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作品名:ファラボロスの虹 作者:大野原

第2回   王都前夜
「リン、大丈夫?」
ファルターと王都に向けて歩き出して4時間
最初はついてこられるのかなと心配もしたが、どうしてどうして
小柄なのに歩く速度はファルターより速い。
しかし、急な登りに差し掛かって、さすがにペースが落ちてファルターと並んだ。
「おなかすいた・・・」
リンはそう呟くとファルターを上目遣いに見た。
ファルターはポケットから革袋を取り出すと、その中に入っていたデーツをリンの口の前に差し出した。
リンは迷いなくそれを口にすると
「甘い」
幸せそうな顔をした。
「もう少し行けば、村があるだろう。そうしたら乾燥肉か何か分けてもらおう。それまでがんばれ」
「うん」
リンは元気が出たと見え、またスピードを早めてファルターより前に出た。

「ファルター」
カーブでリンが立ち止まるとファルターを呼んだ。
「村があるよ」

丘の上に村落はあった、
平たい石を積み重ねた石垣が家を囲っている。
丘の頂上では高射砲が2門、砲身を空に向けている。
「リンの村もこんな感じだった?」
「ううん」
リンは頭を振った
「大砲なかった。だから飛行機来たんだわ」
高射砲を見るリンがどこかうらやましそうだった。
「どこか泊まれればいいけど」
ファルターは高射砲の置かれている手前の広場でトラックから箱を下ろしている兵士たちに近付いた。
「こんにちは」
兵士たちは作業をやめてファルターを見た。
「やあぼっちゃん、どこから来た?」
「南フィロアから」
「王都に行くのかい?」
「はい、軍学校に」
「そうか、もう少しだぜ」
「今日はここに泊まりたいのですが」
「少々やかましいが、それでいいなら」
「やかましいのですか?」
「ああ。敵の飛行機が来れば俺たちは砲を撃つし、敵だって俺たちをつぶしに来る。このご時世に軍学校に入ろうなんて根性だ、爆弾や機銃掃射が危ないから避難しろなんて言わん。ここで観戦するもよし、避難するもよし、好きにするんだな」
「毎日空襲が?」
「毎日じゃないが、天気のいい日には王都目指してやって来やがる。俺たちは王都に近づかんように弾幕を張るのが仕事だ」
そうだそうだと他の兵士たちも声を上げた。
「砲のまわりの家は俺たちが間借りしている。ドアに数字が貼り付けてある家だ。それ以外は無人だよ。住民は避難している」
「わかりました。今日はここでお世話になります。家に入ってもかまわないですか?」
「いいぜ、ただし使った分の食料とかの代金とかは置いておけよ」
「わかりました」
兵士たちは一緒にいたリンには興味を示す事もなく作業に戻った。
「その家を借りよう、リン」
「うん」
ファルターとリンはドアに数字の書いた紙が貼り付けられていない一番手前にある家を選んで入った。

避難している、にしては家具や食器、ランタンなどの照明道具や食料などはそのまま残されていた。知り合いの家にでもとりあえず避難したのかも知れない。
「水瓶に水も残っているな」
ファルターは水瓶の水を掬って飲んだ。
今度はリンも止めなかった。
「ちょっと青臭いけど、大丈夫だよ」
「チーズも腸詰めも、じゃがいももある」
リンは食料を見て目を輝かせた。

「ファルター?」
料理を一口食べて驚いた顔をしているファルターを見てリンが声をかけた。
「リン、料理はお母さんから習ったの?」
「うん、これはお母さんの味だよ」
「そうか・・・」
「どうしたの?」
「いや、とても懐かしい味に感じるんだ。なんだろう、リンのお母さんを知っているはずないのに、この味は確かに知っている」
「思い出せない、思い出の味?」
「うん、あ、ごめん・・・」
「? 何でファルターが謝るの?」
リンは不思議そうな顔をしてファルターの目をのぞき込んだ。
「家族の事を思い出させてしまった」
「うん」
リンは優しく微笑み
「思い出したよ。でもファルターが謝ることじゃないよ」
「・・・リン」
「なぁに?」
「これからも、ずっと、リンの料理が食べたい」
リンは目を見開いて、しばらくは固まったように動きを止めていたが、やがて顔に満面の笑みを浮かべて
「うん!」

その夜、王都は霧に包まれた。
ファルターが泊まる村の周囲も雲が低く垂れ込め、砲声で目を覚ます事はなかった。


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