「ねぇ、ファルター」 星明かりさえない雨の夜、それも木の下にいるから手が触れるほどの距離にいないと相手の姿さえ分からない。木の下にいるのはもちろん雨宿りのためではなく、ずっと山道を歩いてきて上がった息を整えるためである。 いくら雨音が少々の音を隠してくれるとは言っても、自軍の歩哨線から前に出た以上大きな声を出すわけにはいかない。 リンはファルターの耳に唇が触れるくらいの距離で囁いた。 「1つだけ気になっていることがあるの」 「なんだい?」 「ファルターはほとんど何の説明も受けずに、何の説明もせずに出てきたじゃない。ファルターがどうしたいのか教えて欲しいんだけど」 「ああ」 確かにリンが言うとおり、だいたいの状況を聞いて、何をするつもりなのかも言わずに王国軍の指揮所に向かっている。 「僕はね、ただ知りたいんだ。実際に何が起きていて、何をどうすればいいのかを」 「自分の目で?」 「地図の上でなら、考えられる全てのことはあの人達がもう考えてくれていると思うんだ。ただ、たくさんの扉を用意してくれていても、それを開く鍵と開こうとする意思がなければ」 「そっか」 リンは頷くと、水筒を取り出し一口飲むとファルターに渡した。 ファルターも一口飲んで水筒をリンに返した。
「ここから先、敵方への下りになるので1個分隊を先行、1個分隊を同行、帰りの援護のために1個分隊と機関銃を尾根沿いに展開します」 ドリタ軍曹がファルターの同意を得て兵力の配置を始めた。ただ、暗いのでファルターの位置からは何をしているのかは分からない。 やがて10名ほどの兵がファルターの隣を通り過ぎた。 「マール、起きてる?」 「は、はい」 「ここから先はかなり危険だと思うから、マールはここにいてもいいよ」 「いいえ、ファルター様」 マールはきっぱりと言った。 「死ぬときはどこにいたって死ぬんですし、そんなことよりもファルター様をお世話するという使命の方が大事ですわ」 「ありがとうマール、じゃあ、行こうか」
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