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作品名:スイートシンディ 作者:フィサリア

第4回   君のため 恋のため
それから二人は、倉庫の中で毎晩、飛ぶための練習を始めた。

竜也は午前中に少し眠ると、昼間は寝ているシンディを部屋に残し、街の本屋や図書館に出かけた。
彼女がまた飛べるように、少しでもいいから情報がほしかった。
またネットカフェにも足を運び、検索などして情報を探したが、ヒントになりそうなものは一つもありはしなかった。

だが竜也はあきらめずに、情報を求めて街をさまよった。
シンディの為に。そのひとつのことだけに熱中した。

誰かの為に、自分の出来る事と時間のすべてを費やす。
今まで、自分の為にしか生きてこなかった竜也にとって、それは初めて知る喜びだった。

やがてその行為は、生きる力となって竜也の中で広がり、冷えきって萎縮していた心を、熱くはずませた。
人生の先を望まず、終らせることばかり考えていた自分が、また明日のことを考えてはじめている。
八方塞りだったはずの迷路に、今一つの扉が現れている、そんな気持ちだった。
そのことが、過去にあった自信を取り戻させようとしていた。

----- 全てを精算してもう一度出直そう 。そしてシンディと・・・・・
練習を始めて五日たった頃には、そう考えられるほど彼の心は回復していた。
その決心は、まだ彼女に話してはいないけれど、肌を合わせて暖めあう中できっと伝わっている。
そう竜也は思った。

だが、シンディはまだ飛ぶことができない。






その夜、シンディの身体がまた落ちるのを地上で受け止めた竜也は、彼女を抱きしめて叫んだ。
「なんでだよ!どうしてうまくいかないんだよ!」
声は広い倉庫の中で響いて消える。

竜也は上を向き、暗い空間をにらんだ。
「神様、そこにいるんだろ?なんでもくれてやる、シンディを飛ばせてやってくれ!」

はじめはシンディが飛べるようになるのが恐かった。
空へと帰れば彼女ともう二度と会えなくなる。
それは竜也にとって考えられないくらい恐ろしいことに思えた。

だがシンディと過ごす日々の中で、その恐怖は消えてゆき、ただ彼女になにかを与えたい、それだけになった。

「俺はもう大丈夫なんだ。シンディを・・・こいつを空に行かせてくれっ!」
その言葉にシンディが震えた。
白い手がスローモーショーンのように伸ばされて、竜也の顔を包み込む。
シンディは優しく微笑んでいた。

だが、自分へと向けられた彼女の目に、涙が浮かんでいることに竜也は気がついた。
シンディの熱い唇が竜也の唇に重ねられ、そして耳元へとすべり、なにかをささやく。

----- 別れの言葉・・・・・・

はっとする竜也を離してシンディは立ち上がる。
その背中に、白いつぼみが咲き始めていた。

竜也は、引きとめようとする自分を必死で押し殺した。
わかったのだ。
シンディをしばっていたもの・・・ それは竜也自身の不幸な思いだったのだと。

それが消えたいま、彼女を引き止めるものはもうなにもない。

つぼみが羽根へ、そして白く大きな翼になる。
そしてシンディの翼が弓のようにしなり、空気を裂いて中へと舞った。

彼女の身体が矢のように空を飛び、一息で倉庫の天窓まで駆け上がる。
だが、そこでとまどうように動きがとまった。

もうしばるものはなにもないはずなのに、シンディはそこにとどまって竜也を見下ろしている。

そのとき、竜也の頭に数日前に見た残像が甦った。
幼い頃、夜に鏡の中を覗きこんでいる自分の姿。 そしてその後ろの白い影。
すべて理解した竜也が叫ぶ。

涙と鼻水でグズグズになった顔を上げて、自分の天使に竜也は叫ぶ。

「ありがとう、ありがとうシンディ!好きだ、好きだ、好きだおまえが!」

シンディの顔が美しく歪む。
だが彼女はその顔を空へと上げた。

「いまだけわがままいわせてくれ!会いたい、また会いたいんだシンディ、会いたいっ!」

そう叫んで手を打ち振る竜也の頭上で、シンディの身体が青白く光り、やがてオレンジの輝く玉となってはじけて消えた。
竜也はいつまでも、いつまでも、シンディの消えた空間をながめていた。




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