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作品名:スイートシンディ 作者:フィサリア

最終回   スィートドリーム
取り壊しの決まった倉庫の一室に、ひとりの男がいた。

何もない部屋の中で、男はパイプ椅子に腰掛けて、何時間も薄汚れた壁をじっと見つめていた。

半白の髪に老いが見えるが、その瞳は力強く輝いていて、彼が今も若者をしのぐ現役であることを物語っている。
仕立ての良いツイードのスーツを着たその姿に不釣合いな、青いスポーツバッグがそばに置かれていた。

やがて日が暮れて、明かりのない部屋の中を、窓から差し込む月光が蒼く染めた。
男が立ち上がり、上着を脱いで椅子に掛けると、糊の効いた白いシャツの袖をまくり上げた。

たくましい腕がスポーツバッグを取り上げて中を開く。
中味は筆と大きな丸い缶だった。
男はそれを手にすると、壁に向かい合い、缶を開く。
中でオレンジの塗料が揺れていた。

手に握った筆を缶の中に突っ込むと、男は無造作に引き抜き、サーッと壁に走らせた。
しずくが顔とシャツに跳ねたが、男は筆を止めない。

揺れるオレンジの髪がまず描かれ、形の良い顔、そして美しい身体と、男は次々と壁に絵描いてゆく。
その筆運びに迷いはない。

やがて空を翔る女の背に大きな翼が描かれて、やっと男は動きを止めた。
そのままの姿勢で、数歩あとずさる。

やがて、自分の描いた絵をながめる男の手から、筆が滑り落ちた。
唇がわずかに動き、誰かの名前をつぶやく。

そのとき、男の身体を白いものが覆った。

月も恥じ入るほど美しい、純白の大きな翼が目に入ったとき、男の目尻に涙が玉になって浮かび、流れ落ちた。

ゆっくりと振り向いたその目に、輝くオレンジの髪と、星も恐れるほど蒼く揺れる瞳が映る。
男はその瞳を見つめながらいった。

「本当はあれからもずっとそばにいてくれた・・・ そうだろ?」

オレンジの髪が縦に揺れる。
想いが男の心を走り抜けた。

----- それでも、何度も何度も願ったんだ。ずっとずっと・・・・・・・

男の手がのばされ、白い肌を抱いていった。

「でも、もう消えないでくれ。ずっとずっとこうしていたいから」

願いを聞き届けたかのように、翼が優しく男を包み込んだ。




                     Fin



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