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作品名:ネオ・反復の時 作者:くーろん

第3回   3
零人はカジュアルスーツの軽装であったが、高級品を感じさせないがスーツもスラックスも靴も実はすべてブランドの高級品であった。
高級ホテルのロビーの高級インテリアが彼の装いを一段と引き立たせていた。ついさっきまでそこにいたニヒル幽三の囁きに落ち込んでいた可奈子は零人の姿を見て気持ちが舞い上がっていく自分を感じた。

しかし、次の瞬間に、可奈子は自分のドレスが安物であったのでその違いにハッと気が付いて顔に焦りが走ると同時に恥じらいから顔が赤くなった。
このホテルは経済が衰退している日本の給料の安い若者の来るホテルではなく、外国客か日本人なら富裕階層が来るホテルであり、可奈子は自分が存在する場所ではないことに気が付くと心が再び急降下していく自分がそこにいた。可奈子は目を伏せた。

その時、故郷の喪失状態から本来的自己への回帰する心の振れが起きた。
可奈子は中学3年のときに素っ裸になろうとしたことを思い出した。
そして、零人の前で自分の着ている既製品など今すぐに脱ぎ捨てて素っ裸になった自分はそれだけでどんなブランドより価値あると思えてきた。すると心が再び急上昇すると胸を張って見せる自分になっていた。

「ゴメン、ゴメン、車が渋滞に巻き込まれてしまって、その上に急用の電話が入ったりして、遅れてしまった、だいぶ待たせてしまった?」

「いや、少し待っただけ」と可奈子が何も無かったかのように応えた。

零人が着席したのを見ていた先ほどのウエイターが水を運んできてメニューを零人に手渡した。メニューを可奈子に見せて、彼がコーヒーにすると言うと、彼女もコーヒーと言って、零人がコーヒー2つと言うとメニューをウエイターに返した。

「先日のクルーズ船で会ってからずっと気になっていた、今日は来てくれてありがとう」

「祭日に仕事があることが多いけど、今日は偶々空いていたから」

「こうして白鳥さんと会っていると中学3年は遠い昔に思える。僕は転校が多かったけど中3で一緒だった期間は短かった。一緒だった同級生のことが少し思い出せる、谷田貝とか加山さんとか七瀬さんとか? きみとは最初にどこで会ったのだろうか?卒業式には出なかったけど、ローラースケートをして観覧車に乗ったのが思い出せる」

可奈子は零人が過去的時間性の共有のリンクを彼女に求めているのに気付いたが、先日別れた室人のことに想起がリンクするのを嫌に感じた。しかし、零人との過去的時間制の共有をすべて拒否していたわけではない。公園でキスの一歩手前に行った過去にリンクさせるのは今ではないと思った。二人だけの秘め事はもっと重要な場面に取っておきたかった。

そのときコーヒー2つをウエイターが運んできた。
ウエイターが立ち去ると零人が「高校のときはきみには一度も会っていなかったが、、、、、」

「そんな昔話をしたくて今日は呼んだの?」

可奈子の言葉に零人が我に返って「いやそうじゃない、違う」と言う。

昔ばかりを見ている過去の人のように可奈子に思われたことが心外であった。
人は過去の話をするときは階層構造に慎重であるべきであり過去的時間の共有のリンクが目の前の他者との間で成立するかどうかを見極めなければならない。

零人の顔が真剣になり仕事の話を始める。
「前にも話したが、ぼくは手広くやっている。エネルギー産業、自動車産業、電気自動車産業、IT産業など、特にAI技術を実現する産業をやろうと思っている。ところが、日本社会は保守的で、いつも人々が過去の歴史ばかりに囚われている。まずは、政治も変えないとね。AI未来都市計画を推進しようと思っても地方の土着利権の政治家が猛反対しているのが現状だが、何とか実現させようと思っている」

興味深そうに話しを聞いていた可奈子が訊く。
「それで今日私を呼んだのは?」

「音楽も必要だ、君のピアノを聞いてAIエンターテイメントに参加してほしい」

「それでどのくらい?」と可奈子が報酬を訊ねる。

その時ウエイターがオーダーを取りに来てメニューを零人に渡す。

メニューを見ながら「何か食べたい、どれでも」とメニューを可奈子に渡す。

メニューに高級感のあるショートケーキを見て可奈子が目を輝かせるが「本当にどれでもでいいの?」と迷っているように訊く。

可奈子がショートケーキ¥4,500という表示を指し示して、「それとコーヒーお代わり」と言う。

零人が「ショートケーキとコーヒーお代わり2つ」と言ってメニューをウエイターに返す。

その後に零人が黙り込む。なぜ黙るのか可奈子が不思議に思ったが、自分が高いケーキをオーダーしたのが気に入らないのかと不安になる。

零人がちょっと失礼と言って自分の携帯を取り出すとLINEトークをチエックし始める。

LINEをしながら零人の顔が渋い困ったなという表情をしているのを見て可奈子はケーキのオーダーではなかったと思い少し安心した。

零人が突然携帯を閉じると、心ここにあらずという表情で深刻そうに窓の外の樹々に揺れる一葉を見つめる。

その時、ウエイターがケーキとコーヒーを持ってきて並べ始めた。

ウエイターが立ち去ると何か気まずい沈黙のみが残ったが、最初に沈黙を破ったのは可奈子であった。

「ケーキ先に食べていい?」と可奈子が御預けの子犬のように言う。

「ああ、いいよ」と零人が言うと、目を輝かせながら高級ショートケーキを食べ始めた可奈子。

零人が可奈子がケーキを食べるのを見ながら、こんなに美味しそうに喜んで食べる女を最近見たことがないと思う。
衣食住に満足してしまった女には男を惹きつける魅力は乏しいのは自然界の法則である。食料難の時代、さらに遡って原始時代であればいつも人間は腹を空かしていた。
原始人の男が狩りをして獲物の肉の一部を洞窟に戻ってどの女に分け与えべきかと迷ったとき、女たちの中で女の食欲の中に重なる性力が発する性的魅力が投げ与える原動力となるのであろう。
それは動物的本能の支配下にある。可奈子の笑顔と食欲を見ながら、女の野蛮さを感じたが、それが女であるという本能であると零人には思えた。

ケーキを食べている自分をジロジロ見ている零人に可奈子が「さっきの話の続きだけど、それでいくらになるの」と少し強欲そうに聞いてきた。

零人が左手のこぶしから3本指を立てて見せた。

ピアノ講師の年収の相場は月20万だから、300万は悪くないと思う。

可奈子が「このケーキ美味しい」とかわいい声で零人を見つめるようにみてから、少しためらうかのように目を伏せると「でも、新しいお仕事をするとなるとお洋服も新しくしないと」という。

零人がそれなら、と小指も立てて見せる。

可奈子が零人に目を見つめて、かわいい顔を返して見せる。

ここまでは世間ではよくある女がお色気で男に金を出させたりすることだが、
可奈子の最終目的は金ではなかった。精神的なもの性的なものでもあった。
バージンベルト呪縛された世界まで零人を連れて行き、零人が彼女にかけられた魔法を解いてバージンベルトを開き、彼女と結ばれることであった。

可奈子は零人を無意識の階層に誘って、零人が無意識エスの階層でリビドーの刺激を受けるように導かねばならなかった。
お色気やかわいい声ではダメで、中学時代の思い出の無意識エスに誘わねばならない。

「さっき中学3年の話をしたけれど、初めて会ったのは早川くんが転校生で来た時だった、放課後で音楽室で私はピアノの練習をしていた」

零人「ああ、そうだった」と言う。

零人の心に無意識の階層が開けた。零人が可奈子の話で思い出を共有すると探し物をするように無意識エスが近くに開けた。

現存在にとって過去的時間制はなぜ反復強迫を伴うのか。
反復強迫は過去の無意識エスに対するリビドーによる衝動であり、過去の更新と復元を求めていることであろう。
人間にとって過去は変わるということであり、存在の問を辿っていきつく現存在の時間性から現存在の歴史に行くつくとき、そこで時間性において歴史という過去は不変とは見えるが変わり得るものである。

可奈子は零人を青い世界へと誘い、

「あの頃は楽しかった」と零人に思わせた。

零人のリビドーが過去の可奈子を求めていた。

可奈子の首は少女のように細く見え、身体を細身に見せていた、可奈子は神懸かった、俗な言い方をすれば、白いところを見せた。

「新しい仕事にはピアノを新しくしたり、もっと自分を磨かないと、、、、」

零人が「わかった、、」と最後の親指を立て手を開いてみせた。

可奈子は先ほどのお色気の返答ではなく、何も言わずに、それが当然と言わんばかりで少しうなづいて見せた。

1本100万で500万になったという金銭感覚に伴う満足感ではなく、零人との個人的関係で金が解決する性愛でなく、金で買えないバージンベルトの奥に秘められた場所への誘いであったので、ツンデレとして振舞ったかもしれない。

零人が「イベントの参加もあるけど、それは今の話と別にするよ、後で契約書を送るよ」

可奈子「いいわ」と笑顔になる。

零人「交渉成立で仕事は終わり、じゃあ、これから街に出てデートをしよう」

可奈子はデートという言葉に少し赤くなったが、うなずいた。

零人に従って、二人は店を出た


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