「ここだよ」 リンがにっこり振り返った場所は花崗岩を積み上げた大きな門柱の前 赤と白を基調にした服や飾り羽根の帽子という、いかにも貴族の私兵らしい姿をした若者が2名で門を開く。 「ここは、デュロワ侯爵家ではないですか」 マールが目を丸くしている。 「そうだよ。何か問題ある?」 「い、いえ」 「リン、ここに入るのか?」 「そうだよ。せっかく門開けてくれたんだしさ、行こう」 リンは何のためらいもなく歩き出した。 ファルターもつられて歩き出すと、マールは肩をすくめて、少し2人から離れて歩き出した。 門脇の衛兵所から飛び出した兵たちが道路の両側に整列している。 上級貴族はすごいなと思いながらファルターはリンとともにまるで閲兵するかのようにゆっくりと歩き、兵の列を通り過ぎたところで振り返った。 恐縮しながら歩くマールの後方でゆっくりと門が閉まるのが見えた。
「ようこそファルター様」 うやうやしく開けられた正面玄関の扉をくぐると、20人ほどの使用人を背にして小柄な少女が左足を引いて膝を軽く曲げて一礼をした。 「リン様からうかがっております。私、三女のシェリーです」 ファルターが軽く一礼すると、シェリーは首を少し傾げてカールのかかった金髪を軽く揺らし 「当主も兄たちも不在ですが、出来る限りのおもてなしをさせていただきますわ」 「しかし、リン様って・・・」 「お茶の準備が整っています。どうぞこちらへ」 シェリーは長話は無用とばかりに青いドレスを翻した。 「ファルター様、荷物をお預け下さい」 マールがファルターに近付いて言った。 「お茶をされている間にお部屋に荷物を入れておきます」 「あ、ありがとう」 「勝手に服を取り出してクローゼットにかけてもよろしいでしょうか?」 「お願いするよ。あと、一番下にバスケット入ってるけど、その中のもの食べていいから」 「かしこまりました」 ファルターはマールに背負い袋を渡した。一緒にお茶会に付き合わせても居心地悪いだろうと思ったからである。
100人は収容できそうな広間に煌めくシャンデリアの下には毛の長い絨毯が敷き詰められ、大きなテーブルには白いテーブルクロスが掛けられ、3段のケーキスタンドにはサンドイッチ・スコーン・ケーキが彩りよく配されて、クロテッドクリームや様々なジャムは別に置かれている。 「失礼します」 髪の短いメイドが銀色のワゴンの上で淹れた紅茶をファルターの前に運んできた。 「その子はクルティス、紅茶を入れさせたら王国一です。だから残してもらったの」 クルティスは紅茶を運び終えると、ワゴンの後方に下がった。 「レディーシェリー、リンとはお知り合いですか?」 「シェリーと呼び捨てにして下さい、ファルター様。知り合いと申してもよろしいのでしょうか、リン様」 「友だちだって思ってるのは私だけかなぁ? シェリー」 「そんな・・・」 「リン、いったい君は何者?」 「私は私だよ。ファルター」 もしかして王女とか?と聞こうとしてファルターは思い止まった。 王女だったら何だというのか? 今一緒にいるために、はっきりさせる必要がある事なのか? 「シェリー」 「はい」 「デュロワ侯は開戦以来、砦に詰めておいでとうかがっているが」 「はい、兄たちもそれぞれ戦場に出ております」 貴族として戦場に立つのは王国では当然の事である。 「ファルター様も軍の指揮をとるために軍学校にお入りになったとうかがいました」 「上流貴族でもないのに物好きだと笑うかい?」 「とんでもない」 シェリーは激しく頭を振った。 「ファルター様は爵位が欲しくて嫌々軍学校に入る方たちとは違います」 そう言うと、リンの方をじっと見た。まるで、何故なら・・・と言葉を続けるように。
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