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作品名:ネオ・反復の時 作者:くーろん

第14回   14
病室は祭りの後のように色彩が感じられない。
零人は斜人に背を押されて父親のベットの前に立った。
ベットに寝ている父親も病気で弱っていることがわかり、先ほどのメタバースでは生き生きとして見えたのは少なからずアバター効果がかかっていたということを理解した。

父親が零人に「起こしてくれ」と言った。

上体を起こして「お父さん、具合はどうですか」と聞いた。

彼が会長と言わずにお父さんと言ったのは、これからの話が会社の単なる申し送り事項でないことがわかっていたから会社組織の人間でないとしたら自分の立ち位置は何か他にあるかと見回してみても父子という関係しか見当たらなかったからである。

「ワシはもうすぐ死ぬ、しかし、会社のことでお前には言わなかったことがある。ワシの言うことに従えとは言わない。生きている時代が変わるから従ったがゆえに破滅の道を選んだことになることもあり得る。だから、あくまでも、ワシの死んだ後にどうするはお前次第だ」と父親が言った。

話しは逸れるが、
父親の遺言に従うことが多くの戦国大名では常識だったが、父親の死はそれまでの力の関係を変えることで新しい力の関係が生ずる。父親の遺言が新しい力関係では間違った方向であったりする。

「我死して三年間喪を秘せ、遺骸は密かに諏訪湖に沈めよ、謙信と和睦して頼れ」と武田信玄は勝頼に遺言した。

しかし、勝頼は信玄の死後三年には長篠の戦いで敗北して、さらにその三年後には謙信が死んでいる。さらにその三年後に新府城を築城して移転するが一年後には織田信長の総攻撃で城を追われさらにほとんどの家来に見放され裏切られ天目山で自害して武田家は滅亡する。

勝頼は父の遺言にできるだけ従おうとしたそうだが現実は最初からそれとは違っていて抗うことはできなかったということだろう。

勝頼は最初から遺言通りにならないと思って始めるべきであり、父の葬儀の際、位牌に抹香を投げつけた信長のほうが戦国時代という現実をよく理解していたと言える。

位牌に抹香を投げつけたことは信秀や信秀の作り上げた力関係との決別という意味があるのかもしれない。

父は話を続ける。
「会社経営には持満性と射幸性のどちらを選ぶかでその後が決まるが、この先、多分、多分お前は、射幸性しか選べないだろう」

「今は格差社会が進んで富裕層と貧困層に相分離が明確になりつつあると思います。やがて社会が二層化すると読んで多くの経営者らは持慢性になっているのでは?」と零人。

「確かに持満性は権力均衡の中で緊張感を保つという点では重要な姿勢ではあった。
ワシは創業以来、財界権力から圧力を受けて来た。いつも肌身に感じていた。
しかし、昨今は財界権力者の均衡が自己崩壊しつつありそこに空隙ができている。
その空隙は様々な経済分野で同時多発的に生じてきたが、本来であれば財界権力者がすぐに権力により埋めるところがそのままに置かれ空隙が広がり経済の他分野で空隙と空隙の融合が起こりすでに大きな経済権力不在の空隙領域が出来上がっている。権力の空隙を埋め合わせるのは以前はサラリーマン社長であり働きアリのようになって穴を埋めに奔走したが、今日、どうもサラリーマン社長の動きが悪い」と答える父親。

「日本経済を支配する財界権力者とはだれですか?」と零人が聞く。

「わからない。その正体はわからない。それは誰でもであって誰でもでもない者」

「そんな曖昧なものなら経済の先行きの見通しとか言った投資アナリストが指摘する市況の雰囲気のようなものではないですか?」

「いや違う。雰囲気であればワシもそこに含まれる環世界ということになるが、
そのようなものでなく明らかに対立感を感じて向こうに存在している誰でもあって誰でもない者である。
例えば、敵対的と思える或る会社の経営陣にフォーカスして雇われマダム社長やら役員らを一人一人入念し調べてみてもその敵意は競合的とか市場独占欲とかに分析できて潰してもそこに財界権力を見出せない。
しかし、それがいるのは確かに感じられる。
なぜなら、ワシが会社情報のカードをすべて伏せていて、ほとんど誰も素通りするようなカードを表にしたとすれば、必ずそれに対応した変化が起きるからである」

「それでは、経済分野の空隙で新しい仕事をすればいいのでは?」と零人が言う。

「しかし、空隙に落ち込んだ会社に仕出戦をしかけて財界権力が乗って来るかもしれないし、来ないかもしれない。
特に空隙が放置されているのは罠かもしれない。
中小企業が小競り合いをしたりしている所に介入してワシも昔は度々痛い目を見てきた。日本経済は衰退している。
昔は経済でなく軍事最優先で軍事大国を目指したが矛盾を抱えながら軍事大国の頂点を迎え。
そのころは軍閥権力が均衡していたが空隙が生じていた。
その軍事的空隙が今は経済で起きている。つまり経済大国の崩壊のプロセスに入っているのだ」と父親が答える。

「経済大国崩壊のプロセスで経営者は何を選択すべきでしょうか?」と零人が訊ねる。
「最初に言ったようにお前は射幸性を選ぶしかない。つまり空隙領域に打って出るしかない。しかし、外には持満性を装って財界権力の注意を逸らさねばならない」父親が返す。

「それで、会社はどうしたらよいと思われますか?」と零人が訊ねる。

「今の事業はすべて投げ売って、空隙領域で誰もが思いつかない新規事業に打って出ろ」

「お父さんと同意見でぼくも新しい事業でやっていきたいと思っていました」と零人。

父親が頷きながら言う「わかった。ワシはそれが何かは聞かない。好きなようにやれ。最後に一つ言っておくが、ワシが死んだ後に外部資本との提携や経営統合の話の仲介を持ってくる社内の奴は財界権力の回し者と思え、そいつの社内勢力を潰して取り除くのが最初の仕事だ」

零人が頷く。

「・・・ ・・・ ワシは疲れた、、、、、」と父親が横になる。

零人が父親に小声で訊く「最後に、ぼくが前からずっと聞きたかったことがあります。お父さんはお母さんが白血病になったときどうして白血病治療の新薬のお金を出して上げなかったのですか。あの3種混合カクテル剤は高額だけれどお父さんならそのくらいの金は出せたのでは?」

「零人よ、あの女には可哀そうなことをしたが、あの時 ちょうどワシは財界の権力抗争に敗れて動かせる金がなかった。自殺すら考えるほど毎日追い込まれていた。済まなかったとは思っている」と父が答え目を瞑る。


「・・・ ・・・ ワシは疲れた、眠る、、、、」と父親が言う。

零人と斜人が別れの挨拶をして病室を出る。

父親が無言で片手をあげて見せて応える。

二人が廊下に出てナースステーションに行くとあの中年ナースの美穂が不愛想で不機嫌そうに座っていた。零人が面会者の退出時間を記入して礼を言って渡すと無言で不愛想に受け取る。

二人がエレベータに乗る。

「あのナース、感じが悪い。ちゃんと会長の世話をしているのか心配になる」と斜人が不満を述べる。

「否、オレはあのナースはメタバースの美少女ナースが本当の自分と思って生きているのだろう。だから、親切なかわいいナースに変身するから心配ないと思う」と零人が言う。

斜人が「ところで、新社長は今後何をやりたいのか、気になるな」と尋ねる。

零人が笑いながら「あのナースにみてもわかるようにこれからは仮想現実が空隙領域になるだろう。だから大規模なAIとVR事業だな。さらにそれを可能にするエネルギー産業を考えている」と答える。

斜人が「そうか、わかった、新社長おめでとう」と述べた。

そこでエレベータが止まりドアが開き二人は病院を後にした。


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