真の部屋に入った事は何度もある。でも、それは二人が小さかった頃のことだ。私もそれなりの年になってからは、真の部屋には入った事がない。 私達が入ったそこは私が知っている小さかった頃の部屋の雰囲気とは打って変わって、知性に満ちた部屋となっていた。 本棚に並んでいる本は難しそうな本ばかりだ。遺伝子やら電子工学やらの専門書が並んでいる。私は目が点になった。 「わあ、すごい」 由依は感心していた。はっきり言って、私も感心してしまった。 「真、えらく難しそうな本が並んでいるけど、こんなの読んで分かるの?」 「ははは。分からなきゃ、買ってもしかたないだろう。勉強してるんじゃないか」 「何のために?」 「あ?色々さ。」 学校でもずば抜けた奴だけに今さらだが、こいつはいつから、こんな頭が良くなったんだろうと言う疑問がわき上がってきた。幼かった頃は私と馬鹿な事しかしていなかった。 それどころか、あの事件で負った怪我が原因で脳にも障害を負い、ずっと入院して寝たきりに近かったはずだ。 その真が頭がよく、運動神経も抜群。一体、どう言う事なんだろう。 「そう言えば、真はいつから、こんな頭良くなったんだ?」 私はついつい心に思った事を口に出してしまった。 「は?本当にお前は」 こいつは素が出ると、私の事をお前と呼ぶ。 まあ、私も口には出さないが、素ではこいつと心の中で言う事もあるので、ある意味おあいこかも知れないが。 「何よ」 「まあ、これは小さかったから、本当に記憶がないだけかもな」 「は?」 私には真の言葉の意味が全然理解できなかった。 「どう言う事よ?」 「まあ、これは事実から目をそむけているんじゃなく、本当に記憶が無いだけかもってことだよ」 私はその言葉がいつも引っかかっていた。 「由依。こいつに、事実に目を向けろって、言われた事ある?」 「えっ?私?」 私はこくりとうなずいた。 「無いけど。と言うより、そんな会話する機会、多くないし」 まあ、それはそうか。私は家にいても、こいつと顔を合わせる機会が多いのだから、それだけの事かも知れないが。 しかし、いつも口にする事実とは目の前の話題の事なんだろうか? それとも、もっと別の何かを言っているのだろうか? そう思った時、嫌なあの事が思い浮かんだ。 「もしかして、事実って、あんた、私の事を疑っているのか?」 私は拳を握り締め、震える声で言った。 私の感情の昂りと、言っている意味を真は悟ったようだった。一瞬、悪かったと言う様な表情をした。 「違うよ。結希ちゃんが、今思った事なんかじゃない。もっと、大きな話だ」 「もっと大きな話?」 私にとっては、あれ以上大きな話はないぞ。 真が私を疑っているのではない。それは私に安心を与えた。 しかし、真が言うもっと大きな話には心当たりは無く、気分はすっきりしない。 私は首をかしげながら、記憶をまさぐった。 「まあ、いいじゃないか。もうよそう。僕は結希ちゃんに感謝しているんだから」 話を打ち切りたかったのか、真がそう言った。 感謝。 これも心当たりが無い。こうして話してみると、意外と分かり合えていない関係だったようだ。 「何で?」 「だから、僕が元気になれたのは結希ちゃんのお陰だってことだよ」 「意味分からんし」 そんな二人のやり取りに、少し由依が戸惑っているのを感じた。こんなにローカルな話をされては、話に入りたくても入れない。私は反省した。 「さ、話を変えて、真の部屋探検!」 私は右手を上げながら、左手で由依を引っ張って、真の部屋の奥に進んで行った。
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