「夜、食べるとね、太っちゃうよ。」 小さな、小さな背中から薄いトンボのような羽根の突き出た、小さな小さな顔の頬をふくらませた少女らしい物体は、腕組みしながら言葉を発した。 A4コピー紙の上にいる羽根付き少女様物体は、その後も俺の生活態度の悪さと、成人病の怖さをとても小さな赤い縁ビルをぱくぱくと動かして、腕組みの姿勢は変えずに喋り続けた。 こちらは頭の整理をするのが精一杯の努力である。深夜とはいえ、まだ妖怪あやかしが出てくる時間帯には早く、いつも服用している睡眠導入剤もまだ服用していない。最近、ちょっと健忘症気味かなとは感じるが、今年で40代という年齢を考えれば致し方ない問題だろう。健忘症傾向は、誰にもある事だと、かかりつけの医者はいっていたし。酒も飲んでいないし、仕事に煮詰まっているが、それほど追い込まれて精神を病んでしまうほど追い込まれてもいない。食生活は悪かったが、中毒や薬物汚染の恐れがある物などは、口にした覚えがない。もっぱら、食生活の基本は近所のスーパーの惣菜弁当とカップ麺である。ビタミン不足もサプリメントで補給しているはずだから、ミネラル欠乏や栄養失調も考えにくい。
ではいったい、このA4コピー紙の真ん中でゆったりと胡座をかき始めた、トンボ羽根の多感説フィギア並に動きのある昇清物はなんなのだ。 まるで妖精のようてはないか。思いたくはないが、俺は今、妖精を観ているのだろうか。 ちょっと震えている手で、マグカップを持って、本当に子供が熱い飲み物をすするようにコーヒーのカフェインを喉の奥に送り込もうとしている俺に、羽根付き少女は小さな声をかけてきた。
「夢だと思っているんでしょ。それが一番納得出来るのならば、それでもいいわよ。」
俺はその言葉に甘える事にした。いや、甘える事が唯一残された道ではないかと思ったのだ。 A4コピー紙をのせたサイドテーブルから距離を取るように動き、パソコン前に座って電源を落とす手順をすすめた。やりかけの仕事もあったが、いささら続きを初めても、きっとろくでもない物ができあがって余計に何日もの労働時間が増えるだけなのは経験からわかっている。パソコンの電源を落とした俺は、サイドテーブルから少し離れた所にマグカップとタバコと灰皿を持って移動した。 このまま寝てしまえればよいのだが、A4コピー紙が載せられたサイドテーブルをドア側に押し込まなければ、寝床は出来ない切経になっているのだ。サイドテーブルを使用した事を、とてつもない重大犯罪を犯した個悪人のように後悔していた。
「もう、寝なさいよ。この後、やることはないんでしょ。寝るのが一番なのよ。精神安定のためにも、身体のためにも。さぁー。」 A4羽根付き少女は、まるで心療内科の医師のごとく、あえて感情を抑えたトーンの言葉で命令口調である。どんな顔をしているのか、しっかり見てやりたい気分になるが、表情がわかるほど近接するのも怖いので、今は羽根付きA4少女の小さな声を聞き逃さぬように、ただそれだけを気にしながらタバコに火をつけようとしている。
「あのね、タバコって何なのよ何のために火をつけて、煙を吸い込んでいるの。けんこうにわるいだけじゃないのよ。」 どうやらトンボ羽根A5少女はタバコが気に入らない方面らしい。 今まで言われっぱなしだった俺は、ちょっとだけ反論してやろうと、心の奥底に沈み込んだ勇気を我慢とプライドというフロートで浮上させて反論した。 「た、煙草を一服するとさぁ、ちょっとだけ、ちょっとだけなんだけど、落ち着くんだよ。落ち着くために必要な物なのだよ、煙草。」
後ろ向きだったトンボ羽根の少女は、くるりと滑るように、胡座をかいたまま完全にこちら側を向いた。 刺さるような反撃の言葉が来るかと、少し怖じけて目を瞑ってしまったが、何の言葉も聞こえてこない。恐る恐るゆっくりと目を開ける。
トンボ羽根のA4コピー紙に座っていた少女は、いつのまにか俺の横で、自分の身長ほどもあるセブンスターの箱と格闘していた。 近くに来たので、じっくりと観察できたが、生えていると思っていたトンボ羽根は飾り物らしい。そして、おもったよりもプロポーションがよい。さらに、顔立ちはしっかりとしており、これが通常サイズの人間ならば、昨今テレビでもてはやされるアイドルグループの真ん中に経つくらいの整ったかわいらしさを持つ生物だとわかった。あくまでも、ヒューマノイド型の生物である事には変わりないだろうが…。
「ほらっ!ここよっ!ここにかいてあるでしょ!喫煙はあなたにとって脳卒中の危険性を増しますって!」 俺はまだ、小さな少女の顔立ちを眺めていた。小さな少女の発する小さな近々声は殆ど耳に入らなかった。 「ねぇっ!ちょっとっ!きいてるの!悪いんだよ、煙草は身体にさぁ!」 俺はここで我に返った。どうやら煙草の事で説教されているらしい。左手の指先に挟んだ煙草が、熱を指に伝え始めていたので、灰皿でもみ消して、 「ああ、わかっているよ。なるべく気をつけるけど、さぁ。」
小さな少女は満足げな雰囲気を前進からだし、もとのサイドテーブルA5コピー紙の真ん中に戻っていった。
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