森深く佇んでいた古城――今はその面影なく瓦礫の山と化した地から立ち去った二人、シセルとエレナは山間の道を歩いていた。 目的地は各地に散らばり活動しているハンター達の組織集団――その名も「使徒」――二人はその組織を統制している中枢機関の本部がある要塞へと向かっていた。 ハンターと名乗る者は全員がその組織から公認された一員であり、「使徒」の創設者――カルロス・ピタ・サザールを筆頭に八人の幹部達で構成、指揮を執っていた。 エレナの亡き父も「使徒」のメンバーであり、かつては幹部の一人でもあった。 古城を後にして以来ずっと休憩も取らず、ひたすら無言で歩き続けるシセルを冷ややかな視線で観察していたエレナはとうとう募っていた不満を口にした。
「ねぇ! さっきからずっと黙り込んだまま歩きっぱなしじゃない……少しは気を遣って欲しいんだけど」 エレナは頬を膨らませながら前を歩くシセルの前へと立ち塞がった。 シセルは足を止めて食いつくように覗き込んでくるエレナの顔を無言でジッと見つめる。 長い沈黙の後、やがてポツリと呟いた。
「お前って……変な顔だな――」 「は……?」 一瞬目が点になったエレナは更に不機嫌になってそっぽを向いた。
「そういう気遣いはいらないから……悪かったわね……どうせ変な顔ですよ」 シセルも機嫌を損ねているらしく眉間にシワを寄せていた。
「不満があるのはこっちだ――お前が始祖の居場所を知っていると言うから期待してたのに……よく覚えてないとはどういう事だ? 信じた俺が馬鹿だった――」 「だって仕方ないじゃない……あの頃はまだ子供だったし当時はただのおとぎ話ぐらいにしか聞いてなかったのよ――まさかこんな 形で話が出てくるとは思いもしなかったし――」 エレナは戸惑いながら言い訳をする。
「だから記憶が曖昧だけど手掛かりなら本部にあるわ――――父が生前にハンターとして戦った日々を日記に残していたのは覚えて る――それを見ながら私に話をしていた事も……日記は本部の地下に置いてあるわ」 「…………本当に今度こそ大丈夫なんだろうな? もし期待外れなら俺は自力で始祖を捜しに行く」 シセルは近くにあった老木に寄り掛かり、胡散臭そうな顔でエレナを見つめるのだった。
「そんな顔しないでよ――少しは信用して欲しいんだけど……貴方こそ、それこそもう何百年とこの世界を彷徨っているんでしょ? だったら捜している不死やそれに関して何かしろ手掛かりを見つけていてもおかしくないと思うけど…………」 そうエレナが疑問を投げかけるとシセルの顔は急に曇ったように陰りを見せた。やがて青い瞳を細めて顔を横に背ける。
「俺がこの身に罰を受けてからどのくらい時が経ったなんか知るものか…………目が覚めたのはつい数ヶ月前だ……だから今必死に 手掛かりを見つけている最中なんだよ――」 「え? 数ヶ月前……? じゃ、その間どうしてたの……ずっと眠っていたって事?」 エレナは呆然として言葉を詰まらせた。 シセルに関してあの時ベリアスが話していたのを聞いていたので大体は呑み込めていた筈だが、それでも未だに彼が死んでいる身とは信じられなかった。
「眠ってた? 死んでたんだよ……よく分からないが例の儀式で魂を無理矢理に引き離された俺の肉体は、それに耐え慣れて適応す るまでに膨大な時間を要したって事だ――――」 「例の儀式って…………堕天の――――ねぇ……あなたの体にそんな酷い事をしたのって…………」 エレナはそこまで言うと急に怖くなり顔を青ざめた。 ベリアスが言っていた神話では神の代行である天使となっていたが本当にそんな者が存在するのだろうか? そう知りたい反面、それ以上は踏み込んではいけない領域にも感じていた。 戸惑いを見せるエレナに対してシセルは口元を緩めて答えた。
「……お前……知りたいのか? …………なら教えてやろうか…………?」 それを聞いたエレナは思わず固唾を飲み、全身が硬直した。そして視線はもはやシセルへと釘付けになっていた。 やがて彼の口から言葉が発せられようとした時、 ギュルルるるぅーーーーーー グルルるーーーー ググッーーギュルーーーー 二人の周囲に何とも間の抜けた――それは緊張感台無しの大きな声で鳴く腹の虫が鳴り響いた。
「…………」 「…………」 「……わ……私じゃないわよ!?」 「……ふざけるな――――俺は死人だ――腹は空かん」 するとエレナの顔は火を吹いたように真っ赤になるとそれは耳まで広がった。
「――――だって……ベリアスのいる城に乗り込んでから二日もろくに食べてなかったんだもの……もう限界だったけどあなたがぜ んぜん休憩してくれないし気に留める素振りも見せないから――だからずっと我慢してたのよ――しょうがないでしょ……」 恥ずかしさのあまり半ベソ状態のエレナにシセルは呆れてただ唖然とするばかりだった。 そして眉をしかめてクシャクシャっと金色の髪をかきながら調子狂った姿で立ち尽くす。
「………………ひとまずどこかで休憩だ……休んだらすぐに先を急ぐからな」 やがて山の麓に小さな集落があるのを見つけた二人はそこへと足を向けたのだった。
集落に着くとまだ昼間だというのに人気は全く見当たらず、どこの家も窓や戸を厳重に締め切っている状態だった。なぜだか村 はどんよりとした暗い空気が漂っていた。
「何だか気味悪いわね……」 「……早々にここを立ち去った方がいいな……なんだか嫌な予感がする――」 「え? ……せめて何か食べさせてよ……」 慌ただしく早足でその集落を後にしようとした時、急に目の前の家から一人の中年男性が血相を変えて二人の前へ駆け寄ってきた。
「あ、あんた達……頼む――どうか助けてもらえないか!?」 突拍子もないその願いにシセルは無視して素通りしようとしたがエレナは男性の必死に懇願する姿に思わず声を掛けずにはいられなかった。
「……何があったの?」 それを目にしたシセルは勢いよくエレナの腕を掴んで一喝した。
「馬鹿っ! 余計な事に首を突っ込むな……どうせ碌な目に遭わないぞ」 「でも……このまま放っておくなんて……話を聞くだけでも構わないでしょ? とにかく今はお腹が空きすぎてもう歩けない……」 青白い顔をした彼女は恨めしそうに訴える。顔を引きつらせたシセルはそれ以上話をするのをやめた。
「勝手にしろ……言っておくが俺は何があっても知らないぞ」 急遽、家の中に招かれた二人は質素な木のテーブル席がある部屋へと通された。シセルは座るのを断り、一歩下がった壁際に寄り掛かった。 中年の男は「残り物しかありませんが……」と戸惑いながら、エレナの前へ根菜の入ったスープとパンを差し出した。 エレナは目を輝かせ、礼を述べた後に遠慮なく食べ始めた。その様子を呆れた顔で見ていたシセルが不意に男に視線を向けて口を開いた。
「この村……全く人の気配がないが他の連中は何処にいるんだ?」 男はビクッとして目を見開き、俯向き気味に答えた。
「え……あ、その……全員避難しました……残っているのは私だけです――」 「避難……?」 シセルは眉をひそめ、エレナも口に運ぶスプーンを止めて男に問い掛けた。
「さっきも言ってたけど助けてくれって……それに関係してるの?」 男は深く頷いた。
「…………はい、私も逃げようと思ったのですが長年住み慣れたこの土地と家を簡単に捨てる事が出来ず、妻と子供は他の村人と共にここを発ちました」 男はやがて暗い表情を浮かべるとこの集落に起きた出来事を話し始めた。 山奥にあるこの集落はほとんどが自給自足生活で質素に暮らしていた。しかし、ここ数ヶ月前から村の農作物が荒らされるようになり、それはだんだんと頻繁になると被害は拡大していった。 村にとっては農作物が採れない状態が続けば死活問題へと繋がる恐れが出てきた。しかも当初は動物の仕業だと誰もが疑っていなかったので集会を開いて話し合った結果、交代で山を見張る事となった。 そして見張りを立てたその晩――村人がそこで目撃したのは動物とは似ても似つかぬ恐ろしいとんでもない化け物だった。その日から農作物だけではなく、今度は村人までもが襲われるようになり既に数人の命が奪われる始末になった。 村人達は恐怖に怯え、とても手に負える問題ではないと判断すると荷造りを始めて遠くの村まで避難していった。唯一この村に残ったのがここにいるアザムという男だった。 「化け物!? それって本当なの?」 食事を終えたエレナは驚いた様子で彼に向き直り、その化け物とは一体どんなものかと尋ねた。
「………私が何度か目撃したそれは数十匹の群れで行動していて身丈は子供ぐらいの大きさで小振りですが、とても凶暴で……ギラ ギラした大きな目に鋭い牙……それに浅黒い干枯らびた肌をしてました……今でもこの裏山に潜んでいます……」 「子供の背丈で凶暴――――その話から推測すると多分……正体は子鬼(ゴブリン)に間違いなさそうね…………」 「……子鬼(ゴブリン)ですか?」 アザムはおどおどした態度で復唱する。
「うん……子鬼って言っても多種多様で人に迷惑をかけない大人しい子鬼もいれば害を及ぼす獰猛な種類もいるのだけど……ここに 現れたのはどうやら後者のようね――小さいから群れで行動し昼間は洞窟や岩陰に身を潜めて夜になると活動するの……子供みたいに小さいけど少なくとも可愛いとはいえないわね……凶暴だし姿がとても醜いの」 エレナは相手の正体が分かると少しばかり安心感が湧いてきたのか表情が明るくなった。しかしその背後ではなぜかシセルが怪訝そうな顔で様子を伺っていた。
「分かったわ――今夜、裏山に行ってその子鬼達を追い払ってあげる」 それを聞いたアザムは思わず驚いた顔をして困惑したがすぐに感謝を述べた。
「助けて頂けるのですか! ああ……本当に何とお礼を申し上げたらいいか…………」 そして話の流れから子鬼退治をする事になった二人は、日が暮れるまでの間アザムの家で時が過ぎるのを待つ事にした。
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