「あと少し…」 いつもなら気にもならない距離が、今日はやたらと長く感じる。 煩い程聞こえていた蝉の声も、今はもう耳には届かない。 絵に書いたような、季節の移り変わり。 音もなく訪れる、秋という名の時期。 …悲しくなるのは、何故だろう? 季節は何があっても関係なく変わっていく。 …苦しみは、消えないまま。
今朝はかなり涼しかった。 このまま冷えきって、身体が動かなくなってしまえば良いのに…等と自虐的とも取れる事を考えてしまった。 さすれば悩み事からも解放され、苦しむ事もなくなるだろうに。 …幸せを感じたい、というただ漠然とした思い。 直ぐにそれは現実という名の痛いものにかき消され、儚く散ってゆく。 …背中が痛い… そう考える度に、心も身体も痛くなるのだ。
…助けて。
丁度今のような、秋に変わる時期だった… 辛い出来事を痛感したのは。 手に余る幸福を、手に入れたと思っていたのに。 …遠い日の想い出…それがまだ自分を苦しめる。 涙は枯れる事は無い、きっとこれは生きている限りずっと自分を痛めつけるのだろう。
…握っていた手が汗ばんできたのを感じた。 濡れた掌をタオルで拭う。
…ねえ…まだ着かないの? 脳裏に誰ともない声が響く。
早くこの道を過ぎて、たどり着かなければ。 独りを感じたくはない、もう二度と。
…ふと、涼しい風が一際強く吹いた。 塀に風に流された枯れ葉が当たって落ちる。 …本当に、もう…秋だな。
まだ目的地には着かない。 見失った未来のように、先には何も無いのではないかという錯覚に陥る。 …無駄に歩む速度を早める。 目に写るのはもう見慣れた景色。
…もうすぐ…だ。
やたら長く感じたこの距離も、進めば必ず辿り着くのだと、…少し安堵した。
ゆっくりと、確実に、そこに近付く事が出来ているのだ…
…夜が訪れ始めているのを感じる。 ライトが少しずつ灯り始めた。
理屈や理由なんていらない、自分は今此処に居て、その場所を求めているのだから。 ループするあの時の感情を、打ち消すんだ。
…冷静になるために、深呼吸。
廊下に差し掛かり、その先に見えた明るい灯りに安堵の溜め息を吐く。
…ワタシノバショハ、イマココニアル。
…おかえりなさい。
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