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作品名:罪と罰 作者:アゲハ

第4回   4
 激しい雷雨と強風の中、古い城壁を背にして立ち尽くす青年の目の前で一人の騎士が悪鬼のごとく殺戮を行っていた。大量の返り血を浴びて真っ赤に染まったその騎士の顔を目撃した青年は衝撃と共に悲痛な叫び声を上げた。

「何をやっているんだ!? どうしてこんな事を!! 兄さんっ――――!!」

  ――――――――――――――

 あの酒場の襲撃から数日が経った晩、シセルは廃墟と化した教会の屋根裏で目を覚ました。

「夢か…………」
 
 そう呟くとしばらく黙り込んだ。外は雨音が響き渡り所々穴が開いている屋根から大量の雨水が流れ落ちていた。
 こんな天気の時は必ずと言っていいほど遠い昔の記憶が蘇り悪夢にうなされるのだった。割れている天窓の隙間から恨めしそうに外を見つめる。

「嫌な雨だ……」
  
 空はどんよりとした黒い雲が速い速度で流れていた。シセルは手袋を外して両手の甲に刻まれている十字架の焼印へそっと触れた。

「あの日からどれだけの年月が流れたのか――――一体どこにいる……マウリス!!」
  
憎 しみを込めてその名を口にすると朽ちかけた床板へと拳を突き立てた。彼の青い瞳はより一層深い色に染まりギラギラと揺れ動いていた。
 しばらくの間そのように思いつめていると、何の前触れも無く銀色に光る鋭利な物が突然頬をかすめていった。シセルは瞬時にその場から飛び退き柱の裏へと身を潜めた。天井に視線を向けるとそこには磨き上げられた小振りのダガーが突き刺さっていた。階下から声が響き渡る。
「伝言は聞いた。お望み通り来てやったぞ?」

   
 そう答えたのは数本のダガーを手にしながら不敵な笑みを浮かべるあのアザゼルだった。
 階下に現れた訪問者の姿を目にしたシセルは天井に突き刺さっていたダガーを引き抜く。そして一気にアザゼルのいる場所まで飛び降りた。

「やっと現れたか……なかなか姿を見せないから薄汚い飼犬たちを狩りに行こうかと思っていたところだ。良かったな、間に合って ――」
 皮肉を込めてそう答えたシセルは手にしていたダガーを持ち主に返すかのようにすばやく投げ付けた。しかしそんな挑発に乗る事もなくアザセルは糸も容易くそれを片手で受け止める。その反応にシセルは少し安堵したように口元を緩めた。

「さすが上位の不死ともなると品があって話が分かりそうだ。雑魚は血の気が多くて困る」
「それは悪かったな。しつけがなっていないものでね――それよりもっとむさ苦しい奴を想像していたんだが……こんな若い奴だと は以外だな。ただの人捜しにしては随分と派手に荒らしてくれてるじゃないか?」
「そりゃ悪かった」
  
 今度はシセルが淡々と返した。

「俺はただ尋ねただけだ。勝手に勘違いして逆上し暴れたのはそっちだ」
  
 アザゼルは前髪をゆっくりとかき上げながら苦笑いを見せる。

「ああ確か……お前さんと同じ焼印を持つ不死の事だったか?」
  
 その話題になった途端シセルの目付きが変わった。そしてアザゼルを静かに睨みつけた。

「そいつの事知っているのか?」
  
 アザゼルはシセルの心情の変化に気付きわざともったいぶる様な態度を取った。

「さあ……どうだかな」
  
 二人はお互いに目を合わせてしばらく黙り込んだ。
 重い空気が流れる中、突如沈黙を破ったのは頭上から滴り落ちた雨水だった。その瞬間、辺りに金属がぶつかり合う音が響き渡った。
 両者の目の前では衝突した刃の火花が勢いよく飛び散り、目で追えぬほどの攻防に突入した。
 大振りな剣のシセルに対しアザゼルはスピードを生かした小振りなダガーを両手に構え素早い身のこなしで的確にシセルの隙を突いた攻撃で押していく。シセルもそれに負けない速さで払いのけ応戦していた。

「お前その剣どこで手に入れた? 人の手で作られたとは到底思えない代物だ」
  
 シセルの十字架の剣に異様な気配を感じたアザゼルがふと口を開いた。シセルはその問いに一切答える事なく攻撃を交わし続けていた。

「なるほど……。悠長に話をする気もないか…………」
  
 そう呟くと激しい一撃をシセルに浴びせて一旦距離を置くように飛び退いた。アザゼルのその行動にシセルは警戒を高めて様子を伺った。
アザゼルが不敵な笑みを浮かべたその時、シセルのいる足元から突然数十人の怪物と化した不死達が這い出してきた。一歩下がってその光景を見ながらアザセルは楽しそうに笑い出した。

「お遊びはこれからだ。お前がどのくらい持ち応えられるか見物だな」
 
 シセルは面倒な表情を浮かべると小さく舌打ちして剣を構え直した。そして勢いよく不死達の群れへと突っ込んでいく。奇声を上げながら襲い掛かってくる怪物達の頭を切り落としながら高みの見物をするアザゼルのもとへと向かっていった。最後の一体を 倒した時、シセルはある異変に気付いて足を止めた。
 その異変とは倒したはずの不死達が再び起き上がり、更にはその数が倍に増えていた。倒せば倒すほど切り落とされた肉片から次々と増殖しているのである。

「少しばかり手を加えさせてもらった。すぐ倒されてはつまらないからな」
「悪趣味だな――」
  
 シセルは冷ややかに睨みつけたが大して驚く事もなかった。それどころか軽く肩を回してほぐす動作を数回繰り返すと、再び不死達の群れへと突っ込み切りつけていった。数は更に膨れ上がった。
 無謀ともいえるシセルのその行動にアザゼルは目を疑った。

「何を考えているんだ? 切れば切るほど奴にとっては不利になるはず……血迷ったか――」
  
そう考え込む彼にはもう一つの疑念が生まれていた。それはシセルの体力が全く落ちていない事だった。

「本来あれだけ暴れ回ればかなりの疲労が溜まってるはずだ。なのに呼吸すら乱れていない……最初に奴と剣を交えた時の違和感― ―生気が全く感じられなかった……一体あいつは何なんだ? ……やはり死神か?」
  
 赤い両目を光らせながらアザセルはここへ来る前に占ったタロットカードを思い出した。
 教会の広間が不死の怪物で埋め尽くされようとした頃、シセルはいつのまにか動きを止めた。

「お遊びはこのくらいでいいだろ? 俺はお前のように暇じゃない」
  
 アザゼルは目を見張った。シセルは十字架の剣を床に突き刺して呪文のような言葉を発した。

「消え失せろ――」
  
 そう小さく口にした途端、十字架の剣から白い球体が現れ、やがてそれは膨れ上がって一気に教会の建物一帯を包み込んでいっ た。

 その直後――――

 目が眩むほどの閃光が走り出したかと思えば物凄い衝撃と共に大爆発を起こした。
 溢れかえっていた不死達は爆風と共に光に呑み込まれ跡形も残らず消滅してしまった。辺り一面まっさらな焼け野原と化した地に一人だけ、シセルのみが立っていた。
 剣を引き抜きながら辺りを見渡す。周辺には瓦礫の山が築かれ教会だった面影はもはや微塵も残っていなかった。やがてシセルの背後から呻き声が響く。

「今の……今の光は何だ? 何が起こったんだ――――」
 
 瓦礫の下から青ざめた顔をしたアザゼルが這い出てきた。よろめきながら立ち上がろうとする彼の姿をよく見ると左手を失いそこから大量の血が滴り落ちていた。その姿を見たシセルは目を丸くして驚いた。

「お前……純血種じゃないな?」
「だったら何だ? そんな事貴様に関係ないだろ」
「大物を誘き寄せたと思ったらすっかり騙された。何だ――お前も元は人間、半端者に成り下がった輩か」
 
 軽蔑した視線でシセルは吐き捨てた。その半端者という言葉を耳にしたアザゼルは逆上して叫んだ。

「黙れ! 血筋など関係ない。俺は長い時間を掛けてあいつ等と同等の地位まで登りつめたのだ。これからは力ある者が頂点に立つ ――こんな屈辱を受けたのは初めてだ。覚悟しろ! すぐに殺してやる」

 怒りをあらわにして憤るアザゼルだったが腕からは未だに赤黒い血が流れ出ていた。シセルはそれを見つめながら溜息をこぼす。

「そんな状態でまだやるつもりか? 始めからお前を殺すつもりはない。知っている事を吐いた方が身の為だと思うが」
 
 アザゼルは傷口を押さえながら黙り込む。見兼ねたシセルは首を横に振った。

「仕方がない――力ずくで言わせるしかないようだ」
  
 そう言ってシセルが剣に手をかけようとした矢先、夜空から物凄い数のコウモリの大群が二人のいる地へと急降下して舞い降りた。コウモリは甲高い奇声を上げながらみるみるとアザゼルの周りにまとわり付き姿を覆い隠してしまった。
 シセルは咄嗟に剣を群れの中心へと投げ飛ばしたが、その先にはもはやアザゼルの姿は消えていた。

「逃げたか――まぁいいさ。後を追えばいいだけの事。行き先は今度こそ純血種の不死……奴の腕を再生出来るのは血を与えた主人 だけだ」
  
 シセルは面倒臭そうに大きな溜息をこぼしながら投げた剣を拾いに行った。その剣の先には先程のコウモリの一匹が刺さっていてバタバタと羽を動かしもがいていた。シセルはそれを手に取るとコートのポケットに押し込んだ。
 身なりを整えて空を見上げると東の空はすっかりと白み始めていた。


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