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作品名:Pandora 作者:あすか

第5回   幼き日の悲劇
 あの日、4歳だった私は両親と真一家と共に、キャンプに来ていた。
 私達は川原近くにテントを張り、バーベキューの準備をしていた。
 周りには同じような家族連れや、若者達で溢れていた。
 「結希。危ないから、火に近づいちゃだめよ」
 「うん。分かってるって」
 私は食べ物より、川での水遊びの方に興味があったので、バーベキューには見向きもせず、川に近づいて行った。
 川の水は足を入れると、ひやりと冷たい感触が気持ち良かった。
 少し離れた所には小さな魚が泳いでいた。私は捕まえたくて、ひっそりと近寄ったつもりだったが、魚達はいち早く逃げて遠くへ行ってしまう。
 「あん、もう」
 私は逃げられた事が悔しくて、そう言った。私は川の中の生き物を追いかけるのに熱中した。
 そんな私が楽しそうなのにつられてか、真もやって来た。
 私達は目を凝らして、また魚を探す。少し先のきらめく水面に、多くの小魚が固まっているのを見つけた。私達はまたそっと近づき、捕まえようとする。しかし、小魚達が逃げるのは、やはり素早かった。
 「あん、もう」
 私は再びそう言うと、悔しさを我慢できず、足で川の水をぱしゃぱしゃした。

 そんな時だった。銃撃音が耳に届いた。
 「何?」
 私は川の中で、立ち止まって、辺りを見渡した。
 キャンプ場の大人たちも騒然としていたが、まだ何が起きたのか分からず、状況を確かめようとしている感じだった。

 このキャンプ場は大きな公園に隣接していたが、その公園にある野外ステージで、反政府集会が行われようとしていたらしかった。そこを、治安部隊が襲撃したのだ。
 これが反政府的な国民に銃が向けられた初めての事件だった。
 想像もしていなかった事態にその場にいた多くの人達が、瞬く間に凶弾に倒れた。治安部隊の銃撃から逃れようと、人々は治安部隊とは反対方向に逃げ始めた。その先には私達がいるキャンプ場があった。

 しばらくすると、キャンプ場に逃げ惑う人々が到達し始めた。その異常さにキャンプ場にいた人達も逃げ始めた。
 「結希!」
 私の父が私を大声で呼んだ。
 「真!」
 真の母の声も聞こえた。
 私は両親がいる場所から魚を追っている間に少し離れ過ぎていた。
 私は慌てて、父の所に戻ろうとしたが、その間には野外ステージの方から逃げて来た大勢の人達がいて、私にはどうする事も出来なかった。
 やがて、銃声は近づき、あちこちで血しぶきがあがり始めた。
 真はその人の波を越えようと突っ込んで行った。逃げようとする人々の間で、倒れる真の姿が人波の隙間から見えた。
 「真ちゃん!」
 私が叫んだ時、銃声はすぐそこまで来ていた。
 私はますます怖くなって、両親の所に行きたかったが、目の前の人の波を越える力の無い私にはどうする事も出来なかった。私が恐怖に震え、立ちすくんでいると、私の目の前の人達も血しぶきを上げ、倒れて始めた。
 「怖い!」
 私がそう思った時、目の前の男の人が倒れて来て、私に覆いかぶさった。そして、その上にさらに人が倒れてきた。
 「重い!助けて!」
 私はそう言いながら、何とか覆いかぶさって来た人たちの下から逃れようとした。私が足掻いていると、私の手に何か温かいぬるっとしたものが触れた。
 何?
 そう思いながらも、私は一生懸命そこから脱出しようとした。
 そして、私はようやく、その人の下から、抜けだした。その頃には銃声は遠くに移っており、私の目の前に立っている人はいなかった。

 私はさっき触った温かい物が気になったので、手を見た。そこにはべっとりとした血が付いていた。
 「いやぁー!」
 私は絶叫しながら、手を振って、血を取ろうとした。取れない。嫌。助けて。お母さん、お父さん。
 私は両親を探した。
 さっきまで、父が火を起こして、野菜を焼き始めていたコンロはどこにあるのか分からなかった。あちこちにバーベキューの残骸が転がっていたが、そのどれが私の家の物なのか、分かることなどできそうにない状態だった。
 私はあわてて、この辺ではと思うところに駆けより、両親を探した。そして、私は父と同じ服を着た人が倒れているのを見つけた。
 「お父さん!」
 そう思って、駆け寄った。その男の人は頭の一部が無く、血まみれだった。
 「違う。違う。お父さんじゃない!」
 私は泣きながら、そう信じたかった。私はその事実に目をつぶり、母親を探した。
 「お母さん!」
 私は倒れている母を見つけ、駆け寄った。
 「結希。大丈夫だったの。良かった」
 それが私が聞いた母の最後の言葉だった。近くには真の両親も倒れていた。

 幸い、真は一命を取り留めたが、後遺症は大きく、脳にも障害を負い、下半身不随で、何年も一人で私の祖父の大学病院に入院していた。
 「私は両親を奪った政府と言うものをを許さない」
 その気持ちだけはずっと持ち続けてきた。


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