あの日。研究所が焼け落ちた日。 男たちは状況の報告を所長に行うため、所長室に入って行った。 所長は所長席に座って、男達の報告を受けていた。 その時、所長の机の上には小さなマイクロチップが書き込み装置に組み込まれた状態で置かれていた。そして、かすかだがパソコンからはハードディスクが動作し続けている音がしていた。
データをコピーしているのか?全消去じゃなかったのか? そう思った者が他にいたかどうかは分からないが、少なくとも俺は思った。
男たちは手にしていた組み換え用のウイルス試料を一本ずつ持ってくるよう命じられていたため、報告が終わると、それを所長に手渡した。 「やはり、マイクロチップはどこかにあるはずだ。あそこには全データがあるに違いない。ではどこに? いや、それだけじゃない。あの試料は何のために必要だったんだ?複製用か?」 男は頭の中に当時のイメージを再生し、そのチップの在り処を求めて、記憶の世界に入って行った。
「明日、ここに政府の者たちが来る前に、全てを処分する。 残念ですが、この職場でお会いするのは今日が最後です。 最後に乾杯をして、別れにしたいと思います。 皆さん。お近くのお好きな飲み物を」 所長が言った。その言葉に所員たちも思い思いの飲み物をグラスに注ぎ、手に持った。 「乾杯!」 全員がそう言いながら、グラスを差し出し、グラスを飲みほしたが、俺は口にしなかった。 人を殺す事を躊躇わない所長の事だ。この技術を封印するために、我々を殺す事を躊躇わないと思ったからだ。
「本当に守りたい秘密は誰にも言わないか、それとも知っている者たちを消し去るかのどちらかだ」
私自身そう思っているくらいだ。あの所長なら、なおさらだ。 案の定、しばらくするとみんなは突然倒れ始めた。苦しむことなく、突然倒れこむような毒を使ったのはあの所長にしても、俺達にはやはり情が少なからず移っていたのかもしれない。俺も倒れたふりした。
所長は全員が倒れた事を確認すると、一人立ち去った。俺はもしかすると、自分だけ逃げ延びる気ではと思ったが、そこまでの悪ではなかった。所長は書類や設備を処分するため、火を放ち始め、やがてその炎の中に身を投じた。
火が広がるまでの時間だったが、所長室に忍び込み、部屋の中を探したが、マイクロチップは無かった。 いや、それだけじゃない。あの日、所長室に持って来させた試料も見当たらなかった。そして、すでに何かに使ったのか、試料が入れられていたと思われるガラスの破片だけがごみ箱の中にあった。
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