「いつ境界線が切り直されてもいいように、準備を」 ファルターが指揮所に戻ると、すでにサムエルは数種類の作戦図を地図上に展開させ終わっていた。 「ファルター様のご指示さえいただければ、攻勢であろうと局地的な逆襲であろうと発動可能です」 「物理的には?」 「当面の敵連隊の撃破と、予想される敵主力の動きに対する対処分の弾薬燃料に問題はありません」 「むやみに戦果拡張を図るつもりはないよ」 「どういう態勢に持ち込まれますか?」 「ファラボロス北にある峡谷内に我が部隊、敵は扇状地に広く展開するような態勢で固定させる」 「敵にとっては分散しつつ火力を集中できる、受け入れやすい態勢ですな」 「こちらにとっても、王国軍だけの勢力で充分防御できるだろう」 「そういう態勢に持ち込めるよう、運用案を詰めて、後ほど報告します」 「頼むよ」 サムエルは早速各参謀に集合を命じている。 ファルターは司令官室でとりあえず泥だらけの服を着替えることにした。
「ファルター様」 着替えが終わって椅子でくつろいでいるとマールが食事のトレイを持って入ってきた。 「ああ、ありがとう、マール」 マールは満足げに微笑むと 「リン様も着替え終わりましたので、お食事が終わったらお呼びしますわ」 「いや、僕の方から行くからいいよ。それよりマールは食事終わった?」 「いいえ、お二人の時間になりましたら、ゆっくりいただきますから」 「マール」 「はい」 穏やかな表情のマールに、ファルターは以前から少し気になっていたことを尋ねてみた 「君にとって、いきなり訳も分からずに主人が替わって今こうしているんだけど、前の生活の方が良かったとか、もっとこうして欲しいんだけどとかって思う事はない?」 マールは質問そのものに驚いたようで、しばらく考えていたが 「ファルター様、私が言いたいことを言えずに苦しむような人間でないことをファルター様はご存じだと思っていましたが、違いますか?」 「違わない。君がはっきり意見を言う場面を見ている」 「私はファルター様やリン様とお会いできて幸せだと思っています」 「うん」 「今こうしてファルター様にお仕えすることに不満はありません。答えになっていますか?」 「主人側の方で前の主人と比較するようなことは言うなって事だね、分かったよ。悪かった」 「その様なことを申しているのではありません。前の主人の悪口ならばいくらでも並べ立てることが出来ます。でも、それはファルター様がお望みにならないと確信しています」 「その通り」 「私はただ、ファルター様にお仕えすることが喜びなのです」 「ありがとうマール。決してその言葉は疑わないよ」 マールは微笑みながら一礼をして退室した。
|
|