マールを伴って軍学校に赴くと、候補生達は教室ではなく、校庭に集められた、 演台が置かれているところを見ると、常識的には学校長の説示といったところか。 「やはり卿はフィロア公爵家の・・・」 ファルターの右腰に吊された皮のホルスターに細工された紋章を見て一人の候補生が声を上げると周囲がどよめいた。 「いや、これはリンからもらった物で」 「聞いたか・・」 「公爵夫人を呼び捨てに・・」 「ファルター候補生」 アレイがファルターに近付いて囁いた。 「フィロアではどうか知らぬが、王都では高貴な女性を呼び捨てに出来るのは家族か恋人だけだ。こいつらバカだから、あらぬ噂を広げられるぞ」 「それはリンも迷惑だろうな。それよりマールをありがとう、助かったよ」 「卿のものだ。好きに使えばよい」 「本当にもらうぞ?」 「いいと言わなかったか?」 「フィロアと慣習が違うようだから確認しただけだよ」 ファルターは王都とフィロアでの違いというところに何となく引っかかりを感じ 「ところで王都では、その、高貴な女性から武器をもらうことは何か意味があるのか?」 「高貴な女性自ら手渡すというのは一族に列するという意味があるよ。もちろん渡された方は忠誠と命をもってその返礼とするんだが」 「そういう事か」 「そういう事だ」 ファルターはリンの機嫌が急に悪くなった意味が分かったような気がした。
「諸君!」 演台に立ったのは眼帯をした神経質そうな老人で、胸を飾る勲章の数が歴戦の勇士だったことを物語っている。 「本来、卿らはここで半年の勉学の後、それぞれの戦場へ向かうはずであった。しかし戦場の風雲は急を告げ・・・」 候補生達は息をのんだ。 「・・・戦場へ行く兵達を指揮するための貴族が今王都には不足しておる。したがって学校からは速やかに将校と下士官1名ずつを派遣することとなった」 なんだ、とほっとする空気が漂った。 指名さえされなければ暫くは安泰、と囁く者もいる。 「下士官は狙撃教官のドリタ軍曹を、将校は君たちの中から募りたい。希望はあるか?」 ファルターは無意識に手を挙げていた。 「おお、いいぞいいぞ、こちらへ来たまえ」 ファルターが老人に歩み寄ると、老人はファルターのホルスターに目を留めた。 「候補生にしては見事な物だな」 「今朝リンからもらった、いえ、フィロア公爵夫人から下賜されたものです」 「そういう事か」 老人は眼を細め 「喜ぶがいい、奇遇にも戦場とはファラボロスである。卿の名は?」 「ファルターです」 「では、フィロア公爵ファルター、王から託された戦時権限により卿を少尉として小隊指揮権を授ける。階級章を受け取ったならば仕度を整え戦場に向かうがいい。小隊はドリタ軍曹に指揮させて向かわせる。どこに差し向ければよいかな?」 「デュロワ侯爵家にお願いします」 「承知した。さあ、行くがいい」
「マール」 倉庫で階級章を受領したファルターは使用人控え室に顔を出した。 「ファルター様!?」 驚いて立ち上がるマールに駆け寄ったファルターは 「戦場に出ることになった、すぐ帰って仕度する。これはあとで縫い付けてくれ」 そう言って階級章をマールの手に握らせた。 いきなりの乱入に驚いた他家の使用人達は呆然と成り行きを眺めている。 「さあ、時間がない、行くよ」 「ファ、ファルター様」 マールは急いで荷物をまとめるとファルターの後を追った。
「マール、ちょっと」 離れて歩くマールを手招くと 「少し話ながら歩きたい」 「はい」 「先ほど、フィロア公爵ファルターと呼ばれたよ」 「はい」 「・・・? 驚かないね」 「お忘れですか、今朝、私も居りましたのを」 「真っ赤な顔をしていたね」 「はい、女性からの求婚に立ち会ったのは初めてで、失礼しました」 「てっきり、僕がリンの脚に触ったのを見て恥ずかしがったのかと思ったよ」 「まさか・・・、あ、失礼なことをお尋ねしてもよろしいですか?」 「何なりと」 「今朝までは爵位をお持ちだったんですか?」 「父が戦場で名を挙げた一代限りの騎士だから、僕は無位無冠のただの人」 「とてもそうは見えませんでしたわ」 マールがほっとしたように息を吐いた。
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