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作品名:スイートシンディ 作者:フィサリア

第3回   ロストエンジェル
翌日。竜也は、夕方ちかくになって目を覚ました。
シンディはとなりで、規則正しい寝息をたてながらまだ眠っている。

あれだけ飲んだのに酔いは残っておらず、心地よい疲れがあるだけだった。
竜也は、昨夜見たもののことを考えた。
あれは酔いがもたらした錯覚か、それとも幻覚なのか。

考えているうちに空腹なのに気づいき、竜也は服を着て外へ出た。
一段と気温が上がった通りをコンビニへと歩きながら、もういちど昨夜のことを思い出そうとした。

しかしシンディとの一夜は、まるで夢かうつつのようで、記憶はとても頼りなかった。
だが最後に見たあの残像だけは、脳裏にしっかりと焼きついて離れない。

----- まるで天使の羽根のような・・・・・・
背中がゾクッとする。
すぐに否定しようとしたがあきらめた。
シンディが天使だろうが悪魔だろうが、あれが夢であろうが本当であろうが、先の決まってしまっている自分には関係のないことだ、そう竜也は思った。

----- 最後にあんなに幸せな夢が見れるなら、他に何も望むことはない
そう考えた時、チクッと胸が痛んだ。
その痛みの正体が生きる事への未練だと気づいたとき、絶望していたはずの自分に一夜でそんなものができたことに驚き、竜也は道の上で立ち止まってしまった。







夕方、シンディのところに戻った竜也は、彼女に声をかけた。
「シンディ、ご飯だぞ」

はじめは優しく、だが起きる気配がないので、段々と強く身体を揺する。
だがシンディは目を覚まさない。
町並みの向こうに沈みかけた夕日が、彼女の寝顔を赤く染めていた。

----- おかしい・・・・・
とっぷりと日が暮れて、部屋が薄暗くなったころ、シンディの様子が普通でないことに気がつき、竜也の顔が青ざめる。
「おいシンディ起きろ!おいったら!」
それでも目を覚まさない彼女を見て、あせりながら、竜也は何かの病気かと考えた。

----- 救急車?・・・いやダメだ、居場所がわかってしまう。俺が背負って病院へ・・・くそ、それじゃ同じだ!
シンディの額に手を当ててみた。熱はないようだ。
次に白い胸に耳を当てる。心臓はゆっくりと力強く鼓動をきざんでいた。
病気ではないのかと疑いはじめたとき、シンディのまぶたがゆっくりと開いた。

「シンディ大丈夫か?」
あわてて抱き上げて顔をのぞきこむと、シンディは可笑しそうに笑った。
白く綺麗な歯を見せて笑うシンディを見て、安心した竜也の胸に、せつないものがこみ上げてきた。
そして、自分の腕の中のシンディを、強く抱きしめた。

「心配したんだぞ」
わずか一夜で、シンディと離れがたく思いはじめた自分に、竜也はおどろいた。
シンディの手が、甘えるように竜也の腰に回される。
その手をしっかりと自分の腰に引きつけて、竜也はしばらくシンディを抱いていたが、我にかえって食べ物の入った袋を彼女に渡した。

おいしそうにハンバーガーとサラダを食べるシンディのとなりに座って、竜也は語りかける。
「本当に身体はなんともないのか?」
食べる手を休めずシンディはうなづく。

「本当はおまえどこから来たんだよ」
ミックスジュースのパックを持っている手が、窓の外を指差した。

昨日と同じだとため息をついて頭をかいていると、ふと昨夜見た白いものが頭をよぎった。
----- もしかして、遠くからじゃなくって上の方?

シンディの身体を抱えたまま、窓際までいってもう一度同じ質問を繰り返した。
彼女の白い指は、月と星が広がる夜空を指差した。

おどろいた竜也の腰が抜け、二人は床にもつれて倒れこんだ。
「それじゃ、あの羽根は本当に・・・・・」
そういったとき、シンディが持っていたハンバーガーを放り出して立ち上がった。
そして竜也の手をつかむと、強く引いて部屋の外へと連れてゆこうとする。

されるがままについてゆくと、シンディは階段を降りて倉庫にでて、その真ん中に立った。
するっとペティコートが脱がれて、白い裸体が闇の中に浮かび上がる。

「あっ・・・」

花のつぼみが開くように、真っ白な羽根がシンディの背中に広がり、またたく間にそれが大きな翼になる。

彼女の背を遥かに超える、大きな白い翼だ。

シンディの顔が上をむき、倉庫の天井を見た。
次の瞬間、翼が跳躍するように下へとたわみ、そしてパッと羽ばたいた。
彼女の身体が地上を離れて浮き上がった。

その神秘的な光景を、竜也はただ呆然と見ている。
だが1メートルも浮上した時、翼がなにかに絡め取られたように動きを止め、シンディの身体が落ちる。
竜也が走り、彼女を自分の身体で受けて衝撃をとめた。

背中にのるシンディの重みと痛みにうめきながらも、竜也は座り直すと、彼女の身体を手で探って怪我がないかを確かめた。
どこにも怪我はなかったが、背中の翼はもう消えていた。

「大丈夫かシンディ」
彼女は恥ずかしそうに身をよじって笑っている。
「お前、飛べないのか?」
シンディの顔に初めてかげりが浮かんだ。

「昼間あんなに寝ていたのもそのせいなのか?」
首が横に振られる。
そして顔がゆっくりと天井にある天窓へと向けられ、蒼い瞳が夜空を見た。

「夜しか動けないのか?」
今度は首が縦に動いた。

すーっと竜也の肺から空気が抜けた。
----- 飛べない夜の天使・・・・・

天窓から差し込み始めた月明かりの下で、竜也は動けなくなった。




二階へと戻って、竜也はベッドの上でシンディを抱きしめながら考えた。
さっき見たものが、夢か現実かはもうどうでもよくなっていて、頭はシンディのことをずっと考えている。

「空に帰りたいのかシンディ?」
竜也の言葉に、彼女はうつむいた。
やはり帰りたいのだと思った。

「どうすれば飛べるようになるんだ?」
シンディの眉がさがって困った顔になる。

「それがわかればもう飛んでるよなあ・・・」
手枕をして、竜也はドサッとベッドに倒れこんだ。

その拍子に、なにかの残像がさっと頭をかすめたが、おやっと思うまもなくそれは消えてしまった。
それはひどく大事な事のように思えて、竜也がまた思い出そうとしたとき、シンディの身体が強く押し付けられた。
白い肌の熱さにおどろいて彼女の方を見る。

「どうしたシンディ?」
彼女の顔が竜也の顔の真横に来た。
とまどいと喜びが混ざり合った、複雑な表情をしていた。
シンディは顔を隠すかのように、竜也の上に覆いかぶさった。
彼女の表情の意味を読み取れぬまま、竜也は求めに応じて身をゆだねた。

熱い時が終わり、冷える身体をベッドの中で寄せ合いながら、竜也はいった。
「俺が飛べるようにしてやる」

腕の中でシンディがビクッと震えたのがわかった。
そして蒼い瞳が竜也を見つめる。

「夜はずっといっしょだ。飛べるようになろうぜ」
その瞳を見つめ返して、竜也は笑顔でそういった。

シンディの顔に浮かんだのは、はにかんだ微笑だった。


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