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作品名:罪と罰 作者:アゲハ

第8回   8
 真夜中の真っ暗な道を一台の馬車がランプの灯りだけを頼りに勢いよく走り続けていた。
 奇妙な事にその馬車には馬を操る御者は乗っていなかった。しかし、つながれている二頭の馬は統制されているのか混乱もせずにひたすら主人の命令通りに目的地を目指しているのであった。
 馬車の中には赤いロン毛に緩いカールの髪型、ショートブラウンの髭を生やした三十代の男と向かい側にはまだ幼い双子の兄妹が乗っていた。
 時折、悪路にさしかかると馬車は上下に激しく揺れ動く。
 ふと目を覚ました男はおもむろに首に掛けてあるロケットを取り出すとそっと中を開けて見つめていた。
 セピア色の古ぼけた女性の肖像画が収められているそれを男は無言でしばらく眺めていた。

「マスター……何してるの?」
  
 双子の一人である少女がふと眠い目を擦りながら起き上がる。
 男はふいにそう問われるとそっとロケットを上着の下へと仕舞い込んだ。そして目を細めて笑みをこぼす。

「ルナ――起きたのか? まだ町まで時間はある……ゆっくり寝てなさい」
「じゃあ、マスターの隣で寝てもいい?」
  
 ルナと呼ばれた少女がそう口にした途端、隣にいた少年が顔をしかめてそれをたしなめた。

「こらルナ! 調子に乗るな。マスターだって疲れているんだ。少しは弁えろ」
「何よ! いいじゃん――ルナはマスターと一緒にいたいの。ルカうるさい!」
「お前だってうるさい! いつまでもマスターに甘えるな。自分の立場を慎め」
  
 二人が取っ組み合いの喧嘩になろうとした為、見兼ねた男が苦笑いをしながら仲裁に入った。

「二人共やめなさい。別に私は疲れてないからこっちに来て寝ても構わないよ、ルナ。それにルカも私に対してそう構え過ぎなくて いい。むしろお前はもっと甘えるべきだ」
  
 マスターと呼ばれる男の腕にしがみつき少女は勝ち誇りながらベーッと舌を出した。それを見た少年はムッとする。

「ほら! マスターがそんなだからルナがつけあがるんですよ! 主従関係はちゃんとしなくちゃ駄目です! マスターも自覚を持 って下さい」
「…………主従関係ね――お前も頑固だな」
 
 男はそう言って吹き出した。主人のその態度に少年の顔はますます膨れ上がった。

 長旅の中、ようやく目的地の町に到着した頃には辺りは既に真夜中を過ぎていた。  
 一行を乗せた馬車は更に町の奥へと進ん で行き、古びた洋館の前でピタリと止まった。

「さあ、着いたぞ。しばらくはここに滞在する」
  
 男がそう言って馬車から降りると双子も嬉しそうに後に続いた。
 妹のルナは我先にお気に入りの人形を抱きながら洋館の入口へと走り出した。そして何かを探すように入口の周囲を覗き込んでいた。

「私は先に行って中の様子を見てくるからしばらくここで待っていなさい」
  
 男はそう言うと双子を残して洋館へと入って行った。主人がいなくなった後、ルカは馬車の荷台によじ登って大きな革の鞄に手を伸ばす。

「おいルナ! 自分の荷物ぐらい運べよ!」
 
 黙々と作業に取り掛かって荷物を降ろすルカが思わず声を掛けた。その兄の呼び掛けに妹は生返事で答えながら、柱に彫られている奇妙な印を見つけた。

「やっぱりあった! ねぇルカ――これって何の印かな?」
「お前人の話聞いてるのか? 荷物を運ぶのが先だろ」
  
 兄に注意されながらもルナは不思議そうにその印に釘付けになっていた。すると柱の影から突然人影が現れて少女の前へ立ち塞がった。

「へぇ……お嬢ちゃんは不死の縄張りの印を知らないのかい? 同族のくせに可笑しな話だ」
  
 その人影は背丈が2m以上ある体格もガッシリとした大男だった。切れ長で黄色く光る目をギラギラとさせながら口元を緩めて無知な少女を物色する。
 突然現れた岩のような大男に鋭く睨まれたルナは声を出すことも出来ずに恐怖に震え出した。
 妹の前に現れた大男の姿を目にしたルカはその正体に気付くと慌ててルナのもとへと駆け出した。

「やめろ!! ルナに近づくな!」
  
 大声を張り上げながらルナの前へと飛び出す。

「威勢がいいな、小僧――ん? よく見たらお前ら双子か? なるほど――兄妹愛か? いいねぇ、ますますそそられる」
  
 ルナはルカの背中に力一杯しがみつき、ぶるぶると震えながら涙声で囁いた。

「……ルカ――あれは何なの? 私達と同じ不死じゃないの?」
「違う! もっと性質の悪い奴だ――――あいつは……人狼だ!?」
  
 怯える二人を楽しそうに眺めながら、人狼と呼ばれた男は腰を落として二人の顔を覗き込み、ゆっくりと舌なめずりをした。

「知ってるかい? 子供の肉っていうのは物凄く柔らかくて美味なんだよ。お前達もとても美味そうだ――さて、どちらが先に食わ れたい?」
  
 その言葉を耳にした二人の兄妹は衝撃を受け呼吸すら止めてしまった。あまりの恐怖に逃げる気力も失ってしまった二人の前で大男は不適な笑みを浮かべた。

「決めたぞ。お前が先だ」
  
 そう答えたと同時にルナの体を捕らえようと鋭い爪が襲い掛かった。悲鳴を上げるルナにルカは妹を守ろうと咄嗟に覆い被さった。直後、鋭利な爪がルカの背中を引き裂く。

「ルカあぁぁぁ――――!!」
  
 辺り一面にルナの悲痛な叫び声が響くと共に大量の血が飛び散った。

「……ルナ……早く逃げ……ろ」
  
 か細い声で血まみれに倒れ込む兄の姿を目にしたルナは顔面蒼白したまま、もはや気を失ってしまった。

「泣けるねぇ――この状況で妹を庇うとは……そんなに先に食われたきゃお前から食べてやろう!」
  
 人狼は瀕死状態の小さな体のルカを軽々と掴み上げてしまった。そしてねっとりとした気色悪い目付きをしながら口を大きく開いた。

「安心しろ。すぐに妹と会わせてやる」

 バキッ!! バキッ!! 

 骨が砕かれる音がルカの耳元に飛び込んできた。意識が朦朧としながら自分の体が噛み砕かれているんだと思い込んでいた彼に突然優しく暖かい温もりが伝わってきた。

「……ルカ――よくルナを守ったな――偉いぞ」
「あっ……マ……マスター!?」
  
 目の前には主人である男が険しい表情で重傷を負っているルカを抱きかかえていた。ルカの瞳から一気に涙が溢れ出した。主人 はルカの頬を優しく撫でていた。

「すまない……酷い目に遭わせてしまった――」
「……そんな事よりもマスターあいつは……人狼は!?」
  
 すると男の背後で荒々しい呻き声が響き渡っていた。それを背中越しに聞きながら男は怒りを露にしてルカに答えた。

「あのケダモノなら両腕をへし折ってやった――だがそれだけでは私の気が収まらん……お前達に手を出した事を後悔させてやる」
「くそっ! 俺の両腕が――腕が折れ曲がってやがる!?」
  
 一瞬の出来事に何が起こったのか理解できず痛みに七転八倒していた人狼はやっと起き上がると双子の前に現れた男を睨みつけた。

「何てことしやがる! 俺達はお前らに頼まれて護衛をしてやっているんじゃねぇか! この扱いは何だ! むしろ感謝してもらい たいぜ」
「……我々の護衛だと? ――――しかも一端に感謝しろと抜かすか……ケダモノの分際で」
「そうだ。だからそこにいるガキの一匹ぐらいどうって事ねぇだろ? お前には二匹もいるじゃねぇか……一匹ぐらいよこしやが  れ!」
  
 その人狼の言葉に男は一気に怒りが込み上げて全身がわなわなと震えだした。

「――――たかがガキの一匹と言ったか? もう一度言って見ろ…………殺すぞ?」
「あぁ!? 何度でも言ってやるさ! たかがガキの一匹ぐらいで熱くなってんじゃねぇ!?」
  
 人狼がそう言い放った瞬間、男の両目は血走り赤い瞳が更に深紅に染められた。そして瞳孔が開かれると瞳の色は金色へと変わった。
 その直後、人狼の体全体が波を打ったように歪みだし、首の骨から足の骨に至るまで全ての骨格がバキバキと音を響かせて折れ始めた。人狼は悶えながら物凄い形相で叫び声を上げる。
 そして最後には頭が逆さまに捻じ曲げられると白目を剥き出した状態でそのまま息絶えてしまった。
 男は目を閉じてしばらくその場に立ち尽くしていた。両目は激しい痛みで襲われていた。
 そんな中、洋館から身なりの派手な女性がやって来て傍に転がっていた人狼の死体を見るなり茫然としながら口を開いた。

「遅かったか……ごめんなさい……そいつの存在を言い忘れていたわ」
「言い忘れていただと!?」
  
 男は青白い顔を向けながら洋館の管理人である女性の首元を掴んで大声を張り上げた。

「ちょっと……放してよ! だから謝っているでしょ? そっちだって子連れだとは一言も言ってなかったじゃない? お互い様よ」
  
 管理人はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向くのだった。管理人のその態度に益々怒りが込み上げたが今はそんな事で揉めている場合ではなかった。隣には深手を負ったルカが大量の汗を掻きながらうなされていた。

「聞きたいことが山ほどあるがこの子の手当ての方が先だ」
「その様子だとあいつの爪にやられたわね……人狼の爪は猛毒よ――まあ、噛まれなかっただけでも不幸中の幸いだけど……」
  
 そして双子を抱きかかえながら男は管理人と共に洋館へと急ぐのだった。


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