山間の深い森の奥に荒れ果てた古城が不気味に佇んでいた。そこへ立ち入った者は二度と戻ってこない事から地元の村々では魔物が棲む城と呼び誰一人近付こうとする者はいなかった。 そんなある日、深紅のフードを被った若い女がその古城へ向かおうとしていた。唯一村にある小さな宿を営む主人は慌ててその女性を引きとめた
「お嬢さん――あんたまさかあの城へ行くつもりか!? やめなさい! あそこには魔物が棲んでいるって噂だ。現にもう何十人も あそこへ行って帰ってきた者はいないんだから!!」 主人は顔を強張らせて説得した。しかし女性は怖気づく事もなく、むしろ落ち着き払った様子で笑って答えた。
「心配御無用。それが目的だから。こう見えても私れっきとしたハンターなのよ」 ハンターという言葉を耳にした主人は目を丸くして驚いた。
「え!? お、お嬢さんがハンターだって!?」 「うん。あ、そのお嬢さんてやめてくれる? 私の名前はエレナ・クワトラ……エレナって呼んでね」 満面の笑みで微笑んだが主人は未だに信じられないといった様子で茫然としていた。
「だとしてもやめた方がいい。これまでお嬢さんの他に大勢のハンターがあそこへ行って未だに戻って来てないんだ。並大抵のハンターじゃあそこにいる魔物には敵わないぞ。まして女のあんたが行った所で命を無駄にするだけだ」 「そうかもしれない。けど私は絶対に行かなきゃならないの――――」 彼女はそう言って思いつめた表情を見せた。しかしすぐに元の明るい笑顔を見せると「それじゃお世話になりました」と言い残して戸惑う主人を後にし足早に宿を出て行った。
「やっとアイツの居場所を見つけた――前回逃げられてから一年以上も探すのに時間が掛かってしまったけど……今度こそ必ず――絶対仕留めて見せる!」 朝日に照らされた森の中は鳥達のさえずりで響き渡り、さっきの主人の噂など嘘のように平穏そのものに感じられていた。だがそれは古城に近付くにつれて重い空気が漂い始めると一変して辺りの気配が変わっていった。 エレナが村から歩き始めて数時間が過ぎた頃、目の前に巨大な正門が現れた。門は固く閉ざされていて長い年月に晒されたせいか鉄の門は赤く錆び付きたくさんの蔦に覆われていた。 門を素通りし辺りを見渡しながら城壁の外周を歩き出す。最初に見えた塔の真下に立ち止まったエレナはおもむろに上着の下に用意してあった鉤爪の付いたロープを取り出して勢いよく空に向かって放り投げた。 鉤爪は見事に塔の中間の窓枠に引っかかった。すると軽快な身のこなしで壁をつたってよじ登り難なく城の中へ侵入した。 気配を消しながら慎重かつ足早に奥へと進む。城内は薄暗く酷くカビ臭かった。おまけに四方八方に蜘蛛の糸が張り巡らされていた。
「……この糸には触れない方が良さそうね――」 そう判断すると最善の注意を払いながら蜘蛛の糸を交わして最上階へと進んだ。逸る気をグッと堪え、広間の先にある扉を前にゆっくりと深呼吸をした。そしていざ中へと入っていった。 部屋には天蓋付きの大きなベッドがあるだけで閑散としていた。エレナはゆっくりとベッドに近づき覗き込む。そこには青白い顔をした人物が気持ち良さそうに眠っている姿があった。 エレナはその人物を確かめるとバルコニーに閉められていた厚いカーテンを勢いよく開け放った。 心地良い眠りに誘われていた人物の顔に突然眩しいほどの陽の光が容赦なく降り注いだ。そして目を覚ましたと同時に自分のこめかみに冷たい銃口が押し当てられている事に気付く。
「久しぶりね。居場所を見つけるのに苦労したわ」 エレナは足を組んでその人物の枕元に座ってにっこりと微笑んで見せた。相手がエレナだと分かった瞬間、その人物はとても嬉しそうに笑うのだった。
「参ったな……全く気付かなかったよ。また腕をあげたようだな――――?」 エレナは銃を構えていない手で深紅のフードを脱いだ。茶色の長い巻き髪にエメラルドグリーンの瞳が光っていた。 彼女は「ありがと」と首を傾げて一言伝えると躊躇する事なく引き金を引いた。
ズダァァァ――――――――ン!!
銃口が火を噴き銀の鉛玉が男のこめかみを貫いていった。同時に血も飛び散る。エレナは顔色を変えずに頭から大量の血を流して倒れこんだ男に再度銃を向けた。男はすぐに目を開くと頭を押さえながら平然として起き上がり傷口をなぞった。
「相変わらず手荒いな。何度も言うが不死だろうと痛みを感じる神経はあるんだぞ? もう少し優しく扱ってくれないか?」 男がそう言っている間には傷口は跡形もなく綺麗に消え去っていた。
「今のはほんの挨拶よ。おかげで目が覚めたでしょ? 眠ったまま殺してしまったら呆気ないじゃない? 貴方には苦しみながら死んでもらわないと私の気がおさまらない」 それを聞いた男は漆黒の長い髪を掻き上げてかこみの髭が生えている口元を緩ませた。そして赤く光る瞳でじっとエレナを見つめた。
「冷たい女は嫌いじゃない。前から散々言っているがそんな報われないハンター業なんてやめていい加減に俺の傍に来たらどうだ」 男を睨みつけたエレナはより一層銃を持つ手に力を入れる。
「うるさい!! 誰が不死なんかと!! 今日こそその心臓に撃ち込んで息の根を止めてやる!?」 エレナはそう叫ぶとすかさず二発目を撃ち込んだ。辺りに硝煙が漂う中、弾は男の胸には当たらず、弾道は天井へとそれていた。 男は引き金を引く直前に銃を握る彼女の手首を掴み上げていたのだった。勝ち誇った表情の男に対してエレナは動揺する事もなく、むしろそれを見越していた。銃は囮であり、相手の隙を作り懐へ入り込む為だった。 思い描いていた通り油断していた男の胸へと隠し持っていた短刀をすばやい動きで左手で抜き払い心臓目掛けて突き刺した。
「!?」 ふいを突かれた男は急に険しい顔になり掴んでいたエレナの手首を大きく振り上げるとそのままバルコニーがある窓へと放り投げた。 彼女の体は窓ガラスを突き破って外へ転がると石の壁に背中を強打した。エレナは口から血を吐き思わず呻き声を上げた。 男は胸に刺さっている短刀を引き抜いて傷口に触れてみた。
「……惜しかったな。わずかに心臓へは逸れていたようだ」 そうつぶやくとゆっくりとエレナのもとへ歩み寄った。
「お前のことを甘く見ていた。純血種の俺に傷を負わせた事だけは褒めてやる」 エレナは咳き込みながら壁に寄りかかりやっと上体を起こしていた。
「悪かったな、思わず力が入ってしまった。大丈夫か?」 差し出された目の前の手を振り払い、手放してしまった銀の銃を慌てて捜し出す。その様子に男は目的の物を引き金の場所に指を入れてクルクルと回して見せていた。
「これを捜しているのか? こんな危ない物若い女が持つべき物じゃないぞ?」 そう言うと銀の銃をバルコニーの外へ投げ捨ててしまった。望みを絶たれたエレナは悔し涙を見せながら憎しみを込めて男の名を叫んだ。
「ベリアスッ――――!?」 エレナは諦めきれず、近くに転がっていた窓枠の先の尖った木片を拾って身構えた。
「往生際の悪い子だ。そんな物でまだやるつもりか?」 「う……うるさい。刺し違えてでも私は諦めるつもりはない!」 男は半ば呆れながら溜息をこぼした。そして一瞬にしてエレナの背後に回りこむと後ろから羽交い絞めにした。 エレナは必死にもがいて暴れたが男の腕が首に巻きつき、ゆっくりと締め付け始めた。
「は……放せッ! 私に触るなッ――!?」 意識を失うのを気力を振り絞って抵抗しながら抗う。
「そう暴れるな。落ち着け。一年ぶりの再会じゃないか? 久しぶりにお前とゆっくり話がしたい。しばらくここにいろ」 男は笑みを浮かべてエレナの耳元にそっと囁いた。そして更に巻き付けてある腕を締め付けた。
「ふざけるな! お前は両親の仇だ――!?」 その言葉を最後に酸欠状態に陥ったエレナの視界は真っ暗になりそのまま気を失ってしまった。男はやっと安堵して深く息を吐き出した。そしてエレナの体を抱きかかえ様とした時、胸からまだ血が流れている事に気が付いた。傷は治っていなかった。
「――――切っ先の一部が心臓に掠っていたか……」 手の平に付いた血を眺めながら意識が無いエレナの顔を覗き込んだ。
「月日が経つのは早いものだな――子供だったお前が今じゃ一人前のハンターだ。安心しろ、まだお前の血は吸わない。お前との追いかけっこはおもしろいからな――けどそれに飽きたら…………その時は容赦しない」 男はそっとエレナの頬を撫でると軽々と抱えて部屋の奥へと消えて行った。
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