彼、神谷時彦は俗に言う”平凡な高校生”だ。
勉強は好きか嫌いかと聞かれれば嫌いの部類に入るし、部活などといったものに熱中したりもしていない。
かといって夜中まで悪友と遊びまわっているわけでもなければ、引きこもりでもない。
バイトも目標があってのものではなく単なる小遣い稼ぎとしてだし、友達だって多いわけでもない。
本当に、どこにでもいる高校1年生なのだ。
今日もなんとなく学校へ行き、なんとなく授業を受け、なんとなく友達と戯れ、そして家へ帰る。
今日がいつもと違うと言うならば、下校途中にコンビニへ寄ったくらいだ。
別に変った事じゃない。
ただ小腹がすいてスナック菓子を買いにいっただけ。
じゃぁ、どうしてこんな事になってるんだ?
時彦は目の前で起きている出来事を茫然と眺めながら自分自身に問いかけた。
先ず、人気がない。あり得ない。先ほどまでいたコンビニの中でさへ、誰もいないのだ。
しかし自分以外誰もいないという訳ではない。
いや違う。むしろこう言った方がいいかもしれない。
”今ここにいるのは自分と、目の前で戦っている2人の合わせて3人だけ”だ。
それに戦い方がまたあり得ない。
1人は少女だ。真っ白な式服のような衣服を着ていて、日本刀と思われる武器をいとも簡単に操っている。
もう片方はチャラそうな男だった。みたところ少女のような武器は持っていないらしいが、手のひらから濃い紫色の靄を出して操っているらしい。
俊敏な動きをしている少女に翻弄されているのか、男の操る靄が伸びる先は常に何もない空間となっている。
「くそっ!ちょこまかしやがって!!大人しく死ね!」
「やだ」
感情的に叫ぶ男とは対照的に、少女は無表情のまま一瞬にして間合いを詰めた。
「!!??」
時彦は思わず自分の目を疑った。
目の前にいる少女は無表情のまま、なんの躊躇いもなく男の胸めがけて日本刀を突き刺したのだ。
「…クソガキが…」
力なく呟きながら黒い靄と化して消えていく男を、少女は黙って見送った。
まるで映画かドラマのワンシーンのような光景をただ眺めているしかできない時彦の視界に、その瞬間、何かが横切ったような感じがした。
慌てて「何か」に焦点を合わせるように辺りを見渡すと、先ほどとはまた別の男が少女に向かって黒い靄を放つ瞬間を目撃してしまった。
「危ない!!!」
思わず叫びながら駈け出した時彦は、驚いて振り返る少女の細い手首を強引に掴んで力任せに引き寄せた。
自分の胸に抱きこむようにして少女を抱いて、靄に背中を向ける。
ギュッと目を閉じると、視界は一瞬にして闇に覆われた。
『求めよ。』
時彦の脳裏に低い声が響いた。
どこかで聞いたことがわるような、初めて聞いたような、不思議な感覚が時彦を襲う。
『我を求めよ。今こそ、我が名を唱えるのだ』
『我を呼べ!時彦!』
「焔!!」
強制的な低い声につられるように、時彦は頭に浮かんだ単語を叫んだ。
その瞬間、目の前まで迫っていた黒い靄は時彦のすぐ目の前で左右に割かれて通り過ぎていく。
時彦の目の前に突如現れた真っ白な獣が障害物となり、靄の軌道を変えたのだ。
「…」
靄を放った男は、時彦の存在にこの時初めて気づいたように驚いた様子で見つめてから、舌打ちをして消えていった。
訳も分らないまま茫然と見送ってしまった時彦の視界が急に歪みだした。
視界のはしから徐々に白い何かで覆われていくような錯覚に陥った。それが眩暈だと認識するより先に、時彦は意識を失ってしまった。
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