日常の、平凡の、平和の、退屈な安穏の、絶望的に深い、何にも届くことのできない真っ白な平野の上に、寝っ転がったまま、毒づいているあなたに贈る。 あなたのとなりに。
* * *
夢を見ていた。
蒸し暑い季節のとある、木曜日、終電車に揺られて。
都内から来るたくさんの、汗臭い労働者たちはそれぞれの降車駅へと離散していき、 最後の特急停車駅を過ぎてからは、終着間近の各車両に、数えるほどしか乗客はない。
夢を見ていた。
しかしそれは何かの情景とか、思い出とか、あるいは支離滅裂なストーリーが繰り広げられるとか、そういった類の夢ではなく。ただただ、まぶたの裏の暗闇に、くすんだネオンカラーの光が、あるときは点滅し、またあるときは長い軌跡を描くとかいったような、およそ抽象的で何の感情ももたらさない映像であった。
あるいはそれは全く夢などではなく、自分のまぶたの裏の凹凸や、生まれつき水晶体に存在している傷のようなものが、車内の光に透かされて感知できるだけなのかもしれなかった。
夢を見ていた、と心の中で述懐したいだけで、実際は疲労のせいで眠りに堕ちることもできず、まぶたの裏の暗闇を、睨みつけていただけなのかもしれなかった。
意識はしかし朦朧としていて、電車のちょっとした揺れや、低い声音のアナウンスや、それを合図に減速する車輪の音などで、ふっと現実に知覚が戻ってくる。あと3駅、と頭の奥で唱えて、また眠りに堕ちていく。
ふ、と。 耳に届くそれら終電車の音、静まり返った車内の中でごく自然に耳に届いていたそれらの音が、 突然くぐもったような感覚に襲われた。
無意識に、薄眼を開けた。
土気色 すえた臭い
思考を止めたまま、目を見開くこと数秒。
それは、人の頭だと。
気付いて悲鳴をあげそうになった。 しかし、声を出すこと自体がどこかに引っ込んでしまったかのように。 叫びを発散することができない。
それは、座っている私に限りなく接近して立っている中年男性が、私の顔を至近距離で覗き込んでいる、という光景。
じわり、と 噴き出す細かな汗の玉 芯から冷える胸の内
頭を下げて、上目づかいで私を睨むその中年男性の口元が、 ニヤリと 粘ついた唾液の糸を引いて 笑った。
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