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作品名:罪と罰 作者:アゲハ

第3回   3
 新月の晩、町の広場に背の高い細身の人影が暗闇から突如として姿を現した。その人物の両目は不気味に赤く光っていた。
 町の住人のほとんどが寝静まり人気はなく、むしろ見かけるとしたら野良犬か酔っ払いがふらふらと歩いているくらいだった。
 紺色のスーツに派手な身なりをしたその男は周囲を見渡しながら風で運ばれてくる微かな匂いを感じ取る。

「血生臭い……」
  
 そう感じると匂いをたどる様に奥まった路地へと歩き出した。
 狭い通路を抜けるとやがてあの酒場へと辿り着く。目の前に立ち塞がる鉄の扉に手を伸ばし警戒しながらゆっくりと開けて足を踏み入れた。
 視界に飛び込んできたのはぼんやりと青白く揺れる蝋燭の炎と誰もいない静まり返った店内だった。男はこの状況を予想していたのか少しも不審に思わなかった。床に散乱する壊れたテーブルや椅子に目をやりながら奥へと進み、ビリヤード台の前へ来るとふと足を止めた。男は目の前に広がる光景に首を傾げて目を細めるのだった。
 その視線の先には壁に串刺しにされて血まみれになっている無惨なバーテンの姿があった。男は眉をしかめて呟く。

「ここもやられたか……だが今回は変わった残し方をしているようだな――――」
 
 男は奇妙な顔をしながらしばらくバーテンの姿を観察していた。大量の血を流して弱りきってはいるが微かに意識はあるようだった。すると床に転がっていた酒瓶を拾い上げて衰弱しきっている彼の頭へ勢いよく注ぎ込んだ。

「その無様な姿はなんだ?」

 頭に酒をかけられたバーテンは一気に目を覚ます。それと共に目の前に立っている人物の姿を見るや否や心臓が飛び出るほどに驚愕した。

「ア……アザゼル様!?」
  
 顔面蒼白になって怯えるバーテンの声が店内に響き渡る。アザゼルと名を呼ばれた男はバーテンの反応に目もくれず足元に転がっていた椅子を起こしてカウンター席に腰を下ろした。そしておもむろに胸元からタロットカードを取り出して並べ始めた。

「状況を説明してもらおうか? 生き残っているのはお前だけだ」
  
 緩い巻き髪の奥から鋭い目付きで睨み付ける。バーテンは萎縮しガチガチと震えながら口を開いた。

「く……黒いコートの男が突然店にやってきて……一瞬にして仲間を……」
  
 ぜぇぜぇと荒い呼吸を吐きやっとの想いで話す彼の喉はすっかりと渇ききっていた。

「お願いします……血を――血が欲しい……喉が焼けるようだ」
「話はまだ終わってないぞ? つべこべ言わずにさっさと続けろ」
  
 更に冷淡な視線を向けられたバーテンはすくみ上がって口を噤み店で起こった事を洗いざらい喋りだすのだった。

 数分後――――

「両手の甲に十字架の焼印があり背中にも十字架の剣――――しかもハンターじゃないが一人のある不死を追っている奴だと? 何だそいつは……?」
  
 アザゼルはしばらく考え込んでいたが、やがて先程から並べていたタロットカードに手を置くと順にめくり始めた。
 一枚目のカードをめくると蔦が絡まった城の絵が現れた。そして二枚目をめくると上下逆さまの双子の絵、三枚目は剣を構えた六枚の翼を生やした天使、最後に出たのが黒いマントを纏ったドクロのカードだった――――

「悪魔……いや、これは死神……?」
  
 アザゼルは不敵な笑みをこぼして嘲笑った。その様子をずっと串刺しになりながら見ていたバーテンは意を決して恐る恐る声を掛けた。

「あの……話は全部しゃべりました……よければこの棒を引き抜いて頂きたいのですが……」
  
 その蚊の鳴くような声にアザゼルは「ああ……」とバーテンの存在など忘れていたかのようなやる気の全く感じられない返事をした。

「そんな醜態を晒して置いて助かると思っているのか?」
  
 バーテンは思わず耳を疑うかのような顔をして茫然とする。

「奴がなぜお前だけを殺さず立ち去ったと思う? それはお前に伝言役という役目を与えたからだ。だがたった今お前の役目は終わってしまった。つまり用済だ」
  
 アザゼルは呆れながら淡々とそう伝えると手元にあった青白く燃える燭台を手にした。バーテンは絶望し「そ……そんな!?」と大声を上げた。
 最悪の状況から逃れようと必死に体を動かして抵抗する。しかし二本のキューが筋肉と骨、壁へと深く食い込んでいる為ビクともしなかった。目の前に蝋燭の炎が迫る。

「や……やめてくれ! お願いだ!? やめろォ!!」
  
 たっぷりと酒が染み込んでいたバーテンの体は勢いよく炎に包まれていった。生きながら燃える彼は悶え苦しみ、耳を引き裂くような悲鳴が響き渡る。
 アザゼルは燃え上がる光景に背を向けると十字架の男の招待に応じるべく待ち合わせの教会へと向かうのであった。


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