「よっ。早川。今日も見学か」 体育の授業が終わり、教室に戻ろうとしていた私に一人の男子が声をかけて来た。明らかに、からかい口調だ。 「仕方ないでしょ。結希ちゃんは身体が弱いんだから」 一緒に歩いていた由依が怒りを含んだ口調で、その男子に言った。 「おお、怖っ!」 由依の口調にそう言っておどけて見せた。 そのやり取りを聞いていた別の男子 遠藤が口をはさんできた。 「お前、早川をからかうなんて、恐れ知らずだな」 私の頭の中に、次に浴びせられるであろう言葉が浮かんだ。 「お前、早川に腕をちぎられるぞ!」 遠藤はやはり私が聞きたくない言葉を続けた。 時々、私に浴びせられるその言葉はいつも私の胸に突き刺さった。
「違う!あれは私がやったんじゃない!」 そう叫びそうになったが、声にならず、涙がぽとりと廊下の床に落ちた。 私はその場にいたたまれず、走りだした。 「何をばかな事言ってるの、しつこいよ」 背後で由依はその男子たちを睨みつけ、そう言った後、私を追いかけてくる。 「結希。待って」 私は前にいた同級生達を追い抜き、トイレに駆け込んだ。 そして、トイレの洗面台に両手を置き、鏡の前で泣いた。 「違う。違う。あれは私がやったんじゃない」 首を激しく振りながら、嗚咽している私の肩を誰かが抱きしめた。 「結希、あんな馬鹿男子の言う事なんか、気にしちゃだめ」 由依の声だ。
「みんな分かっているんだから。大丈夫。ねっ」 私の肩を抱きしめている由依の手に力が入った。私はそれで、少し落ち着きを取り戻した。 「うん。ありがとう」 私はまだ涙声だったが、涙は止まっていた。由依は私が完全に泣きやむまで、私の肩を抱きしめていた。 「行こう!」 由依の言葉に、私は静かにうなずき、トイレを由依と一緒に出た。
教室では学級委員長の河原真がさっきの男子達を怒鳴っていた。 「女子を泣かせる奴は最低だ」 真は幼い頃、両親を失い、理由はよく知らないのだが、私の祖父の家に住んでいる。 彼は学校一の、いや日本一と言っていいくらいの天才である。この学校にいるような成績ではないのだが、何故か私と同じ学校に進んできていた。 「うっせーな。勝手に泣いたんだろうが」 「お前が人が傷付くような事を言ったからだろう。 女子を泣かせて、男として恥ずかしくないのか!」 「そうよ。結希に謝りなさいよ」 由依が、教室の中まで入り、真の言葉に同調した。 「俺は同じ男として、恥ずかしいぜ」 さっきまで、一緒に体育を見学していた白石だった。その声をきっかけに女子も、その男子達を非難しだした。私は教室に入れず、廊下で立っていた。 「分かったよ。悪かったよ。俺が悪かった」 「全然、悪そうじゃないじゃない」 「悪かった。早川が来たら、謝るよ」
その時、由依が教室から出てきて、私の腕を引っ張った。私は半ば引きずられる感じで、教室の中に入った。 「ほら、早く謝りなさいよ」 由依の言葉は強い口調だった。 「悪かった。ごめん!」 「いいよ。もう」 私はそう言った。 私はこれまでに、何度も同じような繰り返しをしてきたのだ。こんな事したって、何にも解決しないことくらい、分かっている。 どうせまたいつか、この男子達か、他の誰かが言うに決まっている。それが、一年後なのか、明日なのか、分からないが、決して無くなったりはしないのだ。
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