次の日の朝、私はいつものように学校に向かうバスに乗った。 このバスにはそれほど多くの人は乗っていないが、同じ学校の生徒達が何人か乗っている。 私はバスに乗り込むと、いつもの場所と言ってもいい奥のシートを目指した。その時、バスの中を歩く私にまとわりつく視線を感じた。中には隣りの人とひそひそと囁きあう者もいる。 「何?変なの」 私はそう思いながら、いつもの座席に座った。 それからしばらく、私は一人でバスに揺られていた。いつものようにぼんやりと外の景色を眺めながら。そんな間にも、露骨に振り向いて私を見る生徒もいた。 そして、私に向けられたそんな視線の原因を知ったのは由依がバスに乗ってきてからだった。 「結希。昨日、あんた何も言わなかったけど、とんでもない事になっていたんだね?」 おはようのあいさつも無しに突然、由依がそう言った。 大変なこと? 私には心当たりは当然あったが、それが知られているとは思っていなかったので、首を傾げて見せた。 「結希んちをあの化け物が襲い、しかも一体は生け捕りにして撃退したんだって?」 やっぱり、それかとは思ったが、どうしてそれを知っているのかは分からなかった。 「どうして、それを?」 「何言ってるのよ。TV見てないの?」 「TV? そう言えば、昨日はそんな余裕無かったな。何かあったの? もしかして、さっきの話、TVでやっていたの?」 「そうよ。みんな見てるわよ。住所や家まで映ってるんだから、知っている人が見たら、あれが結希んちだって、ばればれよ」
私はそう言えば、工事の職人さんがそんな事を言っていた事を思い出した。でも、まあ、TVで報道されたとしても、そんな事は大した事無いだろうとしか考えていなかったのだ。
「放送されたのなら、仕方ないわね」 「じゃ、やっぱり本当だったの?」 「うん」 私はその時、バスに乗り合わせた学校の生徒達が、聞き耳を立てている事に気づいた。私がバスに乗った時に感じた視線はこれだったんだ。
「生け捕るのに使った落とし穴もTVで見たけど、あんなのどうして、家の中にあったの?」 「そうなのよ。それは私も知りたいところなのよ」 「知らなかったの?」 「うん。今回初めて知ったの」 そんな話をしている内に、バスは学校の前に着いた。
私はいつもどおりの気分で、由依と話をしながら、校舎の中に入り、教室を目指した。 教室に近づいた時、中は結構騒がしかったが、私達が入るとぴたりと静かになり、みんなの視線が私に集まった。 私は昨日の事で、興味本位に見られている事に気づいたが、無視して自分の机に向かって歩き始めた。 「なあ、早川」 そう言いながら、この前、私をからかった遠藤がやって来て、私の進路をふさいだ。 「何?」 私は嫌な予感を感じながら、とりあえず答えた。 「お前んちにやって来た化け物を捕まえたんだろう?」 「うん」 私はこいつの事だ、次に言う事が浮かんできた。それを避けたくて、それだけ言って、横を抜けて行こうとした。 「あれって、早川がやっつけたの?」 遠藤は私の進路をふさぎながら、そう言った。私の頭の中にはさっき浮かんでいたこの話の続きが現実味を帯びて来たので、悲しさがこみ上げてきた。 「違う」 そう答えたって、次はどうせあの話だ。私はその言葉も飲み込み、どうしていいのか分からないまま、こみ上げてくる悲しさに涙しそうになったその時、私の前に別の男子の背中が映った。
「何?」
そう思った時には、私をからかっていた遠藤は殴られていた。 殴られた遠藤は一瞬後退したが、怒声をあげ、私の前に立った男子を殴り返そうとしている。 「何?どうなっているの?」 私はまだ事態を飲み込めていなかった。 最初に殴った男子は、顔面を殴り返され、私のところまで倒れこんできた。白石だった。口を切っているのか、口から血が出ている。 「私をかばってくれたの?」 私は心の中で、そう思った。さっきまで、私を飲み込みそうなまで、こみ上げてきていた悲しさは突然の事件で、私の心の中で消え去っていた。 私は飛ばされてきた白石を支えた。
「くそっ。俺はお前を許さない」
そう言うと、白石は再び向かって行った。でも、とてもじゃないが、遠藤は白石の敵う相手ではない。私はそう思っていた。それなのに、何故か白石の背中は大きく感じた。 殴りかかった白石は軽くかわされ、再び殴られようとした。しかし、白石を狙ったその拳は白石には届かなかった。真が殴りかかっていた拳を止めたのだ。
「止めろ。これ以上は俺が許さない」
「何だと。お前には関係ないだろう」 「ある。勝手な喧嘩は許さない。それにそもそも、早川をからかおうとしたお前が悪い」 「いつも、いつも格好つけやがって。お前もやってやる」 今度は真に殴りかかった。普段、真は喧嘩などしないが、付き合いの長い私は真が強い事は知っている。柔道だってやっていたぐらいだ。遠藤の殴りかかって来た腕をひらりとかわすと、真にしては珍しく拳を遠藤の腹部に入れた。
「げほっ」
遠藤はそううめくと、お腹を抱え込んでうずくまった。
「俺はお前のような弱い者をからかう奴は嫌いだ」
真はうずくまる遠藤を見下ろしながら、そう言った。 教室内は騒然としていたが、由依をはじめ、女子の目の色は明らかに真への興味で燃え上がっていた。そりゃ、そうだ。 勉強、スポーツができ、その上喧嘩も強い事を今新たに証明したのだから。 「大丈夫か?」 真が白石に近づいて言った。 「あ、ああ。大丈夫だ。ありがとう」 私も白石のところに行った。 「ありがとう。白石君」 「いや、何にもできなかったね。ごめん」 「ううん。ありがとう。とても、格好よかった」 私は本当にそう思った。真は確かに格好よかったかもしれないが、ある意味強い真には勝負の結果は見えていた。でも、白石は勝てそうにもない相手に立ち向かったのだ。それも、私のために。
「よかったな。早川」
真は私の肩をぽんと叩き、自分の机に向かって行った。真は後ろ姿だったので、見えなかっただろうが、私は小さくうなずいた。そして、私は白石を保健室に連れて行った。
白石は口の中を切っていただけでなく、歯にひびが入っているとの事だった。そのため、病院に行く事を勧められた。 「ごめんね。白石君」 変な自信だけある奴だと思っていたが、今は私は白石の事を見直していた。そして、白石のために、何かしたいと思っていた。それだけに、私は授業をさぼってでも、病院に付き添う事を決めた。
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