あちらこちらに伸びたビルに阻まれ、夕日がその存在を赤光でしか伝えられない時間帯。 放射上に広がった駅前広場は、そのタイル地を人波によって埋め尽くされてゆく。 帰路につく者、出勤する者、1日の疲れを癒すため盛り場に向かう者。 同じ方向に向かうにしろ、決して交わらない足並みが白い肌を侵食する。 そんな中に、一人。 次々に押し寄せる雑踏を、するりするりとやり過ごしながら、ティッシュを差し出す男が1人。 擦れ違う誰にも、その存在を意識させないまま。 その唇に、なにやらメロディを携えて。
しかしただ1人その様子を、駅から降りる長いスロープの中ほどにある踊り場から、眺める男が居た。 構内にあるカフェで買った、キャラメルフラペチーノのストローを咥えて、眼下で踊るその姿を静観している。 その顔には、彼が悩んでいるサインである、眉間にシワがしっかりと寄っていた。
ここ数日、彼は毎日この場所で張り込みを行っていた。 もちろん、誰に頼まれたわけでもなく、仕事とも無関係だ。おかげで何度か商談の機会を逃しそうになっている。 おまけにいつも購入したこの甘ったるい飲み物のせいで、心なしかまた腹が厚みを増した気がする。 それでも彼は、ここを離れることはなかった。 ただ、覚悟の上で得た事実は、残念ながら彼の眉をひそめる程度の力しかない。
男が姿を見せるのは、完全に不定期だった。 昼過ぎにふらりとやってきて、ダンボール1箱分のティッシュを配り終えて消える時もあれば、夜の帳が降りてから酔っ払の相手をすることもあった。 その日によってタイトなシルエットの服装は変わったが、目深に被ったキャスケットがその表情をいつも隠している。 ただ、その顔かたちが分かったからといって、ポケットティッシュの中身に迫れることは恐らくないと、彼も理解していた。 本命は、彼にその行為をさせている大元だった。 しかし、数度監視する機会に恵まれたものの、男は作業を終えると、誰とも接触することなく雑踏へと紛れてしまう。 その華奢な肩先を追う選択肢も頭をよぎった。しかし、彼は勘の良さは自分だけの特技ではないときちんと把握している。 そうして結論から言えば、彼はここでフラペチーノをすすっている以外できなかったのだ。
といえども、彼はページがなかなかめくられない時のもやもやはあるにせよ、焦りの感情は持ち合わせていない。 ノセて相手を納得させても、逆に後々遺恨を残す結果になるのは仕事も一緒だった。 情報を集めて、正しく自分も相手も理解する、浪花節は二の次。待つのは日常茶飯事。 彼が見つめる眼下、完全に夕日が地平線に沈んでから、いっそう輝きを増した街灯が白磁のタイルのステージを照らす。 ごちゃごちゃと雑然としたグループが入り混じるその場所は、明らかに定員オーバーだ。 ひしめく肩と肩の距離はとてもじゃないが、ステップを踏めるものではない。 だけども、彼は目の当たりにしていた。 男が刻む滑らかなリズムと、よどみなく動く四肢が生み出す、顔も知らない者との共演を。
なぜなのだろう、疑問符が彼の頭に浮かぶ。 物を売る仕事を選択した自分が、ずっとひっかかっている事があった。 男の風貌を想像すると、認めたくないが自分は駄馬の1つに数えられるはず。 繊細な肢体が作るイメージとあいまって、浮ついた心持ちで振り返る人間が居たっていいのに。 一瞬の交わりが終えれば、誰も男の姿など見ようともしない。 自分の電流計は、これ程までに強く針を振るというのに------。
喉に引っかかる飲み物を運ぶストローが、ずずずと音を立てると、男の演目も終了しそうだった。 彼は何となく悪態よりも、チップでも払いたい気分になって手に持っていたカップを掲げる。 明日はさすがに顧客に顔を出さないと、席がなくなる都市伝説が現実になりそうだ。 そう考えてもたれていた欄干から体を起こした時だった。 「一利ぃ!そいつ捕まえろ!」
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