零人は二人の会社員に腕を掴まれると、ビルのエントランスから路上に突き飛ばされるように放り出された。 人事担当の社員が「2度と来るな!ウロツクな!野良犬!」と恐ろしい権幕の顔で怒鳴った。 彼が路上に転び首を垂れるを見て、もう一人に目で合図するとビルの中に帰って行った。 零人が擦り剝けた手を立て悔しそうに歯を食いしばったとき、道路の熱と匂いを感じた。 Uber eats販売員のチャリンコがすぐ横を通り過ぎる。驚いて遠回しで行く歩行者がいる。別の販売員のチャリンコが来て停まる。「どうしました、大丈夫ですか」という声に零人が顔を上げると優しそうに男が見ている。
その時、零人は目が覚めた。彼は下宿の部屋で夢を見ていたのだった。 四畳半の壁の時計とカレンダーを窓のカーテンの光が照らしていた。 夢を見ていた。 しかし、先日父親の会社に行ったのは夢ではない。 その後会社からは何も連絡が来ない。 大学も退学届けを出して、就職する会社に内定の辞退の連絡もした。 ボート部の部室に行ってロッカーの荷物を出しに行ったとき、そこにいた仲間の部員が不思議そうに自分を見た。 よく話したマネージャーの女子も彼を気にしてくれたが、最後に悲しそうな顔をしていた。
それから、大学の学生部から連絡があり来るように言われていた。 学生生活担当の男の職員が彼に色々と聞いた。 学生生活や彼のことを少し聞いてからなぜ会社に就職せずに卒業前に大学を退学するのか聞いた。 彼は職員の話し方が門切り型にに思えたので、相手に合わせて父親の会社の社長になるという話をすべきかと思った。 しかし、まだ正式に連絡を受けていないので理由を言わなかった。 ただ、一身上の理由で退学しますと告げた。 その職員がもっと理由を聞き出そうとしたが、上司が間に割って入って話を止めた。 上司が零人の退学届けを手に持って確かに受理したと言った。 零人が立ち去ろうとしたときに、その職員が今期の授業料をすべて払い込むように言った。 零人が部屋を出ていくと、その職員があの学生はなんで辞めるのだろうと言った。上司も首をかしげたが、プライベートには踏み込むな、と言った。 上司がいなくなると職員の男は煙草を吸いながら、最近の若いやつはいいな、オレも毎日つまらない仕事ばかりして一生終わるのか、天から億万長者になれる話が転がり込んで来ないかなあと言った。 そりゃないな、賭けられる運命なんて競馬にパチンコの玉ぐらいか、後は適当にキレイどころ女を世間並につまみ食いして、その後は酒飲んで寝るぐらいかとぼやいてみせた。
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