窓から射し込む柔らかい朝の陽射しに目を覚ますと、かすかに小鳥のさえずりが聞こえてきた。 ファルターが上体を起こすと、肩から毛布がずれ落ちる。 そうだ。昨夜はソファーで語らううちに冷えてきたので一緒に毛布にくるまったのだった。 ゆっくりと立ち上がる。 リンは傍らにいない。 まるで、最初から存在していなかったかのように。
窓には王都を囲む山々が映り込んでいる。 窓を開けると冷涼な朝の空気が流れ込んでくる。
ざく、ざくと小石を踏みしめる音が近づき、遠慮がちに扉が開いた。 「あ」 リンは窓辺に立っているファルターに気付くと、少し気まずそうな顔をした。 「おはよう、リン。朝の散歩かい?」 ファルターはまるで何の不安も感じていなかったかのように明るくリンに話しかけた。 「髪がかゆくなって」 リンは顔を赤らめながら 「滝壺まで髪洗いに行ってた」 そう言うと腰まである長い髪を身体の前に抱えて見せた。 洗いたての髪は黒く艶やかに輝いている。 「滝壺かぁ」 扉を後ろ手で閉めたリンの服はぐっしょりと濡れており、まるで泳ぎに行ってきたかのようだ。 「とりあえず、何か服を借りて、乾かすといいよ」 「うん」 リンはパタパタと奥の部屋へ駆け込んだ。 どうやらあまり見られたくない姿だったらしい。
机の上にある、凝った彫刻入りのラジオのスイッチを入れると、サンサーンスの白鳥が流れてきた。 「こんな立派なラジオがあるなんて、この家の主人はよっぽど稼ぎよかったんだな」 「ラジオ?」 いきなり流れた音楽に驚いたのか、リンが着替えもそこそこに部屋に入ってきた。 肩のふくらんだレース付きの白い半袖ブラウスに刺繍入りの赤いスカート。 このあたりの民族服に違いなかった。 しかも、これは祭り用の一張羅で、だからこそ残されていたのだろう。 「リン、ベストはなかったかい?」 「あったよ、でも暑くなるの分かってるのに着る事ないでしょ」 「着ていく気満々だね・・・」 「似合わない?」 「いや、とてもよく似合うよ」 「じゃあ、着ていく。ちゃんと私の服残していくから」 たぶん対価としては釣り合わないだろう。 「それよりファルター、チーズはいかが? パンもあるわよ。ふすま入りだけど」 「いただくよ。しかし、リン」 「なぁに?」 「かなりいいところの出身だね」 「なんで? 髪洗ったから?」 「いや、普通はわざわざふすま入りだなんて言わないからね」 リンは意外そうな顔でファルターを見た。
「よぉ、ぼっちゃん」 ファルターとリンが仕度を整えて広場に出ると、今日は昨日よりも小さいトラックが止まっていた。 「王都に行くんだろう」 「はい」 「乗っていかないか? ちょうどあれの修理出さなきゃならんので王都へ行くんだ」 あれと言って指さしたのは、4人がかりで押してくるトレーラーで、金属が鈍く光を放っている。 「あれは?」 「機関砲だよ。低空で近づく飛行機を撃退するためのものさ」 トレーラーは手際よくトラックに接続された。 「良かったら荷台に乗んな。軍学校は整備工場の近くだから送ってってやるぜ」 フォルターとリンは顔を見合わせた。渡りに船とはこの事である。 「お願いします」 フォルターはトレーラーの接続部に足をかけて荷台によじ登った。 リンに手を伸ばすと、リンは手をつかんだものの、事もなげに跳躍してフォルターの隣に収まった。スカートが一呼吸遅れてリンの足に垂れる。 他に荷台に乗る者はいないので、固まって座る必要はないのだが、フォルターとリンは山側の座席に寄り添って座ると、足許に荷物を置いた。
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