由依の家は私と同じ方向にある。 なので、同じバスに乗って帰るのはいつもの事だ。ただ、私の家の方が遠いので、普段は途中で由依が降りるのだが、今日は私の家に来ると言うので、由依が普段使うバス停を過ぎても、二人で乗っていた。 いつもはここから一人なのに、今日は二人。ただそれだけだったが、何か新鮮な気がした。 バス停で降りると、しばらくは民家と田んぼが並ぶ小さな道を話をしながら歩いた。 由依は少し浮かれているのか、声がいつになく弾んでいる。 「由依。残念だけど、しばらく真は来ないわよ」 期待している真がいつ帰ってくるか分からない。 なぜか私は少し意地悪したくなって、そう言った。 「分かっているわよ。あのバスに乗っていなかったんだもん。一時間は帰って来ないってことでしょ」 浮かれ気分に水をさされたためか、少しふくれっ面気味で由依が言う。 「そう。そう言う事です。よくできました」 「あんたねぇ!」 私のからかったかのような言い草に、由依はそう言った。 そして、二人は顔を見合わせ、笑った。
やがて、私の家の敷地の前に到着した。門扉を開けると、家の建物まで続く石畳の小さな道がある。二人はそこを通って、家の建物まで進んだ。そして、私は家の建物の玄関のカギを開けた。 「ただいま」 「お邪魔します」 家の中からは返事は無い。 もう祖父は仕事を辞めているので、私が帰る頃には家にいる事が多いのだが、今日はどこかへ出かけているようだ。 私は由依を私の部屋に連れて行った。
私の部屋はベッドとクローゼット、机、本棚があるだけの普通の部屋だ。二人でベッドに腰掛け、話をしていた。女子高生の会話はあっという間に時間が過ぎる。気づくと、あれから2時間近く経っている。 「ピンポーン」 その時、廊下で音がした。 これはチャイムではない。誰かがこの家の表のドアを開けた事を知らせているのだ。 この家のセキュリティは色んな事を教えてくれる。 もし、そのドアを壊していれば、この音はある音楽になるのだ。 それが警報音でないのは、相手に悟られないためらしいのだが、警報音で威嚇したほうがいいと私は思っている。 「誰か帰ってきた」 私が由依に言う。 由依の顔に喜色が浮かんだ。真を期待しているのだろう。 私は窓から下を見た。由依の期待通り真だった。 「帰って来たのは真だよ」 「河原君?ここに呼ぶ?」 あの白石の行動力に刺激を受けたのか、由依もえらく積極的だ。 しかし、私の部屋に呼ぶのはごめんだ。 「それは無し。由依が真の部屋に行ったら?」 「えっ?入れてもらえるかな?」 「さあ?言ってみたら。でも、入れてくれたとしたら、たぶん初めての女の子だよ」 そこまで私が言った時の由依の表情は驚きとうれしさが入り混じった感じだった。 その表情で、私はその言葉に続けて言うはずだった私以外のと言う言葉は止めておくことにした。 「本当に?」 続いて、由依がそう言った時の表情には闘志がみなぎっているように見えた。 どうも、私の言った言葉が由依の心に火を点けたようだ。 長い付き合いだ。私は由依の願いを叶えさせるため、由依にある作戦を授けた。 「ただいま」 階下から真に声がした。 私は部屋を出て、真に声をかけた。 「おかえり」 「おかえりなさい」 背後から由依が言った。 「あれ?川嶋さん?」 階下で真が言う。 「はい!川嶋です」 自分だと声で分かってくれた事で、由依は少しうれしそうだった。 私はそれだけでなく、私が家に連れてきている友達と言う所でも判断したのだと思っていたが、あえて由依には言わないでおくことにした。 「真。ちょっと来てよ」 「何か用?」 そう言いながら、真が階段を上がって来た。私は由依と一緒に廊下に出ると、私の部屋のドアを閉めた。 「お邪魔しています」 由依が真に言ったが、私はそれはちょと違う気がした。 私から言わせれば、居候である真に言う言葉ではないと思うのである。 「あ、いえ。 で、何?」 真は私に呼んだ理由を尋ねて来た。 「由依が真の部屋見たいって」 「は?俺の部屋?」 「はい」 私が肯定するより早く、由依が答えた。 「何で?」 「好きな人の部屋に入ってみたいんです!」 とは、言う訳にもいかず、その答えに由依が困っているようなので、代わりに適当な答えを私が言う事にした。 「男子の部屋って、どんなんだろうって、話になったのよ。興味あるじゃない」 「そうそう」 由依は思いっきり、私に同調した。真はちょっと、迷っているようだ。まあ、そりゃそうだろうが。しかし、由依のためにも、ここで引き下がれない。 「何か、入られると困る事でもあるの?いや、物かな?」 「ばか言うなよ。何もないよ」 「じゃ、いいじゃない。行こう!」 私はそう言うと、由依の手を引っ張って、真の部屋に向かった。 真の部屋は階段を挟んで、私の部屋の反対側にある。 「おいおい!」 真はちょっと焦った表情で、私達の行く手を遮ろうとした。 「何よ。いいじゃない」 私は由依をひじでこついた。私のサインを読みとった由依は、手を顔の前で合わせて、お願いの仕草を取った。 「お願いです。一度だけ、見せてください」 由依はそのポーズで、頭を下げたままじっとしている。 「うーん。困ったなぁ」 お前は女の子の願いを断れる奴じゃないはずだ。私はいつ真が折れるか待っていた。 「少しだけだよ」 「はい。ありがとうございます」 由依はすごくうれしそうに、そう言って再び頭を下げた。
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