零人が目を覚ます。
薄明かりの店は静寂の中にあり、天井の大きなシーリングファーンがゆっくり回っている。
その虚しい鈍い回転音に連られて彼の目は天井を見た。
この店は半地階で天井近くに貼られた摺りガラスの窓から深夜の道路を走る車の音がファーンの鈍い音をかき消しヘッドライトの差し込む光がファーンの長い影を壁に作った。
零人は座っているカウンターテーブルに目を落とすと空のカクテルグラスがあり、その横に氷水のグラスが置かれていた。
空のカクテルグラスを見つめて彼は長い夢を見ていたように思えた。 夢の中の父親が最後の面会後にすぐに死んで今はいないことに気が付いた。
それ以上は父親のことは思わなかった。
その後に母親のことを思った。
もう死んでいないのに、母親の表象がが目を閉じた心の闇に見えてきた。
零人が「お母さん、、、、何か語って、、、お母さん」と空のカクテルグラスを見る目を閉じて心の闇で叫んだ。
しかし、かすかな母親の表象はそれ以上何も彼に語ってはくれない。
やがて母親の顔がどことなく白鳥可奈子の顔と被ってきた。
母親の表象が薄らいでいき可奈子に置き換わっていく。
母親の表象が消えたとき、はじめて「その女の子と幸せになりなさい」と母親が語ってくれたように思えた。
零人は自分が可奈子をなぜ自分の方へ引き留めるようにしたのかがわかった。
店の奥で物音がして、店のバーテンダーのマスターが現れ「お目覚めですか」と言った。
「ああ、すっかり長居をしてしまって、もう店を閉めたのに迷惑をかけてしまったのでは」と零人が言う。
「気持ちよくお眠りになっておられましたから起こしませんでした、零人さんは上客以上ですからね。心配ご無用です」
「今、車を呼ぶから、、」と零人が斜人にケイタイすると、斜人はすぐ近くに駐車しているという返事があり、 零人がチラリとマスターを見て「ありがとう」とマスターに言った。
それから零人が店の出ると建物を出た前の路上に斜人が車で来ていた。
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