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作品名:電脳世紀北京(上、中) 作者:m.yamada

第2回   五分冊2

電脳世紀北京(上)
   山田 夢幻

















 全世界は、国家という枠組みを失い、企業共同体が全てを支配する時代へと
移っていった。
だが、世界は問題を抱えていた。
 宇宙物理学の発達により、恒星間航行が実現し、人類は新たに発見された地
球型の惑星セカンドへと移住を開始した。
そして、電脳世界に構築された、新たな電脳居住空間へバーチャル・オン
し、現実を拒絶する人々バーチャライダー。
遺伝子操作に、よって生み出された能力拡大種エクステンダー達の人類への
反乱。
高まるテクノロジーと、人間としての尊厳の境界線が曖昧になる時代が訪れ
ていた。
企業共同体が世界を支配する時代は、複雑な時代だった。
幾つもの複雑さが、せめぎあい圧力となって犯罪が生み出される時代。
北京の警察に勤める捜査官、趙・永宗は、その時代を生きる一人の人間だっ
た。

第一章 趙・永宗の個人的な問題

 まずいな。
 趙・永宗は、そう考えていた。
 これから、起きることは、永宗には予測できていた。
 必ず、美麗は怒り出す。
 それは、判っていた。
 だが、言わない方がマズイことも判っていた。
 だが、言う勇気も湧かなかった。
 だが、足は、1歩1歩と、美麗と待ち合わせている、大衆食堂、福来来へと
近づいて行った。
趙・永宗は、企業共同体が運営する警察の捜査官だった。警察証を持ち、腰
にはプラスター鋼武八式を吊していた。そして警察などの一部の人間達だけが
使用できる、空を飛べる車、飛車(フェイチャー)、吉祥を使って、最寄りの
コインパーキングに駐車していた。そして歩いてきた。
 ここら辺は、北京の中でも混雑している屋台が並ぶ市場の様な場所だった。
食堂や屋台が立ち並んでいた。ほとんどは企業共同体に登録している個人が運
営する店達だった。
 永宗は人目をひいていた。
まずいな。
 永宗は、その原因を横目で見た。
 永宗の横を、捜査用のアンドロイド、碧髪(ビーファ)が無表情な顔で歩い
ていたからだ。碧髪は、緑色の長い髪の毛をしていて、一目でアンドロイドと
判る容姿だった。
 問題は碧髪が女性型のアンドロイドだったことだった。
 永宗のパートナーだった、男性型のアンドロイド鉄式は銃撃戦で破壊され
た。パートナーだった鉄式を失ったショックから抜け出せない永宗の所に、代
わりに女性型のアンドロイド碧髪が本日付でパートナーに配属となったのだ。
原則的には、男性の捜査官には男性のアンドロイドがパートナーとして付
き、女性の捜査官には女性のアンドロイドがパートナーとして付いていた。だ
が、原則的には、そうであっても捜査官に用意できる、アンドロイドの都合で
異性型のアンドロイドが配属されることが在った。
 今回、碧髪が永宗に配属されたのは、男性型アンドロイドを用意できなかっ
たからだ。予算の都合で…。
 覚悟を決めるか。
 美麗が理解してくれれば良いのだが…。
 無理だよな…。
 判りきった展開だが。しんどいな。
 言わない方が、後で判ったときに余計に美麗が怒る事を考えると。今、言う
しか無かった。だが辛いよな…。
方・美麗は、青椒肉絲を、福来来という顔なじみの大衆食堂で、ご飯と一緒
に食べていた。
方・美麗は企業共同体に登録している?局のトラブル・シューターだった。
仕事は、比較的不規則で、様々な揉め事が、仕事として回ってきていた。企業
共同体に登録しているため、比較的女性向きの女同士の諍いなどのトラブル解
決が仕事として回ってきていた。
 急に、呼び出すなんて、何か、在るのかと、方・美麗は思っていた。
 大体、子供の頃からの知り合いで、友達以上で恋人未満の関係が続いてい
た。
そろそろ結婚する時期に入るのだろうと、美麗の女友達達は言っていた。
そろそろ、永宗も、私にプロボーズしても、おかしくないか。
それは、そうよね。
 と、美麗は青椒肉絲を食べながら思っていた。
「美麗」
 永宗の声がした。
美麗は口を動かしながら振り向いた。
 そして青ざめて、ゴクリと噛んでいた青椒肉絲を飲み込んだ。
永宗の横には女性が居た。
警察の婦人警官の制服を着ていた。
 だが、髪の色が緑色だった。
 それは、人間では無かった。
 人間でもアンドロイドの真似をするファッションも在るが、良識的な人々か
らは忌避されていた。
警察官の制服を着て緑色の髪の毛をしているのはアンドロイドだった。
 「なんで、女のアンドロイドを連れているのよ!」
 美麗は叫んだ。
「今日付で配属になったんだ。話を聞いてくれ」
 永宗は激高した美麗をなだめようとして言った。
 「永宗の変態!人間の女を捨てて!アンドロイドに浮気しているんだ!」
美麗は叫んだ。
 「違うんだ!判ってくれ!署の都合だよ!俺は全然悪くない!」
 永宗は何とか、説得しようとしたが、美麗は全然聞く耳を持たなかった。
「絶対!許さないんだから!」
 美麗は涙を浮かべて走り去っていった。
「行ってしまった」
 永宗は言った。
「これは、フラレたと呼ぶのですか」
 碧髪は感情に乏しい声で言った。
 「違うよ。だが、どうするんだよ。あの怒りようは半端じゃないぞ」
永宗は言った。
「私は、昨日ロールアウトしたばかりで、人間の感情理解は、エモーション
・エンジンのデータ不足で理解が難しいです」
 碧髪は言った。
 「美麗は、嫉妬深い上に、怒りやすいんだ。困ったな、どうするんだ」
 永宗は途方に暮れながら走り去る美麗の背中を見ながら言った。

 第二章 事件発生
 
 「事件だ」
 吉祥の中に入って垂直に飛び上がらせ、署に向かう途中で携帯端末が着信を
知らせた。腰のベルトに付けられた革製の携帯端末ケースから取り出した。
「判りました」
 碧髪は言った。
携帯端末には、事件の場所が記された。
北京の企業共同体の重鎮達が住む、高級住宅街だった。
とりあえず、指令通りに事件現場へと向かわなければならなかった。
なんとかして美麗の機嫌を取らなければならない状況だったが。頭は、捜査
官としての状態へと変わった。
 北京は人口が多い分、事件が多かった。毒物の密輸団との銃撃戦を二日前に
したばかりだった。内偵中だったが、その途中で潜入捜査官がバレてしまい、
救出するために銃撃戦になったのだ。
だが、問題は、その時に、パートナーのアンドロイド、鉄式が破壊されたこ
とだった。ロボティクス・ガイドラインと呼ばれる、アンドロイドや全てのロ
ボットを縛るルールでは、人間へ危害を加えることが禁じられていた。軍用の
ロボットの例外は在ったが。原則的には、ロボットやアンドロイドは人間に対
して危害を加えることが出来なかった。
 結局、毒物の密輸組織は、重機動特警達が銃撃戦に軍用のパワード・スーツ
甲靱型で乗り付けて、火力に物を言わせて一方的に殺していき、捕まった者達
も、居たが、殆どが殺される結果で終わった。
 重機動特警は、最近、重火器の使用が多すぎた。そして、本来は、永宗達の
普通の警察が行う仕事にも首を突っ込んできた。
 毒物の密輸組織の幹部も殺されて、潜入捜査官を送り込み組織の密輸ルート
などやネットワークの繋がりの解明を行っていた警察の仕事が全部無駄になっ
てしまった。
 銃撃戦に吉祥で応援に駆けつけた、永宗もブラスター鋼武八式を使って撃ち
合いをしていた。
その最中に鉄式は破壊された。
吉祥は、空中を滑らかに進んでいった。空を飛ぶ飛車の数は大都市の北京の
中でも少ない。だから、比較的容易に空中を飛んで進めた。
殺人現場は企業共同体に参加する幾つもの財閥の一つ、張一族の屋敷だっ
た。
 住宅が密集している北京の中だが、高級住宅街は都市計画とは無縁に、財力
に任せて作った邸宅が立ち並んでいた。吉祥に乗って上から眺めると庭園には
巨岩を積み上げた、道教的な竹林を思わせる庭園があった。池があり、濁った
水が流れ、ねじ曲がった様々な木々が風情を醸し出していた。
吉祥が空中から自動で、レーザー投影式の降下信号を送って、警告の音声を
発しながら車寄せに降りると、先に、他の捜査官の吉祥が到着していた。
地上を走る警察の車両は、まだ到着していなかった。
 警備員らしいサングラスをかけた黒いネクタイと黒いスーツ姿の男達が五人
居た。
 永宗と、碧髪は、警察証を見せて、建物の中に入っていった。
 幾つもの部屋を抜けていった。
 財力の大きさを感じさせる調度品が、呆れるぐらいに、沢山あったが、永宗
は携帯端末のGPSを頼りに殺人現場へと向かっていった。その横を碧髪は歩
いて付いてきた。
殺人現場は、書庫だった。
 小さい図書館と呼べるような広さと蔵書の数が在った。今の時代は電子書籍
が一般化していた。紙の本は一種の贅沢品でも在った。
永宗は自分の家に在る、紙の本は、武術の先生が読むように言った中国古典の
本だけだった。後は、皆、電子書籍だった。
石を敷き詰めた床には書架から落ちた無数の、書物が落ちていた。
 そして五十歳前後の壮年の男が血を流して俯せに倒れていた。
「人が死んでいます」
 碧髪は言った。
 「ああ、そうだ。殺人事件だ」
永宗は頷いて言った。
「データの収集を行います」
 碧髪は言った。
永宗は頷いた。
警察の捜査官と行動を共にするパートナーのアンドロイドは、科学捜査の証
拠品を集めを行う為の機能を持っていた。目のカメラによって犯罪現場のデー
タを集めて、捜査資料を作り、ネットワークに接続できる機能を利用して、企
業共同体のデータベースや科学捜査班との情報のやり取りが出来た。
 「身元は、企業共同体のデータベースから検索し、99パーセントの確率で
宇宙貿易企業、宇宙行李集団CEO張・礼、年齢は五十六歳」
碧髪はデータの収集を開始した。
永宗は、床の上の証拠品に気をつけながら歩いた。
「趙、来たか」
 先に吉祥で、来ていた年配の王捜査主任が言った。男性型のアンドロイド鋼
玉がデータ収集を開始していた。
 王捜査主任は言った。
「はい主任」
 永宗は答えた。
「大物が殺された。大きい事件だ」
 「ええ、そうですね。死因は判りますか」
永宗は事件現場を見ながら言った。
 争った形跡は在る。
 少なくとも、書架から本が落ちていることは間違いなかった。
だが、証拠から推論しなければならなかった。碧髪が現場検証を行ってい
た。
「多分刃物だろう。銃にしては出血が多すぎる。ブラスターの熱線じゃ無
い。ダムダム弾を使ったのか、刃物を使ったのか、どちらかだ。散弾にしては
外傷が少なすぎる」
王捜査主任は現場を見ながら言った。
 「問題は実行犯の後ろに黒幕がいるかだ。宇宙貿易の仕事には商売敵が多か
ったはずだ。今はセカンドへの開拓ブームに沸いている」
王捜査主任は言った。
 「血痕が在ります」
 碧髪は言った。
「血は飛び散っている」
 永宗は言った。
 「いえ、違います。僅かですが血痕が移動して垂れています」
碧髪は床を見ながら言った。
 永宗の目には見えなかった。
 碧髪は指を差した。
 永宗は、よく見た。血が飛び飛びで垂れていた。
 「多分、刺した後。刃物から血が垂れたんだろう。銃なら血痕は移動しな
い」
 王捜査主任は言った。
「血痕が辿れる所まで辿ろう」
 永宗は碧髪に言った。
「判りました」
碧髪は頷いた。
 「こっちは、科学捜査班が来るまで、現場の保全を行う。だが、張・礼は大
物だ。署の上の方も、かなりの人員を割く事になるな」
王捜査主任は、ため息をつきながら言った。
「証拠は結構残っています。犯人は捕まるでしょう」
永宗は床を見ている碧髪の後ろを付いていきながら言った。
 「実行犯は捕まるだろうが、ただの遺恨を巡る事件とも思えないな」
 王捜査主任は言った。
「捜査が進めば判ると思います」
 永宗は言った。
 そして碧髪の後を付いていった。
書庫は湿度を避けるために、空調器のファンが天井で動いていた。
そして古風な作りの窓にはガラスが二重で貼られて、現代的に気温の変化を
避ける工夫がされていた。
「血痕が在ります」
 碧髪は書庫の廊下に通じる扉を指で示した。
黒檀なのか、黒い龍が彫られた扉は、一見して凝固して黒く変色した血痕の判
別を難しくしていたが。碧髪の眼は人間では捉えにくい、血痕を見つけてい
た。
「なるほど。ドアノブには、血痕は付いていないが、扉を血の付いた手で押
して開けたのか」
永宗は、扉のドアノブを見ながら言った。
金属製で古風な作りだが。新品の様に金属が光沢を持っていた。
「この扉は、鍵が掛からない仕組みになっています」
碧髪は言った。
「これなら、指紋が残っているかもしれないな」
永宗は扉を見ながら言った。
 「いえ、血痕は残っていますが。拭いた跡の形で残っています」
碧髪は言った。
「証拠を消そうとするだけの冷静さは在ると言うことだ。激昂しての殺人で
は無い可能性もある」
 永宗は言った。
永宗はゴム製の手袋を付けた。そして、ドアを押して開けた。
そして廊下へと出て行った。
「血痕は、在るか」
永宗は言った。
 「いえ、途切れています」
碧髪は廊下を見ながら言った。
「そうか、廊下には血痕を残さなかったのか」
永宗は、かがんで床を見ながら言った。
 廊下は綺麗に磨かれて、高価な石が光を反射していた。
確かに血痕は、ここで途切れているようだった。

 第三章 万福?局

「永宗のバカ者…」
 美麗は涙ぐみながら、トラブル・シューターの仕事をしている万福?局の、
ゴチャゴチャと色々な箱や物が置いてある狭い建物の中に入っていった。万
福?局の給料計算から事務や経理の仕事まで一人でこなしている年配の女性、
羌夫人が美麗を見て言った。
「どうしたの美麗?涙を流して」
「永宗が、アンドロイド女に浮気したの」
 美麗は泣きながら言った。
 「どういうこと」
羌夫人が怪訝そうな声で聞いた。
「永宗が緑色の髪のアンドロイド女を連れて来たのよ。浮気したのよ」
美麗は見てきた事を伝えた。
 「警察はアンドロイドを捜査に使うでしょ」
羌夫人は言った。
 「でも警察は永宗みたいな男の捜査官に女のアンドロイドを組み合わせたり
しないわ」
 美麗は言った。
「考え過ぎよ」
羌夫人は言った。
「でも、最近はアンドロイドと結婚しようとする人たちが居るじゃ無い。永
宗も、流行に乗って恋機族の仲間になったんだ」
美麗はテレビを思い出しながら言った。
 「少しは頭を冷やした方が良いわね。永宗は、そんな男じゃ無いでしょ」
羌夫人は言った。
「だって私は見たのよ、緑色の髪の毛をした、警察の制服を着た、アンドロ
イドが一緒に居たのよ」
美麗は言った。
「今度の仕事は仙郷機団よ。仙郷機団はアンドロイドが関わっているけれ
ど、大丈夫?」
羌夫人は言った。
 「悔しいから、その仕事を引き受けるわ」 美麗は涙をすすりながら言っ
た。
「仙郷機団に入った夫を妻の元に取り戻す手伝いが仕事よ」
羌夫人は卓上型の端末のアームが付いたディスプレイを美麗に見せた。
「私、そっくりじゃない。必ず夫を妻の元に取り戻してみせるんだから」
美麗は言った。
 「まずは、依頼者の妻の所に行ってちょうだい。依頼主は、大分、落ち込ん
でいるから丁寧に話しを聞くのよ」
羌夫人は言った。コンピュータを操作して、美麗の携帯端末に情報を送っ
た。
 着信音がした。
 依頼主の情報が企業共同体のデーター・センターのアクセス・レベルに応じ
て美麗の携帯端末に映し出された。
 依頼主の名前は湯・香虹だった。
美麗は、万福?局の駐車場に行って一人乗りの車体が付いた三輪バギー、快
馬(クワイマー)に乗って、携帯端末のGPSに従って、汽車で混雑する北京
の街の中を走っていった。
気が立っている美麗は、スピードを上げて走っていった。

第四章 集まる証言

廊下から、永宗と碧髪が書庫に戻ってくると、王捜査主任が言った。
 「本に破かれたページがある。ゲーテの全集だ」
 王捜査主任は言った。
「何か意味があるのでしょうか」
永宗は言った。
「鋼玉は血の付いた靴の跡の端を床に落ちているゲーテの全集に見つけた。
この邸宅に居る人間達の靴の種類が、データ・ベースの靴との照合で判れば一
気に犯人に近づける」
王捜査主任は言った。
「証拠を消すために破いたのですか?」
永宗は言った。
 「多分、そうだ。取っ組み合いになって、落ちた本を犯人は、張・礼を刺し
た後、踏んだんだ。そして気がついて本のページを破いた」
王捜査主任は言った。
「本ごと持って行かなかった理由は」
永宗は言った。
 「多分、人目を気にしたんだろう。警備員達が、この邸宅には居る、殺人現
場の書庫の本を持ち歩けば、事件が発覚後、すぐに判ってしまう」
王捜査主任は言った。
「警備用の監視カメラは無いのですか。在れば楽なのですけれど」
永宗は言った。
 「邸宅の外周は監視カメラが設置されているが、屋敷の中のプライベートな
空間には、監視カメラは付けられていない」
王捜査主任は言った。
「書庫の、血痕が僅かに付いたプラトン全集の第五巻の後ろに。血が付いた
本の切れ端が押し込められています」
鋼玉の声がした。
「それで、靴底や刃物の血を拭い去ったんだろう。だが完全には拭い去れな
かった」
 王捜査主任は言った。
馴染みの在るサイレン音が聞こえ始めた。
 「科学捜査班が到着したな」
王捜査主任は言った。
「彼らに引き継ぎですね」
「ああ、そうなる、鋼玉達アンドロイドが集めたデータが移動中に送られて
いる」
王捜査主任は言った。
しばらくすると科学捜査班達が入ってきた。
「やっぱり吉祥は空を飛べるから早いね」
科学捜査班の劉主任達がアンドロイドを連れて笑顔で入ってくると言った。
「殺されたのは大物だ」
王捜査主任は言った。
 「警察も企業共同体から、せっつかれる事になる。だが犯人は証拠を沢山残
しているようだ。今日中に捕まるかもしれないな」
劉主任は言った。
「だが、宇宙行李集団の張・礼が殺されたんだ。裏が在る可能性も否定は出
来ない」
王捜査主任は言った。
「証拠を集めて立件するしか無いね。だが、この、邸宅は広すぎる。証拠集
めは、捜索隊を編成することになるだろう」
劉主任は言った。
永宗は王捜査主任と書庫から出た。碧髪と鋼玉も付いてきた。
「それでは、発見された状況の聞き込みの開始になりますね」
永宗は言った。
 「そうだ。まずは発見者からだ」
 王捜査主任は頷いて言った。
永宗は携帯端末を見た。
男の秘書、告が、死体の発見者だった。警察に通報したのも秘書の告だっ
た。
黒いスーツに黒いネクタイの警備員らしい男達の中に、告は居た。 
告は、紺色の三つボタンのスーツを着た、三十代前半の男だった。
「なぜ、被害者が自宅に居たのか判りますか」
永宗は聞いた。
「今日は、張CEOは午前中は休みの日でした。宇宙行李集団の仕事は午後
からです」
告秘書は言った。
「平日なのに休みですか?」
永宗は聞いた。
 「ええ、張CEOは忙しくて休日に休暇はとれないんです。毎日、仮眠を取
って働くような仕事です。張CEOは一人で宇宙行李集団を今の規模まで成長
させました」
告秘書は言った。
 「つまり、仕事中毒だった」
永宗は言った。
 「良い呼び方ではないですね。張CEOは真面目な努力家です」
告秘書はムッとした顔で言った。
「家に居る時間は、多かったのか」
 王捜査主任は言った。
「一応家には帰りますが、一週間の間に帰れるのは、三日ぐらいです」
告秘書は言った。
「今日が、その日だった」
 永宗は言った。
 「ええ、そうです。正確には昨日の十点(時)頃に仕事を終えて本社ビルを
出て、飛車で帰りました」
告秘書は言った。
「告さん。あなたは、昨日の十点頃に仕事を終えた後は、どうしていました
か」
永宗は言った。
 「私だって人間です。仕事で疲れれば睡眠が必要です。張CEOが帰った
後、自宅に直行して眠っていました。そして起きたのが今朝の十点半です。そ
れで私は身支度を整えて、張CEOの昼食が終わる時間帯に、やってきたので
す。そして、張CEOが昼食に顔を出さなかったことを夫人から聞いて、携帯
端末を使っても張CEOと繋がらず。不審に思いながら書庫に行って変わり果
てた姿で見つけました」
告秘書は言った。
「どうして書庫で殺された張CEOの居場所が判ったのですか。これだけ広
いのに」
永宗は聞いた。
 「それは、張CEOは、時間があると書庫で本を読むからです。張CEOは
若い頃、勉強できなかった事を悔やんでいました」
 告秘書は言った。
 「ゲーテの全集とプラトンの全集は知っていますか」
 永宗は言った。
「張CEOは、西洋の哲学は、あまり好きではありません」
告秘書は言った。
王捜査主任が頷いた。
 永宗も頷いた。
 「告さん。捜査に協力していただきありがとうございます」
 永宗は、告秘書に言った。
告秘書は携帯端末を取り出して、電話を掛け始めた。
「秘書の告のライフ・ログのGPS使用履歴とも一致するか。携帯端末のG
PSは、告が自宅から、十点頃まで動かなかったことを示している」
王捜査主任は携帯端末の画面を見ながら言った。
 「一応、告秘書は、携帯端末を持ち歩いていた事になります。今も持ってい
ます」
 永宗も自分の携帯端末の画面を見て、告秘書の携帯端末のGPSの位置情報
から言った。
「だが、証拠が集まるまで、容疑者から外すことは出来ないな」
 王捜査主任は言った。
 「ええ、そうですね。虚偽証言の可能性も在ります」
 永宗は言った。
「次は張夫人だ」
 王捜査主任は言った。
 「張・礼との間には子供が一人居ますね、北京理工科大学の男子学生です。
二人の間の遺伝子をひく実子です」
永宗は警察の権限でアクセスしている企業共同体のデータベースを携帯端末
から見ながら言った。
 「後で話を聞く。まずは張夫人からだ」
 王捜査主任は言った。
 張夫人は、邸宅の池に張り出した、露台に座っていた。
 ゆったりとした、身体を縛らない服を着ていた。見た目の年齢は五十台前後
のようだった。企業共同体のデータ・ベースよれば、張・礼と同じ五十六歳だ
った。
「張夫人ですね。警察です。ご主人の不幸ごとは残念です」
永宗は言った。
 「ええ、そうですね……私の最愛の人です」
張夫人は涙を流していた。手が震え、顔が泣き崩れた。
「私たちは犯人逮捕に全力を挙げます」
永宗は言った。
 「……お願いします」
 張夫人は涙をハンカチで拭いながら言った。
「最後に、あなたが夫を見たのはいつですか」
 王捜査主任は言った。
 「朝食の時です。久しぶりに、息子と家族三人で朝食を食べました。夫は仕
事が忙しくて、家族で食事が出来ることは滅多に在りません。息子も大学の学
生です。勉強に追われていて、家族三人で食事が出来ることは、あまり在りま
せん……」
 張夫人は弱々しく言った。
「気をしっかり持ってください。犯人は私たちが必ず捕まえます」
 永宗は言った。
 「……お願いします」
 張夫人は言った。
「張夫人。あなたは朝食後に、夫には会っていないのですか」
 王捜査主任は言った。
 「……はい、事件の知らせを……秘書の告さんから聞くまでは」
張夫人は涙をすすりながら言った。
 「それでは、朝食後に、あなたは、何をしていましたか」
王捜査主任は言った。
 「……わたしは、編み物をしていました。昔は、これで家計の収入の足しに
していました……今でもしているんです。夫のカーデガンやセーターなどを編
んでいます」
張夫人は言った。
「誰か、あなたが編み物をしているところを見ていますか」
永宗は聞いた。
 「ええ…アンドロイドが見ています。私がカーデガンを編んでいる間……部
屋の掃除をしていました」
張夫人は涙ぐみながら言った。
「人間は見ていないのですか」
 王捜査主任は言った。
 「ええ……あとは庭に住む野鳥が見て居るぐらいです…まさか夫が死ぬなん
て……」
張夫人は言った。
 永宗は慰めるように言った。
「最愛の人が死んだ後で、苦しかったでしょう。証言してくれてありがとう
ございます」
張夫人は涙を拭きながら頷いた。
永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と一緒に立ち去った。
「アンドロイドが張夫人を見ていたなら、データを取り出せますね。張夫人
の証言の裏付けがとれます。アンドロイドの移動履歴を調べて、眼のカメラが
撮している、映像を調べれば間違いないでしょう」
永宗は歩きながら言った。
「張・礼の息子が居ます」
 鋼玉が言った。鋼玉が見ている先には、銀色のスポーツカー、翠虎が止まっ
ていた。そして若い大学生ぐらいの青年が警察官と話していた。そして、警察
官に連れられてテープを潜って中に入ってきた。
「話を聞くか」
 王捜査主任は言った。
 「判りました」
 永宗は頷いた。
 永宗は王捜査主任と碧髪、鋼玉と一緒に歩いて行った。
「失礼ですが、被害者の息子さんですね」
永宗は話しかけた。
「そうです。私は張・礼の息子、張・峰です」
 張・礼の大学に通う息子、張・峰は言った。
 「家を出たのは、七点三十分。汽車で大学に行ったのですね」
 永宗は、企業共同体のデーター・センターのライフログのGPS移動履歴を
見て言った。
 「ええ、九点から講義があり、友人達との待ち合わせがあるので、汽車で行
きました。今日は珍しく父と母と三人で朝食が取れましたが。まさか、こんな
事になるとは思っていませんでした」
息子の張・峰は目頭を押さえて言った。
「家族の方と話に行くのですか」
永宗は言った。
「私は一人っ子でず、家族は母親だけです」
息子の張・峰は言った。
「何かトラブルはありましたか」
永宗は聞いた。
 「いいえ。父親は働き者です。一代で築いた宇宙行李集団の発展だけを考え
ています。私は子供の頃から勉強をして、今の大学に入学しました」
 息子の張・峰は目をそらして言った。
 「家族としては、あまり親しくはなかったのですか?」
永宗は聞いた。
 「ええ、母親の方と、よく話をします。父親と話すときは食事の時ぐらいで
す。今朝の朝食の時のように。最後の朝食となりましたが」
息子の張・峰は言った。
「何か、家族がトラブルを抱えていることは無かったのですか。たとえば仕
事上でトラブルを抱えているとか」
 永宗は聞いた。
「父親の仕事のことは判りません。私は理工系の大学の勉強が出来るだけで
す。父みたいな、一代で大企業を築く才覚があるとは思えません」
息子の張・峰は言った。
「なぜ起きたか判らない事件ですか」
永宗は聞いた。
 「ええ、そうです。私には判りません」
 息子の張・峰は言った。
「何か気がついたことが在ったら知らせてください。私は警察の捜査官、趙
・永宗です」
永宗は言った。
「電子名刺の交換をしますか、後で連絡するかもしれません」
 息子の張・峰は力のない笑顔で言った。
「ええ」
永宗は携帯端末を取り出して、息子の張・峰の携帯端末と、軽くぶつけて、
電子名刺のデータの交換をした。そして警察官に連れられて邸宅の中へと入っ
ていった。
「息子は、事件との関係性を否定しているようですね」
永宗は警察官に連れられて邸宅の中へ入っていく背中を見ながら言った。
「最終的には証拠を集めていくしか無い」
 王捜査主任は言った。
 そして車寄せの方を見た。
玄関の外の車寄せには、警察の車両が到着していた、そして制服の警官達が
テープで、立ち入り禁止区域を作っていた。
 正面の玄関近くには、黒いスーツに黒いネクタイの五人の警備員達が警官達
に囲まれて居た。
そして、庭の方には、アンドロイド達が居た。
 「証拠品として押収するにしても数が多いな。劉達が大変だ」
 王捜査主任は庭に整列しているアンドロイド達を見て言った。男性型は紺の
詰め襟の服を着て、女性型は同じデザインの足首まである紺色の服に白いフリ
ルの付いたエプロンの制服を着ていたが、外見は様々だった。全部同じ容姿に
すると異様に見えるため、アンドロイドの外見には変化が在った。
数を数えると男女半々で合計二十八体居た。
「アンドロイドが多いですね。人間の数は少ないです」
 永宗は言った。
「人間は、五人の警備員と二人の女菅家が居るだけだ」
王捜査主任は言った。
 「取り調べは楽ですね」
永宗はサングラスをかけている警備員達を見ながら言った。
「話を聞くか」
 王捜査主任は言った。
この屋敷の警備の責任者の四十代の警備員を永宗は呼んできた。
 「この邸宅の警備はどうなっていますか」
 永宗は尋ねた。
「この邸宅の警備は、ウチの北京安全警備集団が行っています」
責任者の警備員は言った。
 永宗も知っている大きな警備会社だった。
「大きい警備集団ですね」
永宗は言った。
 「ええ、経営は順調です。ですが今回の事件で顧客が離れないか心配です」
責任者の警備員は嫌そうな顔をして言った。
「邸宅の警備の体制について教えてください」
永宗は言った。
 「私たちの警備集団は、邸宅の周りの塀と庭の塀沿いを警備するのが仕事で
す」
責任者の警備員は言った。
 「邸宅の中は警備しないのですか?」
 永宗は尋ねた。
 「ええ、そうです。そういう契約です。邸宅の主房(母屋)の中に入るに
は、張夫人の許可が必要です」
責任者の警備員は言った。
 「外部から入った形跡は無いのか」
王捜査主任は言った。
 「これだけ大きい邸宅です。運営するためには、様々な工商業者が入ってき
ます。後門(裏口)から邸宅の裏に在る管理棟に入ります。そこで荷物を下ろ
す仕組みです」
 責任者の警備員は言った。
 「そこも警備はしているのか」
王捜査主任は言った。
 「ええ、監視カメラで、二十四時間警備しています。私達では無く、北京安
全警備集団の専門の職員達が離れた場所で監視します。もっとも大部分は、機
械のコンピュータ任せでの監視で、異常があると知らせるような仕組みです」
 責任者の警備員は言った。
「異常は無かったのか」
 王捜査主任は言った。
 「ええ、私達は秘書が知らせてから、事件を知りました」
責任者は言った。
「出入りした工商業者は具体的には判りますか」
 永宗は言った。
 「それは、二人居る女菅家に尋ねた方が良いでしょう。彼女たちの仕事で
す」
責任者は言った。
 「女性二人だけで、これだけ広い邸宅の維持が出来るのですか」
 永宗は聞いた。
 「アンドロイド達が働いています。それとロボットです」
 責任者の警備員は言った。
「警備の配置は判りますか」
 永宗は言った。
「ええ。屋敷の警備カメラの監視と、我々警備員が巡回しての警備です。食
事やトイレは管理棟で食べたり用を足します」
責任者の警備員は言った。
 「失礼ですが管理棟とは、どこに在るのですか?」
永宗は言った。
 「邸宅の裏手の、後門の駐車場の前にあります。業者のトラックなどが止ま
って荷物を下ろしたりします。私達の警備集団の汽車も、この後門の駐車場に
停めています」
責任者の警備員は言った。
「食事を取る場所や、トイレは、管理棟に在るのですか」
永宗は聞いた。
「ええ、仮眠室も在ります。電子レンジで温めることも出来ます」
責任者の警備員は言った。
 「警備体制に不備は無かったのですか?外部からの侵入者が入った形跡は在
りませんか?」
永宗は聞いた。
 「何か異常が起これば、私の所に知らせが、入ります。監視カメラと、四人
の部下達が知らせます」
 責任者の警備員は言った。
 「今日は異常が無かった?」
 永宗は聞いた。
 「ええ、そうです。秘書が連絡を入れるまで私は邸宅壁沿いの担当場所を巡
回警備していました」
責任者の警備員は言った。
「休憩は、在りましたか?」
永宗は聞いた。
 「三度です。十五分ずつ、一人一人バラバラに取りました。歩きずくめの仕
事です。疲れれば、休憩も必要です。私ぐらいの年齢になると休憩無しでは身
体が保ちません」
 責任者の警備員は言った。
王捜査主任が永宗を見て頷いた。
 永宗も頷いた。
「それでは、捜査に、ご協力いただきありがとうございました」
 永宗は言った。
責任者の警備員も挨拶をした。
 永宗と王捜査主任は、その後ろ姿を無言で見送っていた。
ある程度距離が離れると永宗は口を開いた。
「警備集団の監視カメラや巡回警備を、すり抜ける方法が在ったのでしょう
か」
 「外部か内部か、今の段階では絞りきれないな」
 王捜査主任は言った。
「そうですね。警備カメラの映像を検証を待つ必要があるかもしれません。
後門に入ってきた業者を呼び出して尋問する必要があるかもしれません」
 永宗は言った。
「女菅家達に質問をする。彼女達なら入ってきた業者を知っている」
 王捜査主任は言った。
「それでは年配の方の女菅家を呼んできます」
永宗は言った。
 王捜査主任は頷いた。
 そして年配の女菅家を呼んできた。
「仕事は、どのようなことをするのですか」
永宗は聞いた。
 「この邸宅の維持運営です」
 年配の女菅家は言った。
「今日は何点頃から、働いてましたか」
永宗は聞いた。
 「朝の六点からです」
年配の女菅家は言った。
「夜は働かないのですか」
永宗は聞いた。
 「夜勤の人たちも居ますが、私は、上牛(午前)六点から夕方近くの十六点
までのシフトです。北京菅家服務集団から派遣されています」
年配の女菅家は言った。
「張一家の食事の支度は、あなた達がするのですか?」
永宗は聞いた。
 「料理が出来るアンドロイドか、張夫人が自分で料理を作ります」
年配の女菅家は言った。
「張夫人は、邸宅の主房(母屋)に人間を入れないのですか」
永宗は怪訝に思って尋ねた。
 「ええ、そうです」
 年配の女菅家は頷いて言った。
「それでは床の掃除は人間がやらないのですか」
 永宗は年配の女菅家の反応を見ながら聞いた。
「はい、そうです。管理棟の充電器に繋いだ掃除ロボットが毎日自動で上午
九点から、廊下の掃除をしています、室内はアンドロイドが行います」
年配の女菅家が言った。
永宗は顔色が変わった。
 王捜査主任も右眉が少し上がった。
「少し待ってください。捜査上の話をします」
 永宗は言った。
 そして年配の女菅家と距離を取った。
 「掃除ロボットが廊下の血痕を拭いたのですね」
永宗は、証拠が途切れた理由がわかった。 「劉達に知らせる」
 王捜査主任は永宗に言いながら携帯端末を取り出して、劉主任に連絡を入れ
た。
 「掃除ロボットを押収ですね」
 永宗は頷いて言った。
王捜査主任は頷きながら携帯端末で科学捜査班の劉主任と話した。
「私だ。劉。掃除ロボットが上午九点に書庫の前の血痕を拭いた。押収して
くれ。後門の管理棟に在る。ああ、そうだ。血痕が取り出せるか、調べてく
れ」
永宗は一気に見通しが明らかになったと思った。

第五章、新興宗教、仙郷機団

美麗は、社宅の高層マンションが並ぶ、住宅街の中を快馬を走らせた。
 この近辺に住んでいるなら、中流か、それ以上の収入があることになる。
 企業共同体に参加する企業でも、中堅ぐらいの優良企業の社宅のマンション
が並んでいるからだった。
警備員の居る玄関で、用事を伝えると、扉が開いた。
 美麗がエレベータに乗って行くと湯夫人は、エレベーター・ホールの前に立
っていた。
 一目で湯夫人と判った。万福?局に来る女性は、やつれている事が多いから
だった。湯夫人もやつれていた。
「あなたが、万福?局の依頼者、湯夫人ですね」
 美麗は言った。
 「ええ、そうです。今は、ちょうど良いです。子供達は学校に行っています
から。夫の行動は子供には話せません」
 やつれた湯夫人は目をそらせて言った。
「許せませんよね、アンドロイドは」
 美麗は怒りが頭を焼いていて、思っていることを、そのまま口にした。
 「ええ、そうです。仙郷機団は、アンドロイドを使った新興宗教です」
湯夫人は驚いたような顔をして言った。
「私は、仙郷機団については詳しくはないのですけれどアンドロイドと宗教
が、どう関係するのですか」
 美麗は言った。
「バーチャライダーの様に仮想現実に住むのではなく、仮想現実を現実に持
ってくるような新興宗教です。夫は、アンドロイドの女に熱を上げているので
す」
湯夫人は言った。
美麗は同情心が湧いてきた。
 「どうして仙郷機団に入信したことが判ったのですか」
 「実は、良くない方法なのですが。夫の端末の中を覗いたんです。夫の行動
が、おかしくなったことに気がついてからです」
 「パスワードは、どうしたんですか」
 「そんな難しいパスワードじゃないんです夫は自分の生年月日を、そのまま
使っています。立ち話も何ですから、家の中に入ってください」
 美麗は、湯夫人の後に付いて、家の中に入っていった。
 中は、綺麗に飾り付けがされていた。贅沢な物が置いてあるわけではない
が、調度品は最近流行のヨーロッパ型の家具が置いてあった。
 リビングで、最近流行の赤い色の、身体を覆うようなソファを勧められて、
美麗は腰を下ろした。身体が深く沈み込んだ。背もたれは内蔵された機械が自
動で角度を調節し始めたが、美麗は、話しやすいように上半身を起こした。
湯夫人は、お茶菓子と、紅茶のティーセットを持ってきた。
「夫は、真面目な性格です。働く事に喜びを見いだすような仕事人間です。
今では、だったと言うべきでしょうか」
 湯夫人は、やつれた顔に乾いた笑顔を浮かべて言った。
 「なぜ、仙郷機団に入ったのでしょうか」
美麗は、愚痴っぽくなっている湯夫人の言葉を遮って仕事の話に戻した。
 「いえ、説明の仕方が悪いですね。私は夫の端末の日記を見て事情を知った
んです。真面目な性格で日記を付けているんですよ」
湯夫人は言った。
 美麗は、頭の中で考えていた。私も日記を調べなくちゃね。でも、永宗は日
記を付けていなかったか。これは残念ね…。
「内容は判りますか」
美麗は言った。
 「ええ、日記のファイルをコピーしています。職場の同僚に連れられて仙郷
機団が運営している。いかがわしい、歓楽施設に行ったようです。その日か
ら、夫は、おかしくなりました。大体日記の内容と、おかしくなった日付も一
致しています」
 「歓楽施設の名前は判りますか?」
 「仙踊機会館です」
美麗は、自分の携帯端末で地図を調べた。「仙踊機会館」と名前の付く建物
は北京市内に五カ所在った。
「北京市内には五つありますね」
 美麗は、湯夫人に携帯端末を見せた。
「そうですか。私は、調べる事を忘れていました。近づきたくは無いですか
ら」
湯夫人は言った。
「五つある内の、どこに行ったか判りますか」
 「判りません。日記には、そこまで詳しくは書かれていません。ただ仙踊機
会館に行った事が書かれているだけです」
湯夫人は真珠風の光沢を放つノート・サイズの端末を見ながら言った。
 「端末を覗けますか、ライフ・ログに含まれるGPSの使用履歴と日記の日
付の時間帯を照合すれば、どこの仙踊機会館か判ります」
美麗は言った。
湯夫人は頷いて、夫の情報端末が置いてある書斎風の部屋へ連れて行った。
あっさりとした作りで紙の本は少なかった。
 湯夫人は夫のパスワードでログインした。
 後は美麗が操作した。個人履歴を管理する企業共同体のデータ・センターに
検索して入力すると、湯夫人の夫の行った「仙踊機会館」の場所が判った。G
PSの履歴では、北京市内の職場から汽車を使って移動したことが判る。




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