「間もなく着くぜ」 気が付くとトラックは街の中へ入っていた。 検問所の遮断機がちょうど開いたところだ。 「・・・ずいぶんと高い建物」 リンがファルターの胸に頭をもたれさせながら呟いた。 「リン、王都は初めて?」 「うん」 「僕もだ」 どこへ行こうというのか、大勢の人が右へ左へとせわしなく歩きまわっている。 交差点ごとに車の数は増え、交通巡査が右に左に車をさばいている。 「驚いたよ。リン」 「何が?」 「王都って、石造りの要塞のような物をイメージしていたけど、美しい建物だねぇ」 「美しい建物だねぇ」 「木や花や緑も多いねぇ」 「緑も多いねぇ」 荷台のやりとりを聞いていた運転席の兵士がわははと笑った。 「国王の住まわれるこの都を守るのが俺たちの誇りさ」
トラックは大きな門の前で停車した。 ちょうど他の若者もファルターのように学校に到着しているらしく、門は開放されている。 機関砲を牽引したトラックはよほど珍しいらしく、周囲にいた若者たちは皆足を止めて眺めている。当然そこから降り立ったファルターとリンも興味の対象となっているらしかった。 「じゃあな」 兵士は手を大きく振るとトラックを発車させた。
ファルターは門の向こうに見える建物をじっと見た。 「壁、白いねぇ」 とても戦乱のさなかにある都市の建物とは思えないほどに、白く輝いていた。 周囲の若者は皆、建物に向かって行く。 一人で行くものもあれば、ファルターのように少女を連れた者もいる。中には母親か乳母のような年齢のものと歩いている者もいる。 開け放たれた門をくぐると、建物に続く道には白い玉砂利が敷き詰められており、手入れの良い、短く切り揃えられた芝生が道の周囲に広がっていた。 ファルターは迷いなく白い建物の開け放たれた扉に向かって進んだ。 リンは2食分の食料を入れたバスケットを両手で持って、ファルターの直後をちょこちょこと歩いている。
受付は建物入り口に置かれた1つの机に座った2名、つまりは2カ所で行われ、自然と2列の行列が出来ている。受付が済めば、そのまま奥に進むようになっている。 受付は名簿の照合だけのようであり、それほど待つことなく右側の列に並んだファルターの番になった。 「ファルター?」 下士官服を着た受付の兵士が厚い名簿をパラパラと捲る 「えっと、どれだどれだ・・・」 リンがファルターの脇から顔を出し 「FじゃなくてVだよ」 兵士は一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐに名簿に目を落とし、Vの頁を捲った。 「え、あ、あった、これか」 (ただの村娘にしては育ちがいいと思ってはいたが、まさか字が読めるとは) ファルターは驚きを感じながらリンを見た。 リンは兵士がファルターの名簿に受付日時を書き入れるのを面白そうに見ている。 「ファルター候補生、受け付けは終了した。廊下をまっすぐ行って、被服を受け取りなさい。次、お嬢さん、名は?」 「えっ?」 驚いたのはファルターである。 周囲にいた若者たちも不思議そうに兵士を見た。 貴族の若者に付き従う少女は多い。今までは付き添ってきた少女を見ても兵士は名を問うことはなかった。使用人は黙っていても表示通りに使用人用の控え室に向かうからだ。 「リン」 兵士はパラパラと名簿を捲った。 冗談でやっているのではない事は明白である。 「ない、な。女性でリンという名前の登録はない」 「だめ?」 「少なくとも今日は、お嬢さんの被服はない」 「そう・・・ファルター、あのね、私宿を取りに行くから、バスケット持ってくれる?」 「リン?」 「その中の、食べちゃっていいから」 受付の兵士は2名とも受付業務を中断してやりとりを聞いている。 ファルターがバスケットを受け取ると、リンはくるっと背を向けて出ていこうとした。 「お嬢さん、ちょっと」 右側の受付の兵士がリンを呼び止めると、机の中から何か用紙をとりだして大急ぎで書き付けると封筒に入れ、リンに差し出した。 「ありがとう」 リンは中を確かめる事もなくそれを受け取ると、軽い足取りで建物を出ていった。
「卿は」 ファルターの隣に立っていた若者が眼鏡のずれを直しながらファルターに問いかけた 「あの子の主人ではないのか?」 「主人、ではない」 ファルターはどう答えればいいか見当がつかなかった。 「少なくとも、そういう間柄ではないよ」 「では、着替えはどうするのだ?」 「はぁ?」 「使用人がいなくては困るではないか」 (どこの貴族のバカ息子だ?) ファルターはその若者を半ば無視して廊下の奥にある倉庫へと向かった。
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