竜也は迷路の中、何人もの男に追われて逃げていた。 どこにいっても周りは黒い壁で逃げ場はなく、ほどなく袋小路に追い詰められた。 ----- もうダメだ・・・・ がっくりと膝をついたとき、床に取っ手があるのが目に入り、無意識に引っ張った。 黒く重い床が割れて、そこからオレンジの光があふれ出す。
そこで目を覚ました。 身体が変な汗で濡れていて、胸が大きくあえいでいる。 夢だった。
目をつぶって息を整える。 ここのところ毎晩のように見る夢だが、今日は少し違っていた。 いつもは追い詰められ、うずくまったところで目が覚めるのだが、さっきは出口らしいものがあった。 ----- でもあれは、追い詰められた奴が最後に選ぶ天国なのかもしれない 最悪の終わりを想像して、身震いしてしまう。
頭が痛くて身体が泥のように重い。 昨夜も飲みすぎてしまったようだ。 竜也は暗い気分で目を開けてしばらくそのままでいたが、なにか違和感を感じ、隣を見てぎょっとした。
女が寝ていたのだ。
タイムスリップで過去から抜け出てきたかのような、恐ろしく古風なペティコートがまず目に入り、次に抜けるように白い肌と太陽のようなオレンジの髪が見えた。
テキーラの酔いが残る頭で、さてそんないい事をしたっけ、と考える。 昨夜は見知らぬバーで閉店までねばったあと、まっすぐにここに戻ったはずだ。 誰とも会っていないし、話もしていない。 だいたい、竜也は昨日の格好のままで寝ていた。
ということは、酔った勢いで拾ってきた女ではないということだ。 それに、住んでいた街を捨てて逃げてきたので、この街に知り合いなどいない。 ここに来たのはまったくの思いつきで、むかし仕事で使ったことのある倉庫の合鍵を持っていた、理由はそれだけだ。 竜也のねぐらは、この今は使われていない倉庫の二階にある事務所跡の部屋だった。
そこに置き捨てられたベッドの上で、身体を起こした。 隣へとまた目を向ける。
----- あれ・・・・・・ 外国人!? そう気づいたとき、女がパチリと目を開いた。 コバルトブルーの瞳。 その瞳が微笑んだ。 「あんただれ?」 女は答えず笑っている。
ちょっとおかしいか電波な外人さんかもしれない、そう考えていると、女のまぶたが再び閉じた。 規則正しい寝息が聞こえ始める。
「ちょっと、起きてくれよ、おい!」 乱暴に身体を揺するが、目を覚ます気配がない。 何かひどく面倒な事に巻き込まれてしまった、そんな嫌な予感がした。
竜也自身、仕事に失敗して、逃げてこの知らない街にいるのだ。 だからこれ以上、妙なことに関わりたくなかったし、逃げる前のわずらわしい毎日から開放された今を、独りでゆっくりと過ごしたかった。 どうせこの日々もあと少しで終わるのだ。
埃の厚く積もった床に投げ出してあったブルゾンを拾うと、竜也はポケットから金を取り出してながめた。
最後に目的もなくかき集めた百万円。 これが盗られていないということは、金目当てとかでもないらしい。
金をポケットに戻してブルゾンを羽織ると、竜也はさび付いたスティールドアを押し開けて部屋を出た。 朽ちて崩れ落ちそうな階段を降り、置き捨てられた廃材が積まれた、だだっ広い倉庫の中を横切ると外へ出た。
そろそろ夏の気配がする。 午後の日差しがまぶしくて、竜也は舌打ちして目をしかめた。 そして、行くあても目的もないまま、歩き出した。
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