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作品名:ハイヒール 作者:なゆた

最終回   1
引っ越しの準備をしててさ。
部屋を片付けてて気付いたんだ。
こんな所に入れてたんだな、って。
もうどこにやったかなんて忘れてたんだけど。
女物のハイヒール。ピンヒール、っていうのかな、これは。
一人暮らしの男の部屋には似つかわしくないこんなものが何でここにあるのかって、
…別に俺のじゃないさもちろん。
以前、友人が俺に渡していったんだ。
友人も悲しきかな男だよ、悪かったな女っ気がなくて。
いや、その友人に女装趣味があった訳じゃない。
…そうだな、もう長い事会ってないな。あれから5年…6年になるかな?
俺は好き好んでわざわざあいつに会いに行こうとは思わないし、
あいつが自分からこっちに訪ねて来れる状況じゃないし。
…俺の元にこれがある理由?
その話はできる事なら忘れたいんだけどな…
でも、まあ20年以上生きてきた中で、割と衝撃的な出来事だったからさ、
忘れたくても忘れられないっていうか…


あの日は雨が降ってたっけ。
バイトから帰って、疲れててさ。
風呂にも浸かったし、もうそろそろ寝ようかな、って思ってたんだよ。
時間としては…そうだな、夜中の1時か2時位か。
そんな時間なのにさ、誰かがノックしたんだよ、部屋の扉を。
気のせいかと思ったんだけど、やっぱり音がするもんだから、
俺思い切って扉を開けたんだよ。
びっくりしたね。
中学の時からの友人のアイツが、顔面蒼白っていうか、
何て言うの?凄い危機迫る青白い顔で立ってたんだよ。
俺も慌てちゃってさ。とりあえず、どうしたんだお前こんな時間に、
それに凄い顔色悪いぞ、何かあったのか?って聞いたんだ。
そいつは何も答えずに、黙ってその手に持ってたものを俺に差し出した。
それがこのハイヒールだったんだよ。
なんだこれ、って当然の疑問だよな。
俺はそうやってそいつに聞いたんだ。
でもそいつは俺の事真剣な目で見てさ。
『何も聞かずにこれを持っててくれ』
って。今までに聞いた事が無いような、低い押し殺した声でそう言ったんだ。
普通だったら、何でこんなもの、って拒否するんだろうけど、
そいつの必死な形相に押されちゃってさ、俺。
受け取っちゃったんだよね、素直に。
そいつは俺にこのハイヒールを手渡すと、
『この事は誰にも言うな』
そう早口で言って、急ぐようにして去って行ったんだ。
その時から、このハイヒールは俺の元にある訳だけど…、
これだけじゃないんだよ。
この話はこれからが重要なんだ。
これで終わっちゃ何の事かさっぱり解らないだろうから…、え、何?
何となく解った?
…そう言わずに最後まで聞いてよ、ここまで話したんだからさ。

そう、それから六日くらい経ってからだった。
俺は新聞なんてとってないし、インターネットなんてやった事ないし、
テレビも点けるっていったらビデオ見る時かゲームやる時くらいだからさ、
世間の情報に疎いんだよな。取り残されてるよ時代の波に。
まあ俺の個人的な事はどうでも良いんだけどさ、そんな感じだったから…
いきなりウチに刑事が訪ねてきた時にはもう物凄い驚いたね。
自分何か法に触れるような事しただろうか、
あれがまずかったのかそれともこれか…って色々考えて本気で焦ったよ。
心当たりが全くない訳でもなかったからさ…
いや冗談だよ、本気にするなよ。俺は潔白だよ。
刑事の話を聞いてみると、別に俺を逮捕しにきた訳じゃないらしい。当然だけど。
じゃあ何で来たのかって、俺に話が聞きたいと言ってきた。
…殺人事件の事で。
そこで初めて知ったんだ、あの晩ウチに来たアイツが、
その事件の重要参考人として身柄を拘束されていた事。
どうやら付き合ってた彼女と一悶着あって、それで…殺しちまったらしい。
俗に言う、痴情のもつれってヤツさ。
しかしあのやろう彼女がいたなんて一言も言わなかったじゃないか、裏切り者…
なんて関係ない事に少し腹立ててみたりして。
俺も割と冷静だよな。
で、あいつの友好関係を探っているうちに俺の所に辿り着いたって訳だ。
あいつはどうやら容疑を否認しているらしくてさ…
刑事が聞いてくるんだよ、何かアイツにおかしな所は無かったかって。
だから俺は正直に言ったね、彼女がいたなんて知らなかったし、
最近は俺の方がバイト忙しくて全然会って無かったから解らない、ってさ。
…あの夜の事?
何かさ、言っちゃいけないような気がして…
関わりたくなかったんだよな、正直あんまり。
それに、あいつも誰にも言うなって言ってたし。
刑事に聞いてみたんだよ、本当にあいつがやったのか?って。
その刑事が割とお喋りなヤツでさ…
ほぼ間違いないとは思うけれど、解らない事が一つある、って。
それがさ、
…凶器が何だか解らない…って事だって言うんだ。
そう言ってすぐに刑事は帰って行ったんだけど、俺は何となくピンと来たね。
…あのハイヒールだ。
後から見たテレビのニュースで、死んだ女の身体中に何かこう、細い…
棒のような物で刺した跡があった、って言っていた。
…殺してる最中の情景を考えると、何だか微妙な感じだけど…
間違いない、と思ったね。
あいつは確かに人を殺した。
その凶器であるこのハイヒールを、あいつは何も知らないこの俺に渡して、
刑事の目から隠したんだ。
…そうそう、それに気付いた時に、何かの拍子でこのハイヒールが見つかったら、
俺まで疑われるハメになる、…そう思って自分でも解らないように片付けたんだよ。
だから今更久々に出てきたんだな、この靴。
…あいつはその後…
やっぱり犯人だって断定されて、逮捕されて…
今頃は刑務所暮らししてるんじゃないかな。
気にしてないから解らないよ。
ただ、未だに…
その事件の凶器は、謎に包まれたままになってるんだ。
知ってるのは、当の犯人であるあいつと、この俺だけ…
…あいつは俺が気付いた事、知らないかもしれないけど。
いや、知らないんじゃないかな。
だって、俺は刑事に何も言ってないんだから…


どうするかな、このハイヒール。
…よく考えたら、死んだ女の持ち物だったんだよな…多分。
何か気付いたら急に怖くなってきたぞ。
背中がゾクゾクする。
…そうだ。
ちゃんと供養して、然るべき捨て方をしよう。
凶器隠した…っていうのは、一応犯罪の片棒担いだ事になるのかも知れないしな。
償うよ。
俺にできる、せめてもの罪滅ぼしだ…


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