面倒な仕事だ。アンドロ
イドにも手伝って貰うが、当分、家に帰れないな」
劉主任は溜息をついて烏龍茶を飲んだ。そして饅頭を一口食べた。
永宗は王捜査主任に言った。
 「実行犯は捕まりました。なぜ、アンドロイドにデータの改ざん跡が在った
のでしょうか?」
「裏が在るかもしれないな」
 王捜査主任は言った。
「確かに、アンドロイドのデータの異常は不自然ですね」
 永宗は言った。
「証拠が重要だ。趙、明日から調べ直すぞ。劉達、科学捜査班が、アンドロ
イドを調べた結果が出るだろう」
王捜査主任は言った。

第十一章 夜の仙踊機会館
 
美麗は、夜の仙踊機会館に行った。歓楽街とは言えないのだろう。ネオンは
付いていないし、周りの店は普通の商店などが並んでいた。
 目立つ様な劇場では無かった。ただコンクリートの壁が分厚く打ちっ放しの
窓の無い外見をして立っていた。
 だが、入り口には、無骨な二足歩行の銀色のロボットが立っていた。全身が
角張って尖っていて、周囲を見回していた。
 そして次々と男達が入っていった。
 一人の男も居るし、二、三人の男達、それに団体で来ているような十人単位
の男達。皆一様に明るい顔をして談笑したりしながら仙踊機会館の中へと入っ
ていった。
それは呆れるような光景だった。
美麗は快馬に取り付けた、カメラで写していた。
 湯夫人の夫が現れるのを待っていた。
 湯夫人の夫の携帯端末のパスワードから、ライフログを見ていて。GPSか
ら、今は移動して、仙踊機会館に向かってきている事は判っていた。
北京市内の地下鉄道の最寄り駅を利用していることはGPSの移動履歴から
判っていた。
地下鉄道の駅から歩いて五分程度で仙踊機会館にはたどり着く。立地条件は
良いと言えるのだろう。
GPSが線路沿いに移動し地下鉄道の駅を示した。
 そろそろ望遠カメラの活躍する時だった。
高画質で録画も出来るため、動画を撮る予定だった。
 美麗の快馬が路肩に寄せている、場所は、丁度、地下鉄道の駅から仙踊機会
館へ入っていく男達の顔を正面から移せる場所だった。
湯夫人の夫は、他に三人の男達と談笑しながら、仙踊機会館の中へと入って
いった。
 その顔を、美麗の乗った快馬のカメラは撮していた。仙踊機会館の入り口か
ら漏れる明かりが男達の顔を明るく照らしていた。
 三人の男達の顔も撮していた。
 この三人も重要だった。
 湯夫人の夫の同僚であることは間違いなかった。
湯夫人の味方を増やすためには、仙踊機会館に通っている他の同僚の顔を調
べる必要があった。日記には明確には書かれていないし、
他の妻達を説得する証拠とはならないだろう。
上手くいかなければ湯夫人は孤独のまま戦うことになる。 
美麗は、首尾良く、湯夫人の夫と、その同僚達の顔写真の映像を手に入れ
た。
 そして快馬を走らせた。

 第十二章 保護を求める男

「やっぱり、出ない。美麗は、俺の電話を取らない。完全に怒っているん
だ」
永宗は携帯端末を見たまま言った。
「事件番号981698、事件区分、連続猟奇殺人。事件名「UFO事件」
の捜査資料を引き継ぎます」
 碧髪は言った。
「あの事件は嫌なんだ。酷い事件なんだ」
永宗は言った。
「ただ、人間の身体から内蔵が抜き取られているだけの事件のようですが」
碧髪は言った。
 「それが酷いと言うんだよ。早く犯人を捕まえなければいけないけれど、証
拠が集まらなくて、なかなか捕まらないんだ」
永宗は碧髪が、あまりにも無神経な事を言うので咎めながら言った。
「今、情報を検索しています。殺害現場が、まだ特定できていませんね」
碧髪は、データ・ベースにアクセスして情報を引き出しながら言った。
 「そうなんだ。無造作に内蔵を抜き取られた死体を捨てているんだよ。既に
十四件の死体が見つかっている。だが、犯人は、証拠を残していない。だから
捕まらない」
永宗は言った。
「趙捜査官、面会人です」
制服を着た警察官が永宗を見つけると言った。
一瞬、美麗が機嫌を直して来てくれたのかと思ったが、警察官の横には今日
会ったばかりの大学生の青年がいた。
 張・礼の息子、張・峰だった。
「亡くなった張・礼さんの息子さんですね」
 永宗は言った。
 「そうです」
張・礼の息子は暗い声で言った。
 「事件は、収束しました。何か用でもあるのですか」
永宗は言った。
 「私は、何者かに狙われているのです」
張・礼の息子は言った。
「どういうことですか」
 永宗は怪訝に思って聞いた。
「何者かが父だけではなく、私も狙っているのです」
 張・礼の息子は差し迫った声で言った。
「犯人は捕まりました。もう、あなたは安全です」
 永宗はなだめるように言った。
 「いえ、違います。私は父とは別に狙われているのです。大分前からです」
張・礼の息子は言った。
 「あなたの父親の事件は、個人的な怨恨です。家族が亡くなられて、不安に
思う気持ちは判りますが、それは警察よりも心理的なカウンセリングを受けた
方が良いと思います」
永宗は同情しながら言った。
 「私を警察で保護してください」
張・礼の息子は真面目な顔で言った。
 「UFO事件の続きと、どちらを選択しますか」
 碧髪は言った。
 「お願いです。私は狙われているんです」 張・礼の息子は懇願して言っ
た。
 「弱ったな。今日は家に帰れると思ったんだけれど。身辺警護の警察官を二
人付けるか」
 永宗は妥当な解決策を思いついて言った。
張・礼の息子を連れて来た警察官に話をした。警察官が二人付くことになっ
た。
 「UFO事件は、どうしますか」
 碧髪は言った。
 「明日からやるよ。今日は家に帰る」
永宗は言った。

電脳世紀北京(上)終劇















電脳世紀北京(中)
    山田夢幻
















(上)の粗筋。
 国家が全て消滅し、巨大な企業共同体が世界を運営する時代の北京を舞台
に、物語は進行する。主人公の趙・永宗と恋人の方・美麗は、些細なことから
関係が悪化する。
 原因は警察の捜査官である、永宗の新しいパートナーのアンドロイドが女性
型の碧髪(ビーファ)だったことによる。通常は同性のアンドロイドがパート
ナーになるが、碧髪は例外だった。
 関係が悪化しながらも、永宗は新しく起きた殺人事件の捜査に向かう。殺さ
れたのは宇宙行李集団のCEO張・礼だった。張・礼は自宅の書庫で殺されて
いた。大企業のCEOである張・礼の死亡に警察も人員を動員して捜査を開始
する。そして証拠が集まり、犯人は逮捕される。
 だが、それは、新しい事件の開始でしかなかった。
 同時に万福?局のトラブルシューターの美麗は新興宗教、仙郷機団の仕事を
進めていく

第十三章 交通事故

 碧髪(ビーファ)は言った。
「それでは、私は、どうすれば良いのでしょうか。睡眠モードで、デフラグ
を行う、必要があります。それに、人造細胞の新陳代謝による、老廃物の除去
のために、沐浴(入浴)の必要があります」
 「多分、鉄式が使っていた。アンドロイド用の公寓(マンション)が、ある
はずだが」
永宗は言った。
「いえ、そこは使えません解約になっています」
碧髪は言った。
 「今日は不動産屋が開いていないから。明日手配する。今日は、警察署で過
ごしてくれ。沐浴も出来る」
永宗は、言った。
 「判りました」
 碧髪は頷いて言った。
警察の単身宿舎(独身寮)に永宗は帰ってきた。
「帰ったか」
 永宗は、自宅の電灯を点けた。
捜査官の仕事が忙しい永宗にとって、家は身だしなみを整えて眠るだけの場
所だった。
 大都市北京の夜は深夜でも灯りが点いて人が働いていた。
 途中の駅の構内で深夜営業をする店で、麻婆豆腐と飯(ご飯)を食べてい
た。
「美麗は、まだ怒っているのか」
永宗は携帯端末を見ながら独り言を言った。
美麗とは電話が繋がらなかった。どうやら美麗は着信を拒否しているらしか
った。
「いつになったら美麗は許してくれるんだ」
永宗は、どうやって美麗の機嫌を取ろうかと考えていた。
 嫉妬深い美麗の性格では、なかなか許してくれないことは判っていた。永宗
自身は自分に落ち度は無いと思っていたが。美麗が勘違いしている以上は何と
かして機嫌を取らなければならなかった。
 呉上級の西安行きは一週間ぐらいかかる日程だった。その間、永宗は碧髪を
パートナーにして仕事をしなければならなくなる。
 だが、それを美麗が許してくれるとは思えなかった。 
永宗は浴池(風呂)に入った後、眠るために床(ベッド)で横になった。
 永宗は眼を閉じていた。少しずつ緊張が、ほぐれて眠気がやってきた。
 ウトウトしていた。
 突然、緊急の呼び出し音が携帯端末からした。
永宗は、ぼんやりとした頭で携帯端末を操作した。
「こちら碧髪。張捜査官。仕事です。張・峰が交通事故に巻き込まれまし
た」
碧髪の声がした。
 「事件だ…張・礼の息子の張・峰が事故に巻き込まれた?」
 永宗は頭が急にハッキリした。
「まさか、本当に狙われていたのか!」
 永宗は飛び起きた。
 そして服を着替え始めた。
「張・峰は生きているのか!」
永宗は服を着替えながら、携帯端末を使い碧髪に聞いた。
 「はい。ですが、護衛の警察官の内一人が死亡、一人が意識不明の重体で
す」
 碧髪は言った。
「事故の様子は!」
永宗は聞いた。
 「大型建機を積んだトレーラーが、対向車線から進入し、警察のパトロール
カーと正面衝突をしました」
 碧髪は言った。
「偶然の事故か?何か判っていることはあるか?」
永宗は聞いた。
 「トレーラーの汽車司機(運転手)からは、薬物反応が出ています」
碧髪は言った。
「偶然にしてはタイミングが良すぎる。これは事件だ」
永宗は言った。
「張・峰が運ばれた北京警察医院へ向かいますか?」
碧髪は言った。
 「吉祥を飛ばして来てくれ!」
永宗は言った。
 「判りました」
 碧髪は言った。
永宗は、まだ浴池のシャワーで湿っている髪の毛に整髪料を付けて櫛で撫で
つけた。そして警察証と手錠をベルトに付けた。そしてブラスターの鋼武八式
が入ったホルスターをワイシャツの上から左脇に吊した。
そしてスーツの上着を羽織った。
単身宿舎の前で吉祥を待った。
 飛車の音がした。
 永宗は空を見上げた、吉祥が飛んできた。
 そして空中で停止した。
「警察車両が降下します。危険ですからレーザー・ビーコンの範囲内に近づ
かないでください」
 電子声音で、飛車の吉祥が降下シグナルのレーザー・ビーコンをアスファル
トの地面に投影した。
永宗の前に、碧髪が操縦する吉祥が降りた。
「何処に行きますか?」
 碧髪はドアを開けると言った。
「まずは、事故現場に向かってくれ」
永宗は吉祥の中の助手席に座りながら言った。
 「判りました」
碧髪は言った。
永宗は扉を閉めた。
 扉を閉めると直ぐに吉祥は飛び上がった。
事故現場に、永宗は吉祥で向かった。
事故現場は、警察の単身宿舎から吉祥ですぐに到着した。
事故現場では、大型のパワーショベルがトレーラーから落ちて横倒しになっ
ていた。
 そして警察のパトロールカーが酷い状態でトレーラーと正面衝突していた。
割れたガラスが、あちらこちらに散らばっていた。
パトロールカーの運転席は完全に破壊されていた。
そして血痕が付いていた。
科学捜査班が事故現場の検証をしていた。
 交通規制が誘導灯を持った警察官達によって行われていた。
 そして科学捜査班達が現場検証を行っている中で永宗は、友人の禹・敬世を
見つけた。
向こうも気がついた。
永宗は事故現場を荒らさないように注意しながら歩いた。
「酷い状況だね永宗。アンドロイドのコンピュータを調べていたら、今度
は、急に交通事故の現場検証だ。休み無しでクタクタだよ」
 禹・敬世が、男性型のアンドロイドと一緒に現場でカメラを手にして証拠品
を捜していた。
 「トレーラーの汽車司機から薬物反応が出たと聞いたが」
永宗は聞いた。
 「そうだよ。駆けつけた交通警察官達が薬物検査をしたら陽性だった。そし
て血液を採取してラボで調べるはずだ。過酷な労働条件が最近問題になってい
る長距離汽車司機が毒物を使用している可能性もある」
禹・敬世は言った。
「問題があるんだ」
永宗は言った。
 「どこに?酷い事故とは思うけれど、毒物を使用した汽車司機の運転ミスじ
ゃないかな」
 禹・敬世はアンドロイドと一緒にカメラで事故現場の撮影をしていた。
 「事故に巻き込まれた張・礼の息子の張・峰が、俺に保護を求めて来ていた
んだ」
 永宗は言った。
「なんだパトロールカーに乗っていた被害者は、張・礼の息子だったの?偶
然にしては間が悪すぎるね」
 禹・敬世は驚いた顔で言った。
「ああ、そうだ。事故では無くて事件の可能性が強い」
 永宗は言った。
 「張・礼の息子は、北京警察医院に運ばれた。事件現場に来たときは既に急
救車(救急車)が来ていた」
禹・敬世は言った。
 「張・礼の息子に意識は在るのか」
永宗は言った。
 「見た限り、目立った外傷は無かったけれど。警察官達の方が酷かった」
禹・敬世は言った。
「これから、北京警察医院へ行って張・峰から話を聞く」
 永宗は言った。
永宗は、張・峰が搬送された北京警察医院に吉祥で到着した。
 永宗が北京警察医院に到着したとき。張・峰は量子スキャナーで精密検査を
受けていた。
 永宗は検査が終わって護士(看護士)に付き添われて出てきた張・峰に話を
聞くことにした。
張・峰は入院する事になっていた。
「怪我をしたのか」
 永宗は聞いた。
 「私は、ねんざぐらいです。ですが、警察の人たちは重傷です」
張・峰は言った。
「この警察医院なら安全だ」
永宗は言った。
「本当に安全なのでしょうか」
 張・峰は、疲れた表情で笑いを浮かべた。
「君は、なぜ、警察に保護を求めてきたんだ。こうなる以前にも似たような
事件に巻き込まれていたのか?」
 永宗は聞いた。
 「こんな酷い事故では、ありませんが、不審な事は続いていました」
 張・峰は言った。
「たとえば、どのようなことが在ったんだ」
永宗は聞いた。
「大学に行く途中で汽車(自動車)の事故に遭遇した事があります」
 張・峰は言った。
 「それは汽車を運転していれば、誰でも在ることだ」
永宗は言った。
「背後から追い越してきた汽車が赤灯(赤信号)を無視して交差点に入って
きた車と衝突したことがあります。私が、そのまま走っていたら、衝突しまし
た」
 張・峰は言った。
 「いつ頃ですか」
永宗には、ありふれた事故に思えたが、張・峰の事故が不自然で詳しく聞く
ことにした。
 「丁度一星期(一週間)前です」
 張・峰は言った。
「碧髪、警察のデータ・ベースにアクセスして一星期前の交通事故を全て検
索してくれ」
永宗は、碧髪に言った。
 「判りました」
 碧髪は言った。
「検索は終了しました」
碧髪は言った。
 「碧髪、彼のライフ・ログのGPS移動履歴を使って、検索結果と合わせ
て、交通事故を割り出してくれ」
永宗は言った。
「交通事故番号、5028994です」
碧髪は言った。
 「携帯端末に転送してくれ」
 永宗は言った。
「判りました」
碧髪は言った。
永宗は携帯端末に映し出された、交通事故の検証映像を見た。
 赤灯を無視して交差点に進入した汽車の汽車司機が映し出された。三十代の
セールスマンの女だった。
「これが、事故を起こした、赤灯無視をした汽車の汽車司機です。見覚えは
在りますか?」
 永宗は携帯端末に映し出された。
 「知らない人です」
 張・峰は首を振って言った。
「他にもあるのですか」
永宗は言った。
 「ええ、何から言えば良いでしょうか。私は命を狙われているのです。二日
前にも私の近くで発砲事件が在りました」
張・峰は言った。
「発砲事件ですか?どこで」
永宗は聞いた。
 「はい、私が、友人達と一緒に大学の近くの商店街へ行ったときです。突然
拳銃を持った男が、ピストルを撃つと逃走しました」
張・峰は言った。
「あなたに向かって、撃ったのですか?」
 永宗は聞いた。
「いえ、違います」
張・峰は首を振って言った。
「碧髪、二日前の北京市内の発砲事件を検索してくれ。そして、事件現場を
北京理工科大学の近くに絞り込んでくれ」
永宗は碧髪に言った。
「判りました。北京理工科大学から五百三十一メートルの距離にある茶館前
で十二点十一分に発生しています。犯人は捕まっていません」
 碧髪は言った。
「良く判りますね。確かに私は茶館に入るために友人達と歩いていました」
張・峰は言った。
「大学の構内の中では不審な事件は無かったのですか」
永宗は聞いた。
 「在ります、四日前は図書館で勉強して出てくると急に頭上から植木鉢が降
ってきました、他に、昨日も友人達と歩いていると、レース用の自行車(自転
車)が、高速で背後から走ってきて、追突されそうになりましたが友人が腕を
引っ張って助けてくれました」
張・峰は言った。
 「顔見知りですか」
永宗は聞いた。
「同じ大学の学生かもしれませんが、判りません」
張・峰は首を横に振って言った。
「判りました。警察で保護を続けます」
 永宗は言った。
そして次は、事故を起こしたトレーラーの
汽車司機の病房(病室)へ行った。
トレーラーの汽車司機は左腕を骨折しているようだった。
「なぜ、君は毒物を使って居たんだ」
永宗はトレーラーの汽車司機に聞いた。
 「長距離の汽車司機の仕事は、睡眠時間が三鐘点(時間)ぐらいしか取れな
いときが多い。それかトレーラーの中で仮眠だ。だから、眠くなった目を覚ま
すために、毒物を使って居た」
トレーラーの汽車司機は言った。
「常習的に使って居たのか」
 永宗は聞いた。
 「ああ、そうだ。いつも仕事の前に使う」
トレーラーの汽車司機は言った。
「今日も使ったのか」
永宗は聞いた。
 「ああ。注射器で肌肉(筋肉)に注射した。この方が長い時間効くんだ」
トレーラーの汽車司機は言った。
「毒物で目が覚めていたなら何故事故を起こしたんだ」
永宗は怪訝に思って聞いた。
 「判らない。注射をした後、急に意識が途切れて、次の瞬間、身体が横転し
たトレーラーの運転席で、ひっくり返って居た」
トレーラーの汽車司機は言った。
「どういうことだ」
永宗は虚偽証言だと思った。
「いつも使って居る毒物とは違うんだ。いつもは頭がハッキリと冴えてく
る。こんな事は今まで一度も無いんだ」
トレーラーの汽車司機は言った。
 「君は、いつもと違う毒物を注射したのか」
永宗は尋ねた。
 「判らないが。そうかもしれない。こんな事は、今まで一度も無かった。事
故は起こさないように運転している」
トレーラーの汽車司機は言った。
「君が意図的に起こした事故じゃ無いのか」
 永宗は聞いた。
 「俺が警察の車両に衝突して何か得になるとでも思うのか」
 トレーラーの汽車司機は言った。
 永宗は質問を終えた。
永宗は碧髪と吉祥で警察署に戻り、科学捜査班のラボに入った。
「趙捜査官。丁度、トレーラーの汽車司機の血液検査の分析結果が出まし
た」
張科学捜査官が言った。
「どんな薬物が出ましたか。トレーラーの汽車司機は常習的に、頭が冴える
毒物を使っていたと証言しました」
 永宗は言った。
「これはですね。毒物の一種反射薬です。しかし特殊な毒物ですね。普通は
犯罪者のマーケットでも流通していません」
張科学捜査官は言った。
 「犯罪者が商売で扱わない毒物だって?」
 永宗は怪訝に思って聞いた。
 「これは、スパイ組織の様な所が使う毒物、反射薬です。これを服用した人
間は、暗示を掛けられて、特定の条件が揃うと、決められた反射行動をするの
です。ですが、この反射薬は、前薬と後薬が在って、暗示を掛ける前薬と、反
射を引き起こす後薬に分けて使います。検出された毒物は後薬の方です」
張科学捜査官は言った。
 「張・峰が乗った、警察車両に正面衝突したトレーラーの運転手は、その毒
物、反射薬を使って居たことになる」
永宗は言った。
「ええ、そうです。血液から検出されました」
張科学捜査官が居た。
「つまり誰かが、反射行動を起こさせた」 永宗は言った。
 「何が、反射の引き金になるのかは判りませんが、その可能性は高いです
ね。この毒物が身体から出た時点で、偶然の事故の可能性は低くなります」
張科学捜査官は言った。
「幸いなことに幹線道路です、警察の監視カメラが事故の状況を撮していま
す」
張科学捜査官は、端末のディスプレイを捜査して永宗に見せた。
永宗は、警察の監視カメラが撮している映像を見た。
 幹線道路を走る大型の建機を積んだトレーラーが突如車線を、跨いで対向車
線へ飛び出していき、パトロールカーと正面衝突した。
「このときに何かが、反射薬の後薬を反射させる引き金になっているはずで
す。汽車司機が何か知っていれば聞くことが出来るはずです。そうすれば、反
射薬の前薬を接収して掛けられた暗示が判るはずです」
張科学捜査官は言った。
 「これは、完全に車線をまたいでいる。酷い事故だ」
 永宗は幹線道路の事故のカメラ映像を見て言った。
 「この、映像の、どこかに後薬の反射を発生させた暗示が在るはずです」
 張科学捜査官が言った。
「もう一度、警察医院に行って話を聞いてくる。反射薬の前薬を摂取すると
きに掛けられた暗示が判るかもしれない」
 永宗は言った。
永宗は碧髪と科学捜査班のラボを出た。
「張捜査官、北京警察医院でトレーラーの汽車司機が殺されました」
 碧髪は言った。
「トレーラーの汽車司機が殺された?」
永宗は言った。
 「ええ、そうです」
 碧髪は言った。
 「警察医院の中でか?」
永宗は驚いた。
 「はい、病房で殺されました」
碧髪は言った。
「一体、何をやっているんだ!」
永宗は呆れて言った。あまりにも大失態だった。
 「張・峰は無事なのか!状態を検索してくれ!」
 永宗は何者かに狙われているという張・礼の息子、張・峰の安否を碧髪に聞
いた。
 「ええ。異常は、ありません」
碧髪は言った。
「北京警察医院へ向かう」
 永宗は言った。
吉祥で北京警察医院へ到着した。
 トレーラーの汽車司機が運ばれた病房へと向かっていった。
既にテープが病室の前に貼られていた。
そして警察官が二人居た。
トレーラーの汽車司機の妻らしい女性が赤ん坊を抱えて、そして幼い子供達
を三人連れて来ていた。
妻は泣き出していた。
「警察医院の中で、殺人事件が起きてしまいました」
永宗は、言葉を選びながら言った。
弁解するようにしか言えなかった。
 酷い不始末だった。
 警察医院の中で殺人事件が起きるなど、在ってはならないことだった。
「夫が事故を起こして怪我をしたって聞いて、慌てて駆けつけて。そうした
ら。護士の人に夫が殺されたって聞いて……私達はこれから一体どうすれば…
…」
永宗は、トレーラーの汽車司機の家族に、なんと言えば良いのか迷った。
 トレーラーの汽車司機は家族を養うために、自分の身体に毒物を注射してい
たからだ。
「旦那様の事は不幸な、仕事中のアクシデントでした」
毒物を使っていたことを妻や子供達に言うべきか。迷った。
永宗は子供達を見た。
子供達は不安そうな顔をして居た。
 父親が死んだ子供達の前では言えなかった。
妻へは後で伝えることに決めた。
「それなら、夫は何故死んだのですか!」
 汽車司機の妻は叫んだ。
 永宗は言葉を選んで答えた。
 「旦那様は、事件に巻き込まれていたようです。今は捜査上。これ以上は言
えません」
 永宗は自分が酷い警察官に見えるように思ったが。言葉を選んで、これ以上
は言えなかった。
「夫は、ただの平凡な人間です。事件に巻き込まれるような事は在りませ
ん。いえ無いはずです」
 汽車司機の妻は言った。
「事件の原因は、必ず突き止めます」
 永宗は言った。
「夫を亡くした私達は、どうやって生活をすれば良いのですか。私は乳飲み
子を抱えています。企業共同体が運営する行政企業の社会保障の仕組みは私に
は難しくて判りません。どうやって生活していけば良いのか判りません。夫を
失った、その日に、こんな事を言うのは酷い妻だと思われるかもしれません
が。私だって恥ずかしいのですが。私達家族が明日生きていく方法を教えてく
ださい」
汽車司機の妻は言った。
永宗も困った。企業共同体が運営する行政企業の社会保障の仕組みは複雑だ
から、専門の行政士が担当することになっていた。
「少し時間をください」
 永宗は言った。そして碧髪に検索を指示した。
 「碧髪、事故を起こしたトレーラーの汽車司機の遺族が死亡後に受けられる
社会保障を、調べて、携帯端末に送ってくれ」
 「判りました」
 碧髪は言った。
 永宗は自分の携帯端末の画面を見た。
 受けられる社会保障は何も無かった。
何も無い?
 怪訝に思った。
 ふと気がついた。
「碧髪、事故を起こしたトレーラーの汽車司機が生きていた場合、遺族が死
亡後に受けられる社会保障を調べて、携帯端末に送ってくれ」
 永宗は指示を出した。
 永宗の携帯端末に、碧髪が調べたデータが送られた。
 社会保障は、事故を起こしたトレーラーの汽車司機が加入している、運輸集
団が加入している企業共同体の保険公司から保険金が支払われる事になってい
た。
 なぜ、社会保障が無くなったのか判った。
毒物を使っていたため。責任が、死亡したトレーラーの汽車司機に掛けられ
ることになるからだった。
 「私達はどうなるのでしょう」
 トレーラーの汽車司機の妻は言った。
今のままでは、この家族は保険金を受け取


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