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作品名:罪と罰 作者:アゲハ

第15回   15

「どうやら貴方様のご機嫌を損ねてしまったようで申し訳ありません……出来れば彼を解放して頂けないでしょうか?」
 
 水面にゆっくりと波紋が広がっていくような透き通った静かな声が部屋の中に零れ落ちた。その時、カルロスに首を掴まれたまま意識が薄れようとしていたシセルはその声に反応して体がビクンッと硬直した。そしてカルロスの背中越しに現れた人影に絶望する。

「貴様だったか――」

 突然現れたその訪問者の声音に心当たりがあったカルロスは驚きもせず、むしろ半ば呆れた顔で振り返った。視線の先には琥珀色の瞳に緩くウェーブのかかった腰まで伸びたアッシュグレイの髪、背にはやはり六枚の翼を広げた人物が目を細めていた。
 カルロスは白々しいその態度に冷たい一瞥を与えた。

「ふん、心から詫びてもいないくせに見え透いた事をよくも抜かせるもんだな」
「あははッ、相変わらずつれない冷たさですね、貴方様は――ここではカルロスとお呼ぶべきですかね? 大天使ミカエル殿」

 アッシュグレイの天使はにっこりと微笑みを浮かべた。真の名を呼ばれたカルロスは何もかも見透かされている事に苛立ち、軽く舌打ちすると掴んでいたシセルの首を放した。ドカッと鈍い音と共にシセルの体は足から床に崩れ落ちてうつ伏せに転がった。

「貴様こそ、そのふてぶてしいまでに貼り付けた笑顔が相変わらず健在で癪に触るってもんだ――ガブリエル」

 両者はしばらく沈黙して視線を交わしていたが、やがてガブリエルという名のアッシュグレイの天使が先に口を開いた。

「ああ、勘違いしないで下さいね。私は別に貴方様の邪魔をしに来た訳でも居場所を他言するつもりはありませんから。先程も言いましたが彼を渡して頂きさえすればすぐにこの場から消えますので」

 ガブリエルは相変わらず美麗な笑みを浮かべたまま、放心状態のシセルへと目を向け、直ぐにカルロスへと視線を戻した。カルロスは眉を顰めて訝しむ。

「何も問わずに渡せと? 勝手に堕天の儀式を行い、人という愚かな者に神器の一つを与えたというのに――明らかにお前の行動は常軌を逸している。ふざけているのか?」
「困りましたね……ふざけているつもりは微塵もないのですが。しかし、これだけは断言できますよ――全てはあの御方の為……尊き御方の憂いを少しでも早く払って差し上げたい為に必要だった事、彼も含めてね。それしか言いようがありませんね」
「ふん……口では何とでも言える――貴様のやり方は気に食わないが共通の信念が違えてさえなければ干渉や詮索はしないと我々四人が結んだ協定がある。よもやそれを破るという愚か者でなければいいがな」

 カルロスは不敵に口角を上げるとガブリエルに冷たい一瞥をくれた。そして興味を失せたとばかりに背を向けて扉へと歩き出し、ドアノブへ手を掛けた時には既に元の総裁の姿に戻っていた。カルロスが出て行く直前、ガブリエルが思い出したかのように声を掛ける。

「ああ、そうだ――出来れば一度ウリエルに顔を出してもらいたいのですが――貴方様が姿を隠されて以来、ずっと機嫌が悪くて私にもとばっちりやら雑用が増える一方なんですよね、おかげで多忙で本来の自分の仕事にさく暇がない程です……その挙句にラファエルも音信不通ときたもんだから余計に彼の苛々が増す始末で……」
「ラファエルはともかく、優秀なウリエルなら我一人いなくとも何ら問題ないだろ? それにガブリエル、お前もいるじゃないか」
 
 その言葉にガブリエルはただ肩を竦ませただけで返し、それを見たカルロスは軽く鼻であしらってそのまま部屋から出て行ってしまった。
 
 やがて部屋の中にはシセルとガブリエルだけが残される。シセルは未だに呆然として床に転がっていた。

「シセル久しぶりですね、心配しましたよ。柩を覗いたら空っぽだったから……いつの間に覚醒したのですか?」

 ガブリエルは微笑みながら少しづつシセルの元へと歩み寄っていた。

「ガ……ブリエル……こっちに来るな……俺に近づくな!!」
「やれやれ、随分と嫌われたものですね。でも、使命を忘れず自ら行動していた事に関しては褒めて上げますよ。少しやり方が大雑把で目立ち過ぎた事は否めますがね――それによって、まさかミカエルと遭遇するとは予想外の展開でしたが…………」

 前半はシセルに話を向けていたのだが最後の方はガブリエル本人が自問自答するように呟いていた。シセルはミカエルという名を耳にすると、ハンターの総裁カルロスが実は人ではなく目の前にいるガブリエルと同じ仲間だった事を思い出し、何とも言えない重苦しい感情が湧き上がった。

「カルロスは仲間の一人なのか? 俺はてっきりその存在はあんただけだと思っていた……最悪だ」
「ふふっ、基本私達は個々に行動していますし、人と干渉する事は許されていませんからね、私を含めた一部を除いては――私と同等の地位には四人います。ミカエルもその一人です。更にその他にも同族はたくさん存在しますよ。ただ君達が知らないだけ」
 
 それを聞いたシセルは目を見開き、益々眉間の皺を深くして息を吐き出した。

「さて、話は本題に移りますが、独自の行動で得た成果はどうですか? マウリスの居場所は掴めましたか?」

 ガブリエルは試すかのように含みをもたせたように話をしてきた。シセルはぐっと唇を噛み締めると渇ききった重い口から掠れた言葉をやっとこぼした。

「…………断言できないが……始祖とかいう奴の所にいるとまでは予想はついた」

 その答えにガブリエルは目を細めて、嬉しそうに口角を釣り上げた。

「ふーん、始祖のとこですか――――フフッ……残念ですけど、そこにはマウリスはいませんよ」
「なっ!?」

 自信を持ってそう断言されてしまったシセルは、顔を歪ませて悔しそうにガブリエルを睨みつけた。ガブリエルはくすくすと笑みを浮かべて、静かにシセルを見返す。

「君が覚醒した時に傍にいてあげれば、こんなにまわりくどい事をしなくても直ぐに事は成されていたのですけどね。生憎、私も忙しくて君に割く時間が取れなかった事は私にも落ち度はありますね」

 シセルは今までしてきた事が全て無駄足だった事に舌打ちして拳をグッと握り締めた。しかし直ぐに視線をガブリエルに戻してふてぶてしく口を開いた。 

「今さらそんな事はどうでもいい。あいつは……マウリスの居場所をさっさと教えろ」
「そんなに怒らないで下さい――彼は今、グラナダ国……ああ、もう滅んでしまいましたがそこにあった城跡に向かっているみたいですね。そう、君にとっても懐かしの故郷です」
「何だと……今さらあの地にか! ふざけるな!! なぜその場所に!」
「さぁ、その辺の彼の心境や目的はさっぱり理解出来ませんが……でもね、シセル――」

 ガブリエルはそこで一旦言葉を区切るといつか見せたような温かみも生気も感じられないただ冷酷な言葉で続きを言い放った。

「使命を果たしなさい――よもや忘れた訳ではないでしょ? 君の両親や一族の最期の様を――君の脳裏にしっかりと焼き付けた筈です――最初の罰を」

 シセルは口元を手で押さえて、生きながら焼かれる両親の姿を思い出してガタガタと震えだした。ガブリエルはその様子に満足したのかスッと目を細めて上機嫌で微笑んだ。

「君が無事に使命を果たせるように祈ってますよ」
 
 ガブリエルはそう答えると体全体から光を発してあっという間に姿を消してしまった。無数に飛び散る光の粒と一緒に残されたシセルはしばらくショック状態で動く事が出来なかった。


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