雷鳴が轟き、激しい雨が横殴りで城壁を打ち叩く。 宮殿内の広間では今まさに一人の騎士によって殺戮が行われているところだった。 床には夥しい血の海が広がり、足の踏み場も無い死体で埋め尽くされていた。 全身に返り血を浴びたその騎士は死体の山をためらいも無く踏みつけ、仲間の騎士達を一人、また一人と切り捨てていく。 その顔はもはや温もりさえ微塵も感じられない冷たく無表情ただそれだけだった。 「なぜこのような事態になったのだ!」
この国始まって以来の報せに皇帝は眉間にしわを寄せ臣下達に一喝した。
「首謀者は何者だ!」 玉間に老いた皇帝の怒号が響き渡る。臣下達は萎縮してただただ地に頭をつけているだけだった。 やがてその中の一人が震える声で口を開いた。
「先発隊の報告によると……広間で凶行に及んでいるのは騎士団長だと……」 「今何と申した? 騎士団長だと!? まさかあの者が……それは真なのか!」 皇帝は目を見開き、にわかに信じられない顔で言葉を詰まらせた。
「あれが……余に刃を向けるなどと――正気の沙汰ではない! 悪魔に心を売り渡したか!」 皇帝は全身の力が抜け玉座に倒れこむかのように座り込み、苦悶の表情を浮かべて黙り込んでしまった。 その間にも、逐一に広間で起こっている緊迫した状況の伝令が玉間に飛び交っている。 やがて皇帝は重い口を開いた。
「…………あの者の生死は問わん。これ以上無益な血は流したくない。何としてでも非道な行いを終わらせろ!」 その場にいた臣下達は直ちにその命を実行するべく駆け足で玉間から立ち去っていった。 一人残された皇帝は頭を抱えたまましばらく目を閉じていた。 やがて長い瞑想の後、重い腰を上げると玉間の裏へと歩き出した。 その先は代々皇帝の座を受け継ぐ者だけが知る秘密の部屋へと続く入口が隠されていた。 皇帝は吸い寄せられるように壁の奥へと消えて行った。
一方、皇帝の命により広間へ怒涛に押し寄せた兵士達だったが、数え切れない程の惨い死体の山に目を覆っていた。 慈悲や容赦無い殺戮にやり場のない怒りだけが込み上げる。 しかし、いくら見渡してみてもこの事件の首謀者である騎士団長の姿は既にそこに無かった。 彼は多くの命を奪うだけ奪った後、忽然と姿を消したのである。 人望もあり信頼も厚かった彼がなぜそのような行動を起こしたのか―――― その真意は誰にも分からないまま時だけが過ぎ去っていった。
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