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作品名:Pandora 作者:あすか

第2回   私がやったんじゃない!
 「よっ。早川。今日も見学か」
 体育の授業が終わり、教室に戻ろうとしていた私に一人の男子が声をかけて来た。明らかに、からかい口調だ。
 「仕方ないでしょ。結希ちゃんは身体が弱いんだから」
 一緒に歩いていた由依が怒りを含んだ口調で、その男子に言った。
 「おお、怖っ!」
 由依の口調にそう言っておどけて見せた。
 そのやり取りを聞いていた別の男子 遠藤が口をはさんできた。
 「お前、早川をからかうなんて、恐れ知らずだな」
 私の頭の中に、次に浴びせられるであろう言葉が浮かんだ。
 「お前、早川に腕をちぎられるぞ!」
 遠藤はやはり私が聞きたくない言葉を続けた。
 時々、私に浴びせられるその言葉はいつも私の胸に突き刺さった。

 「違う!あれは私がやったんじゃない!」
 そう叫びそうになったが、声にならず、涙がぽとりと廊下の床に落ちた。
 私はその場にいたたまれず、走りだした。
 「何をばかな事言ってるの、しつこいよ」
 背後で由依はその男子たちを睨みつけ、そう言った後、私を追いかけてくる。
 「結希。待って」
 私は前にいた同級生達を追い抜き、トイレに駆け込んだ。
 そして、トイレの洗面台に両手を置き、鏡の前で泣いた。
 「違う。違う。あれは私がやったんじゃない」
 首を激しく振りながら、嗚咽している私の肩を誰かが抱きしめた。
 「結希、あんな馬鹿男子の言う事なんか、気にしちゃだめ」
 由依の声だ。

 「みんな分かっているんだから。大丈夫。ねっ」
 私の肩を抱きしめている由依の手に力が入った。私はそれで、少し落ち着きを取り戻した。
 「うん。ありがとう」
 私はまだ涙声だったが、涙は止まっていた。由依は私が完全に泣きやむまで、私の肩を抱きしめていた。
 「行こう!」
 由依の言葉に、私は静かにうなずき、トイレを由依と一緒に出た。

 教室では学級委員長の河原真がさっきの男子達を怒鳴っていた。
 「女子を泣かせる奴は最低だ」
 真は幼い頃、両親を失い、理由はよく知らないのだが、私の祖父の家に住んでいる。
 彼は学校一の、いや日本一と言っていいくらいの天才である。この学校にいるような成績ではないのだが、何故か私と同じ学校に進んできていた。
 「うっせーな。勝手に泣いたんだろうが」
 「お前が人が傷付くような事を言ったからだろう。
 女子を泣かせて、男として恥ずかしくないのか!」
 「そうよ。結希に謝りなさいよ」
 由依が、教室の中まで入り、真の言葉に同調した。
 「俺は同じ男として、恥ずかしいぜ」
 さっきまで、一緒に体育を見学していた白石だった。その声をきっかけに女子も、その男子達を非難しだした。私は教室に入れず、廊下で立っていた。
 「分かったよ。悪かったよ。俺が悪かった」
 「全然、悪そうじゃないじゃない」
 「悪かった。早川が来たら、謝るよ」

 その時、由依が教室から出てきて、私の腕を引っ張った。私は半ば引きずられる感じで、教室の中に入った。
 「ほら、早く謝りなさいよ」
 由依の言葉は強い口調だった。
 「悪かった。ごめん!」
 「いいよ。もう」
 私はそう言った。
 私はこれまでに、何度も同じような繰り返しをしてきたのだ。こんな事したって、何にも解決しないことくらい、分かっている。
 どうせまたいつか、この男子達か、他の誰かが言うに決まっている。それが、一年後なのか、明日なのか、分からないが、決して無くなったりはしないのだ。


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