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作品名:反復の時 作者:くーろん

第91回   研修会と電話
室人は日曜の夕方に社員研修のために郊外沿線の駅に着いた。
改札を出ると地方駅の小さな松の樹の植わったロータリーがありタクシーが数台留まっている。その反対側に大型の貸し切りバスが1台留まっている。
そのバスには自己啓発SS研修会参加者一行という札が出ていた。

室人が乗り込むとバスには数人の参加者がいた。
室人と同じ会社からも何人かはこの研修に参加していたがそこにはいなかった。
送迎バスはすでに何台かチャーターされていたようで前のバスが出た後だった。
バスが蛇行しながら夜道を走り小高い丘に建つ立派なホテルに着いた。

ホテルは全館が自己啓発SS研修会のために貸切られていた。ロビーで簡単な手続きをした後に割り当てられた相部屋に荷物を持って入った。
部屋には30代の男がいた。お互いに挨拶を交わした。
男は地方の印刷会社で営業の仕事をしていて、自己啓発SS研修会には社命で来たと言った。

8時になる前に一階の大ホールにその男と一緒に行くとホールには12人用の円卓テーブルがあり400人ぐらいが来て人の騒めきがあったが人数にしては静かだった。
室人は自分の円卓を捜すと番号の席を見つけて座った。

室人は一か月前に総務課長の関口に呼び出されこの社外自己啓発セミナーに参加するように本社の人事部から社命が来ていると告げられた。
こうして今円卓テーブルに座っている見知らぬ男たちを見渡しても、慰安旅行にでも来ているという様子はない。皆どことなく無口で1週間もホテルに缶詰めにされて行うわけのわからない研修に社命だから仕方なく皆参加しているように思えた。

8時になると前のステージ上の演壇に主催者側のチーフリーダーの恰幅のよい50代の男がマイクと取り挨拶をした。
その後自己啓発SS研修会の1週間の日程のガイダンスを始めた。
ガイサンスが終わると、大ホールで映画を見せられた。

映画が終わると、リーダーの男は行動科学の話を始めて、マズローの欲求5段階説やジョハリの4つの窓を引き合いに出して先ほどの映画のcontentとcontextから自己啓発の糸口を掘り起こして見せた。
男の話が終わって、室人ら大勢の参加者がゾロゾロと大ホールを出て部屋にも戻ったときには11時になろうとしていた。

室人はこうして7日間このホテルの相部屋で寝起きして、朝は9時から夜は11時まで12人の見知らぬ男のグループに入って行動科学の実戦的指導を受けた。
7日間ここにいて来る前よりはストロークの出し方や受け方が少しは上達したと室人は思えた。
この7日間は携帯電話やパソコンなどでのホテル外の情報に関わったり連絡を取ったりすることは研修の効果を損ねるということで、チエックインのときにフロントの金庫で保管されていた。外からの緊急連絡はホテルのフロントの電話でやるという取り決めになっていた。

室人はここに来る前日に可奈子にプロポーズしていたので彼女のことがすごく気になっていたがここでは彼女に連絡することができなかった。
彼女には研修が1週間あると話したので彼女も1週間は待ってくれると思った。こうして室人は毎日研修が終わりホテルのベットに入ると後何日寝れば彼女に電話できるかと楽しみに待つことにした。

そして、研修が終わった。日曜の朝10時過ぎ。室人はフロントで携帯を渡された。
すでに駅へ行く送迎バスがたくさんホテルの前で鳴らんでいた。
室人はここで電話するより駅に着いてからのほうがよいと思ってバスに乗り込んだ。
窓から青空が飛び込んでくる。いい天気だ。室人はルンルン気分になって彼女のことを思い浮かべ、電話で何を最初に何を話そうかとあれこれ思い巡った。
バスが駅に到着する。知り合いになった男が室人に都心のほうへ電車で行くなら同じ方向だから一緒に帰らないかと誘ったが、室人が電話をしなけらばならないのでと言ってそこで別れた。

駅前にコーヒー店があったのでそこでコーヒーを一杯注文した。窓を通して後発のバスが到着して降りてきた研修参加者が通り過ぎて行く。

室人は携帯電話を取り出すと可奈子に電話した。

しかし、彼女は近くにいませんと言う録音声がして繋がらない。

室人はもう一度電話したが同じだったので諦めて店を出た。

その日は家に帰宅してからも電話した。

それから、夕方と夜にも電話したが繋がらない。

その時に、室人は今日は彼女は何か忙しくて携帯が取れないのだろう、また明日電話しようと思った。

しかし、彼にはこの1週間で彼女との関係が変わってしまっていたとはその時はまだ夢にも思えなかった。


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