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作品名:罪と罰 作者:アゲハ

第6回   6
(お母さん……どうして泣いているの? 何でそんなに悲しい顔をしているの? 私いい子にするから、わがまま言わないから…… だからもう泣かないで……悲しまないで――お母さん!)
(何であんたなの? なぜあの人はお前を選んだの!? 悔しい……お前さえいなければ――お前なんか生まなければよかった!!)
(っ!? やめて! 苦しい……苦しいよ!! お母さんっ! お願いだから――)

「――――やめてぇ!!」
  
 エレナは悲鳴と共に飛び起きた。額からは大量の汗が流れ出ていた。荒い呼吸を弾ませながら流れ落ちる汗を拭った。

「またあの時の夢――――お母さん……」
  
 しばらくの間シーツに顔を押さえつけて黙り込んでいた。

「もう少しであいつを倒せたのに……またしてもしくじった――――」
  
 背中の痛みと軽い頭痛を感じながらエレナはベッドの上で大の字に倒れこんだ。窓の外に目を向けるとすっかりと日が暮れて星がチカチカと瞬いていた。
  
 エレナは遠くを見つめながらそっと首筋に手を当てた。

「…………まただ。馬鹿にしてる――いっその事殺してくれた方がどんなに楽だろう――――悔しいけど仕切り直しだ。とにかくこ こから逃げ出さなくちゃ」
  
 そう決心してエレナはベッドから飛び起きた。その際変な違和感を覚えて着ている洋服に目を向けた。視線の先には目が眩むほどの真っ赤なシルクのイブニングドレスが飛び込んできた。

「な……何この趣味の悪い服! やっぱり馬鹿にしてるわ!! 私は人形じゃない!」
  
 部屋を見渡し、とりあえず扉の所まで走り出した。ドアノブへ手を伸ばそうとした矢先、片足が後ろへとひっぱられて思わず前 へ倒れこんでしまった。エレナは上体を起こしながら足元を確認する。

「何これ…………」
  
 そこには頑丈な足枷がしっかりと右足にはめられ、鎖でこれまたしっかりと繋がれていた。

「嘘でしょ……?」
  
 エレナは力任せに鎖を引っ張り振り回したり最後はやけになって暴れてみた。しかし足枷は皮膚に食い込むだけで鎖諸共ビクともしなかった。
 エレナはしばらく考え込んだ後、髪にヘアピンをしてあった事に気付く。すぐさま頭から引き抜いて曲がっていたピンを真っ直ぐに伸ばすと、足枷の鍵穴へと差し込んだ。
 彼女がその作業に没頭している中、天井にある天窓から先程から身を潜めて機を伺っている人影があった。
 暗闇に紛れ、その人影の両目だけがギラギラと赤く光っていた。そして口元を緩めて不気味に笑みをこぼす。

「ちょうどいい具合に獲物がいるじゃないか――しかも女……今の俺には一刻も早く血が欲しい」
 
 荒い息をこぼしながらその人影はまだ気付かないエレナの目の前へと飛び降りた。
 突然の来訪者にエレナは声を失いその場で凍りついた。しかも目の前にいる人物の両目が赤く光っている事に気付き更に絶望した。

(う……嘘でしょ――寄りによってこんな時に!!)
  
 エレナにとって武器もなくどう考えても明らかに不利なのは一目瞭然だった。しかも相手の不死をよく見ると片腕を失くし重傷を負っているらしく血に飢えてますます凶暴性が増していた。
 エレナは後ずさりしながら壁に背をつけて叫んだ。

「や……やだっ! 来ないで! 来るなッ!!」
「――安心しろ……痛みは一瞬だ。苦しまずに死なせてやる」
  
 片腕の不死は冷徹な笑みを浮かべるとエレナに襲いかかった。エレナは悲鳴を上げて必死に抵抗したが力量の差は明確ですぐに顔を押さえつけられてしまった。エレナは尚も手足をバタつかせて暴れ出したので苛立った不死は舌打ちして彼女の頬を思い切り張り倒した。エレナは床に転がりその場にうずくまる。

「大人しくしろ――焦らされるのは好きじゃない……」
  
 力一杯叩かれたエレナは意識が朦朧としてすでにぐったりとしていた。不死はそんな彼女を抱き起こすと首にかかっていた髪を掻き上げて首筋をさらけ出した。白く艶やかなその首筋に鋭利な牙が突き刺さろうとした直後、片腕の不死は思わず動きを止めた。彼の背後から凄まじい殺気が突き刺さると共に後頭部には銀色に光る剣先が押し当てられていた。

「その女から離れろ――――」
  
 その声はとても冷たく鋭かった。
 エレナは肩越しからうっすらと目を開けてか細い声で呟いた。

「――――べ……ベリアス?」
  
 ベリアスの体は怒りで溢れていた。それを目の当たりにした片腕の不死はエレナから手を離して腕を上げた。

「俺には今すぐに血が必要なんだ。だからその女の血を飲ませてくれ」
 エレナは思わず青ざめて身を縮めた。その不死の返答にベリアスは更に語気を強めて押し当てている剣先に力を入れた。

「聞こえなかったのか? 離れろと言っているんだ」
 片腕の不死はグッと唇を噛み締めて物欲しげな顔をしながらエレナから数歩後ろへ下がった。その間もずっとベリアスは剣を突き刺していた。

「アザゼル……いつもの冷静なお前はどこに行った? それにその腕――ここへ何しに来たのかはその腕を見れば見当がつくが今は お前の顔は見たくない。俺が呼ぶまで別室で静かにしていろ。でないと貴様を殺してしまいそうだ――――」
  
 そう答えたベリアスはやっとアザゼルから剣を降ろした。片腕の不死、アザゼルはこれ以上ベリアスの機嫌を損ねるのは得策じゃないと判断して無言で頷いた。そしてエレナに視線を向け、尋常じゃないベリアスの怒りに手を出した相手がまずかったと改めて気づき、そのまま部屋を立ち去った。
 アザゼルが去った後、ベリアスは怯えて動けないでいるエレナに片膝をついて手を差し伸べた。

「酷い目に遭わせたな……悪かった」
 
 ベリアスは赤く腫れ上がっている彼女の頬を優しく触れようとした。エレナはその手を咄嗟に払いのけて今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。

「やめて! 一体どういうつもりなの! 貴方に助けられる筋合いなんてない! 私は敵なのよ! 何で助けるのよ!」
  
 エレナはまだ恐怖が収まらず心臓がバクバク高鳴り手の震えが止まらなかった。ベリアスはそんなエレナを見つめて強引に彼女の震えている手を両手で握り締めた。

「助けたつもりはない。だが死ねるならお前に殺されるのも悪くないかもな」
  
 ベリアスは笑みをこぼしてぽつりと呟いた。面食らったエレナは真っ赤な瞳に見つめられ思わず手を解く事を忘れてしまうくらいに茫然としてしまった。

「な……何なのそれっ!! 馬鹿にするのもいい加減にして!!」
「そうだ。お前が俺を殺す事なんて――むしろ倒そうとしている事自体無謀だ。お前は俺に生かされているに過ぎないのだから」
  
 そう言いながら彼女の足首にはめてある足枷に鍵を差し込むとおもむろに取り外した。エレナは訳が分からず目を丸くする。

「しばらくしたら解放してやろうと思っていたんだがお前が他の仲間に襲われているのを見て気が変わった――」
  
 それを聞いたエレナは更に混乱した。しかし嫌な予感を察知してすかさず逃げ出そうと身構えた。

「もう俺を捜して追いかける鬼ごっこは必要ない。これからは俺の傍にいれば安全だ。もちろんその方がお前にとっても都合がいい だろ? いつでも命を狙えるのだから。それに毎日退屈しなくておもしろそうだ」
  
 ベリアスのその提案にエレナは顔を青ざめて首を横に振った。

「そんな情けはいらない! 安全ですって!? 馬鹿にしないで。自分の身は自分で守るわ! 私は貴方の玩具じゃない」
  
 そう言い捨ててその場から逃げ出そうとしたが逸る気持ちに対して体が鉛のように重く動く事が出来なかった。エレナはますます焦りだす。

(何で――? 足に力が入らない!?)
  
 その様子を伺っていたベリアスはエレナが立ち上がれない理由を瞬時に理解すると大きな声で笑い出した。

「エレナ――お前どうやら腰を抜かしているらしい……」
  
 そう指摘されたエレナは思わず顔を真っ赤にして否定した。

「ち……違うわ! 足が痺れているだけよ!」
  
 喚き散らすエレナを尻目にベリアスは呆れながらそのまま彼女ごと抱きかかえた。ベリアスの肩に担がれたエレナは屈辱を受けますます自分に腹が立った。

「どちらにせよ、また他の奴に襲われたら面倒だ。アザゼルの件が済むまでお前を他の場所に移すぞ」
  
 ベリアスは暴れるエレナを軽くあしらいながら楽しそうに暗い廊下を歩き出した。


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