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作品名:罪と罰 作者:アゲハ

第9回   9
 部屋に運び込まれたルカはすぐに寝台へと寝かされた。毒が体中に回っているのか全身は酷い痙攣を起こして苦痛で顔を歪ませていた。
 男が背中の傷の手当をしている間、管理人はたくさんのタオルと湯を用意して飛んできた。

「どうするつもりなの? 大人ならまだしもまだ10歳にも満たない子供よ――――いくら不死でも体力が持つかしら? 心臓が止ま れば助からないわ」
  
 男は管理人の言葉には耳を貸さず汗でぐっしょりと濡れているルカの体を無言で拭き取っていた。そして着替えを済ませるとようやく顔を上げて口を開いた。

「方法はある――――瀕死になるまで毒と一緒にルカの血を吸い取ればいい」
「はあ!? 吸い取るって……あなた気は確かなの! そんな事をしたら今度はあなたが毒に犯されるのよ」
「言われなくても分かっている――――これ以上苦しむ姿は見たくない。方法があるんだ、代わってやれるだけまだ救いだ」
  
 二人が話し合っている中、いつの間にか隣室で寝ていたルナが目を覚まして兄がいるベッド脇に立っていた。初めて見る変わり果てた姿に思わず泣き叫んだ。

「ルカッ……目を開けて! ごめんね……ごめんね、ルカ――ルナのせいで……ルナを庇ったから……ルナが言う事を聞かなかった から……マスター、ルカ死んじゃうの?」
「ルナ――大丈夫だ、ルカは死んだりしない。私が必ず助けて見せる」
  
 兄の傍で泣きじゃくるルナを男は優しく抱きかかえてしばらくなだめていた。

「これからルカの手当てを始めるからお前はもう少し隣の部屋で休んでいなさい。心配するな――すぐにルカは良くなる」
 マスターの言葉に深く頷いたルナは「ルカをお願い……」と呟くと管理人に手を引かれて部屋を出て行った。
 部屋は急に静まり返った。一人残った男は寝ているルカをそっと抱き起こすと鋭利な牙を細い首筋に突き立てた。

  
 数時間後、ふらつきながら部屋から出てきた男に居間で待っていた管理人が慌てて様子を伺った。

「どう? うまくいったの?」
「ああ――容態も落ち着いたから数日安静にしていればもう大丈夫だ」
  
 男は激しい吐き気に襲われ思わず口元を片手で押さえた。苦しそうに荒い呼吸を弾ませながら壁に寄り掛かる。その状態を目にした管理人は半ば呆れるように溜息をこぼすのだった。

「女の子の方なら興奮気味だったから薬で眠らしといたわ。当分起きないと思うけど」
「そうか……助かる……」
  
 管理人に礼を述べると男は体内を回っている猛毒に耐えながら近くにあった長椅子へと腰を落とした。

「大丈夫なの? 人狼の毒に解毒剤はないわよ。毒素が抜けない限り当分はその状態――立派というか無謀というか……あなた本当 に以前は人だったの? その並外れた能力もそうだけどたった一人であの獣を倒すし――強固な肉体と体力、それに治癒能力を持つあの人狼をね……」
  
 いつの間にか管理人の目は驚嘆の眼差しへと変わっていた。しかし男は彼女の話には一切触れず急に険しい表情を管理人に向け た。

「獣といえば……あの時奇妙な事を言っていた……我々不死の護衛をしてやっていると――あんたも人狼がいるのを承知していた  な? どういう事だ――なぜケダモノにそんな真似をさせている?」
  
 鋭いその問い掛けに管理人は眉間にしわを寄せて不満そうに口を尖らせた。

「ああ……その事? そんなの純血種である貴族達の命令よ。何でもここ最近、同族の住処が襲われる事件が頻発していてつい先日 もここから遠くない町の酒場がやられたのよ。しかも相手は正体不明――だから貴族達は厳戒態勢を強いて人狼を使って警護を強化してるのよ。私だって好き好んで獣と一緒にいる訳じゃないわ」
「正体不明……? ハンターの仕業じゃないのか?」
「さぁ……私はよく知らないわ――それよりあなた……さっきより顔色が悪いわよ――」
「ああ……さすがに疲れた――腑に落ちない事だらけだが少し休ませてもらう」
  
 男はそう言うと足元をフラつかせながら立ち上がり、長い前髪をかき上げた。その時管理人は男の手の甲に刻まれている印に目が止まった。

「……それって何?」
  
 管理人の口から思わず言葉がこぼれた。男の目は微かに揺れ動いたがすぐに無表情になりあっさりと答えた。

「…………大昔の名残だ」

 


 暗い闇のトンネルが彼方まで続く中、男は必死に走り続けていた。走っても闇のトンネルの出口は見えず、走れば走るほど両足は鉛のように重くなっていく。それでも男には走らなければならない理由があった。

(早く行かなければ! 手遅れになる前に――――今度こそ間に合ってくれ!)
  
 暗闇の先に突如として光が現れた。眩しさに男は目を細めたが躊躇うことなくその光に向かって一気に飛び込んだ。
 闇から抜け出したその先には蔦に覆われた白い塔が空高くそびえ立っていた。男は無我夢中でその塔へ走り出す。

(間に合わせてみせる――今度こそ絶対に!)
  
 その時、男の足元がぐらつき地面が激しく波打つと地割れを起こして崩れ落ちた。あと一歩の所で男の眼下にはポッカリと口を開けた断崖絶壁が行く手を阻んでしまった。
 男は絶望した――――そして苦痛の表情を浮かべ恐怖に震えながら塔に視線を向ける。やがて男の青い瞳に白いドレスを身につけた女性の姿が飛び込んできた。次の瞬間、女性は栗色の長い髪をなびかせながら塔から真っ逆さまに落下する。
 男は声にならない悲鳴を上げながら彼女を受け止めようと両手を必死に差し出した。

(届け! ――――届いてくれ! 今度こそ救いたいんだ――――)
  
 必死の形相で叫ぶ男の願いも虚しく目の前で女性の体は地面へと叩きつけられた。女性の着ていた白いドレスは無数の羽に変化し辺り一面に舞い上がってそのまま消え去った。
 半狂乱になった男は喉が潰れる程の大きな叫び声を発し、それはいつまでも響き渡っていた。

 突然、耳に飛び込んできた自分の悲鳴に男は慌てて目を覚ます。あれから一人部屋に戻った男はいつの間にか眠ってしまったらしく、頬に流れている涙を拭いながら顔をしかめて笑った。

「…………夢の中でさえ私は彼女を助けられないのか……」
  
 男はベッド脇に腰を落としてしばらく黙り込んでいた。片手は胸元にあるペンダントに触れると力強くそれを握りしめる。
 虚ろな瞳で遠くを見つめているといつの間にか部屋の窓が開けられカーテンが風で揺らいでいるのに気が付く。男は我に返り、部屋の隅を睨んで思わず声を荒げた。

「そこにいるのは誰だ!?」
 ソファーが置かれている場所に確かに何者かの姿があった。男は警戒しながらゆっくりとその人影に近づく。ちょうどその時、雲に隠れていた月が顔を出し、月明かりがその者の姿を浮かび上がらせた。
 男は目を見張った。そこにいたのはまだ幼い顔をした少年の姿だった。

「子供……? こんな所で何をしている?」
  
 闇に溶けてしまいそうな真っ黒な髪に透き通る程の白い肌をしたその妖艶な少年は満面の笑みを浮かべて微笑んだ。

「どんな悪夢を見てたの? よかったら教えてよ」
  
 男は思わず殺気立って鋭い目つきで睨みつけた。

「お前には関係ない――――それよりもお前は何者だ? 私に何の用だ?」
「そんな怖い顔しないでよ。別に僕は君に危害を加えに来たわけじゃないさ。一度君に会って話をしたくてね――――ねぇ、マウリ ス――」
  
 男は衝撃を受けて目を大きく見開いた。少年はその反応を嬉しそうに見ながら不敵な笑みを浮かべる。

「お前……どうして私の名を知っている!?」
「そんなに驚く事かな――僕はただ君の事を知っている……ただそれだけの事だよ。マウリス・レイ・ドラグーン……かつて白の騎 士団長で始祖の血を受けて不死になった男――そうでしょ?」
  
 少年がそう言い終えるや否や男は少年の首元を掴んで壁に叩きつけた。

「それ以上私を侮辱するなら子供でも容赦しない……何が目的だ?」
 
 男の瞳が燃えるように真っ赤に光り、じわじわと少年の首元を締め上げていく。しかし少年は臆する事もなく平然としていた。

「君らしくないね――こんな事で取り乱すなんて――言ったはずだよ……危害を加えに来たわけじゃないと――――いい加減にその 手を放してくれないかな?」
  
 すると少年の顔から笑みが消えて黒い瞳が紫色に光った途端、男の体はいきなり見えない力で吹き飛ばされた。

「あまり僕を煩わせないで欲しい。力を手加減するのは得意じゃないんだ。こうでもしないと君は話を聞いてくれそうにないしね」
  
 男は床から起き上がるとその場で座り込んだまま放心状態になっていた。さっき少年の瞳の色が変化した一瞬、紫色の瞳の奥に垣間見た深淵の闇によって体は凍りついたまま全く動けなかった。

「それにマウリス……君はまだ毒に犯されているだろ? とにかく大人しくしている事だ」
「くっ…………」
  
 冷や汗が背中を流れるのを感じながら男は顔を悔しそうにしかめて少年を睨み返した。そんな彼に少年は最初に見せた満面の笑みで返す。

「ねぇマウリス……全ては偶然ではなく必然だったとしたら?」
「――――? 何だそれは……何を言っている?」
「これまで君が歩んできた運命が誰かの用意したシナリオだとしたら……君はどうする?」
「馬鹿な!? そんなデタラメ誰が信じるか! 運命を操るだと――――全ては自分自身で選択したから今の私がいる――自分の運 命は自分で決める! 他人がどうこう出来る代物ではない!」
「そりゃそうだね……いきなり信じろと言うのが無理だね――それならこれから僕が教える場所へ行ってみるといい――そこで想像 も出来ない事が待っているかもしれないよ」
「戯言を……何を言っても無駄だ」
「そうかな……その場所がグラディス皇帝の玉座だと言ったら? 君はそれでも無視できるかい?」
「……グラディス皇帝!?」
  
 その名を聞いた男の顔から血の気が引いて青ざめていく。少年は黒い瞳を怪しく光らせながら話を続けた。

「そう――かつて君が白の騎士団として揺るがぬ忠誠を誓い仕えた人物――その皇帝が君臨していた玉座だよ」
「お前は一体何者なんだ? その姿は仮の姿だろ……正体を現せ! 私に何をさせる気だ――――」   
  
 少年は意味深な顔を見せるとクスクスと笑い出した。そして薄暗い壁にそっと手を当てる。

「僕は何も企んではいないよ。ただの親切心で君に話しただけさ――――正体は明かさないけど【L】とだけ名乗っておくよ――僕 の真の名の一文字さ……光栄に思って欲しいね」
「エル……だと?」
「長居をしたみたいだ……君との話は楽しかったよ――――それじゃマウリス、僕は引き上げるよ。またどこかで会うかも知れない ね」
  
 少年はそう言い残すと体が壁の中へ溶け込み暗闇と共に消え去ってしまった。

「待て! まだ聞きたい事がある!?」
  
 男は慌てて重い体を起こして少年を掴もうとしたが既にその姿を捕らえる事は出来なかった。

「あの子供……とてつもなく禍々しい気を放っていた――不死よりも更に深い闇の住人……? そんな者がなぜ私に…………」
  
 ふと頭の奥にずっと仕舞い込んでいた忌まわしい記憶が堰を切ったように溢れ出した。

「グラディス皇帝の玉座だと……そこに一体何があると言うのだ――――二度とあそこへは戻らぬと誓った……なのに今になって再 びあの地を訪れろというのか―――!?」
  
 男はただ苦痛に顔を歪めながら、つい先程少年が消えた壁に爪を深く突き立て悶えた。


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