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作品名:反復の時 作者:くーろん

第94回   94
クラブラウンジモアから見える都会のイルミネーションが夜景の中で窓に映って光っている。
市ノ谷偕人はグラスを片手に取る。
横に座る女には無関心のようである。
女は愛犬の話を始めるとペットトリミングが好きだと言って愛犬の写真を見せる。
それを見て偕人は納得して幻滅した。
女が座った時から気になっていた女のファッション,服飾,髪型,化粧,スタイル,装いが愛犬のペットトリミングと同じだったからだ。
彼は退屈そうにグラスを見つめる。
彼はベンチャーで成功して大会社を興してセレブとなってこうしてラウンジで高い酒を飲んでいる。
アザミを失って以来その心の隙間を埋める女は出て来なかった。
だから、今日もこうして酒を飲んでいる。
バイクで走るモータースーツのアザミの姿が思い出され、アザミの笑顔を思い出した。アザミは男が出来て駆け落ちしたという話を人づてに以前聞いた。
その男が誰だったのかは今もわからない。

「一体、どこのどいつだ、その野郎とアザミは懇ろになってどこかで暮らしているのだろうか」と偕人は心で叫んだ。

突然にラウンジにピアノの音が響く。
ジャズの生演奏で数曲流れる。深い思いが偕人の中を過って行く。
客席からいくつか短い拍手があり、彼も遅れて拍手する。拍手に促されたのか、アンコールに一曲、モアが店内に流れる。

曲が終わると偕人は近くのボーイにお礼を言いたいからと言う。
ボーイが、はいと言って女を呼びに行く。
ピアノを弾いていた女が彼の席に来る。

偕人「ピアノとてもよかった。お礼を言いたかったから呼んだ」
女「気に入っていただけてうれしいです」
偕人「お礼に一杯何でも注文していいよ」

ペットトリミングの好きな女が話に割って入る。

ペットの女「市ノ谷さんはお金持ちのセレブよ。このクラブではダイヤモンドVIPメンバーなのよ。だから、一杯と言わずにどんどん注文したら」
偕人「注文してもいいけど、まあ、最初はピアノ演奏のお礼に一杯どうですか?」
女「ありがとうございます、じゃあ、ショートでサイドカーをお願いします」
偕人がボーイに言う「サイドカーを一つ」
ボーイ「お客様は何かお持ちしましょうか?」
偕人「じゃあ、サラトガ」
偕人「見慣れないけど、ピアノ弾くだけなのか?お名前は?」
女が「カナです、、、、」と言ってためらっていたので横からペットの女が口を出す。
ペットの女「カナさんは最近、アルバイトでピアノを弾いてくれているだけだったけど、時間のある時はお客さんの相手もしているのよ」
カナ「音大を卒業してから、ピアノを子供に教えに行ったりしていますが、夜に出向くことが多くなりました。友達からここのバイトの仕事を紹介されて来ました」
偕人「お金持ちの家の音大出のお嬢さんのする仕事なのか?音大出ても収入は低いようだな」
カナ「収入は低いです、私はお金持ちの家のお嬢さんではありません」
偕人「お父さんは何をしているの?」
カナ「公務員です、公務員住宅に住んでいます」
偕人「公務員か、安定を求める中産階級のあこがれの職業か。以前に仕事で公務員住宅に行ったことがあるが、設備が古くて室内がカビ臭かったりボロボロ、壁や天井が薄くて安アパート見たいだったな」
カナ「そうです、だから私は最近家を出て一人でアパートで住むことにしました」
偕人「そうか、それでお金が必要ということで、夜のアルバイトにも精を出しているということか」

ボーイがカクテルを持って来る。
ペットの女「カクテルも来たし、お二人でどうぞ、私は向こうに行くわ」と言って席を立った。
「今日はありがとう」と偕人がペットの女に言った。
女が立ち去ると、偕人が乾杯しようかと言ってグラスを取る。

カナ「いただきます」と言ってグラスを取る。
偕人「カナさんの今夜の演奏に乾杯!」
カナ「ありがとうございます」
偕人「休みの日は何をして過ごすのか?」
カナ「最近引っ越したばかりだから、荷物を出したり、部屋の整理をしたりします」
偕人「ああそうか、では趣味とかスポーツとか何か好きなことありますか?」
カナ「中学、高校の頃はローラースケートが得意でした。近くにスケートパークがあってよく友達と滑りに行きました」
偕人「ローラースケート、、、スケートパーク、、、、」と言って驚愕が顔に出た。

偕人がカナの顔を見つめ、瞳の中を覗き込む。カナは邪気のある妖艶な笑みを浮かべて彼に返した。

偕人がカナの瞳を見つめながら言った「カナさんの本名は白鳥可奈子でしょう」
カナ「違います」
偕人「いや、私は間違っていない、あなたは白鳥可奈子だ、私は知っている」
カナ「人違いです、貴方は思い出の中の女の人を私に重ね合わせてそう思えただけでしょう」
偕人「いや、私は間違っていない、あなたは白鳥可奈子だ、私は知っている」
カナ「強情ですね、それでどうしたいの?」
偕人「私の、いや、オレの女になってほしい」
カナ「初対面で直接的なことを言うのね」
偕人「彼氏とかいるのか?」
カナ「、、、言わない」

偕人「彼氏は、うだつの上がらない奴かろくでなし野郎だろう」
カナ「ひどい、どうしてそんなことが言えるの?」
偕人「オレにはわかるんだ」
偕人「私は付き合っている人がいます。彼は会社員で、真面目な人です。真剣に私のことを思ってくれています。裕福な家で叔母さんと二人で暮らしています」
偕人「裕福!笑わすな、だから、あなたの彼氏はうだつの上がらないろくでなし野郎だと思えるんだ。裕福な家の彼氏がいるのになぜあなたがここで夜のバイトまでしなければならないのかね」
偕人「日本の中産階級のまあ典型的な小金持ちだろう。そういう男は文学とか芸術が趣味で気取った話をするだろうし、女が喜びそうなもったいぶったしかし安いしみったれたプレゼントも時々はするだろう。」
カナ「中産階級として堅実に生活しているのは立派だと思うわ」
偕人「日本の中産階級は没落している。その男には将来性はないだろう。うだつが上がらずにろくでなし野郎として下に落ちるだろう。オレにはわかるんだ」
カナ「彼は私のことを真剣に愛してくれてプロポーズしてくれました。私は彼との結婚をかんがえています」
偕人「お嬢さん、断ったほうがいいよ。会社員と言ってもピンからキリまでいて、オレの知り合いの会社員は会社で大きなカネを動かすことが任されている。オレの飲み友達でこのクラブのダイヤモンドVIPメンバーにもなっている」
偕人が取り出したカードケースの多くのカードを見せた。
偕人「その男と付き合うのは止めて、オレの女になったほうがはるかに将来は明るいということだ。叔母さんとか言うババアと小金持ちで暮らしている馬鹿な男のところに嫁にでも行けば、一生を下女のような暮らしをすることになるだろうよ。それで終わればまだ幸いだが、没落する中産階級となればその先はもっと悲惨なことになるだろうよ」
カナ「できない、彼に悪いから、できない、彼に悪いから」
偕人「お堅い話だな。まあ、オレは時々この店に来るから考えておいてほしい」

カナ(可奈子)が偕人に強く言い返せなかったのは、彼女の身体にある隠されたことがあったからだ。彼女は偕人の言うことを全面的に否定できない、自分は飛躍せねばならないという気持ちがあったからだ。
可奈子が偕人に「そろそろ帰らねばならない」と言って席を立った。

可奈子がビルを出ると夜も更けていたが、晴れた夜空には冬の星座が光っている。

至るところで帰宅中の若い女が友達と話している。

その時、流れ星が流れる。

一人が言う「私願いが間に合った」

もう一人が言う「私は間に合わなかった」

先に願った女が言う「また来るよ、今夜は流星雨だから」

それから次々と流星が流れ始めた。

後の女が何事かを願った。

可奈子はその様子を見ながら心に呟いた「私は星が流れて消えても願いはしない、私には他やることがある」

街路樹に一匹の季節外れの冬のチョウが寒そうに止まっているのが見えた。

可奈子はそのチョウを見ていると室人のことを思い出して気になった「そうね、彼のことを振り返らな変えればならないのね」






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