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作品名:中州に咲く彼岸花 (仮) 作者:サボテン

第5回   ポケットティッシュ-2

あちらこちらに伸びたビルに阻まれ、夕日がその存在を赤光でしか伝えられない時間帯。
放射上に広がった駅前広場は、そのタイル地を人波によって埋め尽くされてゆく。
帰路につく者、出勤する者、1日の疲れを癒すため盛り場に向かう者。
同じ方向に向かうにしろ、決して交わらない足並みが白い肌を侵食する。
そんな中に、一人。
次々に押し寄せる雑踏を、するりするりとやり過ごしながら、ティッシュを差し出す男が1人。
擦れ違う誰にも、その存在を意識させないまま。
その唇に、なにやらメロディを携えて。


しかしただ1人その様子を、駅から降りる長いスロープの中ほどにある踊り場から、眺める男が居た。
構内にあるカフェで買った、キャラメルフラペチーノのストローを咥えて、眼下で踊るその姿を静観している。
その顔には、彼が悩んでいるサインである、眉間にシワがしっかりと寄っていた。


ここ数日、彼は毎日この場所で張り込みを行っていた。
もちろん、誰に頼まれたわけでもなく、仕事とも無関係だ。おかげで何度か商談の機会を逃しそうになっている。
おまけにいつも購入したこの甘ったるい飲み物のせいで、心なしかまた腹が厚みを増した気がする。
それでも彼は、ここを離れることはなかった。
ただ、覚悟の上で得た事実は、残念ながら彼の眉をひそめる程度の力しかない。


男が姿を見せるのは、完全に不定期だった。
昼過ぎにふらりとやってきて、ダンボール1箱分のティッシュを配り終えて消える時もあれば、夜の帳が降りてから酔っ払の相手をすることもあった。
その日によってタイトなシルエットの服装は変わったが、目深に被ったキャスケットがその表情をいつも隠している。
ただ、その顔かたちが分かったからといって、ポケットティッシュの中身に迫れることは恐らくないと、彼も理解していた。
本命は、彼にその行為をさせている大元だった。
しかし、数度監視する機会に恵まれたものの、男は作業を終えると、誰とも接触することなく雑踏へと紛れてしまう。
その華奢な肩先を追う選択肢も頭をよぎった。しかし、彼は勘の良さは自分だけの特技ではないときちんと把握している。
そうして結論から言えば、彼はここでフラペチーノをすすっている以外できなかったのだ。


といえども、彼はページがなかなかめくられない時のもやもやはあるにせよ、焦りの感情は持ち合わせていない。
ノセて相手を納得させても、逆に後々遺恨を残す結果になるのは仕事も一緒だった。
情報を集めて、正しく自分も相手も理解する、浪花節は二の次。待つのは日常茶飯事。
彼が見つめる眼下、完全に夕日が地平線に沈んでから、いっそう輝きを増した街灯が白磁のタイルのステージを照らす。
ごちゃごちゃと雑然としたグループが入り混じるその場所は、明らかに定員オーバーだ。
ひしめく肩と肩の距離はとてもじゃないが、ステップを踏めるものではない。
だけども、彼は目の当たりにしていた。
男が刻む滑らかなリズムと、よどみなく動く四肢が生み出す、顔も知らない者との共演を。


なぜなのだろう、疑問符が彼の頭に浮かぶ。
物を売る仕事を選択した自分が、ずっとひっかかっている事があった。
男の風貌を想像すると、認めたくないが自分は駄馬の1つに数えられるはず。
繊細な肢体が作るイメージとあいまって、浮ついた心持ちで振り返る人間が居たっていいのに。
一瞬の交わりが終えれば、誰も男の姿など見ようともしない。
自分の電流計は、これ程までに強く針を振るというのに------。


喉に引っかかる飲み物を運ぶストローが、ずずずと音を立てると、男の演目も終了しそうだった。
彼は何となく悪態よりも、チップでも払いたい気分になって手に持っていたカップを掲げる。
明日はさすがに顧客に顔を出さないと、席がなくなる都市伝説が現実になりそうだ。
そう考えてもたれていた欄干から体を起こした時だった。
「一利ぃ!そいつ捕まえろ!」


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