ガチャ。 硬質なドアの音が響いた。。 ??「やあ、また来たのか。」 部屋への侵入者に気が付いたそれが、入ってきた人物に声をかけた。 男「はは、最近は妙に話がしたくなってしまってね。今大丈夫だったかい?」 ??「あぁ、私はいつも暇をもてあましているからね。キミの好きな時に話に来ればいい。」 男「はは。ありがとう。それはよかった。」 真っ暗な部屋にもかかわらず男は慣れた様子で1、2歩前に出るとおかれていた椅子に軽い音を立てて腰掛けた。 ??「それで、今日は何か相談ごとでもあるのかい?」 男「いや、特に。本当にただふらっと来ただけさ。」 男が軽く手を広げやれやれといったようなジェスチャーを見せる。 暗がりの中、男の正面に目を凝らすとぼんやりと黒いシルエットが浮かんでいる。 男と相対する形で椅子に腰掛けたそれの目が闇に浮かび男を見つめている。 ??「そうかい。」 闇の中、口を笑みの形に広げ、男にそう返したのは一匹のサルだった。
サル「どうだい最近は。忙しいのかい?」 年老いたサルは男に話しかけた。 男「あぁ、相変わらず。いつまで経ってもずっと変わらない。次から次へとすることが出てくるからね。」 男が首を振る。 サル「まぁ仕事とはそんなものだ。でも君もずいぶんとたくましくなったものだよ。」 サル「働きだしたころはしょっちゅう私に相談に来て、やめたいと嘆いていたものだ。」 男「はは、やめてくれよ。まぁそんなことはいいんだ。それよりこれを見てくれよ。」 男がポケットから小さい玉を取り出す。 透明な丸いケースの中にわずかな土と、そこから小さな植物の芽が生えている。 男「どうだい。最近研究チームが作り出した絶対に枯れない植物さ。」 男「こうやってケースに入れているだけで半永久的に生物活動を続けられるんだ。この植物がこの国に広まればもっと豊かな国になるぞ。」 男はその植物を少し持ち上げ、目を輝かせながらその植物を見つめている。 サル「ほう。それは興味深いな。ちょっと見せてくれないか?」 男「あぁ、いいよ。」 男はサルにそのケースを軽く投げた。すると カラン。 ケースが床に落下し乾いた音が部屋に響く。 男「あー、何やってるんだよ、そのサンプルはまだ数があんまり無い貴重なものなんだぞ。」 サル「無茶を言うな。こんな暗闇の中で投げてよこすやつがあるか。」 男「はは、それもそうだな。」 男「おっと。」 男が立ち上がる。 男「すまない。今日はもう時間だ。行かなくては。」 男が返事を聞かずにドアの前まで歩く。 男「それでは。また来るよ。」 そういうと男は扉を開けた。 扉から薄く差し込む光にまぶしそうに目を細めながらサルは 「あぁ。」 と短く返事を返した。
ガチャ。 扉が開き男が暗闇に入ってきた。 男「・・・いるかい?」 サル「どうした、今日は少し疲れているようだね。」 少しほっとした様子でふーと息を吐くと男は椅子にどかっと腰を下ろした。 男「あぁ、全く。いつまで経っても周りのやつらは、何も変わらない。そのたびに僕は毎回同じことの繰り返し。ほんとに疲れることばかりだ。」 深いため息と共に男は椅子に深くもたれかかった。 サル「君は昔からまじめだからね。周囲の期待に必ずこたえようとする。しかしその分、周りの人にも多くを求めすぎるのがたまに傷だ。」 その言葉に反応した男がそらせていた上体をため息混じりにゆっくりと前に起こした。 男「それは当然のことさ。真剣に取り組む人には真剣に応える。それが正しい姿だろ?」 男「この世にはそれが出来ないやつが多すぎるよ。」 サル「まぁそれが世界のすべてじゃないさ。」 サル「君の弟だって責任感にしばられない、自らにも他人にも自由を望む、そういう男だったじゃないか。」 男「あぁ、やつはダメだ。『自由』なんて言葉は所詮は努力できないやつのいい訳さ。『俺は自由に生きる』、『規則になんて縛られない』なんていうやつらは、決まってその状況や規則についていけない落ちこぼれだ。そんな自分を正当化するために声高に『自由』という言葉を使って現実から目をそらす。」 サル「あぁ、君の言い分は昔からそうだったな。兄弟で楽しく遊んでいた、あの時からずっと変わらない。」 男「ああそうだよ。僕はずっとそうやって生きてきたんだから。それを証明しながら。だからこれからもずっとこの考え方は変わらない。これからも正しさを証明し続けるさ。」 サル「・・・」 サルは男に向けていた視線を少し下に落とした。 その目は一点を見つめていたがそこではなく、遠い昔を懐かしんでいるようだった。 しばらくそうしたあと今度は苦虫を噛み潰すように少し表情をゆがめた。 サル「だから君は・・・」 男はサルをじっと見つめていた。 感情の無いような、あえて感情を消しているような目で次に来るであろう一言を待つ。 サル「弟を殺したんだったね。」 その一言を聞いても男は無言でサルを見つめている。 しばらくの沈黙が続くとふいに男が息をもらした。 男「ふ、そうだよ。あいつは自由を愛し、それにすがる。それだけで許される、それしかない人間だった。」 男「だが俺はそうじゃない・・・俺には責任がある。俺にしか果たせない責任が。だから殺した。ああするしかなかったんだ。それだけじゃない。何人も。何十人もこの手で殺し続けた。俺は俺にしか果たせない責任を全うし続けたんだ・・・それはこれからも変わらない。」 サル「・・・君はいつもそうだな。世界の平和を誰よりも愛し、望んでいる男だ。秩序を愛し。人を愛し。しかし、ゆがんでいる。どこで間違ったのか。・・・今からでも・・・」 最後まで聞かずに男は乱暴に立ち上がりドアの前に立った。 男「もう・・・引き返せないんだよ。」 そういって男は悲しそうに少し笑い扉に手をかけた。
??「陛下。」 扉から出てきた男に声をかけるものがいた。 男「なんだ。」 それに憮然とした態度で応える。 部下「先ほど処刑したものたちの片付けが終了いたしました。それから我が政権に対する反対を唱えるものたちが先ほどから広場で騒いでおります。」 男「すべて殺せ。異を唱える者、命に従わないものはすべてだ。それと・・・例の科学者。あいつも殺しておけ。」 部下「・・・了解いたしました。」 男「あと」 男は今まで入っていた球状の物体に手を置いた。 男「ここにいつもの清掃のものを。」 部下「了解いたしました。」 部下のものが1,2歩後ろにさがり深く頭をさげる。 そこは広大な城の中心だった。 とてつもなく広い、真っ白な部屋。 その中心にあの暗闇は小さな球状の物体として存在していた。 男はその物体に背を向け広く長い道を歩き出す。 長い道には誰もいない。 誰も引き止めるものはない。 声をかけるものもいない。 ・・・いつからこうなったのか。 そんな言葉が少し頭に浮かび消えた。 王にそんな弱さはいらない。 そんなものが王であってはならない。 心の中の自分じゃない声がそうささやいた。 ・・・ああ、そのとおりさ。それが正しい姿だ。 心の中でそう応えると男は何かを振り切るように広大な部屋の外へと歩みを進めた。 広い空間に男の乾いた足音のみが響く。 男が遠ざかり部屋からでるとその音さえも消え去った。
掃除人A「いつ来ても不思議な部屋だよな・・・。」 掃除人B「無駄口たたいてないで掃除するぞ。」 せっせと掃除をするBに対してAは清掃用具をもったままぼーっと突っ立ち、周りをきょろきょろと見回している。 明かりのついたその部屋には入ってきた扉から一番遠い場所に棚がひとつ、部屋の中心に椅子が二つ、向き合っておかれている。 それと今日は円形の透明なケースに枯れた植物が入ったものが転がっていたが、それ以外には何も無い部屋だ。 B「おい。あんましぼーとしてるとお前も殺されるぞ。」 A「はいはいー、ちゃんと掃除しますよー!」 少しあわてたAが掃除を開始する。 そうしながらもちらちらと部屋の中に視線を送る。 A「なぁ。」 B「なんだよ・・・掃除しろって。」 A「いつも思うんだけど・・・これ、なんなんだろう。」 Aがあごで指した先は二つある椅子のひとつだった。 扉から見て遠いほうの椅子。 その上にはサルの人形がぽつりと置かれていた。 ぼろぼろの人形はだらりと椅子にもたれかかるように座らされている。 脇についたタグに「大好きな****へ」と小さく書いてあるように見えるが文字が上からつぶされておりその解釈も定かではない。 B「さぁな。俺たちみたいな下層な人間には王様の考えることなんてわからないさ。」 B「というより王様以外には誰にもわからないかもな。いくつもの国をつぶし、何万という人を殺し、家族まで殺してきたんだ。最近では科学者に無理難題を押し付けては、それを達成できなかった罰として殺しを楽しんでいるらしい。そんな人の考え、俺には想像もつかないね。」 A「・・・だよなー。」 Aは表情をこわばらせながら苦笑いを浮かべた。 B「ただ」 Bは部屋の奥の棚に目線を送る。 それにつられてAも視線を棚に向けた。 B「うわさではあの棚には王様が自ら殺した家族の遺体が入っている、っていう話を聞いたことがある。俺はいつも王様を見るたびに化け物のように感じるよ。あの冷たい目で見られると背筋がぞわーっとする。けどこの部屋の中では、王様は誰にも見せない別の顔を見せているのかも・・・な。」 Aは少し考えてみたが王様のあのいつもの冷徹で、とても自分と同じ人間の感情があるとは思えない顔が、この部屋の中でどのように変化するのか想像することはできなかった。 B「さ、掃除も終わったし、行こう。長居はするなときつく言われてるしな。」 掃除道具を手早くまとめ、持ち上げたBが扉に手をかけた。 Bが部屋を出た後、Aは部屋の電気を消しもう一度部屋の中を振り返った。 暗闇の中に二つの目が浮かび上がり、こちらをじっと見つめている。 A「・・・」 さきほどまでなんとも無かった部屋には妙な気配があるように感じ不気味に思えた。 家族を殺した王。 人を殺し続けた王。 そんな人がこの部屋で何を思うのか。。。 そんなことを考えながらAはゆっくりと扉を閉めた。
...End
|
|