私は真の案内で白石がいる病室に向かった。真が私を連れてきた病室は大部屋で、その中には6つのベッドがあった。 真はその病室に入ると、奥のベッドを指差した。 そこに横たわる患者は石膏で固められたギブスと思われるもので、体中が固定されている。
「あれが、白石?」
その姿から、私でも白石は体中に骨折があり、かなりの重傷であろうことが分かった。
「ごめん」
私は心の中で呟いた。そして、頬を伝うものを感じたので、すぐに腕で拭った。 その時、私はようやく白石のベッドのところに一人の中年の女性が心配そうに座っている事に気がついた。
「白石のお母さん?」
私は少し迷ったが、一人で白石の所に行く事にした。 私は真を手で病室の外へ押し、帰れと言う合図を送った。 真は私の意図を汲み取り、手を軽く上げ、じゃっと言う仕草をすると、病室を出て行った。 「すみません」
私は近づきながら、その女性に声をかけた。 白石の母親と思われる女性は私を見た。
「はい。どちら様で?」
「同級生の早川と言います。白石君は?」
「今、眠ってます。 あなたですか? 卓也と一緒に襲われた女の子と言うのは?」
「あ。はい。白石君に助けていただいて。ありがとうございます。 なのに、こんな事になってしまって、私、何て言ったらいいのか」
私は白石に言う言葉も見つけられていない。 ましてや、その母になんて、どう言ったらいいのか、全く私には分からず、そこで、言葉が止まってしまった。
「ううん。あなたが無事でよかったわね」 「でも、白石くんが」 「この子はあなたを守ろうとしたって、聞きました。 やっぱり男の子だなって、思っています。 これで、あなたにもしもの事があったら、この子の怪我は無駄になってしまいますが、あなたが無事ならこの子の怪我も報われるってもんじゃないでしょうか」 「でも、やっぱり、私。すみませんでした」
私はそう言って、白石の母に深々と頭を下げた。
「こっちに来てやってくれませんか」 「はい」
私はそう言うと、白石のベッドの横に立った。
白石の体は顔も含め、体中ほとんどの箇所にギブスや包帯が巻かれ、怪我をしていない場所は無いのではと思うほどだ。 私はそんな白石を見ていると、また涙があふれて来た。
「白石君。ごめんね。ごめんね」
私は白石のベッドの横に座りこむと、白石の身体にまかれた包帯の上から触った。 私は何も言わず、ずっと白石に触れていた。 どれくらい時間が経ったのか分からないが、白石は目を覚ました。
「お母さん?あれ、早川さんも?」
白石は母親を見た後、私の方を包帯の隙間から見た。
「怪我は無かったんだ。よかった」
白石は私に向かって言った。
「ごめんね。ごめんね」 「何も早川さんが謝る事はないだろう」 「ううん。私をかばってこんな事になったんだもん」
私は本当にもう白石に怪我をしてほしくない。そんな気持ちがこみ上げて来ていた。
「ねえ。今回の事はありがとう。でも、もう私にかまわないで」 「どうして、そんな事を言うの?」 「だって、私、白石君が怪我をするのをもう見たくないの。 私に関わっていると、また怪我するかも知れないもの」
私だって、白石と関わらないことは嫌だ。でも、白石が傷つくのはもっと嫌だ。 そんな気持ちが涙になって、溢れて来た。
「何言ってるんだい。早川さんは分かってないな。 たとえ、僕が怪我をしなかったとしても、早川さんがいなくなったり、もしもの事があったら、そんな世界の僕はもう死んだに等しいんだよ。 どんな怪我をしても、早川さんが無事な世界でこそ、僕は生きているんだ」 「馬鹿。白石君の馬鹿」
私の涙は止まらないくらい溢れて来た。
「こんなになっても、私は何もしてあげられないのに?」 「あるよ。出来る事」 「何?」 「僕の事を白石君ではなく、卓也って、呼んでくれない?」 「馬鹿」
私は白石の事を本当に愛おしくなってしまった。 それはもう止められないくらい。 今日も、このままここで一緒に眠りたいくらいだった。
「卓也」
私が小さな声で言う。
「聞こえなかった」 「卓也」
聞こえていたはずだったが、もう一度声を大きくして言った。 「何だい。結希」
両親や祖父は私を下の名前で呼んでいたし、家の中では真も私の事を下の名前で呼んでいたが、それ以外の男の人から下の名前で呼ばれるのは初めてである。 私はこんな大変な時だと言うのに、何だか少し嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気分だった。
気を利かしたのか、呆れたのか、私がふと気付いた時、卓也の母親はいなくなっていた。
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