私は自分には身に覚えが無い、この男の人の腕を握りつぶしたと言う噂から一生逃れられないのではないかと思うと、暗くならざるを得なかった。 そんな私を由依は励まそうと思ってか、にこりとほほ笑んでいる。 私は由依の気持ちに応えようと、にこりと微笑み返したが、どこか不自然だった。 その時、白石と目があった。私は何だか、そんな心を見透かされたような気がして、目をすぐに逸らした。 「早川さん。元気だしなよ」 白石が言ったが、私はそんな在り来たりな言葉は不要だ。 そんな事で、元気になれる訳がない。 「僕はさ。あんな話、信じていないけど、たとえ万が一そうだったとしても、僕は早川さんが大好きなんだ」 私は耳を疑った。 今のは白石の告白か? 私のイメージでは、そう言う事は手紙や電話で相手にだけ伝えるか、二人っきりの時にこっそり言うものである。こんな大勢の前で言うことではないはずだ。 「おお!」 教室の中を大声が駆け巡った。 私は本気に取っていいのか、悪い冗談なのかも分からないため、何の反応できず、驚いた顔をして由依の横で立ったままだった。
その日、私は色々な事があり過ぎて、家に着いた時はもうぐったりだった。 私の家にはいつの頃からだったか、監視カメラとかがそこら中に付いていて、セキュリティ万全である。祖父は大学病院の第一外科部長だった事もあったが、それにしては大げさ過ぎるセキュリティだ。 「ただいま」 私はすぐにでも、ベッドに寝転がりたい気分だったが、私にはしなければならない事があった。それは夕食の準備である。 この家には私と祖父、そして河原真がいる。 この家の決まりでは、食事は見事なまでの当番制で、男も女もない。そして、大人も子供も無い。今日は私の番なので、疲れていても、食事を作らない訳にはいかない。 私は制服の上にエプロンをかけ、キッチンに立った。今日のメニューはクリームシチューである。冷蔵庫から、チキンの胸肉を取り出すと、私は一口大に切っていった。続いて、野菜である。人参、玉ねぎ、じゃがいも。 油を引いた鍋にチキンを入れて適度に炒めると、続いて野菜である。野菜も炒め終わると、小麦粉を振りかけ、もう一度軽く炒めた後、水を入れた。 コンソメとローリエを入れ、煮込み始めると、私はフランスパンを切り始めた。そして、生ハムのサラダの用意をした。 クリームシチューの仕上げは塩とコショウである。これで味を整えれば完成である。 私がそんなふうに、夕食を作っている間、祖父と真はリビングでソファに腰掛け、TVを見ていた。TVのニュースでは、何かの騒動を伝えているようだった。 独裁的で私腹を肥やしている大統領に対し、民主化運動が過激化し、それを鎮圧する。 そんなニュースがこの国では時々流されている。私の両親もその巻き添えで犠牲になっている。それだけに、またかと言う気持ちで、TVに目を向けた。 TVに映し出されている大勢の人が逃げ出すその映像、まさにその光景は両親が亡くなったあの日と同じように見えた。
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