深夜2時半。 静かな闇が総てを覆い、人々のほとんどが眠りに就いたこの時間、 僕は決まってテレビをつける。 …『彼女』に、逢う為に。
電気を消した暗い部屋。 少し乱れた画像に、いつもと変わらない彼女の姿が映る。 …僕の大切な彼女。 今日も、逢えたね。 …その桃色の小さな唇が動く。 『…こんな時間まで、お疲れ様。それとも…眠れないの?』 君に逢う為に、起きていたんだよ… 『今夜は、何をしようか?』 僕に微笑みかけるその優しい表情… 僕は、君の全てに虜になった。
…君と初めて逢ったのは、2ヶ月程前。 試験勉強に疲れた僕は、何の気なしにテレビのスイッチを入れた。 本当に、偶然だった… そこには君が映っていた。 君は何よりも誰よりも、僕に優しい言葉をかけてくれた… その鈴の音のような声。宝石よりも輝く瞳。 僕は君を一目見て、 君の魅力全てに取り憑かれた。
毎日ただ学校へ行き、下らない教師の話を聞いて面白くもない授業を受けて日が過ぎる。 良い学校に入る為に… 廻りの人間が口にするのはそればかり。 心から楽しいと感じた事なんて全く無かった。 毎日が実に下らなかった。 今の僕は、 君に逢える夜を楽しみに生きている。 ただそれだけが僕の心の支え…
今夜も君との時間が始まる。 砂嵐に塗れた画面に、君の姿が浮かび上がる。 『…こんばんは』 いつもと変わらない優しい君の笑顔。 この下らない世界の中で、君の存在だけが僕を癒してくれるんだ… 思わず溜め息が出た。 『…どうしたの?何だか、とても苦しそうな顔…』 こんな僕の事、君は心配してくれるんだね。 優しい君とのこの時間を、ずっと感じていられれば良いのに… 『…疲れているの?』 「…少し、ね」 彼女の言葉に答える。 『もう、休んだ方が良いよ…』 「そんな事言わないでよ。…君に逢うのだけが、僕の楽しみなんだから…。 君に逢えなきゃ、生きている意味がない」 僕が答えると、彼女は俯きはにかんだ。 『…そう言ってもらえると、たとえタテマエでも嬉しいな』 「…タテマエなんかじゃないよ、本心だよ…」 彼女は輝かしい笑顔を向けてきた。 …そう、この笑顔に逢う為に、僕は下らない日々を我慢して過ごしているんだ… 『…今夜も、楽しく過ごしましょ。二人っきりで…』
太陽なんて昇らなくて良いのに。 忘れる事無く来る朝に、僕は恨みさえ覚える。 君との夜を、永遠に、 感じていられれば良い…
君に、…今日は君に… 伝えるんだ。 僕の想いを。
『君とずっと一緒に居たい』
…君は困ったように俯いた。 『でも…貴方には、学校や…友達や、家族がいるから…』 「そんなもの、いらない」 僕きっぱりと言った。 「家族なんて邪魔なだけだ、学校なんて面倒なだけだ。特定の友人なんて、いない」 捲し立てるように言う。 「僕が求めるのは君だけだ。君さえいれば、他の何もかもいらない」 本心だから。 君と一緒にいられる何より幸せな時間を、ずっと感じていたい… 『…現実との決別の、決心が付いたんだね』 「…え?」 彼女の言った事、その時はすぐに理解できなかったけれど。 『…もう、戻れないよ…?』 「かまうもんか。君と過ごせるならそれで僕は幸せなんだから」 何の未練も、この下らない現実にはない。 『…嬉しい』
そう言って微笑んだ彼女は何より綺麗で。 ああ、僕は…僕は君にこの身の全てを…
…画面の中から、彼女の手が僕に伸びる。 『これからは、ずっと…一緒、だよ』 頬に触れる冷たい感触。 彼女の白くて柔らかい、手… 僕はそっとそれに自分の手を重ねた。 『来てくれるんだね、私の世界へ…』 彼女の手を握る。
ふわりと身体が浮かんだような気がした。
吸いこまれる… 君の居た箱の中へ…
僕は君を抱き締める。 これからはずっと一緒だよ…
ここに居るのは、君と僕だけ。 二人だけの、世界… 僕の求めた、何よりの安らぎ…
…薄暗い部屋の中。 砂嵐のテレビ画面。 そこにあるのは、幸せそうに眠り横たわる一人の少年の姿。
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