20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:中州に咲く彼岸花 (仮) 作者:サボテン

第8回   ポケットティッシュ-5
背中越しに声を受け取った康介の足取りが止まる。
距離にして5メートルほど離れた無言のやりとりは、彼の肩が小刻みに震えることによって終了した。
「わはは。あんな金髪野郎ならちょろいと思ったんだが、やっぱりあんたは無理だったか」
そういって、スーツのポケットに、やおら手を突っ込んでからまさぐり抜いたのは、しわくちゃになったポケットティッシュだった。
「よっぽどこれが大事なんだな」
振り返った後、そういって眉を動かした彼の問いかけに、一利からの返答はない。
しかし、それは康介には当然想定内のことだった。


「単刀直入に言う。俺はこいつが持っている秘密が何かを知りたい」
一利のような人間に、言葉をいくら並べてみても釈迦に説法と判断した上の行動だった。
彼の言葉はいつも短く、単純な上、2手ぐらい先の意味を持っている。
その風貌や立ち振る舞いを数日間観察した上で、この何日かの自分の行動すら、見透かされているかもという懸念も含んでいた。
帰宅ラッシュが近づく駅内では、徐々に人波の大きさが増してきていた。
先ほどとは打って変わって、誰も彼らのやり取りに気を留めている者は居ない。
だが、康介は相変わらずのぼせたように、軽く意識が覚束ない感覚を覚えていた。


一利からの返答は、長ったらしい会議にありがちな趣旨説明と比べると、あっさりと告げられた。
「来い」
言い終るが早いか、そのタイトなジーンズに包まれた足が、真っ直ぐと北口を目指していた。
「お、おい。どこにいくんだ?」
肩口をすり抜けられ、面食らってまた振り返った康介は、次の彼の言葉に肌があわ立つ感覚を覚えた。
「2人。早くしまえ」
高揚していた意識を無理やり引きずり降ろして、彼は視線を泳がすことなく周囲に気を配る。
並んだポスターの中で、割引切符のチラシを覗き込んでいる、大学生らしき女。
改札口の向こうで、待ち人でもいるのだろうか、スマートフォンを熱心に動かしているスーツ姿の青年。
完全にこの風景に溶け込んでいるが、その目的は紛れもなく彼らのやり取りに注視することだった。
「まじかよ、おい」
先に階段を降り始めていた一利の背中を追うように、彼も小走りで駆け出した。


「あんたのお目付け役って、あの金髪野郎だけじゃないのか?」
やはり流れるように歩みを進める彼に歩調を合わせながら、康介は問いかけて舌打ちする。
「いや、いい。それは今あんたがしてくれようとしている趣旨とは、別の問題だった」
簡単に訂正を済ませてから、黙ってその足取りに従う。
その間も一利は、康介が独り言でも呟いたかのように、反応を示すことはなかった。


きな臭い案件だとは承知の上だった。
ポケットティッシュの中身だって、知らない方がいいと言われている類のものと、とっくに理解している。
だが、それでいてもこのただならぬ空気に、彼の背筋は湿ったものを感じざるを得ない。
常時3人にポケットティッシュの行方を監視させるなんて、常識で考えればあり得なさ過ぎる。
握り締めた、かさかさとしたポケットティッシュの中に、指先が感じる丸みを帯びた感触。
一利と呼ばれた男がこれから明かすその中身に、彼も昂ぶりを覚えずにはいられなかった。


駅から一直線に続く坂道を登り、左右に並んだ高層ホテルとオフィス街を抜けたところで、彼の足取りの目安がついた。
コンクリートの単調な景色を中和するように、新緑が立ち並ぶ公園を、ブルーシートのヴェールが覆う。
安らぎを求めて作られた計画地が、今や異質な空間の代表と化してしまった場所。
この界隈で働く人間にとって、最も敬遠する緑地公園が、一利の目的地のようだった。




← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1675